その41 メス豚と謎の存在X
洞窟の先の小部屋で私達を待ち構えていたのは、水操作の魔法を得意とする黒いドブネズミだった。
ハイエナ行為でネズミの止めを刺したコマはペロリと死骸を平らげてしまうのだった。
てか、コマはさっき蛇の死骸を食べたばかりなのに良く入るな。
豚の私が言うのもなんだが、犬は満腹中枢の感覚が人間よりも鈍いそうだ。
コマのは特に鈍そうだし、食べ過ぎないように私が注意しておいた方がいいかもしれない。
そういえば・・・
私はブヒブヒと辺りを嗅ぎ回った。
おっ。あった。
地面に転がる黒い塊。
さっきコマが捨てたドブネズミの頭だ。
頭には小さな黒い角が生えている。
コイツも何者かに頭に角を埋め込まれて、魔法が使えるようになったクチなんだろうな。
さっき戦った巨大洞窟蛇も頭に角が生えていた。
一体誰が何の目的でこんな生物兵器みたいなものを作っているんだろうか?
『あっ』
考え事をしている私の前にコマが駆け寄ると、ドブネズミの頭をパクリと食べた。
そのままゴクリとひと飲み。
あまりの素早さに私が呆気にとられていると、コマは「キャン」と鳴いて突然転がり出した。
どうやら慌てて飲み込んだせいでドブネズミの角が喉に刺さったようだ。
「キューン、キューン」
『自業自得でしょ。これに懲りたら何でも口に入れるのは止めなさい』
コマは反省している様子だ。
だがすぐに忘れてしまうだろう。
そろそろ私も、コマが言って聞くような子じゃないと分かって来たところだ。
ガゴン!
その時どこかで何か重たい物が動く音がした。
驚いて周囲を見渡すと、壁に正方形の穴が開いている。
明らかに自然に出来たとは思えない形だ。てか、さっきまでそんな穴はなかったじゃないか。
やはりここは自然の洞窟じゃない。
何者かが何らかの目的をもって作った施設だ。
薄々気付いていた事ではあるが、これで確信が持てた。
蛇の通り道の洞窟といい、この四角い穴といい、誰かが整えたとしか思えない形をしているからだ。
そしてこのタイミングで穴が空いた事から、この施設が現在も生きている事が判明した。
この施設にいる何者か――仮にその存在を”X”としよう。
謎の存在Xはどこかで私達を見ていて、どこかに誘導しようとしている。
そんなXの意志を私は感じた。
『いや、だからアンタは無警戒に先に行くんじゃないの』
「ワンワン!」
私はためらいもせずに穴の奥に向かったコマを慌てて追いかけるのだった。
謎の存在”X”の目的は分からない。
しかし、彼が私の戦いを望んでいるのは分かった。
穴は別の部屋に繋がっていて、そこには私達を狙う別の敵が待っていたのである。
『最も危険な銃弾』
「ギイッ――!」
私の魔法を食らって天井から黒い塊が落ちて来た。
鳩ほどの大さのコウモリだ。
魔法で翼に穴を空けられ、地面でのたうち回っている。
大コウモリにコマが襲い掛かった。
「ガウッ! ガウッ!」
コマに首を食いちぎられて息絶える大コウモリ。
中々手ごわい相手だった。
巨大洞窟蛇の戦いで発光 の魔法を覚えていなければ、暗闇からの攻撃で一方的にやられていたかもしれない。
それでも高い天井を縦横無尽に飛び回る相手に私は苦戦させられた。
・・・やっぱりか。
私は大コウモリの死体を見て独り言ちた。
コイツも頭に角が生えている。
どうやら謎の存在Xはこの施設で生物に角を植え付け、魔法を使えるようにしているらしい。
それが学術的な研究目的なのか、あるいは最強の生物兵器を作るといった軍事目的なのかは分からない。
しかしどちらにしろ、私がXに目を付けられたのは間違いないようだ。
ガゴン!
重い音がして壁の一部が動いた。
早速次のステージにご招待してくれるようである。
『まるでローマのコロッセオね』
ローマのコロッセオといえば一般には剣闘士の戦いが有名だが、猛獣同士による戦いも普通に行われていたそうだ。
ライオンやトラ、象や水牛、更には豚やウサギなどその種類は多岐に渡ったらしい。
あるいはXは私をモルモットにして生物兵器の戦闘データー収集をしているのかもしれない。
どちらにしても胸糞の悪い話だ。
私は背後を振り返った。
帰り道はいつの間にか閉ざされている。
つまり私達は、否が応でも前に進むしか道はないのだ。
私はコマをチラリと見た。コマは大コウモリをペロリと平らげ、今はマーキングの最中である。
出口の壁に向かって片足をヒョイと上げている。
彼の放ったおしっこは放物線を描いて空いた穴の向こうに消えた。
コマは壁の匂いを嗅ぐと「あれっ? なんで匂わないんだ?」と不思議そうな顔をして、もう一度マーキングをはじめた。
なんともマヌケな光景である。
そんな間の抜けたコマを見ていると、私は真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。
私はコマが食い散らかした大コウモリの残骸を見た。
『けどまあ、少なくとも戦って相手を倒している限りは、飢え死にの心配だけはしないで済むか』
いや。待てよ。
仮に存在Xが私をデーター取りのモルモットにしているとしよう。
今の私はそれに一方的に付き合わされている状態だ。
だが何もXだけに得をさせてやる必要はないんじゃないだろうか?
実際に私達はXのおかげでこうしてご飯にありついている。
つまりこの戦いは私達の得にもなっているのだ。
こんなのはXにとっても想定していないはずだ。
ふむ・・・ ちょっと考えてみるか。
私はこの部屋で少し休憩を取る事にした。
色々と試してみたい事を思い付いたからだ。
そして十分な準備を整えた後で、私達は次の部屋へと向かうのだった。
次の部屋で私達を待ち構えていた相手は、かつてないほどの強敵だった。
『獲物が二匹。俺、食う』
『くっ! なめるな! 最も危険な銃弾!』
私の魔法は狙い過たず相手の分厚い胸板に炸裂した。
しかし――
「ゴアアアアアッ!」
『ウソっ! 効いてないの?!』
敵はダメージをものともせずに、手にしたこん棒で私に殴りかかって来た。
この部屋の敵は巨大な猿。恐らくはこの世界のゴリラのような生き物だ。
知能が高く、素早く、腕力もあり、武器を使う。
そして頭に生えた角を見れば分かる通りに魔法も使う。
『その上、防御力まで高いって無理ゲーでしょ!』
「ワンワン! ワンワン!」
ゴリラのド迫力にコマは半分腰を抜かしている。
それでも懸命に威嚇しようとはしているようだ。
ゴリラには全く相手にされていないけどな。
ドゴーン!
私はギリギリの所でこん棒を躱した。
危なっ! さっきまでの私なら絶対に躱せなかった所だ。
だが今の私はさっきまでの私じゃない。
魔法で身体能力を強化しているのだ。
そう。私だっていいようにやられてばかりじゃないんだ!
見てろよ”X”! 私をモルモットにした事を後悔させてやる!
次回「メス豚対ゴリラ」




