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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第十五章 楽園崩壊編
492/518

その489 メス豚、説得する

 楽園村に角笛の音が鳴り響く。

 私は建物の屋根の上で息をひそめながら、カロワニー軍の兵士達が下がって行くのを見送っていた。


『・・・どうにか凌ぎ切った、のか?』


 見上げると太陽は西の空に傾いている。

 いつものパターンだと、時間的にさっきのが最後の攻撃になるんじゃないかと思うのだが・・・どうだろうか?

 私は背後のピンククラゲに振り返った。


『どう思う? 水母(すいぼ)。今ので最後かな? それとももう一回ぐらい敵の攻撃(ウエーブ)があったりしそうかな?』

『・・・判断不能(さあ?)要警告(それより)、軽率な行動』


 私の背中で水母(すいぼ)が不機嫌そうに震えた。

 感情を持たない(という設定の)ピンククラゲがご立腹の理由。それは私が単独で敵軍に飛び込んで暴れ回った事にあった。


『いや、ゴメンて。我ながらムチャをしたとは思うけど、あの時はああでもしないと陣地の守りが崩壊する危険があったし』


 マジで良く守り切れたもんだと思う。

 カロワニー軍もこの陣地の守りが他よりも薄いと気付いたのだろう。攻撃は熾烈を極めた。

 このまま受けに回っていても数の暴力で押しつぶされる。そう判断した私はイチかバチか、単騎で敵軍へと切り込んだ。

 狙うは敵の指揮系統の中枢。指揮官の首である。

 このギャンブルは見事に成功。敵指揮官を血祭りに上げる事に成功したのだが、その代償として私は敵軍の真っただ中に孤立する羽目に陥ってしまった。

 それでも最初は頑張って持ちこたえていたのだが、そこは多勢に無勢。結局はずっと逃げ回る事になってしまった。

 幸い、楽園村の中でも比較的家が立て込んでいる場所だったため、隠れる場所には苦労しなかった。

 私は屋根から屋根へと飛び移る事で、どうにか敵の追手から身を隠す事に成功したのだった。

 

『いやあ、それにしても、仕方がなかった事とはいえ、流石に今回ばかりはヒヤヒヤしたわ。反省してるから許して頂戴』

『・・・謝意受領(分かればいい)


 私の謝罪に、水母(すいぼ)は渋々とはいえ納得してくれたのだった。




 結局、心配していた追加の攻撃はなかった。今日の戦いはさっきの攻防で終了だったようだ。

 あるいは敵としても、戦いたくても戦えない状態だったのかもしれない。あちらも我が軍と同様、大きな被害を受けていたのは間違いないからな。

 私は後方に下がると、クロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の副隊長ウンタから、本日の戦いの被害報告を受けていた。


「今日一日で出た死者の数は大体二百人。負傷者はその倍以上となる。特に二等兵(プライベート)の被害が一番大きい。戦力は実質、半分以下になったと思っておいた方がいいだろう」

『半分!? たった一日で!? まさかそれ程の被害が出てたなんて・・・』


 かなりやられただろうと覚悟はしていたが、まさか半分以下にまで減っていたとは思わなかった。

 想像以上の被害に私は天を仰いだ。

 だが、私が気を取り直す間もなく、ウンタの非情な報告は続いた。


「義勇兵が被った損害は死者二十人に重傷者十人。戦力としては大体三分の二にまで減った感じだ。クロカンからは三人が戦死。重傷者は六人出ている」


 戦いから一ヶ月。遂にクロカンから死者が出てしまった。

 重傷者の存在も痛い。隊員数が四十人しかいない我々にとっては、たった六人抜けただけでも大幅な戦力低下となる。

 更には義勇兵の被害。これもバカにならない。今となっては彼らはリーダーのロインの手となり足となり、クロカンの補助に二等兵(プライベート)のフォローと、無視出来ない存在感を示していた。

 思わず黙り込んでしまった私をウンタがジッと見つめた。


「クロ子。こんな事で明日からの戦いは大丈夫そうか?」

『正直、かなり厳しい。カロワニー軍も間違いなく損害は受けているものの、向こうとこちらでは大前提が違うから』


 敵はいざとなれば追加の増援も見込める。

 そこが現在の戦力がほぼ全てとなる我々とでは、圧倒的なアドバンテージの差となっている。

 ウンタは眉間に皺を寄せると、難しい表情を見せた。


「戦いを始める前から分かっていた事ではあるが、実際にその通りになってみると、想像以上に厳しいものがあるな」

『――そうね』


 今日の戦いでは、特にコンラ率いる第三分隊の損害が目立っていた。

 どうやら序盤に敵の達人クラスの剣士に当たってしまったらしく、そいつらにいいようにやられてしまったようだ。

 その達人達は、助っ人に来たサステナが倒したそうだが、サステナが来るまでにコンラの部隊はかなり消耗させられてしまった。

 そう言えば、サステナが敵に追い回されてヒイヒイ言っていた事があったが、あの時だったんだろうな。てっきり酒でも飲んで酔っ払ってるのかと思ったけど、達人達との戦いで消耗していたのか。

 だったらそう言ってくれれば良かったのに。苦戦したとは言いたくなかったのかな? 全く、妙な所でプライドの高い男である。


 ウンタは不安そうな表情を浮かべた。

 大幅に減ってしまったこの戦力で明日からどう戦えばいいのか、その見通しを立てられずにいるのだろう。


 ――みんなには、もっと情報が集まってから言うつもりだったけど、仕方がないか。


『どうやらそうも言ってられない状態みたいね。水母(すいぼ)、みんなをここに集めてくれる?』

了解(かしこまり)

