その424 メス豚と第四の妖人
極み化した私の魔法は、深淵の妖人、【手長足長】の頭を吹き飛ばした。
首無しの死体はピクリとも動かない。
ワンチャン、次の頭がニョッキリ生えて来たらどうしよう、などと心配していたが、さしもの妖人もそこまで非常識な生き物ではなかったようだ。
「んんんーっ!」
「【手長足長】! 畜生ォォォォォ!」
仲間の死に、二人の妖人、【三十貫】と【手妻の陽炎】が悲鳴を上げた。
「許さん! 許さんぞ化け物め! 俺がこの手で八つ裂きにしてやる!」
【手妻の陽炎】が怨嗟の声を上げるも、クロコパトラ歩兵中隊の一斉射撃によって遮られる。
クロカンの大男、カルネが私に振り返った。
「クロ子、急げ! 俺達の魔力もそんなに長くはもたねえぞ!」
カルネのバカ。自分達の弱点を大声で喋るヤツがいるか。敵に足元を見られちゃうでしょうが。
それはそうと、私が思っていたよりも【手長足長】の遅延行為にやられてしまったらしい。
魔法銃の弾丸は相当数持ち込んでいるものの、戦闘での使用回数は隊員達の魔力量に依存する。
ここからは巻きで行かないとまずそうだ。
『オッケー! なるはやでそっちの男をやるから、もう少しだけ頑張って!』
「分かった、クロ子! 圧縮!」
「こっちは俺達に任せとけ! 圧縮!」
今のクロカンの攻撃は、訓練で身に付けた一斉射撃方法ではなく、以前のように各々が勝手に狙いを定めて発砲する五月雨式に戻っている。
だが、ヒョウタンから駒と言うか、棚から牡丹餅と言うか。今の場面ではその稚拙な攻撃が逆に我々にプラスに働いているようだ。
【手妻の陽炎】は、明らかにやり辛そうにしている。
彼の魔法は、相手の認識に対して、何らかの阻害を起こさせるというもの。
切れ目なくダラダラと続けられる攻撃に、こちらに近付くタイミングを見つける事が出来ないでいるようだ。
「クロカン! 手を休めるな! 命中させる必要はない! とにかく攻撃を続けるんだ!」
「くそっ! コイツら調子に乗りやがって!」
私は【手妻の陽炎】との戦いに背を向け――ようとして、背中が軽いのに気が付いた。
ピンククラゲ水母は、いつの間にか私の背中から離れ、【手長足長】の首無し死体の上に浮かぶと、死体の体をまさぐっていた。
『ちょっと水母! 気になる事があるのは分かるけど、戦いの最中に自分の好奇心を満たそうとしない! ホラ、行くわよ!』
『超不本意』
水母は見るからに渋々、といった感じで私の背中に戻って来た。
てか、コンピューターだから感情がないとかいう設定はどこに行った訳? そういう所やぞ、水母。
私は水母を回収すると、今もタイロソスの信徒達と戦っている【三十貫】の方へと走った。
見た所、【三十貫】の魔法は身体強化系。近距離戦闘に特化したガチガチのパワータイプのようだ。
ならば私の魔法との相性はバッチリである。
『みんな下がって! デカイの一発ぶちかますから!』
「むっ。クロ子か」
「クロ子ちゃん!」
おっとしまった。亜人達と違ってアーダルト達人間には私の言葉が通じないんだった。
彼らは私の接近には気付いたものの、言葉を理解出来ないまま戦いを続けている。
出来ればショットガン式の最も危険な銃弾で機先を制したい所だったが・・・それだと味方を巻き込んでしまいそうだ。
『だったら至近距離で叩き込むまで!』
私は全力ダッシュ。あっという間に【三十貫】との距離を詰めた。
私に気付いた【三十貫】が、巨大な戦鎚を振り上げる。
ゴウッ!
うひょっ!
い、今のはマジでビビった。風圧だけで吹っ飛ばされるかと思ったわ。
だが、おっかない思いをしただけの甲斐はあった。私の目の前には無防備な【三十貫】の背中が見えた。
よし、やれる!
