その408 船上のメス豚
今回のお話でこの章は終わりとなります。
クロコパトラ歩兵中隊の第二分隊の分隊長、トトノが怯えた表情で仲間達を見回した。
「な、なあおいみんな。さっきからあちこちがギシギシ軋んでるけど、この船って大丈夫だよな?」
「知るかよ、トトノ。もう船は港を出ちまってるんだ。諦めて幸運神にでも祈ってろよ」
「諦めろって、けどよう・・・」
トトノはキズだらけの大男、カルネにすげなく扱われて、縋り付くような顔に私の方へと振り返った。
いや、そんな今にも捨てられそうな子犬みたいな潤んだ目で見つめられても。
ぶっちゃけ、トトノがやっても可愛くないし、全く庇護欲も掻き立てられないんだが。
『そうだそうだ、アキラメロン!』
「なんだよそれ、チクショウ・・・」
トトノは「裏切られた!」とでも言いたげな絶望の表情を見せた。いや、勝手に期待を押し付けられても困るんだが。
その時、ひと際大きな軋み音と共に、船が大きくグラリと揺れた。
これには困り顔でトトノを見ていたクロカンの隊員達も、ギクリと体を固くした。
「ひっ! と、トトノじゃねえが、コイツは中々におっかないな・・・」
「あ、ああ、そうだな。なあ、この中で誰か泳げるヤツはいるか? 俺は全く自信がないんだが」
「俺はダメだ。一度も泳いだ事なんてない」
「俺も」
「俺は少しぐらいなら。――とは言っても足が立つ所でだが」
「そ、それなら俺も」
どうやらここにいる隊員達は全員、ロクに泳いだ事がないようだ。
ていうか、メラサニ村は山奥にある村だからな。誰も泳いだ事がないのも当然か。
そう言うお前はどうなんだって?
そりゃあ前世では人並み程度には泳げてたけど、今生でちゃんと泳いだ事はないかなあ。
不安そうに言葉を交わす隊員達に、タイロソスの信徒アーダルトは苦笑した。
「泳ぎなんて物は体が水に浮きさえすればどうとでもなる。そんなに心配する事はないさ」
「そ、そうですよね、アーダルトさん! 体が浮けば大丈夫ですよね!」
アーダルトの言葉に、彼の弟子のビアッチョが食い付いた。
てか、その反応。お前も泳げないんかい。
ちなみにアーダルトのもう一人の弟子、女剣士マティルダは、さっきから私を膝の上に乗せて撫で繰り回している。
「いや、俺はトトノだけは水に浮かないような気がする。コイツ人よりかなり食い意地が張ってるからな」
「そうそう。俺もトトノは沈むと思う。日頃の行いが悪いからな」
「お、お前ら冷たいぞ! なんでそんな事を言うんだよぉぉぉぉ!」
トトノうっさい。
トトノは仲間達にからかわれて涙目になっている。
やれやれ。けどまあ、大声が出せるようならまだ大丈夫か。
私はブヒッとため息をついた。
アゴストファミリーの襲撃者達との戦いがあった翌日。
我々はグジ村ことショタ坊村(あれ? 逆だっけ?)へと戻っていた。
ちなみに今回は身体強化の魔法は使用せず、普通の歩きでの行軍である。
タイロソスの信徒達――神殿が我々の指導者として付けてくれた傭兵戦士達――が一緒だったので仕方がない。
本当はロイン達亜人兄弟のように、クロカンの隊員達の担ぐお神輿に乗せたかったのだが、丁重にお断りされてしまったからだ。
まあ、子供のロイン達と違って三人共大人だからな。神輿の上が恥ずかしかったんだろう。
「いや、俺達も十分に恥ずかしいんだが」
「もの凄く速くて怖いですし」
雰囲気イケメンの兄ロインと、弱気ショタ坊こと弟のハリスがここぞとばかりにアピールして来たがそれはさておき。
教導者のアーダルトは、我々クロカンの統率された動きを見てやたらと感心していた。
「正直言ってかなり予想外だった。どうやら俺は亜人の兵士としての素質を甘く見ていたようだ。これならビアッチョとマティルダを預けるから、お前らのように鍛えて欲しい所だ」
「そ、そんな、アーダルトさん!」
「アー兄さん、酷い!」
師匠の言葉に弟子の二人がショックを受けているが、多分、本気で言ったんじゃないと思うぞ?
とはいえ、タイロソスの使徒の教導者の目から見ても、クロカンの隊員達の組織力は傭兵として合格レベルに達しているとは予想外だった。
思わぬ高評価に、隊長の私は鼻高々だった。
『ブヒヒ。まあ、我々は実際の戦場を経験してるからな』
「いや、戦場での経験というよりも、多分、あのブートキャンプを耐え抜いた経験が大きかったんだと思うぞ」
「そう。特にハイポート。俺はあの苦しみを一生忘れない。絶対に、だ」
「あの地獄のハイポートを乗り越えたという自信があったからこそ、俺達は戦場に行っても取り乱したりしなかったに違いない」
お前ら本当にハイポートが大好きだな!
