その458 メス豚と楽園村の地理
「なあ、この家は使っていないのか?」
「そ、そんな事はない。確かに今は誰も住んでいないが、少し前までナックさんの所の――」
「おおい、丁度いい空き家を見つけたぞ! 解体するから誰か人を回してくれー!」
「分かった! こっちはそろそろ片付くから、そこはウチの分隊が受け持つ事にするわ! それ引くぞ、せーの!」
クロコパトラ歩兵中隊の隊員達が、柱に括り付けたロープを引っ張ると、バキバキと音を立てて小屋の屋根が崩れ落ちた。
我々はこうやって使っていない家や使用頻度の低い小屋を探しては解体。
発生した廃材を使って村のあちこちにバリケードを築いていた。
楽園村の村人達は、我々の作業を手伝うでもなく、かと言って何か文句を言って来るでもなく、ハラハラしながら遠巻きに我々の作業を見つめていた。
『まあ、文句を言おうにも、サステナが目を光らせているから、怖くて何も言えないだけなんだろうけど』
「ああん? 何でいクロ子。妙に含みのある目でこっちを見てんじゃねえよ」
槍聖サステナは胡乱な目で私を見下ろした。
さっきからサステナは周りに指示を出すだけで、自分では板一枚、石ころ一つ運んでいない。
この男。協調性はないわ、何かと不満をブー垂れるわで、ハッキリ言ってチームのお荷物なんだが・・・あの凄まじい技の冴えを見てしまうとなあ。
ハッキリ言おう。こと戦いにおいては、サステナの能力は我々の中でもズバ抜けている。
ぶっちゃけ、ガチで戦ったら私でもヤバイと思う程だ。
これで人間性がチンピラじゃなければなあ・・・。
てか、今生で私が知る達人達の中でも、サステナは間違いなく五本の指に入るのではなかろうか?
ちなみに転生初期の頃は不動のトップ、ぶっちぎりの一番だったショタ坊村の村長、ガチムチは、既にランキング外に転落している。
私の世界もあの頃より広がっているからね。仕方がないよね。
そんな事を考えていると、慌てた様子の中年男性が現れた。
この人の良さそうなマスオさんフェイス。亜人兄弟ロインとハリスのパパの――ええと・・・なんて名前だったっけ?
私の背中でピンククラゲがフルリと震えた。
『村の支配者ユッタ』
そうそう、それな。ユッタパパ。
てか、村の支配者はないだろ、村の支配者は。また、見た目とのギャップがハンパじゃないんだけど。
「みなさん、何をやってるんですか! 直ぐに止めて下さい!」
ユッタパパはクロカンの隊員達の前に飛び出すと、両手を広げて彼らを押しとどめた。
「息子達を無事、連れて来てくれた事には感謝しています! けど、これは酷すぎです! どうしてこんな事をするんですか?!」
「いや、どうしてって言われても――なあ?」
ユッタパパの必死の形相に、クロカンの隊員達は困り顔を見合わせた。
「おい、クロ子」
『分かってる。ユッタパパ村長――長いな。村長でいいか。村長、落ち着いて。今から事情を説明するから。何も私らは好きで家を壊している訳じゃないから』
丁度いいか。ついでにここに集まった村人達にも聞いて貰おう。
私がユッタパパに説明を始めたその時だった。村の外からアオーンアオーンと犬の遠吠えが響いた。
『あっと、外に出ていたマサさん達が帰って来たみたい。ゴメンね、村長。続きはウンタかサステナから聞いて頂戴。風の鎧!』
私は身体強化の魔法をかけると、放たれた矢のように、この場から駆け出した。
「ちょ、ちょっとクロ子ちゃん?!」
私の背中にユッタパパの悲鳴にも似た呼び声が届く。
何だろう、この得も言われぬ罪悪感。
だが、村の外の偵察から帰って来たマサさん達、黒い猟犬隊の情報次第では――つまりは敵の動き次第では――即座に今の作業を切り上げ、迎撃の準備に入らなければならない。
タイムイズマネー。ユッタパパには悪いけど、今は時間こそが我々にとっての味方であり、我々を追い詰める敵でもあるのだ。
村の外を目指して走っていた私は、その途中でマサさん達と合流した。
『みんなご苦労様。どうだった? それらしい敵部隊は見つかった?』
『黒豚の姐さん! 命令通り人間達を探して来やした! 一番大きな群れはここを真っ直ぐ下った所にいます!』
一番大きな群れ。つまりは敵の本隊という訳か。
『良くやった。早速だけどそこまで案内して頂戴』
『『『応!』』』
私に褒められた黒い猟犬隊の犬達は、ワンワンキャンキャン、嬉しそうに尻尾をブンブン振りながら私の周囲を走り回った。
てか、お前ら興奮し過ぎだっつーの。そんなにまとわりつかれたら邪魔で仕方ないだろうが。
こんなふざけた走り方でも、我々は結構な速度で山の中を駆け抜けている。
その理由は、黒い猟犬隊の犬達もクロカンの隊員達と同様に、劣化・風の鎧が使えるため。つまりは、なんちゃって身体強化の魔法を使っているためである。
こうして山を走る事しばらく。
我々は敵部隊の本隊(と思わしき集団)が野営を行っている場所へと到着したのだった。
『――とまあ、そういった感じで、偵察を切り上げて引き返して来たって訳』
ここは楽園村の一角。
私は集まったクロカンの隊員達に見て来た内容を説明した。
隊員達は一様に戸惑いの表情を浮かべている。
ちなみにマ〇オさんことユッタパパはここにはいない。ウンタ達から聞いた話を他の人達と協議すべく、村の公民館にとんぼ返りしたんだそうだ。忙しいっすね。
第一分隊隊長の大男、カルネが私に尋ねた。
「あー、するってえとクロ子。敵は今日はもう攻めて来ないって事でいいのか?」
『兵士達が野営の準備をしていたって事は、まあそうなんじゃない? 一応はこちらの油断を誘うための罠、って線も完全にゼロではないと思うけど、雰囲気的にはなさげだったかな』
そう。敵は武器を降ろして、野営の準備を始めていたのである。
自分達で攻め込んでいながら、なぜ本隊は動かない? ひょっとしてこれは何かの罠?