『最も危険な銃――』
【後ろを見なさい】
その時、女性の声が辺りに響いた。
【三十貫】の背中を捉えた私。
サッカーで言えば、ゴールキーパーを躱して、無人のゴールを目の前にしているような状態だ。
後はボールに軽くタッチするだけ。
外すような距離でもなければ、外すようなシチュエーションでもない。
そんな状況だった。
【後ろを見なさい】
その瞬間、強力な魔法の発動を感じた。
そして私は抗いがたい不思議な力によって、自分の背後を振り返っていた。
「えっ?」
「えっ? 何だ今の声は?」
私は私と同様に後ろを振り返っているクロカンの隊員達と目が合った。
いや、隊員達だけじゃない。アーダルト達タイロソスの信徒達も、生き残りのサッカーニ流槍術の弟子達も、深淵の妖人達すらその場に立ち止まり、自分の背後を振り返っていた。
激しい戦いの中に、ほんの一瞬だけ訪れた奇妙な静寂。
その静寂を生み出したのは、一人の若い女だった。
「【言の葉】――お前もこの町に来ていたのか」
誰よりも早く我に返ったのは、【手妻の陽炎】だった。彼の言葉に、女は――【言の葉】は――少しだけ嬉しそうにコクリと頷いた。
年齢は二十歳そこそこ。やや小柄な身長。白粉? ドーラン? で塗り固められた顔は、私の感覚では厚化粧だが、この世界のお化粧事情だと平均的と言うか、大体こんな感じだ。
細面の整った顔は十分に美人だと思う。
長い髪はストレート。首元に巻いた厚手のショールで、口から下は隠れている。
ゆったりとした服は民族調で、この辺りではあまり見ない感じだ。後で考えると北の大国、カルトロウランナ王朝のファッションだったのかもしれない。
クロカンの大男、カルネが慌てて【言の葉】に魔法銃を向けた。
「この女も深淵の妖人なのか?! 圧縮!」
【後ろを見て】
「何っ?! おわっ!」
「えっ?!」
「うわわっ!」
【言の葉】の言葉に、再び我々は全員でグリンと後ろに振り返った。
次の瞬間――
パンッ!
破裂音と共にカルネの魔法銃が発射されたが、こんな状態で当たるはずもない。
弾丸は隣の味方をかすめると明後日の方向へと飛んでいた。
「あ、危ないじゃねえか、カルネ! 俺に当てる気か?!」
「す、すまん。何だか急に体が動いて」
「みんな、銃を下ろせ! これ以上の発砲は止すんだ! 同士撃ちになるぞ!」
クロカンの副隊長、ウンタは、すぐに攻撃中止の指示を出すと私に振り返った。
「クロ子。ヤツは今、何をしたんだ? 急に振り返らなければいけない気がしたんだが・・・」
『わ、分からない・・・何かの魔法を使ったのだけは間違いないんだけど』
【言の葉】が言葉を喋った途端、瞬間的に大きな魔力が働いた。それだけは確実だ。
だが、どんな魔法を使ったのかまでは一瞬過ぎて分からなかった。
分からない時には即ググるのが現代人。私は背中の知恵袋に振り返った。
『水母は何か分からなかった?』
『情報不足』
あまりに一瞬の出来事に、高度な観測機器を持つ水母ですら、【言の葉】が使った魔法の概要を掴めなかったようだ。
『要訂正。推測だけなら可能』
『正確には分からないけど、想像するだけなら出来るって事?』
『肯定』
この場合、それでも十分にありがたい。
私は水母の言葉を待った。
だが、彼の言葉は私の想像を超えたものだった。
『先程の状況から鑑みて、あの改造個体の有する固有の魔法だと推測される』
ええと、ちょっと待った。予想外の単語が出て来て理解が追いつかないっていうか。
先ずは改造個体って何? 【言の葉】っていう女の事?
まさか【言の葉】が改造人間とか、そういう事を言ってる訳じゃないよね?
『肯定。深淵の妖人の定義は、改造手術を受けた改造生物であると考えられる』
待て待て、落ち着いて考えよう。
つまり水母は、彼らは何者かによって作り出された改造人間――改造生物? じゃないかと考えている訳?
当然、根拠はあるんだよね?
『再度肯定。【手長足長】と呼ばれる個体の体を調査した所、複数のインプラント(体内に埋め込まれた器具)が認められた』
マジか。私は【手長足長】の首無し死体を振り返った。
水母がさっき、死体を調べていたのはそれだったのか。
えっ? じゃあ何? 深淵の妖人とは改造人間の事で、彼らはその手術を受けた事によって人間でありながら――脳内に魔核が存在しない体でありながら――魔法が使えるようになった、あるいは使えるように改造されたと?
その魔法が水母の言う固有の魔法だと?
『ええと、つまり深淵の妖人とは、その人間しか使えない特別な魔法を使えるように改造された、人間兵器みたいな存在、って訳?』
『重ねて肯定。人間兵器、肯定。改造生物は軍事目的で研究されていた技術』
ここからは後で水母に聞いた話になる。
魔法科学文明においても、人間を改造するような研究は流石にタブー視されていたそうだ。
とはいえ、モラルの低い国家では、半ば公然の秘密として秘密裏に研究が続けられていたという。
それら改造兵士の代表的なモノの一つに、瞬間的に高出力を発生するインプラントを体内に埋め込み、センサー類に探知されないように魔法を使えるようにする、というものがあったそうだ。
正に深淵の妖人の使う魔法、そのものである。
次回「メス豚と人間兵器」




