その42 メス豚対ゴリラ
次の部屋で私達を待ち構えていたのは大きなゴリラだった。
いやまあゴリラの大きさなんて知らないから、実はゴリラにしては小柄な方なのかもしれないけど。
今まで戦って来た角付き生物の例から考えると、きっと大きい方なんだろう。多分。
『チョロチョロと、小賢しい』
イライラとこん棒を振り回すゴリラ。
そして流石はゴリラ。今までの相手の中では一番流暢に言葉を話している。
ちなみに人間とゴリラの遺伝子の違いは1.75%。
これはチンパンジーに次ぐ近似値なんだそうだ。
つまりゴリラは人間並みに頭の良い生き物なのだ。
ん? だったらこんな風に戦わなくても、ワンチャン話し合いで解決出来ないか?
『ちょっと待って! 私達はアナタの敵じゃない!』
強敵は逆に考えれば、味方になればこの上なく頼もしい存在、とも言えるんじゃないだろうか?
仲間にする事が出来ればここから脱出する力になるかも。
『獲物。ご馳走。逃げるな』
・・・あ、うん。ダメだこりゃ。
私達の事をご飯としてしか見ていない模様。
考えてみれば人間同士だって戦争で殺し合っている世界だ。異種族間で対話なんて成り立つわけない。のか?
よし。気持ちを切り替えよう。コイツは敵。OK?
『避けるな。当たれ』
無茶言うな!
そんなに馬鹿デカイこん棒に当たったら死んじゃうだろうが!
そんな事を考えながらも、私はゴリラの振り回すこん棒をヒラリヒラリと躱している。
その動きは豚の動きの限界を超えている。
魔法による身体強化の賜物である。
そう。これが私の新魔法、風の鎧による身体強化だ。
謎の存在”X”は、自分が生み出した角付き生物と私とを戦わせてデーターを取っているつもりかもしれないが、実はそれは諸刃の剣。
私も彼らとの戦いの中で彼らの使う魔法を学んでいたのだ。
さっきの部屋での休憩中、私は強敵の魔法が自分にも使えないか試していた。
『確か巨大洞窟蛇の使っていたステータス強化魔法はこうだっけ・・・』
見よう見まねなので最初のうちは少々手こずったけど、そこはナチュラルボーンマスター・クロ子。
魔力の操作はお手の物ですよ。
ブヒヒヒッ。戦った相手の力を我がものとして強くなる。
これって最強キャラの王道強化方法なんじゃない?
よし、発動成功だ。さすがは私。
『って、あ、あれっ? 確かにこうだったと思うんだけど。これって本当にステータス強化魔法なの?』
私は驚いて自分の体を見回した。
確かに巨大洞窟蛇はこの方法で私の魔法を防いでみせた。
だからてっきりこれって自分の魔法防御力を上げるステータス強化魔法だとばかり思っていたけど・・・この感覚だとどうやら違ったようだ。
『なんて言えばいいのか・・・ 風が体の表面で対流している感じ? これに何の意味があるわけ――って、コラ! 危ないでしょコマ!』
私が不思議そうに自分の体を見回しているのが気になったのだろう。いつの間にかコマが近寄ってきて私の体を鼻でつついていたのだ。
「キュウン」
『いや、怒ったわけじゃないから。それよりもアンタ何ともないわけ?』
「ワン!」
元気に返事をするコマ。
この風に攻撃力は無いらしい。なんでやねん。ますますもって謎の魔法だ。
『どこかで魔法の構築を間違えたのかな――うわっ!』
一歩足を踏み出して私は驚いた。自分の体が驚くほど軽く感じたのである。
これは一体?
私はその場で飛び跳ねてみた。
『お、おう。な、なんじゃこりゃ!』
「ワンワン! ワンワン!」
まるで体重が半分になったみたいに私の体は軽々と宙に舞った。
驚愕する私。そしてそんな私を見て何故か興奮するコマ。
『そうか! これは行動速度アップの魔法だったのか!』
私は巨大洞窟蛇の巨体に似合わない素早い動きを思い出した。
この魔法効果があの動きを可能にしていたのか。
だとすれば巨大洞窟蛇に私の魔法が効かなかった理由は一体・・・
『あっ! ひょっとしてこの空気の流れか?!』
最も危険な銃弾の原理は風の渦を高速回転させ、生じた渦の塊を弾丸のように飛ばすものだ。
おそらくだがこの空気の流れが風の弾丸の流れに干渉して、エネルギーを散らせてしまったのではないだろうか。
その結果、最も危険な銃弾は炸裂しない――魔法がレジストされた――ように見えたのかもしれない。
『うわ、マジか。本当に私の魔法に対するピンポイント・メタだったんだな』
今更ながらそんな相手に良く勝てたもんだ。
それはさておき原理が分かれば自ずと対策の手段も判明する。
要は風系統の魔法を使わなければ良かったのだ。
『魔法耐性を上げる効果だと思って諦めていたけど、例えば火系統の魔法とかを使えば効果があったのかもね』
昔の拳法の達人は「千招有るを怖れず、一招熟するを怖れよ」と言ったそうだ。
つまりは「千の技を持っている相手は怖くないが、一つの技を習熟した相手は恐ろしい」といった意味らしい。
しかし今回の件で、こと魔法戦闘においては一つの属性に絞るのは危険な事が分かった。
私も最も危険な銃弾以外に得意魔法を作っておくべきだろう。
『まあそれは今後の課題としようか。ひとまずこの魔法は風の鎧と名付けよう。さて、次は大ネズミの魔法を試すか』
こうして私は対戦相手の魔法を次々に習得していったのだった。
私はゴリラの大振りの攻撃をヒラリヒラリと躱しながら的確に魔法を撃ちこんでいった。
蝶のように舞い蜂のように刺す。奴には私の姿は見えない。見えない相手を打てるわけが無いだろう。
今は亡き偉大なボクサー、モハメド・アリの名言である。
いくらタフなゴリラでもこうも連続で魔法を食らえば平気ではいられない。
体中から血を流して今や虫の息だ。
ズシーン・・・
ゴリラはとうとう地響きをたてて地面に倒れ込んだ。
よっしゃ。止めだ!
『ま、待て! 待ってくれ!』
ゴリラは手を伸ばして私を制止した。
『俺と手を組まないか。俺達が力を合わせればここから出られるかもしれない』
『・・・』
いやいや。今それを言うかな。
そもそも私の事をご馳走としてしか見ていない相手と手を組むのなんてごめんなんだけど。
「ワンワン!」
『うるさい! この犬肉が!』
ゴリラはコマに殴りかかったが、フラフラの攻撃ではコマを捉える事は出来なかった。
てか犬肉って何だよ。私達の事を食用としてしか見ていないのが丸わかりじゃないか。
『アンタにかける情けは無い。あの世で己の言動を振り返るがいい。最も危険な銃弾乱れ撃ち!』
「!!」
私の魔法は正確にゴリラの顔面にヒット。
ヘッドショットを食らったゴリラは声も無く仰向けにひっくり返った。
どうやら即死のようである。
私は念のためもう一発魔法を顔面に叩き込んでからようやく一息ついた。
『あっ。そういえば私このゴリラの魔法を見てないわ』
ゴリラはずっとデカイこん棒を力任せに振り回すだけで、一度も魔法を使わなかったのだ。
なんという脳筋ゴリラプレイ。
ゴリラは人間並みに頭が良い。そんな話はどこにいった?
私は微妙な気分に浸りながら、ゴリラの死骸を見下ろすのだった。
次回「進撃のメス豚」




