その414 メス豚、化かされる
あ・・・ありのまま、今起こった事を話すぜ。
何を言ってるのか分からねーと思うが、俺も何が起きているのか分からなかった。
我々の前に現れた派手な格好をした青年。
そのアゴストファミリーの構成員に向かって、クロコパトラ歩兵中隊の分隊隊長トトノが魔法銃を発砲した。
しかし、トトノはなぜか発砲の瞬間、自分から大きく狙いを外していた。
驚きの表情を浮かべるトトノ。
そしてそんな彼の様子に怪訝な表情を浮かべるクロカンの隊員達。
「いやトトノ、お前何をそんなに驚いているんだ? あれだけ銃口が逸れたら外れるのが当たり前だろうが」
「ち、違う! 俺は確かにヤツの足を狙ったんだ! ・・・それなのに、突然・・・なんだったんだ今のは」
トトノは、信じられない、といった顔で青年を見つめている。
だが、そんなトトノの驚きですら、私が受けた衝撃とでは比べものにもならなかった。
私がショックを受けた理由。それは――
私は震える声で背中のピンククラゲに尋ねた。
『水母・・・。アイツって今、魔法を使わなかった?』
そう。あまりにも一瞬、しかも極小の魔力操作だったので、クロカンの誰も気付かなかったようだが、確かに今、あの青年からトトノに向けて魔法が放たれていたのである。
だが待って欲しい。
人間の脳には魔法を司る器官、魔核が存在していない。だから人間には魔法が使えない。
それがこの世界の魔法の仕様であり、常識であり、ルールでもある。
より正確に言えば、遥か大昔には人間にも魔核があり、魔法を使っていたのだが、当時の魔法科学文明の遺伝子操作によって取り除かれている。
例外は亜人達。
彼らは人間がまだ魔核を持っていた頃に――つまりは人類が魔法を使っていた頃に――先祖返りをした半人類なのである。
水母も戸惑っていたのだろう。その返事は彼にしては珍しく歯切れが悪かった。
『観測結果上は肯定。魔法使用の可能性は否定寄りの肯定』
『なし寄りのあり・・・つまりアイツは魔法を使った可能性が高いのね?』
『・・・肯定』
そんなバカなマン。
人間が魔法を使うなんて・・・。
私は自分の足元がグラグラと揺らいだ気がした。
だってそうだろう?
人間が魔法まで使うようになってしまっては、人数でも技術でも生産性でも劣る我々は完全に彼らの下位互換になってしまう。
ましてや私はメス豚。
魔法は私にとって、唯一の戦う武器であり、たった一つのアドバンテージなのだ。
『それなのに・・・それなのに』
・・・ズルい
ズルい。ズルい。ズルい。ズルい。
このチート野郎め! 人間なのに魔法を使うなんて、そんなの卑怯だ! インチキだ!
私は久しぶりに、この世界の悪意に満ちた邪悪な高笑いを聞いた気がした。
私が混乱のあまり動けなくなっている間も、事態は前に進んでいる。
青年は足元の大きな石を拾うと、それをポンポンと弄びながら、アゴストファミリーの幹部、ヴァロミットへと近付いた。
「お、おい、アーダルト」
「あ、アーダルトさん!」
「――お前達は下がれ。アイツは危険だ」
タイロソスの信徒、教導者アーダルトは、油断なく剣を構えながら、クロカンのウンタとカルネ、それに弟子のビアッチョに後ろに下がるように命令じた。
カルネが不満そうに眉間に皺を寄せた。
「だがよ、アーダルト。あいつは一人――あっ、くそっ! 待てこの野郎!」
彼らがためらいを見せたその瞬間。ヴァロミットは素早く立ち上がるとその場から逃げ出した。
カルネが慌てて後を追おうとするのを、ウンタがその腕を掴んで止めた。
「ウンタ、何しやがる! ヤツを逃がすつもりかよ!」
「いいからアーダルトの言う事を聞いて下がれ! ――クロカン! 魔法銃構え!」
アゴストファミリーを完封した魔法銃。
その銃口が一斉に青年に向けられた。
青年は胡乱な目で周囲を見回した。
「さっきのヤツが使っていた武器か? どういう攻撃かは分からんが、飛び道具である事は間違いないようだな」
「撃て!」
「「「圧縮!」」」
カシャン! カシャン! カシャン!
軽快な音と共に、魔法銃のボルトハンドルが下がると、銃尾が機械式にロックされた。
そして次の瞬間――
青年はサッとその場から駆け出した。
と思った途端、クロカンの隊員達は全員、魔法銃の狙いをあらぬ方向へと向けていた。
パンッ! パパパパーン! パン!
「えっ?」
「な、なんだ? 今、何が起きたんだ?」
先程のトトノと同様、驚きに目を見張る隊員達。
青年は走りながら手に持っていた石を下手投げでアーダルトへと放った。
アーダルトは石を剣で払おうとしたが、その剣は大きく宙を切った。
「なにっ?!」
アーダルトが驚愕に目を見開く。石は鈍い音を立てて彼の胸当てにぶつかった。
次の瞬間。
「先ずはお前から殺す」
青年の手が閃くと、細身の剣の切っ先がアーダルトの喉へと走った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
(コイツら全員、素人同然だな)
【手妻の陽炎】は内心で鼻を鳴らしていた。
装備だけは一人前の傭兵団だが、彼の目は欺けない。
手強そうなのは、ヴァロミットに剣を突き付けている男くらいである。
それと彼の死角を潰すように後方に構えている若い男女の傭兵。まともに使えそうなのはその三人くらいで、後は烏合の衆も同然だった。
【手妻の陽炎】は、なぜヴァロミットがこんなヤツらを相手に血眼になっているのか、全く理解出来なかった。
(後、強いて上げるとしたら、コイツらの持っている謎の武器くらいか。俺も見た事がない武器だが、一体どうやって使うものなんだ?)
