その4 メス豚、密かに特訓を重ねる
恐竜ちゃんから魔法の発動方法を教わった私は、あの日以降、せっせと魔法の特訓に励んでいた。
恐竜ちゃんは「魔法は知能の高い生物にしか使えない」と言ってたけど、面白い事に万物の霊長こと人間様はなんと魔法が使えないようなのだ。
ざまぁ。人間ざまぁ。
この世界には大気中に空気以外にも謎の物質が満ちている。
仮にこの物質を魔法伝導物質――マナと呼ぶ事にしよう。
どうやら人間にはマナを感じる事が出来ないらしい。
だから私がこうして魔法の特訓をしていても、村の人間は知らんぷりだ。
まあ、その方が助かるっちゃあ助かるんだけどな。
なにせこちとら脱柵のための武器を鍛えている訳だしね。
ふと思い付いた事だけど、ひょっとしたら人間も昔はマナを感じる事が出来たのかもしれない。
でも進化の過程で不必要になって、退化してしまったのではなかろうか。
人間の体には、既に存在しなくなった部位の名残、とも呼ぶべき器官が残っている。
例えばお尻の尾骨は、かつて人間に尻尾があった頃の名残なんだそうだ。
ちなみにお母さんのお腹の中の赤ちゃんには、ちゃんと尻尾が生えているらしい。
つまり尻尾は人間が猿から人に進化する際に不要となったものなのだ。
こうして魔法の訓練をしていると分かるけど、魔法の発動はもの凄く効率が悪い。
成造・水で水を作るよりも、井戸から水を汲んだ方がより簡単に大量に手に入れる事が出来る。
私が常時発動しているらしい翻訳の魔法なんかも、本当だったら言葉を覚えて話した方が手間がかからないのだろう。
まあ無意識にやってる事なんで、私にもどうする事も出来ないんだけどな。
分かっちゃいるけど止められない。貧乏揺すりみたいなもんだよ多分。
人間は知恵と道具を使いこなす事で、魔法なんかよりもローコストで生活を豊かにしていったんじゃないだろうか。
そのため使わなくなったマナに関係する器官が退行して、今では尾骨のように名残くらいしか残っていないのかもしれない。
生物はローコストになる方向に進化するんだそうだ。
草しか食べない生物は獲物を切り裂く爪を失い、翼を持った生物は牙を失う。
デッドウエイトを嫌う進化は、魔法を使わなくなった人間達の体からマナ受容体を奪ったのかもしれない。
まあ全部私の想像なんだけど。
あ、ちなみに成造の魔法だけど、別に何もない所から水を生み出しているわけじゃないから。
どうやら大気に混じった水分を集めて水にしているみたい。
だから湿度ゼロの超乾燥した場所では使っても効果が無いと思う。
宇宙空間でもなければそんな場所なんて存在しないだろうけど。
おっと、魔法の発動の兆し。その直後、頭の中に魔法が発動する時の何かが弾けたような感覚が広がった。
成造・土!
私の目の前の地面がゴゾリと盛り上がった。
よっしゃ成功!
ふうっ。しんどかったあ。
さっきの水の話からも分かる通り、成造の魔法は字面のイメージとは異なり、何かを作り出す魔法ではない。どっちかと言えば、何かを集める魔法と考えた方がいい。
目の前に集まる事で、あたかも無から有を作り出しているかのように見えるから、成造と名付けられたんじゃないだろうか。よー知らんけど。
成造・土はどこから土を集めているのかと言えば、多分その辺から満遍なく、なんじゃないかな?
アレだ、元気玉みたいなもんだよ。みんなの元気をほんの少しずつオラに分けてくれ!
ちなみに魔法の対象を土に選んだのは、火や水だと目立って仕方が無いからだ。
空気でもいいんだけど、それだと私の目にも成果が見えないからね。
消去法で土となったのだ。
それにしても最初は一掴み程度の土が動いただけだったのに、随分と効果が上がって来たなー。
多分今なら、全力で魔法を使えば、人一人埋められるくらいの土が余裕で作れそうな気がする。
私って魔法の才能があるのかも。
コレってアレか。異世界転生ものの作品で良くある「転生者特典」というヤツか?
魔力無限大とか、鍛えれば鍛える程天井知らずに魔力が伸びるとか、そういったチート能力なのか?
胸熱だなっ!
などと一匹で盛り上がる私。
寂しいヤツだって? うるさいよ。
ていうかね、さっきも言ったけど魔法ってすっごく疲れるんだよ。
だからこんな事でも考えてテンションを上げてかないと、やってられないんだよ。分かる?
