その40 メス豚と第二の敵
まるでチョウチンアンコウのようにアホ毛の先を光らせたコマを先頭に、私達は洞窟の中を進んでいた。
人間なら這って進まなければいけない狭い洞窟も、私達のサイズなら十分な広さだ。
というか――
『というか、ココって本当に洞窟なの?』
「ワンッ!」
コマの鳴き声が洞窟の中で反響した。
洞窟の中は広さも一定で、壁はツルリと不自然に整えられている。
まるで誰かが何かの目的で掘った通り道のようだ。
・・・いや、流石にそれは無いか。
仮に通路だとすれば、出口がさっきの崖の裂け目に繋がっている説明が出来ない。
きっと、巨大洞窟蛇が何度も行き来しているうちに削れて、自然にこんな形になったんだろう。
洞窟は下に下に傾斜している。もうかなり下りたはずだ。
もしもこの先が行き止まりなら元の場所に戻るのは大変そうだ。
「ワンワン!」
『どうしたのコマ。あっ?!』
あちゃあ・・・ 噂をすれば影が差す。どうやら行き止まりに突き当たってしまったようだ。
洞窟の先は平たい岩盤に突き当たっていた。
裂け目も見えないし、ちょっとやそっとでは掘り返すのも無理そうだ。
面倒なんでそんな事をする気も無いけど。
『仕方ない。引き返そうか――って、コマ?!』
私が振り返ろうとしたその時、コマは洞窟の壁に姿を消した。
光源を失って洞窟が闇に包まれる。
『発光 』
私の魔法で光の点が生み出され、洞窟の先を照らし出した。
「ワン!」
その明かりが目に入ったのだろう。コマが壁の中からヒョッコリ顔を出した。
いや、薄暗いので壁に見えていただけで、洞窟は行き止まりの先で左に折れ曲がっていたようだ。
私もコマに続いて洞窟の先を折れた。
『洞窟の中に広場?』
そう。洞窟の先はそこそこの大きさの空間に繋がっていた。
どうやらさっきコマが吠えたのは私にここの事を伝えようとしていたみたいだ。
行き止まりの事を言ってたわけじゃなかったんだな。
空間は奥に向かって傾斜して先はテラテラと光りを反射している。
どうやら地下水が溜まっているようだ。
喉が渇いていたので丁度良かった。
その時水面に波紋が広がった。
その中心には黒い小さな影が。
「ウワン!」
コマが警戒の声を上げた。
突然吠えられて驚いたのだろう。水面に顔を出した生き物がパシャリと水中に沈んだ。
一瞬見えたあの顔はネズミっぽかった。巨大なドブネズミか?
そして私は見逃さなかった。
水面に出た黒いネズミの頭。そこには小さな一本の角が生えていたのだ。
空間の奥。地下水の池の中に潜んでいたのは、頭から角を生やした黒いネズミだった。
一部のげっ歯類は水辺を好み、泳ぎを得意としているそうだ。
黒いネズミ。黒いネズミのテーマパーク。うっ・・・頭痛が。
著作権業界最大の禁忌に触れようとした私の頭に痛みが走った。
「ウウウ・・・」
コマがうなり声を上げて警戒する。
! マナ受容体に反応が!
ゆらり・・・
水面が不自然に波打った。
『コマ下がって! 点火!』
私はコマの足元を狙って点火の魔法を発動した。
突然の火に驚いて飛びのくコマ。
その直後、一瞬前まで彼のいた空間を水が鞭のように薙ぎ払った。
危なっ! ギリギリだったわ!
『そこか! 最も危険な銃弾!』
私は水面に顔を出したドブネズミを攻撃。
しかしネズミは一瞬早く水中に沈んでいた。
ちっ。外したか。
最も危険な銃弾は私にとって最強の破壊力を持つ魔法だが、その原理上、水中の相手には効果が期待出来ない。
風の弾丸は水にぶつかった途端、水面でエネルギーを放出して消滅してしまうからである。
『かといって打ち出しで小石を打ち出しても同じことだし・・・』
似たような理由で打ち出しの魔法も使い物にならない。
打ち出しの魔法の初速程度では、せいぜい水面に水しぶきを上げるのが精一杯だろう。
『発光 ! 発光 !』
私は空間に光の点を複数生み出した。
水面を明るく照らす事で、水に潜んだ相手の姿を捉えるためである。
幸い地下水は透明度が高いらしく、私の狙い通りに水の中に黒い影を浮かび上がらせた。
『とはいえ姿が見えても攻撃の手段が・・・って、うわっ!』
再び敵の薙ぎ払いが一閃。今回狙われたのは私の方だった。
水の鞭から危うく身をかわす私。
私が転がった隙にドブネズミは水面に顔を出して息継ぎを済ませたようだ。
黒い頭が再び水の中に沈んだ。
あっ! 待て! と思った時にはまたもや水の鞭が襲い掛かって来た。
これじゃ水辺に近寄れない。何て厄介な攻撃をして来るヤツなんだ。
どうやら相手は魔法による水の操作をかなり得意としているらしく、私の魔法発動速度をもってしても中々付け入る隙が見付けられない。
このままだと黒いネズミを見るのも嫌になりそうだ。いやまあ今はそれはいいか。
せめて最も危険な銃弾が水中の相手にも通用すれば・・・
いや、待てよ。
なにも直接狙う必要はないんじゃないか?
『最も危険な銃弾乱れ撃ち!』
巨大洞窟蛇相手にも活躍したショットガン式最も危険な銃弾である。
五発の空気の棘が同時に水面に炸裂した。
パパパパーン!
だが水中のドブネズミには一発も届かず、全ての棘は派手な音をたてて水面を叩いただけであった。
私の攻撃は失敗に終わった――かに思われた。
私が見守る中、黒い塊がプカリと水面に浮かび上がった。
頭に小さな角を生やした丸々と太ったドブネズミだ。
よしっ! 計算通り!
最も危険な銃弾の棘は水中には届かないが、水面で発生した強い衝撃波は水中を伝わったのだ。
その結果、水中に潜むドブネズミは心臓に衝撃を受け、意識を失ってしまったのである。
「ワンワン!」
私の横をコマが風のように駆け抜け、ドブネズミの首筋に噛みついた。
そのまま大きく頭を左右に振ると・・・うげっ、首が千切れて胴体が吹っ飛んだんだけど。
魔法ドブネズミのあっけない最後である。
ナムアミダブツ。
コマはネズミの頭をポイ捨てすると首の無い体を咥えた。
食べる気か? と思ったら私のところまで持って来た。
コマは私の前にドブネズミを置くと、嬉しそうに尻尾を振っている。
「ハッハッハッ」
あーこれはあれか。私に褒めて欲しいのか?
確かに最後に止めを刺したのはコマだけど・・・ これってゲームでは”ハイエナ”とか”漁夫”とか言われるヤツなんじゃない? まあいいけど。
嬉しそうなコマを見ているうちに、私はどうでも良くなってきた。
コマの頭の上では相変わらず光るアホ毛が揺れているが、ひょっとしたらこの光の揺れに人の心を落ち着かせるリラックス効果があるのかもしれない。そんなバカな。
『でかした。ご褒美にお前が食べて良し』
「ワン!」
コマはドブネズミに噛みつくと、骨を噛み砕くパキパキという軽快な音を響かせながら食べ始めた。
う~ん。ワイルドやね。
次回「メス豚と謎の存在X」




