その480 メス豚と裏切り者
『【間違いない。この村に人間側に通じている者がいるわ】』
私の言葉にみんなは息を呑んだ。
思えばカロワニー軍との戦闘初日。私は敵陣に奇襲をかける事でヤツらの主力となる、【ベッカロッテの二鳥槍】を討ち取った。
実際にやったのはサステナだろうって? んな細けえこたぁいいんだよ。
これで先手は頂いた、と思った私だったが、その直後、昼間の戦いで敵は三か所の井戸を確保していた事を知らされるのだった。(第十四章 楽園村の戦い編『その475 メス豚とホモォ話』より)
『【あの時はショックでそれどころじゃなかったけど、確かに昼間の戦いの時点で違和感はあったのよ。あの日の戦いで、敵は明らかに川の東側に戦力を集中させていた。最初から井戸のある場所を知っていたと考えれば、それも納得出来るわ】』
「ちょ、ちょっと待っとくれ!」
長老会のエノキおばさんが慌てて話を遮った。
「クロ子はこの村の中に、みんなを裏切って人間の軍に情報を流している者がいるって言うのかい!? そんな事、私には到底信じられないんだけど!」
エノキおばさんの気持ちは分かる。村の仲間を信じたいという気持ちも分かるが、ここは命がかかっている戦場だ。指揮官の我々としては、あらゆる事態に備えておかなければならない。例えそれが最悪の可能性――仲間の裏切りであったとしてもだ。
サステナは顎髭をしごきながら、目をすがめた。
「んで? クロ子は裏切り者はどいつだと踏んでるんだ? まさか亜人じゃねえから俺だとか言い出すつもりじゃねえだろうな?」
『【心配しなくても最初からアンタは候補に入ってないから。クロカンの隊員達も同じね。身内だから信用しているって意味じゃなくて、あの日、私達は村に着いたばかりで、井戸の場所を把握している者なんて誰もいなかったから。同じ理由でマティルダも除外ね】』
仮に村の者に井戸の場所を聞いていたとしたら、それはそれで誰かの記憶に残っているはずだ。
村に来たばかりの余所者がそんな事に興味を示すのは、明らかに不自然だからである。
それでも一応、念のために(我々の身の潔白を証明するために?)後でユッタパパに調べて貰うつもりではいるけど、今ここでそれを言う必要はないだろう。
私は短い豚足で証拠の端切れを指し示した。
『【そもそもクロカンの隊員達は誰も文字の読み書きなんて出来ないから。つまりこれを書いたのは楽園村の亜人に限られるって訳】』
メラサニ村には文字そのものがなかった。なにせ、前世ではトリリンガルだったパイセンですら、この世界では文字の読み書きが出来なかったのだ。当然、クロカンの隊員が文字を書けるはずもない。
サステナとウンタはユッタパパに振り返った。
「言いたい事は分かります。確かに、僕も含めて村の主だった者達なら、このくらいの単語なら書けるでしょう。一応は人間の商人との取引もありましたから」
「私も単語の読み書きくらいなら多少は出来るね。手紙みたいなややっこしいモノとなると、流石にお手上げだけど」
エノキおばさんは、「その理屈で言えば、私も内通者の候補に入っちまうのかね」と、嫌悪感も露わに吐き捨てた。
『【いや、候補に入ってるなら、最初からこの場に呼んでないし。大前提としてここにいるメンバーは信用してるわ】』
最初に出会った時、エノキおばさんは燃える家の中から必死になって孫を助け出そうとしていた。その後も、カロワニー軍の兵士に切られそうになっていたし、どう考えてもあれが演技とは思えない。
内通者の候補から外しても問題は無いだろう。
「そりゃ光栄だね。身に覚えのない疑いを掛けられずに済んで良かったよ」
ウンタが黒い猟犬隊の野犬に振り返った。
「その端切れに残った匂いをコイツに辿らせるのはどうだ? 犬の鼻なら元の持ち主の匂いが分かるんじゃないか?」
「ワンワン!」
『【あーそれな】』
実は私も最初に同じ事を考えたのだ。ウンタとは違って、自分自身でやろうとしたんだが。
私の鼻の性能は、決して犬に劣るものではない。豚は伊達に大きな鼻をしている訳ではないのだよ。
そしてそれが失敗した理由もあった。
「も、申し訳ありません」
私の視線を受けて、ユッタパパが気まずそうに謝った。
「大変なものを見つけてしまったと気が動転してしまい、強く握りしめながら走って帰って来たので・・・」
「まさか、そのせいで匂いが分からなくなってしまったのか?」
そういう事。
端切れからはユッタパパの手汗の匂いしかしなかったのだ。
サステナは胡乱な目でユッタパパを見つめた。
「本当にそうなのか? 自分が隠したのをバレなくするために、わざと匂いが分かり辛くなるように仕組んだって可能性もあるぜ? 演劇なんかじゃ、大抵は最初に駆け付けたヤツが犯人って相場が決まってやがるからな」