アーダルトが言うには、クロカンの隊員達は、チームとして動くための基礎的な心得は既に出来ているそうだ。
そんな訳で、村に着いた我々は模擬戦を行う事になった。チームとしての戦いが出来る事が分かったから、次は個々人の戦力を知ろうという訳だ。
クロカンの代表は大男カルネ。相手はアーダルトの一番弟子(と言っても二人しかいないけど)のビアッチョ。彼はカルネと対峙した途端、不満顔で彼に尋ねた。
「おい、それで真面目にやってるつもりなのか? 構えどころか剣の握り方すらデタラメじゃないか。お前はそんなやり方を一体どこで教わったんだ?」
「そう言われても、俺達はずっとクロ子に言われた通りにやって来たんだが」
ビアッチョ達、タイロソスの信徒三人は、呆れ顔で私に振り返った。
そっと目を逸らす私。
いや、違うんだって。仕方がなかったんだって。剣の振り方なんて前世の学校の授業でも習ってなかったんだって。水母のアーカイブにも、剣で戦う方法なんて載ってなかったんだって。
心の中で必死に言い訳を探す私に、教導者のアーダルトは小さくため息をついた。
「お前達には先ずは剣術の基礎から教える必要がありそうだな。剣の握り方は刃に対してこうだ。カルネ、お前は手が大きいから、ビアッチョがやっているように、人差し指を鍔にかけてみろ。そして剣は振りかぶるのではなく、横にして真っ直ぐにこう。そうそう、そうやって突き出した後は――」
・・・ふう。いらん恥をかいてしまったわい。
だが、隊員達が専門家の指導を受けられたのは幸いだった。
なにせ今までは私が前世で観て来たアニメや映画の知識で教えていたからな。しかもそれすらもうろ覚えという。
こんな事なら、もっと早くタイロソスの信徒になっておけば良かったわい。
といった感じで翌日。
私は、ロインとハリスの亜人兄弟を、彼らの故郷、楽園村に送り届けに行く事をみんなに告げた。
アーダルト達を村に案内したばかりなのに、もう行くのかって?
折角、アゴストファミリーの実行部隊を排除したのだ。行動を起こすなら、敵が本国から戦力を補充する前に行う方がいいだろう。
隊員達の剣術の訓練が始まったばかりだが、今回ばかりは時間優先で。
『てなわけで、訓練の続きはみんなが村に帰ってからって事で。ウンタ、通訳ヨロシク』
「それはいいんだが、クロ子。お前、なんなんだその姿は」
私は女剣士マティルダの膝の上で、仰向けに寝転んだままお腹を撫でられていた。
まあ確かに、ウンタが文句を言うようにだらしない姿なんだが、う~ん、何だろう。どうも私はこの子に逆らえないと言うか、この子の好きにさせてしまうと言うか。
何でかな? と、自分でも常々不思議に思っていたんだけど、多分これはアレだ。マティルダは前世の私の知り合い、汐乃さんと似ているのだ。
汐乃さんは、私が中学に上がった頃にお世話になっていた親戚の家の息子、典明の幼馴染で、典明の家とは昔から家族ぐるみの付き合いのあるお隣さんの娘という、「それってなんてラブコメ?」と言いたくなるような女性だった。
女の私から見ても、ホワホワとした可愛らしい人で、典明はさぞかしクラスの男共にやっかまれていたのではないだろうか? 知らんけど。
背の高い女剣士然としたマティルダと、可愛い系の汐乃さん。一見、正反対に思える二人だが、何と言うか、私を可愛がる感じが、微妙に似通っている気がするのである。
『はふぅん。あ~、どうやら私はお姉さんっ子体質というか、甘えさせてくれる女性に弱い、いわば妹属性のようなトコロがあったみたいね。う~む。自分でも驚きの真実』
「何を言ってるのか分からんが、真面目な話をしている時くらいはちゃんとしろ」
ハイハイ、分かってるって。私は仰向けになったままブヒッと鼻を鳴らした。
アーダルトは我々の会話を黙って聞いていたが、小さくため息をついた。
「――分かった。ならば俺達もその旅に同行するとしよう」
「アーダルトさん?!」
おっと、コイツは予想外。どうやらアーダルト達も私達に付いて来てくれるようだ。
こっちとしては助かるけど、本当にいいの?
