その478 メス豚と二等兵達
お待たせしました。更新を再開したいと思います。
楽園村を巡る攻防戦は、開始されてから約一ヶ月が過ぎようとしていた。
このひと月の間に村の北半分(山の下側)がカロワニー軍に奪われ、我々は残された南半分をどうにか死守しているという状況にある。
戦況はこちらにとって極めて悪い。だが、辛うじて戦線の崩壊にまでは至っていない。ギリギリの所で持ちこたえている。
その最たる理由。
それは楽園村の男達の参戦にあった。
「うおおおお! 人間は俺達の村から出て行け!」
「ここからは一歩たりとも進ませないぞ!」
「バカ! お前達、前に出過ぎだ! 下がれ、下がれ!」
後退する敵に釣られて飛び出した村の男衆を、クロコパトラ歩兵中隊の隊員達が慌てて止める。
「クロ子! 二等兵達を頼む! このままじゃ敵に囲まれてやられちまう!」
『ハイハイ。全く余計な手間をかけさせおって。風の鎧!』
私は身体強化の魔法を発動させると、バリケードの上をひとっ飛び。そのまま男達の前に回り込んだ。
「く、クロ子!?」
『コラ、二等兵達! 調子に乗り過ぎ! あんたらの役目は陣地の防衛って言っといたでしょうが!』
ここで義勇兵のリーダー、雰囲気イケメンのロインが駆け付けると、男達を怒鳴り付けた。
「お前達、いい加減にしろ! 何度勝手なマネをすれば気が済むんだ! 戦場で命令を破れば、自分達だけではなく、味方の命まで危険に晒す事になるというのがどうして分からないんだ! クロカンの指示に従え! 彼らは戦いのプロだ! その指示が聞けないような者は必要無い! 今すぐ二等兵を止めて後方に下がっていろ!」
「す、済まなかったよロイン。つい頭に血が上ってしまったんだ」
男達はバツが悪そうな顔を見合わせると、親と子程も歳の離れたロインに頭を下げた。
「だから謝るなら俺にじゃなく、クロ子やクロカンの隊員達にだろうが!」
「まあまあ、ロイン。そう怒鳴ってやるなよ。幸い被害は出てないんだしさ」
「そうそう。戦場でカッとなって飛び出してしまうくらい良くある事さ。ウチだってカルネっていう悪いお手本がいる訳だしな」
「テメエら、サラッと俺の悪口を混ぜてんじゃねえ!」
クロカンの大男、第一分隊隊長のカルネのツッコミに笑いが起き、険悪だった空気が少しだけ和む。
やれやれ、相変わらずお人好しなヤツらだこと。まあ、そこがコイツらの良い所なんだけどな。
そんな中、ロインだけは険しい表情のままだった。というか、最近のロインはいつもこんな顔をしてる気がする。
村の男衆の配属は義勇兵の下。つまりロインが彼らの指揮官なのだ。
いくら被害は出なかったとはいえ、指揮官としては、部下達の身勝手な行動を見過ごす訳にはいかないのだろう。ロインがキレそうになっているのも当然だ。
実際、私としてもこうまで手間をかけさせられると、いい加減、一度くらいは見捨てて痛い目に遭わせてやりたくなって来る程だ。
まあ、本当にそれをやって、恐怖で委縮されたら戦力にならなくなるのでやらないけどな。
開戦当初のこちらサイドの戦力は、我々クロカン(槍聖サステナと女戦士マティルダを含む)と、ロインをリーダーとする義勇兵を合わせた百人程。それにマサさん達黒い猟犬隊の三十匹が加わった程度だった。
対するカロワニー軍は約千人。
戦力比で言えば1対10。圧倒的に攻撃側が有利、我々が不利な状況で戦いは開始された。
この劣勢を覆すべく、私が取った作戦は漸減邀撃戦。戦っては後退、戦っては後退を繰り返しながら、複数の陣地で敵を迎撃し、少しずつ敵に出血を強いるという戦法である。
それでもこちらには戦線を維持するためのギリギリの戦力しかない。遠からず戦線が破綻するのは火を見るよりも明らかだった。
先の見通しの立たない厳しい戦い。
そんな中、楽園村の大人達(男)が、ロインを通じて戦いへの参加を希望して来たのである。
『えっ? そりゃあコッチとしては正直大助かりだけど・・・。ええと、ロインの目から見て彼らって大丈夫そう?』
私は直ぐにでも飛びつきたい気持ち半分、警戒心半分といった感じでロインに尋ねた。
戦力が増えるのは素直に有難い。てか、超嬉しい。
だが、指揮官としては手放しで喜ぶ訳にもいかない。
