その37 メス豚対這いよる者達
私は覚悟を決めると崖下に飛び降りた。
うひょーっ! こ、怖ええええええっ!
すぐ下は崖の裂け目。
急激な明るさの変化に私の目の暗順応が追いつかない。
ここだっ! 成造・土!
私はヤマ勘で魔法を発動。
崖から伸びて来た土の段差に激突する。
私の勢いを受け止め切れずに崩壊する土の段差。
けどそれも私の計算のうち。
十分に落下の勢いの殺された私はベチャリと地面に落下したのだった。
いやね。本当はもっとカッコよく着地するつもりだったんだよ。
けどね。思ったよりも裂け目の中が暗かったせいで、地面までの距離を測り損ねてしまったんだよ。
ザワッ
闇の中がざわめいた。
何だ? 何がいる?
『点火!』
点火の魔法は極めて単純な初歩的な魔法だ。
小さな火を一瞬つける。ただそれだけの魔法である。
攻撃力もないし、ついた火も火口がなければ直ぐに消えてしまう程のショボい効果だ。
私が戦った野犬リーダーが使っていた火の魔法の劣化版と言ってもいいだろう。
けど今はそれでも十分。
パッ!
一瞬照らされた光の中。
私は周囲の情報を見て取った。
ここは岩に囲まれた部屋のような小さな空間だ。
少し先に腰を抜かしたアホ毛犬のコマが情けない声でヒャンヒャンと鳴いている。
岩の壁はかなりの高さで一見したところ出口は見えなかった。
そして地面には数匹の大きな蛇が蠢いているのが見えた。
点火の火はすぐに消えた。
私の目には光を反射してざわめく無数の鱗が焼き付いている。
正直かなりヤバイ状況だ。コマが悲鳴を上げるのも無理はないだろう。
蛇――仮に洞窟蛇と呼ぼう。洞窟蛇達はシュルシュルと地面をはい回っている。
かなり大きな蛇だ。
ハブのように毒を持っている種類だろうか? 残念ながら私は蛇に詳しくないので分からない。仮に知っていたとしてもあの一瞬で判別出来たかどうかは微妙だと思うけど。
とにかく相手の姿が見えないのでは戦えない。
幸いさっきの明かりで近くに小枝があるのを見つけている。
多分コマと一緒に落ちて来たヤツだ。
確か・・・こうだったかな。
点火・改!
床に落ちた小枝にパッと火がついた。
野犬リーダーの魔法を参考に私なりに改造した魔法だ。
一瞬だけではなく、ちゃんと普通に火がつくようになっている優れものだ。
突然の火に洞窟蛇達が興奮して走り出した。多くの蛇は昼行性で暗い場所ではあまり目が見えないらしい。
だが条件は同じ。姿さえ見えればこっちのものだ。
『最も危険な銃弾!』
私の足元に這い寄ろうとした洞窟蛇の頭に必殺の魔法が炸裂した。
パンッと炸裂音を立てて蛇の頭が粉々に弾け飛んだ。
『最も危険な銃弾!』
私は更に魔法を発動。今度はコマに這い寄っていた洞窟蛇を狙い撃つ。
魔法は蛇の胴体に命中。体を真っ二つにされた蛇は苦しみにのたうち回った。
「ガウッ! ガウッ!」
『コマ、邪魔! 打ち出し!』
果敢に蛇に噛みつこうとしたコマの目の前に私は小石を飛ばした。
驚いて顔をのけぞらせるコマ。その隙に私は蛇の頭に魔法を命中させて止めを刺した。
『あんたはそこで見てなさい! 最も危険な銃弾! 最も危険な銃弾!』
連続で使うと流石に精度が下がる。
しかし洞窟蛇の大きさが逆に幸いした。
ヘッドショットにさえこだわらなければ、この距離で外すような大きさじゃない。
魔法は次々に洞窟蛇に炸裂。彼らの体を吹き飛ばした。
最後はのたうち回る蛇の頭を慎重に狙って止め。
こうして洞窟蛇との戦いは私の一方的な勝利で終わった。
――かに思われた。
蛇のまき散らす血と臓物の匂いに紛れて、生臭い不快な匂いが漂って来た。
新手だ。
『エモノ エモノ ヨロコビ』
『?! まさか?!』
岩の影から濡れたように黒く光る巨大な蛇が姿を現した。
鎌首をもたげる巨大な影にコマが「ヒャン」と情けない悲鳴を上げた。
チロチロと舌を出し入れするその頭部には洒落た角が一本生えている。
さっきの片言の言葉といい間違いない。コイツは魔法を使える敵だ。
『ヨロコビ エモノ ゴチソウ』
巨大洞窟蛇はコマと私を交互に見下ろした。
順番からしてコマが獲物、私がごちそうといった所か。冗談じゃない。
その時、私のマナ受容体に反応があった。
コイツ、魔法を使うつもりだ!