私だってこの体が豚じゃなければこんな苦労はしてないよ。
せめて犬か猫ならまだマシだったわ。アイツら牙も爪もあるじゃん。
私なんて牙は無いし足なんて蹄だからね。
実は豚にも牙が無い訳じゃない。
日本人なら一度は年賀状でイノシシを描いた事があるだろう。まだ無いって? まあそのうち描く事になるよ。
でだ、描いた事のある人は当然イノシシの絵に牙を描いた事だろう。
そして豚はイノシシを家畜化したものなので、当然豚にも牙はあるのだ。
でも悲しいかな豚は家畜。そんな危険な物はまだ子豚のうちに処理されてしまう。
そう。私らの牙は生後間もない頃に飼い主のガチムチによって切られてしまっているのだ。
牙を切られるなんて大丈夫かって? メチャクチャ痛かったに決まってるよ!
痛いわ怖いわで、あの時は心臓が張り裂けて死ぬかと思ったわ。
兄弟もみんな泣き叫んでいたけど、最後には全員ガチムチの手にかかって牙を切られていた。
あれは地獄のような光景だったよ。私ら豚視点では。
私がガチムチを嫌いになった最初にして最大の原因だったね。あれは。
そんな事を考えている間に、疲労が少しずつ抜けて来た。
よっしゃ、次は五本連続だ。
前世での私は帰宅部だったので、体を鍛えた事なんて一度も無かった。
まさか異世界で魔法を鍛える事になるなんてなあ。
まあ鍛えなきゃいずれ美味しく食べられちゃうとなれば、私だって前向きに取り組みますよ。
魔法は今の私の唯一の武器なんだからな。
先ずは一本目。
ゴゾリ
よし、成功。
ふう。・・・いける、いける。もう一本。
ボゾッ
ぐぐっ。流石に連続はキツイぜ。
ドッと疲れが。ゼハーッ、ゼハーッ・・・ ま、まだまだあ。や、やってやるぞ。
ゴソッ
あ、あかん。もう限界や。
いやいや、自分で限界を決めてどうする。
クロ子、お前は出来る子。頑張るのよ。
ゴゾリ
あふん。もうらめえ。アタイどうにかなっちゃう、どうにかなっちゃうのぉ・・・
つ・・・次で五本目ラストだコンチクショー。
ポコリ
いやったあああ。新記録。
もうダメ。死にそう。今だけ死なせて。
息も絶え絶えで倒れ込む私。
兄弟豚達は何か新しい遊びと勘違いしたのか、よってたかって私をもみくちゃにし始めた。
いや、ホントに死んじゃう、ガチで死んじゃうからああああああ。
ようやく兄弟豚達の地獄の抱擁から解放された私は、魔法の特訓を再開する事にした。
さて、威力はともかく、問題は発動までのタイムラグだな。
どんな強力な攻撃でも当たらなければ意味はない。
さっきの特訓でも分かる通り、現状、私の魔法は連打が効かない。
つまり相手に魔法を躱されてしまえば、逆にこちらが反撃を食らってしまうというわけだ。
私にとっての仮想敵はガチムチだ。
ヤツの筋肉が見掛け倒しでないのなら、その反撃でやられてしまう可能性は高い。
躱されるリスクを減らすためには、攻撃は必中を期さないといけない。
つまり私は、ここぞというタイミングで素早く魔法を発動させる技術を身に付ける必要があるのだ。
先ずは威力を抑えて、素早く魔法を発動させる事を心掛ける。
・・・イメージしろ。イメージ。
私は惑星ク〇イに降り立った霊体。スタンドアップ・ヴァ〇ガード!――じゃない。
そう、今の私は軽やかな豚。
豚のように舞い、豚のように刺す・・・全然強そうじゃないな。
う~ん。どうもさっきから考えが横にそれるなあ・・・
そもそも素早く魔法を使うイメージが湧かない。
なにせ私にとっての魔法は、私に魔法を教えてくれた恐竜ちゃんが一度だけ使った成造・水だけだもんなあ。
しかもあの時は、今から何が起きるのかも知らずにぼんやりと見ていただけだし。
圧倒的にお手本となるものが足りないんだよなあ。
仕方が無い。アニメのイメージで行くか。
フィクションを参考にするのもどうかと思うけど、それしか知らないんだからしゃーないし。
だったらゲームでも良さそうなものだけど、ゲームの魔法って、高威力だけど発動に時間がかかる、ってパターンが多い気がする。
魔法職は射程と威力がある分だけ取り回しを悪くする事で、直接攻撃しか出来ない前衛職とのバランスを取っているって感じ?
もちろんゲームとしてはそれでもいいけど、今はそういうのを求めてないから。
速度、威力、範囲、全てにおいて最強のぶっ壊れ性能の方がいいから。
アニメの魔法戦闘シーンねえ・・・ う~ん、何となくのイメージならあるか。
こう、ヒラリヒラリと飛び跳ねながら、バババッって伸ばした手や空中から火とか水とかを飛ばすヤツ。
うぉい。いきなり難易度高ぇなあ・・・
動き回りながら魔法を発動するのか。そんな器用な事私に出来るかなあ。
でもまあ、戦場で足を止めて魔法を唱えるなんて良い的だわな。
そう考えればあれもリアルな演出だったのかもしれない。地球には魔法なんて存在しないのに、日本のアニメってスゴイな。
次回「メス豚、初めての脱柵」