その486 メス豚と総力戦
今日で何十日目かになる楽園村防衛戦。
しかし、今回は敵の意気込みが違っていた。
私の背中でピンククラゲがフルリと震えた。
『着信報告――「こちら第七分隊隊長ハリィ! 敵の勢いが強すぎてこれ以上持ちこたえられない! 限界だ! 大至急応援を頼む!」「俺だカルネだ! サステナでもクロ子でもどっちでもいいから来てくれ! このままじゃ陣地を抜かれちまう!」「クロ子、ウンタだ。今度は東側の陣地が――ハリィとカルネの守っている陣地が押されている。どうやら敵はそちら側に主力を移動させたようだ」』
くそっ、次は東側かよ。
さっきは川を挟んで西側に位置する陣地を重点的に攻めていたかと思えば、今度は東側とか。
完全に敵に翻弄されっぱなしだ。
『敵に振り回されている感は否めないけど、一か所でも陣地を抜かれたら全軍崩壊のピンチだし、放っとく訳にはいかないか』
逆に言えば、敵は一か所でも抜ければ、決定的な勝機になるとも言える。
相手の指揮官にもそれが分かっているのだろう。敵軍は全体的な圧力を掛けながらも、その裏で巧みに戦力を集中させ、陣地の突破を狙っていた。
私はバリケードの上に飛び乗ると、敵兵が密集している辺りに狙いを付けた。
『最も危険な銃弾乱れ撃ち! モンザ、後は任せるけど大丈夫!?』
「ああ、こっちにも通信は聞こえていた。ここはもういいから、他の場所の援護に行ってやってくれ」
牽制の攻撃魔法が打ち込まれると、敵は明らかに怯んだ様子を見せた。
第二分隊分隊長代理のモンザは、その隙に崩れたバリケードの補修作業に入る。
私はそれを確認すると、踵を返して走り出した。
『水母、通信お願い。【あーあー、テステス。サステナ! サステナ聞いてる!? もしもし!? もしもーし! ・・・あの野郎、さてはまた戦いに夢中になって通信を聞いてないな。ウンタ、サステナが今、どこで戦っているか分かる!?】(CV:杉田〇和)』
僅かなラグの後、クロコパトラ歩兵中隊の副隊長ウンタから返信が返って来た。
『着信報告――「こちらウンタ。サステナなら敵の一軍に追われて――」「ひやああ、ヤバいヤバい、流石に死ぬかと思ったぜ! いくら俺でも一度にあれだけの人数にかかられちゃどうしようもねえっての! おう、クロ子、さっき俺を呼んでたみてえだが、どうしたい!?」』
報告の途中でご本人登場。サッカーニ流槍術師範、槍聖サステナが通話に割り込んで来た。
ウンタの話だと敵に追われていたみたいだが、どうやら追手を振り切って無事に味方陣地まで逃げ込めたようだ。
さっきまで激しい戦いをしていたせいか、テンション高目で息を切らせながらゲラゲラと笑っている。何だかちょっとウザい。
『【せっかく逃げて来た所を悪いけど、今度はカルネのヘルプに行ってくれない? 私はハリィを助けに向かうから】』
『「逃げてねえし。見逃してやっただけだし。これを飲んだら行ってやるよ」』
水筒の水でも飲んでいるのだろうか。通信の向こうでグビグビと喉を鳴らす音が聞こえる。
『「ぷはあ。――ぐぅぅえっぷ」』
『【ちょ、エチケット! げっぷをするなら通信を切ってからにしてよね!】』
『「ハハハ、悪ィ悪ィ」』
サステナは悪いと言いながら、全然悪いとも思っていなさそうな声音で通話を終えた。
通信では見えていないから勝手に水だと思い込んでいたけど、あいつ、まさか戦闘中にお酒を飲んでいたんじゃないよね? 妙にテンションが高かったし、何だかありえそうな話なんだけど。
『酔いが回ってぶっ倒れるとかマジ勘弁なんだけど。このクソ忙しい時にサステナにまで抜けられたら、流石に終わりだし』
負けるにしてもそんな負け方はイヤ過ぎる。
まあ、そもそも負けてる時点で最悪なんだが。
到着したハリィの陣地は今まさに崩壊寸前の危機に瀕していた。
あちこちに血を流した男達が転がり、その上を敵味方の怒号が飛び交っている。
「うおおおおお、亜人共をブッ殺せえええ!」
「クロカン、怯むな! ここを抜かれたら終わりだ! 一人たりとも敵兵を通すな!」
「ギャアアア! 腕が、俺の腕が!」
「義勇兵は俺に続け! 押し返すんだ!」
最後の声は亜人兄弟の兄、雰囲気イケメンのロインだな。
彼は義勇兵と二等兵のリーダー兼、クロカンとの橋渡しとして、陣地を転々と移動しながら彼らのフォローに当たっているが、ここに来た所で敵の猛攻撃に巻き込まれてしまったようだ。
『みんなお待たせ! 最も危険な銃弾乱れ撃ち! からの、もういっちょ最も危険な銃弾乱れ撃ち!』
パパパパーン!
