その490 メス豚と思い出の広場
すみません。予告からタイトルを変更しました。
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楽園村の中心区、南地区は、村の中央を流れる川の上流に位置する事もあって、古くから開発が行われている。
村の中でも多くの家が立ち並んでいる住宅地。そこに住む亜人の村人達は、次々に入って来る悲惨な報せに怯えていた。
「ポルガさんの息子さんだけど、看病の甲斐もなく亡くなったんだそうよ」
「あそこは家族が死に目に会えただけまだましさ。キルラさんの所なんて、戦いの中で殺されて遺体で帰って来たそうじゃないか」
「ウチの旦那の弟も今日の戦いで利き腕をやられちまったんだって。結構、腕のいい職人って聞いてたんだけどねえ」
楽園村を巡る戦いが始まってから約一ヶ月。
これまでの戦いでも死傷者自体は出ていたものの、今日は伝わってくる悲報の数が違っていた。
「今日に限って一体何があったっていう訳?」
「人間達もいよいよ本気になったって事なんじゃないか? 今までは手の内を隠していただけだったのかも」
「こんなに犠牲者が出ていて、明日も戦えるのか?」
「そんなの俺が知るかよ。俺達年寄りや女子供達も前線で戦う事になるのかもな」
この世界には新聞もなければニュースサイトもない。そのため情報は人から人への噂話という形で伝えられる。
現在、最も村の被害――クロコパトラ歩兵中隊と義勇兵と二等兵の混成部隊の被害――を把握しているのは、クロ子と副隊長のウンタ。次いでクロカンの分隊長達だが、一般の村人達がその情報を知る術はない。
しかし、正しい情報こそないものの、伝え聞く話だけでも、今日の戦いだけでかなりの数の犠牲者が出ている事は誰の目にも明らかだった。
「村のどこを歩いても、悲しみに暮れる家族の泣き声が聞こえて来る。楽園村は一体どうなってしまうのだろうか・・・」
先の見えない苦しい防衛戦の中、村人達が辛うじて規律を保っていられるのは、降伏しても人間は決して自分達を許してくれないだろう、という恐怖心と、そんな人間の軍隊を相手に互角の戦いを繰り広げているクロ子達の存在が大きかった。
この『亜人でも人間の軍隊を相手に戦える』という事実は、クロ子の想像以上に村人達を勇気づけ、強い心の支えになっていた。
しかし、それもあくまでも昨日までの話。
かつてない大量の被害に、今、村人達の心は大きく揺れ動いていた。
「みんな、広場に集まれ! 長老達から大事な話があるそうだ!」
そんな中、彼らに長老会からの連絡が伝えられたのは、そろそろ日も沈もうかという時間になった頃であった。
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ここは村の集会所の前の広場。
私的には一ヶ月程前、ロイン達義勇兵を相手に新兵訓練を行った思い出深い場所である。
『おっ。やって来たわね』
そんな思い出の地に集う亜人の村人達。
彼らは皆、不安そうな表情を浮かべながら広場へと入って来た。
「全く、この大事な時に村人を集めて、何をしようと言うんだ? その上メラサニ村の者達まで集まっているとはな。こんな事をしている間に、人間達が攻めて来たら一体誰が責任を取るつもりだ」
こちらに聞こえるようにブツクサ文句を言っているのは、いかついヒゲ面のオヤジ。村の野党の代表、ジャドである。
クロカンの大男カルネが彼の不満を聞きとがめた。
「さっきからなんだよオッサン。そんな遠くで文句を言ってないで、言いたい事があるならこっちに来てハッキリと言ったらどうだ」
「・・・フ、フン」
ジャドはカルネに睨まれると、慌てて遠ざかった。
「なんでい、あの野郎。言うだけ言って逃げ出しやがって。全く気分が悪いぜ」
『そりゃあ、あんたみたいなガラの悪いのに睨まれたら、誰だってビビって逃げ出すでしょ。それに彼が文句を言うのは、立場上やむを得ないっていうか、野党ってそういうものだから仕方がないんじゃないの?』
野党うんぬんの部分はあくまでも私のイメージだけどな。
「なんだそりゃ。人に文句を言うのが役目なんて、ンなバカな話があるかよ。そんなのみんなの足を引っ張ってるだけじゃねえか」
ごもっとも。どこぞの前世の野党議員にも聞かせてやりたい言葉である。
カルネが更に何かを言おうとしたその時、村人達の間にどよめきが上がった。
「「「おおーっ」」」
振り返ると長老会の老人達と村長のユッタパパが姿を現していた。