「いくら傭兵として隣国に行くと言っても、亜人だけで行動するのは無理があるだろう。食糧の調達や宿の手配等、俺達が一緒の方が無用なトラブルを避けられるというものだ。それに――」
アーダルトは部屋の中を――彼らの宿泊先であるガチムチ邸のお客さん部屋を見回した。
「俺達だけこんな場所に残されても仕方がない」
そりゃそうだ。
といった訳で、我々の旅にアーダルト達、タイロソスの信徒達も同行してくれる事になった。
こう見えて意外と付き合いがいいのか、それとも単なる気まぐれか。
どちらにしろ我々にとっては頼もしい限りである。
「大人数でペドゥーリ伯爵領を目指すなら船で行く方がいいだろう。スワシュの港にタイロソスの信徒が良く利用する船がある。あれならここにいる全員でも乗れるはずだ。必要と言うなら俺の方で手配しよう」
いや、ホントに頼もしいな。
どうやらアーダルトは過去にペドゥーリ伯爵領に行った事があるようだ。
私的には、取り合えず街道を行きながら、地元の人に道を尋ねればいいだろう、とか考えていたのでマジ助かった。
『じゃあ、それでヨロシク。私達は一度メラサニ村に戻って準備して来るから』
「分かった。俺達は先にスワシュに行って、船の準備をして待っている」
てか、さっきから言ってるスワシュってどこ? と思ったら、ランツィの町の少し北にある港町だそうだ。
ロイン達亜人兄弟を乗せた船が着いたのもそこの港だったようだ。
なんでもこのトラベローニ地方では一番大きな港らしい。ほうほう。
こうして一旦、アーダルト達と別れた我々は、旅の準備をするべくメラサニ村へと戻った。
また神輿の上に乗る羽目になったロイン達が、ブーブー文句を言ったが無視。身体強化が出来るのにチンタラ歩いてなんていられないっての。時短、時短。
村に戻った我々は、早速、魔法の練習をしていた村長代理のモーナを捕まえると、事情を説明した。
『という訳で、隣の国まで行ってくるわね』
「相変わらず急ね。けど分かったわ」
事前にロイン達を送り届けにいくつもりでいる事は話してたからな。モーナは直ぐに理解してくれた。
しかし、ここからが難航した。
「勿論、俺も一緒に行くからな」
「俺もだ」
「俺も俺も」
クロコパトラ歩兵中隊の隊員達が、みんな私に付いて来たがったのである。
『ハッシはダメ。アンタ達は村の建物を修理しなきゃでしょ。だから第八分隊には残って貰うわ。第四分隊と第六分隊の隊員は引き続き第八分隊のみんなの手伝いをお願い』
先日も副監督官のベルデから、「メラサニ村の受け入れのため、調査の役人を村に送りたいのだが」と言われている。
今までは、「天空竜との戦いで村人を避難させていたから、そのゴタゴタが落ち着き次第受け入れる」と返事を引き延ばしにしていたのだが、この言い訳を使うのもそろそろ限界だ。
一日も早く、村を人が住めるように直して、崖の村からこちらに生活の場を移すようにしなければならない。
「じゃあ、クロ子と一緒に行くのは、俺の第一分隊とトトノの第二分隊。コンラの第三分隊とハリィの第七分隊の合計四分隊だな」
ここまでに名前の上がらなかった第五分隊は、防衛戦の際に受けた部隊の損耗が大きすぎ、同じく戦力が減っていた第六分隊と合併した関係で、今は欠番となっている。
それはそうと連れて行くのは四分隊――四十人程か。そこそこの多人数だけど、あっちでカロワニー何某と戦う事になるかもしれないと考えると、これくらいいないと話にならないかもしれん。
「「「ワン! ワン!」」」
「そうそう、それと黒い猟犬隊もな」
犬達も連れて行くのかよ! って、仕方がないか。
前回、王都に連れて行かなかった事で、マサさん達はかなりショックを受けてたみたいだった。
今回も留守番となれば、流石に拗ねてしまいそうだ。
それはそうと、黒い猟犬隊って何匹くらいいるんだっけ? 全員連れて行くのは多そうだから、マサさんに三~四十匹を目安に選んで貰うか。
こうして我々は旅の準備を整えると、スワシュの港町へと向かったのだった。
予想通りアーダルトは、「犬まで連れて行くのか?!」と驚いたが、どうにか船長を説得して彼らの乗船許可を取り付けてくれた。
「ただし、こちらで用意した檻に入れて船倉に入れる事。この条件を呑むのであれば、荷物として運んでくれるそうだ」
『まあ、仕方がないか。みんな、それでいいわね?』
『黒豚の姐さん、分かりやした。お前達行くぞ』
尻尾をフリフリしながら行儀良く檻に入っていく犬達の姿に、アーダルトと船員達は不思議そうに顔を見合わせていた。
『しばらくの間窮屈だろうけど、向こうに着くまでの間だから我慢してね』
『『『『応!』』』』
相変わらず返事だけはいいんだよな。返事だけは。
こうして我々は船上の人となったのであった。
目指すは隣国、ペドゥーリ伯爵領。
この時の私は、その地で待ち受ける激しい戦いの事も、予想もしなかった新たな仲間との出会いの事も知らなかったのであった。
こうしてクロ子達が新たな地を目指して出発した所で、『第十二章 亜人の兄弟編』は終了となります。
次の章は他の小説を切りの良い所まで書き上げ次第、取り掛かる予定なので、気長にお待ち頂ければ幸いです。(その間に私の他の小説を読んで頂ければ嬉しいです)
まだ、ブックマークと評価をされていない方がいらっしゃいましたら、是非、よろしくお願いします。
それと、作品感想もあれば今後の執筆の励みになります。「面白かった」の一言で良いので、こちらも出来ればよろしくお願いします。
いつも『私はメス豚に転生しました』を読んで頂きありがとうございます。