「どうしたクロ子? 何か手があるのか?」


 何か手がある、か。どうなんだろう? だが、こうなってしまった以上、見切り発車だろうが何だろうがやる他ない。

 このままだと枕を並べて討ち死にだ。




 私はクロカンの隊員達を引き連れ、村の集会所へと乗り込んでいた。


「ど、どうしたんだ、メラサニ村の者達が全員で! 陣地の守りをしなくてもいいのか!?」


 上ずった声で我々に食って掛かって来るのは、いかつい顔をしたヒゲ面のオヤジ。

 ええと、誰だっけ? 何だか見覚えがある顔なんだけど・・・


「ジャド! あんたは下がってな! 全員で一体どうしたんだい? クロ子」


 ヒゲ面オヤジを押しのけて現れたのは長老会のエノキおばさん。

 そういやこの男がジャドだったか。確か村の野党の代表だっけ。そして内通者の第一候補者でもある。(その484 メス豚と寝不足の朝 より)


「クロ子?」

『いや、何でもない。ユッタパパはいる?』

「ああ、ユッタなら今、長老会の面々と話をしてるよ。後であんたの所にも行くと言ってたけど」

『いるのね。じゃあみんな行くわよ』

「ちょ、ちょっと、お待ち! クロ子ったら!」


 私はエノキおばさんとの話を一方的に切り上げると、建物に足を踏み入れた。

 騒ぎを聞きつけ、何事かと集まっていた村人達が慌てて道を開ける。

 そんな村人達の後ろから、ヒゲのイケオジがひょっこり顔を覗かせた。槍聖サステナだ。


「おい、クロ子。こいつぁ一体何の騒ぎだ?」

『丁度良かった。サステナ、アンタも一緒に来て頂戴』

「サステナ、これから大事な話がある。お前も俺達と来てくれ」

「――ほう、面白そうだ。いいとも」


 サステナは何を期待しているのか、口の端を嬉しそうにニヤリと吊り上げると、我々の列に加わった。

 長老会の老人達の部屋は以前に案内された事があるし、建物は迷うような複雑な作りもしていない。私はクロカンの隊員達を連れて、ヅカヅカと建物の奥へと入って行った。

 確かあの部屋だったっけ? と思ったら、外の騒ぎを聞きつけて、ユッタパパがドアから顔を出していた。


「クロ子ちゃん!? それにメラサニ村の人達も! 全員集まって一体どうしたんだい!?」


 私は単刀直入に彼に尋ねた。


『ユッタパパ。こっちで勝手に決めて悪かったけど、隊員達にトンネルの事は話させて貰ったわ。それでトンネルの調査についてだけど――どう? 見つかった?』


 ユッタパパはギョッと目を見開くと、慌てて隊員達に振り返った。

 副隊長のウンタが黙って頷くと、彼は事情を飲み込んだ様子で小さく息を吐いた。


「・・・そうか。クロ子ちゃんがそう判断したのなら仕方がないね。出来れば、ハッキリとした事が分かるまでみんなには黙っていて欲しかったんだけど」

『悪いけど、そんな悠長に構えている時間はなくなったの。早ければ明日にでも敵はここまでやって来るはずよ』

「そこまで!? いや、クロ子ちゃんがそう言うなら、きっとそうなんだろうけど。分かった。丁度、長老達に話していた所だ。クロ子ちゃんも一緒に聞いて貰おうか」


 ユッタパパはそう言うと我々を室内に招き入れようとしたが、私はその場で大きくかぶりを振った。


『まだ分かってないのね。本当に悠長にしている時間はないの。なぜ私が陣地の守りを放棄してまでクロカンの隊員達を率いて来ていると思う? 早ければ明日にでも敵はここまでやって来る。そう、確かに私は早ければと言った。けどね――』


 私は彼の目をジッと覗き込んだ。


『私はそうなる可能性は非常に高いと考えているのよ』

「そ、そんな事って――!?」


 敵は明日にでも陣地を突破する。そしてその可能性は非常に高い。つまりは楽園村の崩壊である。

 ようやくユッタパパにも私の言いたい事が伝わったのだろう。

 表情がこわばり、緊張でゴクリと喉が鳴る。

 そんな中、この場で唯一私の言葉が理解出来ないサステナだけが、話について行けずに指先で鼻くそを弄んでいた。ノリで誘ってみたけど、これなら連れて来ない方が良かったか?

 ユッタパパは慌てて私に尋ねた。


「そ、そこまで悪い事になっているのかい? 確かに死者が大勢出たとは聞いているけど」

『ぶっちゃけ、想像の倍は酷い事になっていると覚悟した方がいいと思う』


 私も事前にトンネルの話を聞かされていなければ、間違いなく途方に暮れていたに違いない。

 それ程明日の戦いは絶望的な物になる事が予想された。


「で、でもね。クロ子ちゃん達ならきっと――」

「村長よ」


 なおも食い下がろうとしたユッタパパの肩を節くれだった手が掴んだ。


「・・・長老」

「もうよせ。我々も覚悟を決めなければならない時が来たという事じゃ。自分達の村の話でありながら、他所の者達から尻を叩かれなければ、踏ん切りを付けられなかったというのも情けない話じゃがの」


 老人は――長老達は、我々を見渡すと、もう一度ユッタパパに振り返った。


「村の者達にも説明せねばなるまい。お主からの報告はその後で、皆と一緒に聞かせて貰おうか」

次回「メス豚と思い出の広場」

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― 新着の感想 ―
>「そ、そこまで悪い事になっているのかい? 確かに死者が大勢出たとは聞いているけど」 >『ぶっちゃけ、想像の倍は酷い事になっていると覚悟した方がいいと思う』 いくら前線に居ないとはいえ村の若者が50人…
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