その388 メス豚とグジ村からの使い
私が村長代理のモーナ達、亜人の村人達に魔法を教え始めてから一週間。
ピンククラゲ水母が、額に小さな角を生やした亜人達を率いて旧亜人村ことメラサニ村へとやって来た。
彼らは水母による手術を終えた第二陣のメンバーである。
『じゃあモーナ、今日からあの人達の指導をヨロシク』
「私達だってまだちゃんと魔法が使える訳じゃないのに・・・」
モーナ達は渋っているが、私は教えるべき事はちゃんと全部教えたから。
練習不足の部分は、後輩達に教えながら、各自自主練で補って貰うという事で。
ちなみに第二陣のメンバーは約三十人。
モーナ達は一人で三人に指導をする事になっている。
幸いな事にというか、予定通りというか、モーナ達第一陣のメンバーは、全員魔法銃の使用に必須の圧縮の魔法を無事に習得する事が出来た。
まだまだ咄嗟の発動におぼつかない所はあるもののそこはそれ。今後の練習と成長に期待という事で。
取り敢えずは全員合格と言ってもいいだろう。
『ウンタと違って、一週間でみんな圧縮の魔法が使えるようになったんだから、みんな上出来よ。自信を持って』
「・・・俺が使えないみたいに言わないで欲しいんだが」
私の言葉に仏頂面で答えたのは、クロコパトラ歩兵中隊の副隊長、ウンタ。
ウンタはなぜか圧縮の魔法を苦手としていて、ずっと使う事が出来なかったのである。
そんな彼に転機というか、のっぴきならない状況が訪れる。
彼が付き合っている村の若い娘。プルナが、「友達のモーナがやるなら」と、水母の手術に立候補したのである。
この話はウンタに激しい衝撃を与えた。
今までも、クロカンの隊員達の中で唯一、圧縮の魔法が使えない事で肩身が狭かったというのに、今後、村の者達や付き合っている彼女まで使えるようになっては、完全に立つ瀬がなくなってしまう。
追い詰められたウンタは、クロカンの隊員達の助けを借りながら必死の特訓を続けた。
その甲斐あって、最近になって彼はようやく圧縮の魔法を習得したのであった。
『良かったじゃん。男のメンツが守れて』
「・・・そんな理由で特訓したんじゃない。村の者達を指揮しなければならなくなった時、自分が使えなければ問題があると思ったからだ」
ウンタの言葉は苦しい言い訳にしか聞こえないが、実は案外、筋が通っている。
もしも、実際に村人達による魔法銃部隊が編成された場合、彼らの指揮を副官のウンタが執る事になる可能性は大いにあるからである。
その際、魔法が使えないより使えた方がいいのは間違いないだろう。
カルネ? あんな脳筋は最初から問題外だっつーの。
「人数が増えたんだな。天空竜だっけ? 人食いの化け物から避難していたヤツらが帰って来たのか?」
「皆さん、おはようございます」
村人達を見回しながら歩いて来たのは、若い亜人の兄弟。
隣国からやって来た訳アリ兄弟。雰囲気イケメンの兄ロインと、弱気ショタ坊こと弟のハリスである。
彼らはこの一週間ですっかりこの村に馴染んでいた。
とはいえ、それも今まで村にいた者達の間での話。
「ねえ、あれが話に聞いてた・・・」
「ああ。本当に俺達の村以外にも亜人がいたんだな」
新たにやって来た第二陣のメンバー達は、驚きの目でロイン達を見つめている。
彼らには事前に水母から、ロイン達の事を通達して貰っているものの、実際に自分の目で見るまでは半信半疑だったようだ。
さもありなん。私らだって最初は驚いたんだからな。
◇◇◇◇◇◇◇◇
雰囲気イケメンの兄ことロインは、こちらを見ながらヒソヒソと話をしているメラサニ村の村人達の様子に、不快そうに眉をひそめた。
とはいえ、彼らの気持ちは良く分かるし、立場が逆なら自分達も似たような事をするだろうと思われたため、何も言う事は出来なかった。
(コイツらも額に角を生やしているんだな・・・)
それよりもロインは、追加で現れた村人達も額に角が生えている事の方が気にかかった。
(魔法の練習をしていた事にも驚いたが、同じ亜人でもここの村の連中と俺達とでは種族が違うんだろうか?)
ロインの村では誰も魔法の練習などしていない。というよりも、誰も魔法を使おうとすらしていない。
理由は簡単。同じ作業をするにしても、魔法で行うよりも、手で道具を使って行った方が、ずっと楽で簡単に出来るからである。
これはロインだけの認識ではなく、亜人であれば誰もが当たり前のように持っている常識である。
誰でも子供の頃には一度は面白半分に魔法を使ってみるが、大抵の場合、疲れてすぐに止めてしまうか、大人に見付かって叱られてしまうのがオチである。
それでも魔法を使い続けるのは、余程の変わり者か、魔法の存在しない世界から転生をした異世界人くらいだろう。
そんな彼らですらも、最終的にはあまりの作業効率の悪さに投げ出してしまう訳だが。
(俺もコイツらの練習の真似をしようとしたがダメだった。何度か試してみたが、この村のヤツらのように、連続で魔法を発動させるなんて事は出来やしなかった)
ロインは弟のハリスが見たというクロ子達の魔法の練習を、自分達でもコッソリ試していた。
しかし、村人達が簡単に行っていたという練習すら、ほんの数回行える程度。吐きそうな程の気分の悪さと酷い疲労に早々にギブアップしてしまった。
練習のやり方が悪かったのかも? あるいは、何かコツがあったのかも?