こちらに向けて構えている事から、何らかの飛び道具であるのは推測出来る。
ただし、全くの隙だらけ。敵は余程その武器に自信があるのか、完全に無防備な姿を晒している。
【手妻の陽炎】は失笑した。
(バカかコイツら。どんな武器だって必ず当たるもんじゃない。それなのに、外した時の事を考えていないなんてな。こんなザコ共は後回しで十分だ)
彼は先ずは危険な相手から仕留める事にした。
【手妻の陽炎】は手にした石を相手に――タイロソスの信徒の教導者アーダルトへと放った。
アーダルトの視線が石を捉える。
その瞬間、彼は手妻を――彼が唯一使える固有魔法を発動した。
アーダルトの目が驚愕に見開かれると、石は彼の胸当てに当たった。
戦いの中で生まれた僅かな隙。ほんの一秒程の意識の空白。
しかし、剣の達人である【手妻の陽炎】にとって、その一瞬だけで十分なのだ。
【手妻の陽炎】の剣は、スルスルと滑るようにアーダルトの喉へと伸びた。
よし、殺した。
そう彼が確信したその瞬間だった。
「?!」
かつて感じた事のない悪寒が【手妻の陽炎】の背筋を伝った。
彼は今まで暗殺者として、数えきれないほど多くの人間を殺して来たし、その中には剣や槍、武術の達人もいる。
しかし、これ程の巨大な殺気。明確な命の危険を感じた事は一度たりとも無かった。
肌が泡立ち、全身の毛が逆立つ程の圧倒的な恐怖。
彼はほとんど無意識のうちに魔法を発動し、大きく身を躱していた。
何かが目の前を通過した? そう思った次の瞬間――
パンッ!
大きな音と共にすぐ横の木の幹が大きく抉れた。
恐るべき破壊力の攻撃である。
【手妻の陽炎】はギョッと目を剥いて振り返った。
彼の視線の先。そこに殺気の元凶はいた。
「黒い・・・子豚?」
そう。それは頭にねじれた四本の角を生やし、首に粗末なスカーフを巻いた黒い子豚だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『今のはなんだ・・・』
私は驚愕に目を見開いていた。
このままだとアーダルトがやられる。そう思った瞬間、私は反射的に最も危険な銃弾の魔法を使っていた。
体から魔力が集まり、閾値を超えて魔法が発動する。
そのほんの一瞬前に敵は魔法を発動していた。
なんという絶妙なタイミング。
それはまるで魔法のカウンター攻撃。私の魔法を予知した上での行動のようだった。
最小の力で発動された敵の魔法は、最大の速度でこちらに到達。
次の瞬間、私の視界の中で突然相手の姿が掻き消えた。
何を言っているんだ? と思うかもしれないが、私にはそうとしか思えなかったのだ。
おそらく時間にして一秒にも満たない刹那の時間。
私は完全に相手の姿を見失ってしまったのだ。
一体何が起きたんだ? と思った瞬間、最も危険な銃弾の魔法が発動していた。
だが、一瞬とはいえ、攻撃の直前に相手の姿を見失ってしまった以上、命中は難しい。
案の定、不可視の空気の弾丸は青年の体を外れ、背後の木に命中していた。
今は敵の姿はちゃんと見えている。
消えたのはあの一瞬だけ。私が魔法攻撃を発動したあの瞬間だけだった。
私に一体何が起きた? 敵の魔法の正体は何だ? アイツは私に一体何をした?
驚愕に目を見張る私。
しかし、それは相手も同じだったらしい。
彼は初めて私という存在を認識したらしく、驚きの表情でこちらをジッと見ていた。
「シッ!」
「おっと」
その隙を突いてアーダルトが剣を振り抜く。
青年は軽く身をかわすと、大きく舌打ちをした。
「――チッ。少し調子に乗り過ぎたか。まあいい、ヴァロミットも上手く逃げ出したみたいだし、ここは俺も引くとするか」
青年はヴァロミットの姿がどこにも見えないのを確認すると、アーダルトに背を向けて逃げ出した。
「ワンワン!」
『あっ! ダメ!』
黒い猟犬隊の犬が一匹、青年の後を追いかけたが、青年の手が閃くとその身体にナイフが突き立った。
「キャイン!」
もんどりうって倒れる犬。幸い、急所は外れたようだが、痛みに「キュンキュン」と悲鳴を上げている。
青年の姿がみるみるうちに小さくなっていく。
魔法による身体強化を疑うレベルの足の速さだった。
「クロ子」
『ああうん。水母、その子のケガを診てあげて。それと他の隊員達は黒い猟犬隊と協力して周囲の警戒をお願い。多分、大丈夫だとは思うけど、他にも敵が潜んでいるかもしれないから』
『診察開始』
「分かった」
『『『『応っ!』』』』
ペドゥーリ伯爵領に到着早々、なんなんだよコレ。
私はチートな敵の登場にテンションだだ下がりになりながら、のどかな田園風景を見渡すのだった。
次回「胡蝶蘭館の襲撃者」