『させるか! 最も危険な銃弾!』
魔法の発動速度に関しては、私はちょっとしたレベルにあると自負している。
しかし巨大洞窟蛇もかなりの使い手だったようだ。私の魔法棘が着弾する寸前に相手の魔法が発動した。
その瞬間、私の魔法が巨大蛇に直撃。
――しかし。
『! 無効化された?!』
そう。私の魔法は蛇の鱗の表面に染み込むように無効化されてしまったのだ。
ステータス強化系の魔法か?!
効果から察するところ魔法耐性をアップさせる魔法かも。
なんというピンポイントメタ。私にとって相性最悪の相手だ。
『くそっ! 最も危険な銃弾乱れ撃ち!』
五発の空気の棘がショットガンの弾のように一斉に打ち出された。
流石にこの数の魔法を一度に発動させるのは負担が大きい。
私は歯を食いしばって頭痛を堪えた。
魔法の棘は狙い過たず巨大洞窟蛇の顔面に炸裂した。
『ジャアアアアアアアッ』
蛇の絶叫が部屋の中に響き渡った。
ドン! ドドン!
そのまま巨体を地面に叩きつけるようにしてのたうち回る。
巨大洞窟蛇の右目は完全につぶれてじくじくと血を垂れ流している。
いくら魔法耐性を上げていても、流石に目玉に当たればただじゃ済まなかったようだ。
ざまあみろ!
私は湧き上がる頭痛に涎を垂らしながら、跳ね回る巨大洞窟蛇の体を躱そうとした。
その時、巨大洞窟蛇の尻尾が火のついた木の枝を跳ね飛ばした。
一瞬にして周囲は真っ暗になった。
しまった!
そう思った時にはもう遅かった。
突然視界を奪われて、私は完全に回避のタイミングを外されてしまったのだ。
巨大な何かが私に衝突して、私は軽々と弾き飛ばされた。
自分の骨が軋むのが分かった。
体がバラバラになりそうな衝撃に私の意識は遠のいた。
回避しようと体を浮かせていたタイミングだったのが幸いだった。
もしそうでなければ、今の一撃で体中の骨をバラバラに砕かれていたかもしれない。
『ぐっ!』
地面に叩きつけられた私は息が詰まってしまった。
逃げなければやられる! そう思うのだが私の体は全然いう事を聞かない。
私は喘ぎながら前足で力無く地面を掻いた。
巨大洞窟蛇のたてるドタンバタンという音が恐ろしい。
いつまたさっきのように吹き飛ばされやしないかと思うと、私は全く生きた心地がしなかった。
ドスン! ズルリ・・・
ひときわ大きな音がしたところでこの騒音は収まった。
『イタイ ゴチソウ ユルサナイ』
『・・・!』
闇の中、何かが空間を行き来する気配がする。
どうやら巨大洞窟蛇は鎌首をもたげて私を探しているようだ。
私は鼻をつままれても分からない暗闇の中、いつその時が来るのかとじっと恐怖に耐えていた。
幸いこの暗闇で巨大洞窟蛇は私を見失ったようだ。
洞窟蛇は暗い洞窟に住んでいるのに視力で獲物を捕らえているのだろう。
ちなみに夜行性の蛇は鼻の周りに獲物の熱を感知する器官を持っている。”ピット器官”と呼ばれるそれは、要は赤外線センサーのようなものらしい。
ピット器官を持つ蛇は、目を覆われていても獲物を追跡して捕食するという。
もし洞窟蛇にそんな器官があったら私は即座にひと飲みにされていたに違いない。
巨大洞窟蛇の生臭い匂いがあちこちを行ったり来たりしている。
どうやらチロチロと舌を出し入れして空気中の匂いを嗅いでいるようだ。
蛇は舌で匂いを嗅ぎ分けるという。
正確に言うと口内の上顎に匂いを感知する器官があって、舌を出し入れする事で空気中の匂い成分を拾ってそこに送っているそうだ。
だったら蛇の鼻の穴は何のために付いているのかと言えば、あれは呼吸に使われるだけで匂いを嗅ぐ能力は無いらしい。
このまま諦めてくれないだろうか?
そんな私の淡い期待はあっさりと裏切られる事になる。
巨大洞窟蛇に魔法の発動の気配があったと思った途端、空中に光の点が現れたのだ。
まさかこんな魔法も持っていたなんて。
愕然とする私に巨大洞窟蛇の声が届いた。
『ミツケタ』
次回「メス豚対巨大洞窟蛇」




