その463 ~義勇兵の乱~
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ロインを代表とする楽園村の若者達がクロ子達クロコパトラ歩兵中隊の指揮下に入り、義勇兵となったその翌日。
彼らは半日も経たずに自分達の指揮官に反旗を翻していた。
これがこの後、酒の席の度に亜人達が(主にクロカンの隊員達が)話題に上げる事となる鉄板中の鉄板ネタ。
新兵達による反乱。【義勇兵の乱】である。
「みんな、止めろ! 落ち着くんだ!」
義勇兵の代表、亜人兄弟の兄ロインは、いきり立つ仲間達を必死になって呼び止めた。
「俺達は義勇兵になった時、クロ子の指示に従うと約束したじゃないか! みんな自分の言葉を忘れたのか?!」
しかしそんな正論では追い詰められ、頭に血が上った仲間達の精神を鎮静化する事は出来なかった。
「確かに約束はしたが、だからといって何をしてもいいって事にはならないだろう! 世の中には限度という物があるだろうが!」
「そうとも! 俺達はクロ子の奴隷じゃない!」
「もうビリビリするのはイヤなんだ!」
義勇兵の若者達は、そこら辺に置かれていた農具を手に取ると、自分達に理不尽を強いる圧制者――クロ子とその手先である水母――に詰め寄った。
ロインは慌てて目の前の男の腕を掴んだ。
「バカ! 止せ! ていうか、そもそも俺達が束になってかかったってクロ子に敵う訳がないだろうが!」
ロインの正論は、残念ながら仲間達の耳には届かなかった。
それもそのはず。サンキーニ王国からここ、楽園村に戻って来るまでに、何度もクロ子の魔法を間近で見ているロインとは違い、村の若者達の目にはクロ子は無害な子豚にしか見えていない――その小さな体に秘められた規格外の強さを知らなかったからである。
男達の憎悪の視線を浴びて、しかしクロ子はふてぶてしくブヒッと鼻を鳴らした。
『奴隷になった訳じゃない? このクズ共が! お前達はまだ自分が人間だとでも思っていたのか?! 今の貴様らはウジ虫以下のミジンコだ! この世界で最も劣った下等生物だ!』
「「「この野郎! 言わせておけば!」」」
『自在鞭×10!』
クロ子が魔法を発動させると、彼女が足場にしていた大きな水瓶から細い水の棒が十本、立ち上がった。
水の棒は、ヒュン! 風切り音を上げると、まるでムチのようにしなり、いきり立つ青年達へと振り下ろされた。
バチン! バチバチン!
「ぎゃああああああ!」
「痛ってえええええ!」
水のムチに打たれた者達がもんどりうって地面に転がる。
攻撃に殺傷力はないらしく、激しい痛みを訴えてはいるものの、血を流したり動けなくなっている者はいないようだ。
とはいえ、突然の予想外の出来事に、青年達は一瞬、怒りを忘れて鼻白んだ。
その隙を見逃すようなクロ子ではなかった。
『鬼軍曹。やっておしまい』
『鬼軍曹、否定。水母。――教育的指導』
「なっ?! よ、よせ! あばばばばば!」
「ま、またコレかよ! うぎゃああああああ!」
クロ子の背中のピンクの塊から半透明な触手が伸びると、青年達に電気ショックを浴びせた。
「だ、ダメだ! 逃げろ!」
『そうはいくかい! 風の鎧!』
「止めろ! た、助けて――あばばばばば!」
慌てて逃げ出す男達。
しかしクロ子は身体強化の魔法で軽々と彼らに追いつくと、背後から次々に水母の電気ショックをお見舞いしていった。
正に阿鼻叫喚。
やがて動く者のいなくなった広場にポツンと一人。この騒動に加わらなかったロインだけが立ち尽くしていた。
「だから止せと言ったのに・・・。俺達がクロ子に敵うはずがないだろうが。ん?」
その時、彼の目は細い触手が伸びて来ると、自分の腕に触れるのを見た。
「え? なんで俺に――あ痛たたたたたた!」
不意打ちの電撃に悶絶し、地面に倒れるロイン。
クロ子は驚いて背中のピンククラゲに振り返った。
『えっ? ちょっと水母。なんで今、ロインにまで電撃をお見舞いした訳? ロインはこの騒ぎに加わっていなかったじゃない』
クロ子の指摘にピンククラゲ水母は、『あ、ヤベ』といった感じで一瞬、動きを止めたが、直ぐにフルリと小さく揺れた。
『連帯責任』
『連帯責任ってアンタ・・・まあ、それでいいか』
なんという理不尽。
肉体的疲労と電気ショックで動けないロインは、クロ子と水母の会話を聞きながら、『どうしてこうなった』と、今朝からの出来事を述懐するのだった。
さて。今朝の事である。
クロ子はロイン達義勇兵の青年達を、村の広場に集めていた。
一体何事が始まるのかと野次馬達が興味津々に見守る中、クロ子は事前に用意しておいて貰った大きな水瓶の上に飛び乗った。
『義勇兵諸君! 昨夜約束をしていた通り、君達は本日、この時をもって私の指揮下に入って貰う事になった! 諸君達も知っての通り、現在、この楽園村はカロワニー・ペドゥーリの私兵達との戦いが目前に迫っている!』
義勇兵達は緊張の面持ちで仲間同士、小さく顔を見合わせた。
