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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第十三章 かりそめの楽園編
436/518

その433 ~クロカンvs妖人~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 月明かりの中、額に小さな角の生えた犬が一匹、息を切らせながら駆け寄って来た。

 黒い猟犬(ブラック・ガンドッグ)隊のリーダー、ブチ犬のマサさんである。


『ウンタ! 人間が三人! 山道をこっちに向かって来る!』

「三人? 相手が深淵(マーヤソス)の妖人だとすれば一人足りない事になるな」


 クロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の副隊長、ウンタはマサさんの情報に眉をひそめた。


「マササン。いない人間が誰だか分かるか?」

『いや、そこまでは。もっと近くまで行けば匂いで分かると思いやすが・・・』


 犬の視力は人間で言えば0.2から0.3程度と言われている。マサさん達は夜の山道を行く敵の人数までは分かっても、それが誰かまでは判別が付かなかったようだ。

 クロカンの大男、第一分隊隊長のカルネが、背中の魔法銃を背負い直した。


「なあに、戦ってみりゃすぐに分かる事だぜ。それに誰が来ようが、どの道、俺達のやる事は変わらねえだろ?」

「カルネ。そんなだから、お前はクロ子から脳筋と――いや、違うな。今回はお前の言う通りだ」


 ウンタはかぶりを振ると、マサさんに向き直った。


「俺達はこのまま現場に向かう。マササン達黒い猟犬(ブラック・ガンドッグ)隊は、打ち合わせ通り、半数は俺達と一緒に来てくれ。残りの半数は引き続き周囲の警戒とクロ子への連絡を頼む」

『応!』


 マサさんは元気よく尻尾を振ると、「ワン!」と吠えた。


「みんな行くぞ! 深淵(マーヤソス)の妖人との決戦だ! くれぐれも油断だけはするんじゃないぞ!」

「任せとけ! この場にいないクロ子の分まで俺が戦ってやるぜ!」


 戦いを前にクロカンの隊員達の士気は高い。

 胡蝶蘭館の護衛の兵士達は、そんな彼らに気圧されながらも、事前に槍聖サステナから命じられた配置に付くのだった。




 三人の男女が館へと続く小道に姿を現したのは、それから十分ほど後の事だった。

 月の光が彼らの異様なシルエットを浮かび上がらせる。

 深淵(マーヤソス)の妖人。【百足(むかで)】と【三十貫】。それに【言の葉(ことのは)】である。

 ウンタは小さく呟いた。


「やはりいないのは【手妻(てづま)陽炎(かげろう)】だったのか」


 館の護衛隊長が招かれざる客達に向けて警告を発した。


「止まれ! お前達は囲まれている! 命が惜しくばこの場から即刻、立ち去るがいい!」


 隊長の声は緊張と恐怖で僅かに上ずっていた。

 深淵(マーヤソス)の妖人達は顔を見合わせると失笑する。


「フシュルル・・・お断りたな。お前ら皆殺しにしてやるから、死にたいヤツからかかって来い」

「ひっ」

「クロカン! 魔法銃構え! 圧縮(コッキング)!」

「「「圧縮(コッキング)!」」」


 息を呑む隊長。

 クロカンの隊員達が魔法銃を構えると、カシャン、カシャンと、銃尾がロックされる金属音が響き渡る。

 その時、全員の耳に若い女の声が届いた。


【後ろを向きなさい】

「うわっ!」

「くそっ! いきなりかよ!」


 【言の葉(ことのは)】の固有魔法、強制暗示である。魔力の乗った声に、全員、一斉に背後を振り返った。

 次の瞬間――


 パンッ! パパパン!


 乾いた破裂音と共に、魔法銃の弾丸が発射された。

 幸い、同士討ちにこそならなかったものの、弾丸は目標を大きく逸れ、全弾あらぬ方向へと飛んで行った。

 初めて強制暗示を体験した兵士達は、信じられない表情で【言の葉(ことのは)】に振り返った。


「こ、これが深淵(マーヤソス)の妖人の術。前もってサステナ様から聞かされてはいたものの、まさか本当にこんな事が可能とは」

「分かっていたのに・・・従うつもりなんて全くなかったのに、気が付くといつの間にか後ろを振り返っていた、あの女の言葉には逆らえないのか」


 クロカンの隊員達は【言の葉(ことのは)】と対峙するのは二度目となる。

 しかし、兵士達と同様、強制暗示の規格外のすさまじさには、驚愕せずにはいられなかった。


「お、おい、ウンタよぉ」

「怯むな! クロ子とスイボの予想では、あの女の力は万能じゃない! 味方を巻き込まないよう、言葉を選ぶ必要があるし、一度にかなりの力を消費するそうだ! 手を出し続けろ! 敵に付け入るスキを与えるな!」

「お、おう! 圧縮(コッキング)!」

圧縮(コッキング)!」


 クロカンの隊員達は、弾込めの終わった者から、次々と魔法を発動させる。

 【言の葉(ことのは)】はウンタの言葉が図星だったのか、動揺を隠せない。


「フシュルル。姉しゃん。俺の後ろに」


 巨漢のミイラ男、【百足(むかで)】が前に出ると、その大きな体で【言の葉(ことのは)】を守った。


 パン! パン!


