その423 メス豚、対戦拒否する
私は深淵の妖人に近付くと、ブヒッと顎をしゃくった。
来な。あっちで相手をしてやるぜ。
深淵の妖人、【手長足長】が【手妻の陽炎】に振り返った。
「お、おいおい、【手妻の陽炎】よ。さっきのゾッとするような怖気はなんだったんだ? あの角の生えた豚は何なんだ?」
「だから言っただろう。ヤツは小動物の皮を被った化け物だと。最初の予定通りヤツとは俺が戦う。お前達は他の連中から横やりが入らないように相手を頼む」
「ん、んんっ」
「お、おう。分かった」
魔法を使う生き物は、他者の魔法の発動も感じ取る事が出来る。
彼らは私が不可視の魔法――身体強化の魔法――を使ったのを感じたが、なぜかそれを”魔法”ではなく、殺気のような何かと捉えたようだ。
いや待て。
私はふと気が付いた。
深淵の妖人は魔法を使う。それは間違いない。だから私は彼らの脳にも、私や亜人達のように魔法を使うための器官、魔核があるものだとばかり思っていたが・・・実は違っていたのかもしれないぞ?
大前提だと思っていた物こそが、実は思い込みであり勘違い。ありそうな話だ。
実際、彼らは亜人達と違って、私の喋る言葉が理解出来ていないようだし。
・・・ふむ。こいつは勝利のための、糸口になるかもしれんな。
【手妻の陽炎】が焦れた様子で私に声を掛けた。
「おい、どこまで行くつもりだ? 俺と戦うつもりだったんじゃなかったのか?」
おっと、考え事をしながら歩いていたら、既にみんなの場所から結構離れていたようだ。
私は足を止めると【手妻の陽炎】に振り返った。
【手妻の陽炎】は、軽く腰を落とすと細身の剣を中段に構えた。
『・・・やっぱ、気が変わった』
私は近くの建物に向かってダッシュ。三角蹴りの要領で壁を蹴ると、【手妻の陽炎】の頭上をポーンと飛び越えた。
『お前との対戦はキャンセルで! クロコパトラ歩兵中隊! 【手妻の陽炎】の相手は任せた! 私はそっちの二人の相手をするわ!』
「えっ?! クロ子お前、何言ってんだ?!」
「黙れカルネ! そんな事を言っている場合か! 魔法銃を構えろ! クロカンの隊員は各々の判断で各自発砲!」
「「「 お、おう! こ、圧縮!」」」
魔法の発動と同時に、カシャンカシャンと魔法銃の銃尾がロックされる音が響き渡った。
【手妻の陽炎】も自分が置かれている状況を理解したのだろう。その表情がサッと強張った。
「コイツ――俺をおびき寄せるためにわざと誘ったのか?! 卑怯なマネを!」
卑怯? 何それ美味しいの? 私はブヒッと鼻を鳴らした。
【手妻の陽炎】は、私を手強い敵と認め、自らの手で私を始末しなければと考えた。
それは私も同じで、ある意味、双方の思惑が一致した結果がさっきの流れだったのだが・・・何もわざわざ相手に合わせてやる必要なんてない訳じゃん?
『【手妻の陽炎】が自分で私の相手を買って出たという事は、逆を返せば、あっちのメンツで私に対抗出来るのは【手妻の陽炎】くらいしかいないって事でオーケー? それが腕前の問題なのか、単純に相性の問題なのかは分からないけど、こちらが相手の都合に合わせて戦ってやる意味なんてないって訳よ。クロカンの隊員達が【手妻の陽炎】を抑えている間に、私が残りの妖人を倒す! そして全員で【手妻の陽炎】をフルボッコにする!』
雰囲気に流されたりするからだ。相手の弱点を攻めるのは勝負の鉄則。
悪びれるどころかむしろ胸を張る私に、クロカンの大男カルネは呆れ顔になった。
「ひ、酷えヤツ・・・おわっと!」
パン! パパン!
破裂音と共に魔法銃から次々に弾丸が発射された。
しかし銃弾は昼間の時と同様、【手妻の陽炎】を外れ、一発も命中しなかった。
「くそっ! またかよ!」
「一体どうなってるんだ?!」
とはいえ、謎の武器で狙われるのは【手妻の陽炎】にとってもやり辛いようだ。私の後を追う足取りが明らかに鈍った。
『大丈夫! 効いてる効いている! そのままプレッシャーをかけ続けて!』
「圧縮!」「圧縮!」「圧縮!」
「・・・チッ!」
【手妻の陽炎】は大きく舌打ちをすると、素早く建物の影に飛び込んだ。
パン! パパン! パン!