思えばこの時が一番、義勇兵達にやる気と使命感が満ち溢れていたかもしれない。
『この切迫した状況下において、我々には一刻の猶予も残されていない! 今、この村に必要とされているのは、一人でも多くの兵士! 戦う男である! 本当であれば、諸君達には時間をかけて、技量と精神を養って貰うべきであろう! だが、先程も言った通り、我々にその猶予は残されていない! 諸君らには戦端が開かれる前に一人前、いや、最低でも半人前にはなってもららう必要がある! そうでなければこの戦いに我々が勝利する事は出来ないだろう!』
ここでクロ子は言葉を切ると義勇兵達の顔を見回した。
『諸君らに厳しい訓練に立ち向かう覚悟はあるか?! 血を吐き、地面を舐めてでも苦難を乗り越え、戦う戦士となる勇気と気概はあるか?!』
「おおっ! 勿論だ!」
「この村は俺達の村だ! 人間達の好きにさせてたまるかよ!」
「そうとも!」
青年達の雄叫びが朝の村の空気を揺らした。
クロ子は彼らのやる気に溢れた声に満足そうに頷いた。
『お前達の覚悟、確かに受け取ったぞ! ではこれよりクロ子式新兵訓練を開始する!』
「「「お、おう?!」」」
後に彼らは、この時、勢いに乗ってクロ子の言葉を受け入れた事を死ぬ程後悔する羽目になるのであった。
『誰が手を休めていいと言った! 大声を出せ! 貴様らに許された言葉はサーとイエッサーだけだ! ケツの穴を引き締めろ! ダイヤのクソをひねり出せ!』
「「「さ、サー! い、イエッサー!」」」
こうして唐突に始まった、クロ子式新兵訓練。
その内容はウンタ達クロコパトラ歩兵中隊に対して行った時と同様、新兵達の心をへし折る所から始められた。
義勇兵達はクロ子のその場その場の思い付きで、腕立て伏せからスクワット、無意味に立ったり座ったり、その場で駆け足を続けたり。
いつ終わるとも知れない拷問めいたシゴキに、彼らは肉体的にも精神的にも追い詰められて行った。
周りに集まった村人達も、最初はこの様子を物珍しそうに眺めていたが、気の毒そうな顔をしながら徐々にこの場から立ち去って行った。
こうして地獄のシゴキが始まって約半日。
新兵達が音を上げ、クロ子の横暴に対して反旗を翻したのは、先程、冒頭で述べた通りである。
そして現在。
広場にはクロ子に制圧され、死屍累々となった義勇兵達の姿が転がっていた。
土木作業の昼休みで様子を見に来たクロコパトラ歩兵中隊の隊員達は、この悲惨な光景に呆れ顔になった。
クロカンの大男カルネが、騒ぎの元凶、クロ子に声を掛けた。
「おい、クロ子。いくらなんでもコレはやりすぎなんじゃないか? 少しは遠慮してやれよ」
『何よカルネ、何か文句でもある訳? てか、今回はガチで時間がないから、多少は荒療治は仕方ないでしょ。新兵訓練も二回目だし、その分だけ前回の時よりも最適化は図れているとは思うし』
「最適化って。お前はそうでも、受ける側は今回が初めて――」
「よせ、カルネ。そのくらいにしておけ」
続くカルネの言葉を、副官のウンタが遮った。
「俺達が言わなくても、クロ子ならそれくらいの事は分かってやっているさ」
「そうか? 俺にはクロ子がたまに良くやる暴走にしか見えないんだが」
ウンタはカルネの反論にかぶりを振った。
「訓練で死にそうになっても本当に死ぬ訳じゃない。だが、戦場で心が弱ってしまったら命はない。俺達クロカンの隊員はその事を経験で良く知っている。だが、ここにいる義勇兵達にはまだそれが分かっていない。もし分かった時には何人かが死んだ後の事だろう。クロ子は誰よりもその事を知っている。だから訓練で済む今のうちに義勇兵達に厳しく当たる事で、将来の犠牲者の数を少しでも減らそうとしているんだ」
「それは・・・確かにそうかもしれねえが」
今の説明に思い当たる節があったのだろう。カルネはややバツが悪そうに顔をそむけた。
ウンタはそんなカルネに小さく苦笑するとクロ子に向き直った。
「そうだろう? クロ子」
『えっ?』
「えっ?」
『・・・・・・』
「おい、クロ子。お前まさか、本当に何も考えずにノリだけで行動していた訳じゃ・・・」
『さ、さあ、ここからは巻きで行くぞ、巻きで! お前達いつまで寝てるんだ! 楽しい訓練の再開だ!』
「「「さ、サー! イエッサー!」」」
「クロ子・・・お前」
クロ子は呆れるウンタを無視。義勇兵達を叩き起こすと地獄の新兵訓練を再開するのだった。
このクロ子の訓練は、敵軍に明確な動きがあった四日後の朝まで、丸三日間に渡って続けられた。
カロワニー軍動く、の知らせを聞き、義勇兵達の心はこれから戦いが始まるという恐怖より、ようやくこの地獄から解放されるという安堵の思いに満たされていた。
「まさか俺達の村に攻めて来る人間の軍隊に感謝の気持ちを感じる日が来るなんてな・・・」
義勇兵達のリーダー、ロインが思わず漏らした呟きに異論を唱える仲間は誰もいなかった。
次回「メス豚と防衛戦の始まり」