そう考えたロインは、翌日は自分もクロ子達の練習を見学に行ったのだが、彼の目にも村人達は無造作に魔法を使っているようにしか見えなかった。
(何か俺達に隠している秘密があるのでは、とも疑ったが、クロ子というあの子豚は、俺達がいようがいまいがお構いなしに村人に指導をしていた。あれで何かを隠していたとは思えない。
だとすれば考えられるのは、コイツらと俺達とは根本的に持っている力が違う――つまりは種族が違うのか、あるいは、俺が幼い頃から弓の練習をしていたように、この村のヤツらは幼い頃からずっと魔法の訓練をして来たのか・・・)
実の所、クロ子はロインが考えている程、彼らに対してオープンという訳ではない。
クロ子が秘密にしているのは、水母に関する事だけ――水母の手術によって埋め込まれた魔力増幅器に関する事だけ――のため、魔法の練習などの技術的な部分に対しては、特に注意を払っていないというだけの事であった。
そしてロインはこの国に来て以来、クロコパトラ歩兵中隊の隊員達と、モーナ達――つまりは水母の手術を受けた亜人しか見ていなかった。
それもあって、彼らの角が後付けで移植された物とは考えなかったのである。
クロ子がロインとハリス、二人の事を探っているように、ロインとハリスもクロ子達メラサニ村の事を(※主にロインが)探っている。
互いが互いに言えない秘密を抱えているためだが、慎重派のロインはともかく、弟のハリスの方は「見ず知らずの自分達相手にこんなに良くしてくれているんだから、もうそろそろ彼らの事を信用したっていいんじゃないだろうか?」と思うようになっていた。
しかし、兄の行動が自分の身を案じての物である事も分かっているため、中々その事を言い出せずにいたのだった。
「おおい、みんな!」
その時、物見の櫓に登っていた隊員がこちらに声を掛けた。
「人間が来るぞ! 麓の村のヤツだ!」
人間という言葉に村人達は一瞬緊張したが、続けて麓の村の人間と聞いてその表情を和らげた。
「麓の村って言うと、鍛冶屋の所のミレットか?」
「いや、違う! 村長の子供だ! 確かロックとか言ったか?!」
ミレットは村で唯一の鍛冶であるルマンドの弟子である。彼は魔法銃の納品のため、以前、メラサニ村へと訪れた事があった。
そして村長の息子ロックがこの村にやって来たのは初めての事となる。
クロコパトラ歩兵中隊の副隊長ウンタはクロ子に振り返った。
「クロ子、どうする?」
『どうするって、子供一人でしょ? 何しに来たのか知らないけど、入れてあげればいいんじゃない?』
「あ、いや。代表は村長の息子だが、一緒に男が二人いる。武装もしてないし、多分、村の男だ。村長の子供の護衛というか付き添いなんじゃないかな?」
『そういう事は先に言えと――まあいいや、二人くらいなら増えた所で別に大差ないでしょ。入れてあげて頂戴』
クロ子の言葉と共に、ギギギ・・・と村の入り口から軋み音が響いて来た。
ここからでは見えないが、おそらく村の門が開かれたのだろう。
待つ事しばらく。小太りの少年を先頭とした、三人組が姿を現したのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ここが亜人の村・・・」
「マジかよ。俺達人間の住む村とそんなに変わらないじゃないか」
ショタ坊村のガチムチ村長の息子を代表とする男達は、村の中を見回して驚きの声を上げた。
彼らは亜人達は崖に空いた洞穴か竪穴式住居にでも住んでいると思っていたのだろうか? まあ、この様子なら思っていたんだろうな。
「それで? 今日は俺達に何の用だ?」
私に代わって副隊長のウンタが彼らに応じた。
人間相手に私の言葉は通じないからね。仕方がないね。
ガチムチ息子はウンタの素っ気ない物言いに、一瞬鼻白んだ様子だったが、慌てて虚勢を張って答えた。
「あ、ああ。パパ――グジ村の村長からお前達に伝言を伝えに来たんだ。最近、ここに隣の国から来た亜人の兄弟がいるだろ?」
「?! 何だと?!」
ガチムチ息子の言葉に、この場にサッと緊張が張り詰めた。
なぜコイツらがロインとハリスの事を知っているんだ?
ショタ坊村とはほとんど付き合いらしい付き合いもないし、前回、村で一泊した時も、その話題は出さないよう、カルネ達に言い含めておいたはずだが。
「隣の国のペドゥーリから来た男達が、彼らの事を訪ねて回っていたんだ」
「ペドゥーリ伯爵領から?! お前達は伯爵様の手先か?!」
今まで黙って私達の話を聞いていた雰囲気イケメンの兄ロインが、急に血相を変えるとガチムチ息子に食って掛かった。
ロインの剣幕に情けなくビビるガチムチ息子。
コイツ、本当にあの父親の血を引いているのか?
私はブヒっと二人の間に割って入った。
『落ち着け。その何とか伯爵だっけ? コイツが隣の国の伯爵家と無関係なのは私が保証するわ』
なにせガチムチの前の職場はこの国の王城だからな。ガチムチはこの国の衛兵? 親衛隊? まあ、何かそういう感じの仕事をしていたのだ。って、少し前に本人が言ってた。
それに一年程前には、イケメン王子の手先となって隣の国のロヴァッティ伯爵軍? とも戦争をしてたし、隣国の伯爵家と通じているとは考えづらいだろう。
『で、そもそも、その何とか伯爵って誰よ?』
「それは・・・俺達の村がある地域を治めている人間の貴族だ」
ロインの言葉に、弱気ショタ坊こと弟のハリスが頷いた。
「僕達の楽園村は、伯爵様の領地の中にあるんです」
楽園村って――ええっ? それって正式な村の名前な訳?
なんつーか、随分と大きく出たもんだな。
次回「メス豚、事情を聴く」