ミステリー小説におけるセオリー、第一発見者を疑えというのは、こっちの世界でも同じようだ。
ユッタパパは全員から疑惑の視線を浴びて哀れな程うろたえた。
「そ、そんな! このメモを持って来たのは僕なんですよ!? 僕が内通者なら自分からバラすような事をするはずがないじゃないですか!」
「いや、分からんぞ。疑いを他に逸らすためかもしれん」
「そうだね。そこの犬が見つけちまったんで、騒ぎにならないように、こっそりクロ子の所に持ち込んだのかもね」
「そんな! エノキさんまで!」
絶望するユッタパパ。
可哀想だし、そろそろ助け船を出そうかな。
『【さっきも言ったけど、基本、私はこの場にいる人の事は疑ってないから。だからユッタパパも安心して】』
「そ、そうなのかい? だ、だったらいいんだけど」
「ほう。で? その根拠は?」
最大の理由はロインとハリス、亜人兄弟の存在である。
二人はこの戦いが始まるよりずっと前から、カロワニー・ペドゥーリ伯爵から狙われていた。
どう見ても親子仲の良いあったか家族といった感じだったし、息子を狙うカロワニーに協力するとは思えない。
『【それにカロワニー軍の先発部隊が最初にこの村にやって来た時、ヤツらは村の村長――ユッタパパの身柄を拘束しようとしていたらしいじゃない。狙われている相手にどうやって協力する訳?】』
その理由は不明だが、カロワニー・ペドゥーリはユッタパパ一家を狙っている。
そんな相手にどうやって協力すればいいのか? 内通のために出向いた所を、とっ捕まって終わるだけだろう。
「ま、確かにそうかもな」
サステナも本気でユッタパパを疑っていた訳ではなかったようだ。あるいは、こうやって脅しを掛ければ、後ろめたい事がある人間なら、尻尾を出すに違いない、という計算だったのかもしれない。
サステナは割とアッサリと引き下がると、だらしなく床に足を投げ出した。
「じゃあどうするよ? 文字が書けるヤツを全員呼び出して、個別に尋問でもするか?」
「簡単な単語の読み書きが出来るだけでいいなら、軽く百人は超えると思いますよ」
『【いいや、当分はここにいる者達の間だけの秘密にしようと思ってる】』
「クロカンの隊員達にもか? クロカンは内通者の候補には入っていないんだろう?」
ウンタの最もな疑問に私は小さくかぶりを振った。
『【それはダメ。話が広まればどこで内通者の耳に入るか分からないから】』
「て事は、しばらく泳がせといて、次の連絡現場を押さえるって寸法か。だが、そう上手くいくかね」
どうだろう。サステナの言うような事も考えていない訳ではないが、本当の所は長引く戦いに疲労困憊しているクロカンの隊員達に、余計な話を聞かせたくなかったのだ。
自分達が命懸けで守ってやっている相手の中に、内通者がいると知ったら、どうやっても士気の低下は免れないだろう。
また、クロカンの隊員達に打ち明けるとなると、雰囲気的イケメンのロインにだけ秘密にするという訳にもいかなくなる。
そうでなくとも、最近は義勇兵と二等兵という二つの部隊のリーダーとして、神経をすり減らしまくっている彼である。身内の裏切りなんて知ったらどういう行動に出るか分からない。
今のままでも十分、苦戦中だというのに、味方に内部分裂まで起こされてはどうしようもなくなるだろう。
『【という訳で、しばらくの間は口外禁止の方向で。この件は我々だけで密かに調査する。いいわね?】』
「分かった」
「ちっ。しゃーねーな」
サステナはいかにも「面倒な仕事が増えたぜ」とでも言いたげな顔で、渋々頷いた。
「・・・・・・」
『【どうかした? エノキおばさん】』
「クロ子。この件だけど、長老会にだけは伝えてもいいかい? あの爺さん達が内通者って線だけは絶対にないし、口の堅い連中だから、あいつらの所から噂が広まるなんて事もない。私が保証したっていい」
長老会か。
私の印象では現役を引退した老人達が集まったお達者倶楽部、といった感じだったが、楽園村の村人達間ではそれなりに権威のある組織のようだ。
エノキおばさんなら悪いようにはしないだろうし、後で揉めたりしないように、先に筋を通しておいた方がいいのかもしれない。
『【分かった。必要なら私も出向いて説明するから言ってね】』
「そん時は頼むよ。さあ、行くよユッタ」
「えっ? 今から行くんですか? あ、ハイ」
エノキおばさんはユッタパパを連れて部屋を出て行った。
それにしても厄介な事になったもんだ。
私はブヒッと大きなため息をついた。
次回「長老会に伝わる秘密」




