その401 メス豚と深夜の襲撃
ロイン達亜人の兄弟を付け狙っていた組織。
それはアゴストと呼ばれるマフィアのファミリーだった。
てか、二人を狙っていたのはペドゥーリ伯爵の叔父のカロワニーじゃなかった訳?
クロコパトラ歩兵中隊の副隊長、ウンタが思案顔で呟いた。
「つまりペドゥーリ伯爵家は、そのアゴストという犯罪組織と繋がっていたという訳か?」
ああそうか。主犯はカロワニーで、カロワニーの手足となって働いている実行部隊がアゴストファミリー、という形なら筋は通るのか。
土地の統治者である貴族と、法を破る犯罪組織とでは相性が良くないんじゃないかと思っていたけど、ある意味、一般人を食い物にしているという点では共通していると言えなくもないのかもしれない。知らんけど。
ウンタの言葉にタイロソスの教導者、アー兄さんことアーダルトが反応した。
「ペドゥーリ伯爵家? それは隣国のペドゥーリ伯爵の事を言っているのか?」
どうやらウンタ達は、まだロイン達の事を彼らに説明していなかったようだ。
私はウンタに通訳を頼んで、ロイン達がペドゥーリ伯爵領に住んでいた事、二人が人間達に追われ、この国まで逃げて来た事等をザックリと説明した。
「なんと。ペドゥーリ伯爵・・・あまりいい噂は聞かないが、まさかヴェヌドのファミリーと繋がりがあったとは」
アーダルトは驚きの表情を浮かべた。
ヴェヌドは穢れの三風神を運ぶ風の名前で、北の大国カルトロウランナ王朝には、そのヴェヌドの名で呼ばれる有名な犯罪組織があるそうだ。アゴストファミリーはそのヴェヌドの下部組織と言うか国外出張所のようなものらしい。
そしてペドゥーリ伯爵の悪評は、タイロソスの信徒達の間にまで広まっていた模様。
子孫の体たらくにご先祖のゴッドペドゥーリは、さぞやあの世で嘆いておられる事だろう。ヨヨヨヨ・・・。
ちなみに今の私はタイロソスの信徒の女戦士、マティルダの膝の上に乗せられている。
マティルダはさっきまで私を撫でくり回していたのが、今は私の背中に乗っていたピンクの塊、ピンククラゲ水母にご執心のようだ。
「これって何かしら? 結構、可愛いんだけど」
「おい、マティルダ。あまり変な物を触るなよ」
三人目のタイロソスの信徒、ビアッチョが、さっきからやりたい放題、いじりたい放題の同僚に注意した。
「変な物って、確かに変な物だけど。ねえ、ビー君も触ってみる? モチモチプルプルしてて、気持ちいいわよ」
「いや、いらねえって。豚の背中に乗ってたモンだぞ」
ビアッチョはまるでバッチイ物でも目にしたように顔を歪めた。
変な物とかメス豚とか、失敬だな君達は。(注:誰もメス豚とは言っていません)
クロコパトラ歩兵中隊の大男カルネが、「そんな事よりも!」と身を乗り出した。
「死神とかいうヤツだ! そいつが手下を引き連れてここに攻め込んで来るんだろ?! 呑気にこんな話をしている場合じゃねえだろうが!」
そうそれな。けど、それを赤い顔で酒臭い息のヤツに言われるのも何だかな。
「勿論、忘れている訳じゃない。店の者は今晩、どこかに避難させておくにしても、ヤツらが店に火をつけるつもりなら、それだけで済ます訳にもいかない。出来れば代官に襲撃を訴えて警備を厚くして貰いたい所だが・・・。情報の出所がそこの豚――魔獣だというのはどうだろうな。果たして信用して貰えるかどうか」
難しい顔をするアーダルトに、カルネはニヤリと白い歯を見せた。
「それなら大丈夫だ。クロ子の事は監督官だっけ? 大モルト軍の片腕の指揮官も知ってるからな。それに大モルト軍と俺達は、一緒にあの天空竜と戦った仲だ。アイツらなら絶対に俺達の言葉を信じてくれるに決まってるぜ!」
『自信満々の所を悪いけど、監督官のマルツォなら今は町にいないわよ。天空竜の剥製を持って、王都に行ってる所だから』
「何でこんな時に限っていないんだよ!」
カルネはドヤ顔から一転。裏切られた! とでも言いたげな顔で叫んだ。
ナイス、リアクション。今のはちょっとだけ胸がすいたわ。ブヒヒ。
クロカンの副隊長ウンタが心配そうな顔で私に振り返った。
「それでどうするクロ子?」
「だったらいっその事、こっちから攻め込もうぜ!」
私は相変わらず鼻息の荒いカルネに呆れ顔になった。
『そんな酒臭い息で言われてもね。私は酔っ払いの介抱をしながら戦うなんてゴメンなんだけど』
そもそも、私が見つけた建物が本当にヤツらの拠点かどうかも分からない。実際、隣の国の犯罪組織という話だし。
我々が空き家に襲撃をかけている間に、死神とやらが手勢を率いてこの店を襲い、火をつけらないとも限らない。
「じゃあ一体どうすんだよ! このままみすみす敵にやられるのを待つってのか?!」
「カルネ! いい加減にしろ!」
さてどうしたものか。普通に考えれば、アーダルトが言ったように、代官に助けを求めるのが無難っちゃあ無難なんだが・・・。
