その39 メス豚のダンジョンアタック
私は足から力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
そんな私の側に、ハッハ、ハッハと荒い息遣いのアホ毛の野犬が近付いて来る。
マサさんの息子のコマだ。
・・・そういやお前いたっけ。すっかり忘れてたわ。
激闘の連続に忘れていたが、元々はコマを助けるために崖の裂け目に飛び込んだんだっけ。
コマは私に鼻面を押し付けて来る。
いやまあ心配してくれるのは分かるけど、今はそっとしておいて欲しいんだけど。
正直言って、巨大洞窟蛇との戦いは死闘だった。
ギリギリの所で勝ちを拾えたものの、私は精も根も尽き果て立つ事すら出来ずにいた。
いや、だからペロペロ舐めないで欲しいんだけど。ちょっ! お尻の匂いを嗅ぐんじゃない!
『打ち出し!』
「キャン!」
目の前の地面に小石をぶつけられて悲鳴を上げるコマ。
そして魔法の使い過ぎで頭痛を堪える私。
全く、誰のせいで私が苦労したと思っているんだ!
ビックリしたコマは今度は周囲の探索を始めた。
辺りには私が殺した洞窟蛇の残骸が散らばっている。
コマは蛇の匂いを嗅ぐとハグハグと食べ始めた。
・・・そうだな。私も食べるか。
私はチラリと目の前の巨大洞窟蛇を見上げたが、流石にコイツは私の手に余る。
結局私もコマと争うように洞窟蛇の死骸をハムハムするのだった。
さて、私達が洞窟蛇の死骸をハムハムしている間に、突然周囲が暗くなった。
どうやら巨大洞窟蛇の魔法の効果が切れたようである。
急に周りが見えなくなって、コマが不安そうに「キュ~ン」と鳴いた。
ちょっと待ってな。ええと、確かこんな感じだったっけ――
うおっ! 眩しっ!
私の目の前に光の点が発生した。
巨大洞窟蛇の魔法を見よう見まねで再現してみたのだが、思ったよりも上手くいったようである。
ふむ、これは中々便利そうな魔法だ。発光 と名付けよう。
勝手に名前を付けるなって? だって名前が無いと不便じゃん。
おっと、光の点が地面に落ちてしまいそうだ。
巨大な蛇はかなり高い場所で発光 を発動したけど、私は地面ギリギリの高さで発動してしまったからな。
どうなんだろう。こういうのも線香花火のように地面に落ちたら消えてしまうんだろうか?
私はふと嬉しそうな顔でこちらを見ているコマに気が付いた。
コマの頭の動きに合わせてアホ毛も嬉しそうに揺れている。
あれでいけるんじゃね?
どうやら魔力でそっと力を加えると、光の点を移動出来るようだ。
消さないように慎重に、そっと、そっと・・・
ピタッ
『ブヒッ?! く・・・くくっ・・・コマ似合ってるよ』
光の点はものの見事にコマのアホ毛の先っちょにくっついた。
コマは驚いて首を振るが、光は余程アホ毛の先が気に入ったのか離れようとしない。
まるで新種のチョウチンアンコウのようなその姿に私は笑いを堪える事が出来なかった。
「ワンワン! ワンワン!」
『ほらほら、暴れちゃダメだって。アンタだって明かりが無いと不便でしょ? 大丈夫。カッコいいって。・・・ブッ、ブヒッ! ゴメン、やっぱりこっち見ないでくれる? ブヒヒヒヒッ』
「ウワン!」
コマ、おこである。
『姐さん! 黒豚の姐さん!』
『! マサさん?!』
そういや崖の上にはマサさんを残して来たんだっけ。
どうやらマサさんは戦いが終わった気配を感じて呼びかけて来たみたいだ。
「ワンワン!」
『おおっ! コマも無事だったか!』
息子の無事な声にマサさんも嬉しそうだ。
きっと今頃崖の上では千切れんばかりに尻尾を振っていることだろう。
『姐さん。そこから出られそうですか?』
『う~ん・・・ちょっと待って。コマ、付いて来て』
私は懐中電灯代わりのコマを連れて辺りをぐるりと回ってみた。
『・・・こんなところに穴が空いてたんだ』
さっき私達のいた場所からは岩に隠れた場所に大きな穴が空いていた。
どうやら巨大洞窟蛇はこの穴から出て来たようだ。
流石に発光 の魔法の光量では奥までは見えない。
もっと光の強さを上げれば・・・あっと、それだと魔法が安定しないのか。
むむむっ。この辺は要研究だな。
あんまりアホ毛を強く光らせるとコマが眩しいだろうしね。
「ワン!」
どうもコマから「無理にアホ毛を光らせる必要ないだろう!」と、ツッコミを入れられた気がする。
いや、多分私の気のせいだろう。コマは言葉が分からないし。
それはさておき、どうしたものか・・・
『出口につながっているかは分からないけど、奥に穴が空いてる! 他に出られそうな場所は見当たらないからココに入ってみるね!』
『分かりました! お気をつけて!』
「ワンワン!」
まさか巨大洞窟蛇がウヨウヨいたりはしないよね?
だとしても崖をよじ登る手段が無い以上、この穴の中に入らざるを得ないんだけど。
『うへっ、生臭いな。じゃあコマ、よろしくね』
「ウワンッ?!」
私に鼻で押されてコマが「マジで?!」といった感じで振り返った。
だって仕方が無いでしょ。明かりを持ってるアンタが先に行かなくてどうするわけ?
まあ、コマのアホ毛に明かりをくっつけたのは私なんだけどな。
「キューン、キューン」
情けない声で鳴くコマを押しながら私は穴の中に入って行った。
さあ、ダンジョンアタックの始まりだ!
鬼が出るか蛇が出るか。あ、蛇はもうお腹いっぱいなんで結構です。
こうして私とコマは崖に空いた裂け目の奥、蛇の出て来た洞窟の探索を開始したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
黒豚と巨大洞窟蛇との戦い。
どこかでその一部始終を見ていた者がいた。
空間を切り取るように宙に浮かんだモニターはまるで厚みを感じさせない。
科学的な現象かあるいは魔法的な現象なのか。
そこには黒豚と犬の姿が映し出されている。
クロ子とコマである。
『非常に興味深い。こういう状況を人間は何と呼んでいたんだったか。検索』
抑揚の低いカサカサと紙がこすれるような声だ。
年老いた老人の声のようでもあり、邪気のない子供の声のようでもあり、また、合成音声のようなどこか作り物めいた声でもあった。
『発見、”面白い”。記憶。面白い。こういうケースは面白い』
謎の機械がひしめく部屋の中をカサカサ声があちこちに移動した。
どうやら声の主はかなり興奮しているようだ。
『今後、当該黒豚を”検体A”と呼称する。検体Aは犬を一匹連れて施設の通風口を移動中』
声の主が何かを操作すると、空間に次々にモニターが浮かんだ。
『セキュリティー起動。一番近い実験室に検体Aを誘導する』
次回「メス豚と第二の敵」