ユッタパパは我々に向けて軽く頷くと、次に集まった村人達を見渡した。
「皆さん! 今から大事な話をします! それはこの楽園村に住む全員の未来がかかった重要な話です! 少し長くなりますが最後まで静かに聞いていて下さい!」
全員の未来、という曖昧な表現に、村人達の顔に困惑の表情が浮かんだ。
長老の一人がユッタパパの言葉を引き継いだ。
「これからワシらが話すのは、楽園村の創設に関わる話となる。お主達は我々のご先祖様達が、別の土地からこのカルテルラ山へと流れて来たという話を聞いた事があるだろう。そう。我々の祖先達は元々、この山以外の土地に住んでいたのだ」
ここからの話は昨夜、私がユッタパパから聞かされていた内容のおさらいとなる。
ザックリ説明すると、元々、別の土地で暮らしていた楽園村の先祖達は、今から七十年程前、その土地を人間達に奪われ、山奥へと追いやられた。
厳しい生活の中で、彼らはやがて隠れたトンネルを発見する。
トンネルはこの場所――カルテルラ山へと通じていた。
この地で彼らは当時のペドゥーリ伯爵家当主、ゴッド・ペドゥーリ(注:クロ子が勝手にそう呼んでいるだけでそんな名前ではない)の庇護を受け、ここに住む事になった。
亜人達の村、楽園村の爆誕である。
亜人の隠れ里の誕生秘話。しかし、村人のほとんどにとってこれは既知の話――両親や祖父母から聞かされて知っていた話だったようである。
村人達は戸惑いの表情で長老を見つめている。
長老達はなぜ、わざわざ自分達を集めてこんな話をしているのだろう? 今はのんきに昔話をしている時ではないのではないだろうか?
長老が話を終えると、変わってユッタパパが前に出た。
「我らの先祖が通って来たという洞窟ですが、言い伝えによると村の南、歩いて一時間程の場所にあるという話です」
「歩いて一時間程だって!? そんなはずはない!」
即座に村人の誰かが否定の声を上げた。
「俺は仕事でよく山に入っている! そんな近くに大きな洞窟があれば絶対に見つけているはずだ!」
「その通り。洞窟は村長の資格を持つ者にしか見つけられないようになっているそうなんです」
村人達の間に、「信じられない」「どういう事だ?」と、ざわめきが広がった。
さもありなん。私だってそう思う。てか、何だよ村長の資格って。資格を持つ者の前にだけ姿を現すとか、胡散臭いにも程があるだろ。
正直、村長の資格の部分は半信半疑――いや、疑いの気持ちの方が強い。
とはいえ、長老会の老人達とユッタパパは、ご先祖様の言葉を信じているようだし、実際、過去に言い伝えの場所を探しに行ったエノキおばさんは、トンネルを見つける事が出来なかったそうだ。
最も、現在の我々にとって、その点は問題ではない。一番重要なのは本当にトンネルが存在するかどうか。それだけである。
昼間、ユッタパパは――村長の資格を持つ者は――言い伝えにあるトンネルの場所へと調査に向かっていた。
その結果は? 彼が持ち帰った情報は正に値千金の価値を持つものだった。
「洞窟は言い伝えの通りの場所に確かに存在していました! 間違いありません! 私がこの目で直接確認して来ました!」
「「「おおおおおおおっ!」」」
村人達から驚きの声が上がった。
大男のカルネが笑みを浮かべると、クロカンの副隊長ウンタに声を掛けた。
「やったな。これで村人達を全員無事に逃がす事が出来るぜ」
「ああ」
いや、嬉しいのは分かるけど、私達は一足先にユッタパパから調査結果を聞いていただろうに。
その時にもカルネは喜んでいたじゃない。あれは一体なんだったんだ?
『さてはこの場の空気に合わせたな。ノンデリのくせして、随分と小癪な事をするじゃない』
「・・・のんでりが何なのかは知らないが、お前が俺の事をバカにした事だけは分かった」
いや、むしろ私的には褒めたつもりなんだが? とは言っても、そもそもの期待値が低いから、多少プラスになったとしても、結局マイナスなのは変わりないんだけど。
おっと、ユッタパパが私の方を見ている。
カルネをからかって遊んでいる場合じゃないか。
私は『風の鎧!』。身体強化の魔法をかけると、事前に積んでおいて貰った木箱の上に駆け上った。
無数の視線が私に集まる。ううっ。こういう空気って苦手なんだよね。って、尻込みしてる場合じゃないか。
『えーコホン。――みんな! 今の村長の話を聞いたわよね!』
さあ、ここからが正念場だ。楽園村の亜人達の生死を分ける脱出作戦。その最初の一歩がこれからスタートするのだ。
次回「メス豚と脱出作戦」