 弾丸は狙い過たず、【百足(むかで)】の体に命中するが、幾重にも分厚く巻かれた布がほとんどのエネルギーを受け止め、僅かなダメージしか与えられない。


「くそっ! アイツを相手にするにはもっとデカイ銃が必要だぜ!」

「弱音を吐いている場合か! とにかく撃って撃って撃ちまくれ! 敵を近付けさせるな!」

「・・・フシュルル」


 一見、クロカンは【百足(むかで)】の防御力になすすべもないようだが、だからと言って【百足(むかで)】が有利かと言えばそうでもない。

 彼の固有魔法は、かなり特殊な身体強化系。自分の体液を溶解性の性質に変化させるというものである。

 その性質上、攻撃の有効範囲は至近距離(ショートレンジ)から近距離(クロスレンジ)

 しかし、クロカンの隊員に近付けば近付くだけ、その分、魔法銃の威力も増す――発射された弾丸のエネルギーが減衰しない――という事になる。

 今はギリギリのところで防げているが、これ以上威力が増せばどうなるかは、彼にも分からない。

 それに近付けば、それだけ飛び道具の命中精度は上がる。

 流石に顔に巻いている包帯は、胴体や手足ほどの厚みはない。運悪く目にでも命中すれば失明は免れない。

 【百足(むかで)】のためらいを察したのだろう。【言の葉(ことのは)】が再び口を開いた。


【下がりなさい】

「わわわっ!」

「ま、またかよ! チクショウ!」


 【言の葉(ことのは)】の言葉に、敵味方の全員が一斉に数歩後ずさった。


「シュルル・・・姉しゃん」


 【百足(むかで)】が感謝するように振り返ると、【言の葉(ことのは)】はコクリと小さく頷いた。

 【三十貫】が「ん、んんっ」と小声で何かを訴えた。

 【百足(むかで)】は小さくコクリと頷いた。


「分かってる。俺達はおとり(・・・)なんたろ。無理はしないよ」


 【百足(むかで)】は仲間の盾になりながら後ろに下がった。


 その後、戦いは膠着状態へと陥った。

 深淵(マーヤソス)の妖人達は木の影に身を隠し、魔法銃の銃弾を防ぐ事にしたようである。

 館の兵士が何度か間合いを詰めようと試みるが、【三十貫】が巨大な戦鎚(ウォーハンマー )を振り回し、彼らが近付くのを許さない。

 クロカンの大男カルネが、魔法銃に銃弾を詰めながら舌打ちをした。


「おい、ウンタ。いつまで経ってもこれじゃキリがねえぜ。アイツら亀のように頭を引っ込めて出て来やしねえ。俺達の魔力だっていつまでも続く訳じゃねえんだ。今のうちに何とかしとかねえと」


 ウンタは魔法銃を発砲すると、愚痴るカルネに振り返った。


「敵は魔法銃の弾丸が尽きるのを待つ作戦なのかもしれんな」

「だったらヤバイじゃねえか!」

「落ち着け。魔法銃の銃弾は、俺達全員の魔力が尽きるまで撃ち続けても余裕で持ちこたえるだけの数を持ち込んでいるし、俺達が魔力を消耗しているように、敵だって魔力を消耗している。一方的に俺達だけが不利という訳じゃない」

「そうは言うがよ・・・」

「お前が焦れる気持ちも分かる。だが俺達の役目を思い出せ。俺達は何のためにクロ子と離れてここにいる」


 ウンタは 深淵(マーヤソス)の妖人達が隠れている木を見つめた。


「俺達の役目は敵をこの場に釘付けにする事だ。あそこに【手妻(てづま)陽炎(かげろう)】がいなくて手間が省けたというものだ」




 【手妻(てづま)陽炎(かげろう)】は一人、月明かりを頼りに小さな小川を遡っていた。


「情報だと、この辺りに館に水を引くための水路があるはずだが・・・」


 彼が周囲を見回したその時、近くから犬の遠吠えが聞こえた。


「また犬の鳴き声か。どうやら敵に見付かったようだな」


 敵傭兵団は、四十匹程の犬を引き連れていた。

 おそらく敵は飼いならした犬を、偵察や連絡等に使っているのだろう。

 その時、笑いを含んだ男の声が響いた。


「ほうほう。コイツはツイてるぜ。大物が釣れたんじゃねえか? 女みてえなその服装。テメエが【手妻(てづま)陽炎(かげろう)】だな?」


 闇の中から現れたのは、槍を担いだ隻眼の男。

 その特徴。そして彼を【手妻(てづま)陽炎(かげろう)】と知りながら、緊張の欠片も感じさせないふてぶてしさ。

 【手妻(てづま)陽炎(かげろう)】は、男をターゲットの片割れである事を確信した。


「――【今サッカーニ】サステナか」

「おうともよ!」


 男は――槍聖サステナは、闇夜に白い歯をむき出しにすると、ニッと大きな笑みをこぼしたのだった。

次回「サステナvs手妻の陽炎」

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