楽園村の人口は約五千人。人数だけで言えば、我々クロカンよりも楽園村の村人達の方がずっと数が多いのである。
『部隊内に大人数を擁する別の組織が生まれるのはマズいんだけど。そうでなくても、ギリギリの所で戦っている状況な訳だし。ここで指揮系統まで割れるようなら、マジで戦線崩壊待ったなしだから』
そう。楽園村の人口は約五千人。ザックリその内半分が女性。そのまた半分が戦場に立てる年齢ではないと考えたとしても、戦力として見込める男手はザッと千人程。
我々の十倍もの人数が――それも戦いを知らない素人が参加する事になるのだ。
【真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である】。ナポレオンの有名な言葉である。(※ちなみに本人が言ったのではないという説あり)
庇を貸して母屋を取られるではないが、味方に足を引っ張られるようでは本末転倒なのだ。
「それなら大丈夫だ。みんなには戦いに加わるならクロカンの命令には絶対に従うよう、強く念を押しているからな。クロ子達に迷惑はかけないはずだ」
言ってる事は分かるけど、その言葉だけでどこまで信じていいのやら。
とはいえ、ここに来ての戦力の増強は魅力的過ぎる。「信用出来ないから」という理由だけで断るには、あまりにも惜しい提案である。
『そもそも、なんで今更? 戦うつもりになったのなら、別に私らみたいな余所者の指揮下に入るんじゃなくて、自分達だけで戦ったって良い訳じゃない?』
私の呟きに、ここまで黙って話を聞いていた、副隊長のウンタが口を開いた。
「違うなクロ子。彼らが戦う決意をしたのは、俺達がいたからじゃないか? 俺にはこの村のヤツらの気持ちが分かるような気がする。お前には想像すら出来ないかもしれないが、俺達亜人にとっては人間というのはそれ程までに恐ろしい存在なんだ。仮に戦う羽目になったとしても、目の前で何人かがやられてしまえばもうそれまで。途端に恐怖で逃げ出す者が出て来てもおかしくはないだろう」
『いや、私だって普通に戦場は怖いと思うけど?』
ウンタは私の事を何だと思っているんだ?
納得出来ない私とは逆に、ロインは驚きに目を見張った。
「まさかクロカンの隊員に、俺達の気持ちを理解して貰えるとは意外だったな。なんて言うか・・・あんた達と俺達とは根本的に違うものかと思ってたんだが」
「そんな訳はない。前にも言ったが俺達だって一年程前まではここの村の連中と大した違いはなかったんだ。だが、俺達の村が人間の部隊に襲われ、それをクロ子とククト――村の若者の二人に助けられてから状況は変わった。俺達はクロ子と一緒に戦場に行き、そこで人間の軍隊と戦い、人間は得体の知れない恐ろしい何かなどではなく、俺達亜人とさほど変わらない存在であるという事を知ったんだ」
「そう! 俺が言いたかったのはそれなんだ! 村の連中も俺達やあんた達が人間を相手に戦っているのを見て、亜人でも人間と戦えるという事を知ったんだよ!」
「人間も絶対ではないと」
「正にそれだ!」
ロインはボンヤリと感じていた事をハッキリと言語化されたのが嬉しかったのか、興奮に大きく身を乗り出した。
なる程。そういう理屈なら納得出来る。
ネットも無ければテレビも無いこの世界。楽園村の亜人にとって、人間とは話でしか聞いた事のない未知の存在だったのだろう。
恐怖心というのは、未知から生まれるものだ。幽霊が怖いのも。暗い夜道が怖いのも正体が分からないからである。昼間の道が怖くないように、もしも科学的に霊魂の存在が解明されたなら、当たり前のモノとして大して話題にも上らなくなるだろう。
我々の戦いを見て、亜人達は人間の事を知った。無知が既知に変わり、人間も自分達とさほど変わらないスペックの生き物である事を知った。
そして何より、彼らは亜人でも人間を相手にして戦う事が出来るという事実を知ったのだ。
ウンタは私に振り返った。
「クロ子。俺はここの村人達を受け入れても良いんじゃないかと思うが、お前の考えはどうだ?」
『――まあ実際、戦力は喉から手が出る程欲しい所だし、断る理由はないかもね』
もし仮に断って、勝手に戦われても迷惑なだけだし。だったら管理下に置いておいた方がまだマシなんじゃなかろうか?