私はマティルダの膝の上でお腹や背中を撫でられながらブヒブヒと考え込むのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の深夜。
夕方から空に立ち込めた分厚い雲が、月の光を覆い隠している。
足元も定まらない暗闇の中、人目を避けながら町の裏通りを進む三十人程の集団があった。
「・・・出来れば月明かりくらいは欲しかった所だが」
集団の先頭を歩く黒装束の男がボソリと呟いた。
まるで氷のような冷たい雰囲気を持つその男。
アゴストファミリーの【死神】である。
死神の言葉に、彼のすぐ後ろを歩く顔に大きな火傷の跡がある男が反応した。
「ハンッ! どうせ寝込みを襲うなら、外が暗かろうと明かろうと同じこったろうが。どうせ家の中に入っちまえば真っ暗だし、寝てるヤツらを皆殺しにすればいいだけなんだからよ」
火傷跡の男は、これから始まる殺戮が待ちきれないとでも言いたげな様子で、愛用の大型ナイフを引き抜き、闇夜に閃かせた。
「得物をしまえ、ヤニザ。相変わらずお前は自制が足りなさ過ぎだ」
「・・・チッ」
死神から吐き捨てるように投げかけられた言葉に、ヤニザの目に一瞬、殺気が漲った。
(この野郎。ヴァロミットのヤツにちょっとばかり気に入られているからって、いつもいつも偉そうにしやがって。いつかテメエを出し抜いて思い知らせてやる)
死神はヤニザの殺意を知ってか知らずか。無表情なまま足を進める。
それからは無言で歩く事しばらく。彼らは薄汚れた路地裏でその足を止めた。
「・・・どうした? 何で止まるんだ?」
ヤニザは怪訝な表情で死神に尋ねた。
死神は彼の言葉を無視。その視線は、通りを挟んだ先の大きな建物をジッと見つめている。
彼らの目的地。商人ザボの店である。
目的地を目の前にしながら何故か動きを止めた死神に、後続の部下達は戸惑いの表情を浮かべた。
「・・・イヤな感じだ。静か過ぎる」
「そりゃあ深夜なんだから静かなのが当然だろ。何今更当たり前の事を言ってやがんだ」
ヤニザの口から思わず出た言葉に、死神は珍しく――そう、彼にしては非常に珍しく――苛立ちを堪えるような表情を浮かべた。
「俺は、静か過ぎる、と言ったんだ。何か胸騒ぎがする。ここでしばらく様子を見る」
ヤニザはありありと不満を顔に表した。
そのまま建物の影からザボの店を監視する事しばらく。
昼間は人の流れが途切れる事のない通りも今はしんと静まり返り、動く者の姿は何もなかった。
(クソッ! いつまでこんな場所でこうしているつもりだ! いい加減にしやがれ!)
暦の上ではそろそろ春が近付いているとはいえ、まだまだ夜の冷え込みは厳しい。
元々、粗暴でこらえ性のない男達がしびれを切らすのに、さほど時間はかからなかった。
あちこちでガチャガチャと武器を打ち鳴らす音が響いた。
「おい、死神。いつまで俺達はこんな場所でバカみてえにガン首揃えて待ってなきゃいけねえんだ」
ヤニザの言葉に死神は軽く舌打ちを漏らした。
どうやらこれ以上、部下達を抑えておくのは難しいと判断したようだ。
「分かった。だが慎重に行け。建物の中には二十人程の亜人がいる。そいつらは全員殺す必要があるが、ターゲットだけは間違っても殺すんじゃない。絶対に生かして連れ出すんだ。忘れるな」
彼らのターゲットは楽園村に住む亜人の少年。名前はハリス。
「ターゲットの兄の亜人も出来れば殺すな。人質として利用できるかもしれんからな。だが、抵抗するようなら殺しても構わん。俺達が連れ帰るように命令されているのは、弟の方だけで兄の方は絶対にとは言われていない。
さあ急げ。店の場所は大通りに面している。騒ぎが大きくなって町の衛兵が駆け付けて来ては目的を果たすのが難しくなる」
「ボソリ(チッ。急げってんなら、最初からグズグズしてんじゃねえよ)」
死神はヤニザの小さな愚痴が聞こえなかったのか、それとも単に気にしていないのか。無表情のまま部下に手を振った。
「行け。俺は外で店に火をつけるための準備をしておく。建物内での指揮はヤニザ、お前に任せる」
「――ケッ。間違っても俺達が逃げ出す前に火をつけたりするんじゃねえぞ」
ヤニザは大きな火傷の跡が残る顔を忌々しそうに歪めた。
この古傷は、過去に同じような仕事を引き受けた際、怯えた新人が全員逃げ出したのを確認する前に火をつけてしまった事で付いたキズである。
業火に包まれ、焼け落ちた館からヤニザは大火傷を負いながらも、どうにか脱出する事に成功した。
後日、彼は誤って火をつけた新人を見つけ出し、愛用の大型ナイフでその喉を掻き切ったのであった。
「お前こそ、つまらんミスをするなよ。ターゲットは必ず生かして捕まえろ。殺してしまっては元も子もなくなるんだからな」
そうこうしているうちに、ザボの店の方から合図があった。
どうやら仲間の一人が裏口のドアをこじ開けたようだ。
ここからは時間との勝負となる。
ヤニザは部下を引き連れると、素早く通りを横切り、ザボの店へと向かった。
次回「漆黒の闇に潜む者」