また外れたか。こういう時、発射まで一秒程のラグのある魔法銃は弱い。
「おい、ウンタ。これじゃキリがないぞ」
「気にするな。どうせ狙っても当たらないんだ。このまま射撃を続けてヤツをこちらに近付けさせるな」
狙っても当たらないとか・・・いやまあ実際にそうなんだけど。
ウンタはとにかく弾をバラ撒いて、【手妻の陽炎】を足止めする事に徹底するようだ。
その間に私は二人の妖人――【手長足長】を射程距離に捉えていた。
長い髪とヒゲに覆われた顔。そこから覗く両目が驚きに見開かれる。
『食らえ必殺! 最も危険な銃弾!』
「! まただ! また例の怖気が! 一体何なんだコイツは?!」
【手長足長】は叫びながら素早く伸ばした両腕で頭と体を隠した。
パアン!
破裂音と共に、【手長足長】の左腕が半ばから弾け飛んだ。
いや、違う。
『否定。腕じゃない、束ねた体毛』
そう。ピンククラゲ水母の指摘通り、それは長く伸びた髪の毛? ヒゲ? が束ねられたものだった。
『えっ? って事は、コイツの魔法は、自分の毛を腕みたいに操れる能力って事? 何それキモっ!』
【手長足長】の上半身がモコモコと蠢くと、切断された左腕――左毛?――が落ちていた短刀を拾い、元の長さに戻った。
ホント、キモいなお前。
「何だ今のは?! 攻撃が見えなかったぞ! 俺は一体、何をされた?!」
『狙い撃ちがダメなら数で押す! 最も危険な銃弾×10!』
「ひ、ひいいいっ!」
今度は【手長足長】の足が伸びると、不可視の弾丸は何もない空間を素通りした。
てか、腕だけじゃなくて足も伸びるのかよ!
そりゃそうだ! 【手長足長】って言ってるもんな!
『逃げるなゴルァ! 最も危険な銃弾×10! 最も危険な銃弾×10!』
「【三十貫】! た、助けてくれぇ!」
魔法の発動を感じ取れるとはいえ、高速で飛ぶ不可視の弾丸を完全に躱すのは不可能だ。
それでも【手長足長】は、長く伸びた手足で巧みに最も危険な銃弾の射線を遮る事で、致命傷を避けていた。
その結果、辺りには大量の毛が舞い散り、床屋の床もかくやといった有様である。
正直、かなりのキモさに私のテンションはダダ下がりだった。
「んんっ!」
【手長足長】に助けを求められた【三十貫】だったが、彼は彼でタイロソスの信徒、教導者アーダルトに動きを阻まれていた。
その名の元となったと思われる三十貫――約千キログラム――の戦鎚には、流石のアーダルトも苦戦していたようだったが、弟子のビアッチョとマティルダ、更には我々の参入で息を吹き返したサッカーニ流槍術の弟子達の協力によって、今ではほぼ互角の戦いを行っている。
『どうやらお前の仲間は自分の事で手一杯のようだぞ。最も危険な銃弾×10!』
「くっ、この・・・ギャッ!」
不可視の弾丸が【手長足長】の伸ばした足を消し飛ばす。【手長足長】はバランスを崩して地面に叩きつけられた。
【手長足長】の上半身は最初の頃に比べて二回り程縮んで見える。
減った容量分は、彼の周囲に散らばっている千切れた毛の分という訳だ。
「はあっ、はあっ、はあっ――」
【手長足長】は自分の毛にまみれながら荒い息を吐いた。
もはや立ち上がる気力もないらしく。ヒゲは涎に濡れ、良く見れば鼻から血を流している。
魔法の使い過ぎが原因による魔力欠乏だ。
「【手長足長】! 待ってろ――ちっ!」
「当てる必要はない! クロ子がヤツを片付けるまで近づけさせるな!」
【手妻の陽炎】が仲間の助けに向かおうとするが、クロカンの副隊長ウンタが彼を近付けさせない。
ここで決める。
私は【手長足長】の背後――死角に回った。
【手長足長】は息も絶え絶えの中、恨みのこもった言葉を吐き出した。
「あ・・・悪魔・・・め」
悪魔か。お前にとってはそうだったのかもな。
【手長足長】の得意とする魔法は、ミドルレンジでの戦いに特化したものだった。
槍よりも離れた間合から、剣の手数で攻撃する。そのトリッキーな戦い方は、この世界の剣士相手なら、普通に圧倒出来たんじゃないだろうか?
実際、私達が到着するまで、サッカーニ流槍術の弟子達相手に無双してたみたいだし。
しかし、今回は相手が悪かった。というよりも、私との相性が悪かった。
私の得意とする魔法は、彼よりも間合いが広く、彼よりも手数が多かった。
つまりは私は【手長足長】に対してメタっていたのだ。
『止めだ! EX最も危険な銃弾!』
バンッ!
極み化した最も危険な銃弾の魔法は、【手長足長】の後頭部に命中。
解放されたエネルギーは彼の頭部を消し飛ばした。
謎に包まれた殺し屋。人外の技を使う妖人。その一人の呆気ない最後である。
「んんんーっ!」
「【手長足長】! 畜生ォォォォォ!」
仲間の死に妖人達が悲鳴を上げた。
次回「メス豚と第四の妖人」