私はしばらくの間、用心しながら敵部隊を観察していたが、特に怪しい所はなく、普通に野営の準備をしているようにしか見えなかった。
『黒い猟犬隊から数匹、見張りとして張り付かせているから、敵に何か動きがあったら遠吠えで知らせてくれるはずだけど』
「なんだよ。直ぐにでも敵が攻めて来るのかと思って急いでいたってのに。これじゃ頑張り損じゃねえか」
カルネはブス腐れた顔になった。
悪かったわよ。けど、まさか敵が攻めて来ないなんて思わないじゃん。
クロカンの副隊長ウンタが、不満顔のカルネを宥めた。
「そう文句を言うなカルネ。あらかじめ備えておくに越した事はないだろうが。クロ子の方の報告は分かった。次は俺達の方の報告だな」
ウンタはその場にしゃがむと、地面の上に村の地図を描き始めた。
さて、ここで簡単に楽園村の地理を説明しよう。
楽園村はカルテルラ山の中腹に作られた亜人達の村である。
大雑把に北には【西の王都】ことベッカロッテ。更にその北には我々が船で下って来た大河が流れている。
翻って南には白い雪に覆われた険しい山頂がそびえ立ち、そこから流れて出た水が川となり、村へと流れ込んでいる。
村は基本、この川の流れに沿って作られている。
川を挟んで東は東区。西は西区と呼ばれているらしい。そのまんまだな。
家は南に――山頂に上る程古く、北に下る程新しく作られた物が多くなっている。
これは傾斜の緩やかな方、農地に適した北の方へと次第に村が大きくなっていったためだと思われる。
ちなみに私が敵部隊と戦ったのは、村の最も北に位置する場所。一番最近になって開拓された区画という事になる。
東区も西区も、南に上る程家も増え、人口密度が高く、北に下る程、家もまばらになり、畑の面積が増えて行く。
これは北が新規開拓地という事もあるが、南の方が生活しやすいためである。
傾斜の険しい古い南の区画よりも、傾斜が緩やかで新しい建物の多い北の区画の方が住みやすいんじゃないかって?
確かにそうなんだが、忘れちゃいないだろうか? この村は川に沿って作られているという事を。
川の水は村人達の生活用水。
飲み水には井戸水を使っているようだが、顔や体、食器や服を洗ったり、庭の畑に撒く水なんかは川の水を使っているのである。
つまりは、南に行くほど川の上流。新鮮な水、綺麗な水が使えるが、村の北だとゴミが浮かんでいるような残念な水しか使えないという事になるのだ。
といった訳で、村の建物は上流である南に集中している。
北は言い方は悪いが、貧乏人が住む区画――お金に余裕のない人や、貯えのない若い夫婦が住む区画――という印象である。
同じ亜人の村でも、原始共産制の我々メラサニ村とは違い、五千人もの人間が暮らしていると、どうしても貧富の差というものが出来てしまうようだ。
亜人といえども人間だからね。仕方がないね。
さて、現状である。
人間の軍隊こと、カロワニーの私兵達は、村の北を半円状に取り囲んでいる。
村全体をグルリと取り囲んでいるんじゃないのかって? 村の南は険しい山だっつっただろうが。ンなトコにどうやって部隊を配置するんだよ。
そこで私は村の北区画と南区画の境目を絶対防衛戦。最終防衛ラインと決めた。
とは言っても、ここが境目という場所が具体的にある訳じゃないんだけど。
なにせ区画整理すら一切行われていないのだ。自然発生的に広がって来た村である以上、それもまた当然。仕方がない事だろう。
この方針だと、北区画はバッチリ戦場になるが、これもまたやむなし。
手元に全てを守る戦力がない以上、我々はどうしても優先順位を決めなければならないのだ。
北区画の人達には南区画に避難して貰う。
その上で被害は北区画に留め、南区画は絶対に死守するのである。
「部隊は川を挟んで東と西の二手に分ける必要がある。正直、どちらかを切り捨てられれば楽なんだが――」
『それはダメ。それをしたら村人からの協力が得られなくなるから』
さっきも説明したが、北区画に住んでいるのは貧乏人。言っちゃ悪いが彼らが被る経済的な被害は、村全体から見ればまだ許容できる範囲だろう。
だが、東区、ないしは西区を切り捨てた場合、捨てた側――つまり村のほぼ半数の人間から不評を買う事になる。
これはマズい。
協力が得られなくなるだけならまだいい。最悪、恨みを持った味方に後ろから刺されるような事にすらなりかねない。
「だがクロ子。守り切れなくなった場合はどうする? 二ヶ所を守れず、どちらかに戦力を集中しなければならなくなったら?」
『その場合は当然、どちらか選ぶ事になるでしょうね。でも未来の危険を理由に、今の我々が村人達から恨みを買う必要はないわ。その時になったら村の人間が自分達で選べばいいのよ』
「・・・マジかよ」
隊員の中には私の辛辣な物言いに呆れる者もいるが――相変わらずお前らは甘ちゃんだな。
まあ、そのお人好しな部分がコイツらのいい所でもあるんだが。
とはいえ、「ここまで来たから」「放っておけないから」なんて理由で戦う私もあまり人の事は言えないか。
次回「メス豚と長老会」