私の返事にロインはパッと安堵の笑みを浮かべた。
どうやら見えない所ではかなり強めにプレッシャーをかけられていたようだ。
『待った! その代わり、村人達にはロインの方から良く言い聞かせておいて貰うわよ? 今の私達には、足手まといのおもりをしながら戦うような余裕はないから。こちらの命令に従えないようなら、むしろ邪魔でしかないから』
「勿論だ。みんなには俺の方から良く言い聞かせておく」
「それじゃ村人達の立場はどうする? ロイン達と同じ義勇兵でいいのか?」
ウンタの問いかけに私は少し考えた。
たかだか三日程度とはいえ、一応は私(と水母)の下で訓練を受けた義勇兵達と、途中参加の村の男衆を同列に扱うのもどうだろうか?
『いや、義勇兵とは分けて考えましょう。立場としては義勇兵の下で。名称は・・・そうね、二等兵でいいかな』
二等兵は陸軍の一番下の階級となる。義勇兵の部下が二等兵というのもおかしな話だが、入隊したての兵士が最初に与えられる階級だし、案外、今の彼らに相応しい呼び名じゃないだろうか。
ちなみに二等兵の事を英語でプライベートと呼ぶのは、封建時代に領主が私的に集めた兵士――私兵の名残と言われている。そういう意味でも彼らにお似合いなんじゃないかと思うがどうだろうか?
「二等兵か。了解した。彼らの事はお前に任せたぞロイン」
「ああ、勿論だ」
ロインは力強く頷いた。
こうして我々は予想外の戦力を得たのだった。
しかし、彼らは参加早々、我々の手を焼かせる存在となった。
なにせ戦闘とケンカの区別すらロクに付けられない村人なのだ。命令に従わせるだけでも一苦労なのは分かるだろう。
二等兵達は慣れない戦いに右往左往して戦場を引っ掻き回した。
いくら彼らの指揮はロインに任せているとはいえ、目の前でむざむざ味方がやられるのを放っておく事は出来ない。
結局、クロカンは総出で彼らのサポートをする羽目になり、余計な苦労を背負い込む事になったのだった。
間に挟まれる形となったロインが、日に日に険しい顔になっていく訳である。
中間管理職は辛いよな。私自身は会社で働いた経験はないんだけど。
そんな訳で二等兵自体は確かにお荷物な存在だったが、兵士の数、イコール、戦力のこの世界においては、やはり数の力という物はバカにならない。
我々が一ヶ月にも渡ってカロワニー軍の侵攻を食い止める事が出来たのは、間違いなく彼らの協力があったがゆえである。
カロワニー軍としても、まさかたかが亜人の村を制圧するのにこれ程手こずる事になるとは予想外だったのではないだろうか?
しかし、そんな予想外の健闘がありながらも、結果は辛うじて持ちこたえているといった状況である。カロワニー軍は次第に、そして着実に、その支配領域を広げて行った。
我々に残されている時間は少ない。
そして逆転の糸口はまだ見つかっていない。
私はジワリジワリと真綿で首を絞められているような圧迫感を覚えていた。
次回「メス豚と戦う理由」