不可視の弾丸が戦場を乱れ飛ぶと、あちこちで乾いた破裂音を響かせた。
「ウギャアアアア!」
「クロ子! 来てくれたか!」
戦いが一ヶ月も続くと、流石に敵兵の間にも私の存在は(そして私の魔法の破壊力も)知れ渡っている。
敵が怖気づき、勢いが止まるのと同時に、味方からは歓声が上がった。
敵部隊の隊長らしきヒゲ面の男が、怒りも露わにこちらに剣先を向ける。
「またあの化け物か! いつもいつも我々の邪魔をしおって! 誰かヤツを殺せ! ヤツさえ死ねば残りは烏合の衆だ! 我々の力でこの戦いを決定付けよ!」
『部下に命令するなら先ずは自分でやってみれば? こっちも黙ってやられるつもりはないけど。最も危険な銃弾!』
「キュッ!」
空気の弾丸が隊長の顔面に直撃すると、赤い血の花を咲かせる。
男はゴツイ顔に似合わない可愛い声を上げると、その場に崩れ落ちた。
「た、隊長! う、うわあああ、隊長がやられたあああ!」
ヒゲ面はやはり隊長だった模様。敵の一部(おそらくヒゲ面の部下)が明らかな動揺を見せた。
私はダッシュ。すかさず前線に飛び込んだ。
「クロ子!」
『分かってる! このまま私が敵を引っ掻き回すから、その隙に負傷者の救助をヨロシク!』
「違う! 前に出過ぎるな! 危ない!」
ハッと思った時には、目の前に槍の穂先が迫っていた。
うおっ! 危な!
私は咄嗟に地面を蹴ってサイドステップ。ギリギリの所で槍を回避した。
急激な挙動に背中のピンククラゲが転がり落ちる。
「ちいっ! 今のを躱すか!」
舌打ちをしながら槍を振り回すのは全身黒づくめの鎧の騎士。
ひと目で高価な事が分かる装備に、ただならぬ風格。私は男の動きに警戒しながら距離を取った。
「クロ子、そいつには気を付けろ! ヤツの槍には味方が何人もやられているんだ!」
『あーはいはい。さっきの一撃で分かったわ、コイツも達人な訳ね。ったく、雨後の筍じゃあるまいし、この世界はどこにでも達人が湧いてくるんだな』
「黒鹿毛殿!」
「騒ぐな、さっきのは小手調べだ。思っていたよりも小さな獲物なので、多少目測を誤ってしまっただけの事よ」
私は間合いを計りながら、黒づくめの騎士の周囲をゆっくりと回り込む。男はその場を動かず、体の向きを変える事で私を視界に捉え続ける。
辺りは先程までの喧騒から一転、シンと静まり返り、我々の一騎打ちを固唾を飲んで見守っていた。
「我が名はポルコリ。黒鹿毛ポルコリと呼ぶ者もいる。本来であれば名高い【今サッカーニ】と槍を交えたかった所だがやむを得ん。ここは貴様を討ち取って俺の手柄としてくれよう」
『わざわざ自己紹介どうも。こっちは別にお前となんて戦いたくもないんだけど。面倒なだけで、別に報酬が貰える訳でもないし』
人間には私の言葉は豚の鳴き声にしか聞こえないが、一応、返事を返しておく。何というか、様式美?
言われっぱなしだと味方の士気が下がるかもしれないし。
ゆっくりと回り込むうちに私達の立ち位置は180度変わり、私は敵軍を背に、男はこちらの陣地を背にする形になっていた。
――そろそろいいか。
私は無造作に一歩、前脚を踏み出した。
その瞬間、ブワリと殺気が膨れ上がると、銀閃が――槍の穂先が私に迫った。
「取った――ぎゃっ! な、なんだ!?」
『隙あり! 最も危険な銃弾!』
最初に聞こえたのはパキリという乾いた音。
ポルコリは突然、足に走った激痛に思わず前のめりに倒れ込んだ。
私はすかさず魔法を発動。不可視の弾丸は狙い過たず彼の眉間に命中。解放されたエネルギーは頭蓋骨を破壊すると大きな穴をうがった。
「く、黒鹿毛殿ーっ!」
「やったぜ、クロ子!」
戦場に大きな悲鳴と歓声が上がった。
私は『とうっ!』と男の死体を飛び越えると、地面に転がったままのピンククラゲの下へと駆け寄った。
『水母、ありがとね。おかげで楽して勝つ事が出来たわ』
『造作なし』
水母は満足げにフルリと震えると、伸ばしていた触手をスルスルと引っ込めた。
そう。私が男の周りを回っていたのは、ヤツの背後に水母が来るようにするため。
全員が私と男に注目していた中、水母は人知れず触手を伸ばし、男の足に巻き付けていたのである。
水母の触手はこう見えて、太い木の枝を容易くへし折る程の力を持っている。
男は足の骨を折られた痛みに悶絶。その隙を突いて私は魔法を飛ばしたという訳である。
えっ? そんなの卑怯だって? 卑怯で結構。死んだら終わりの戦場で、達人なんぞの相手をいちいちまともにしてられるかっての。
次回「メス豚と負傷兵」




