その385 ~改良型魔法銃~
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次の獲物は直ぐに見付かった。
発見したのは黒い猟犬隊の犬達。彼らはフンフンと地面の匂いを嗅ぐと、クロコパトラ歩兵中隊の副隊長、ウンタに振り返った。
『ウンタ! 鹿! 鹿の匂いがする!』
「鹿か、そりゃいい。後を追ってくれ」
『『『応!』』』
犬達は元気よく吠えると、獲物の痕跡を辿り始めた。
辺りに注意しながら雪山を進む事しばらく。遠くの斜面に鹿の群れがヒョコヒョコと登って行くのが見えた。
「しめた! コイツは狙って下さいと言わんばかりの状況じゃねえか!」
クロコパトラ歩兵中隊の傷だらけの大男、カルネがホクホク顔で背中の得物を手に取った――が、直後に警戒するような顔でウンタに振り返った。
「よお、ウンタ。まさか今度も止めたりしねえだろうな?」
つい先ほど、別の獲物を見つけた時、ウンタはカルネを止めると、隣国の亜人ロインに任せた。
ウンタ的にはロインの弓の腕前を見ておきたかっただけなのだが、カルネは獲物を目の前で他人に掻っ攫われた事に不満を覚えていたようだ。
ウンタは呆れ顔になった。
「別に誰が仕留めたって違いなんてないだろうに」
ウンタに言わせれば、狩りは成功さえすればいい。
カルネのように、自分が仕留める事にこだわる感覚はあまり理解出来なかった。
「とはいうものの、今回は新型魔法銃の使い勝手も調べなければならないからな。この狩りの間に全員一通りは試してみようか」
「よっしゃ! ならば今回は俺の番だな!」
カルネは魔法銃を覆っていた布を取った。
真新しい油の匂いが微かに漂う。
隣国の亜人ロインは、奇妙な形をしたその武器に僅かに目をすがめた。
(これがメラサニ村のヤツらが使う武器――魔法銃か)
魔法銃の形は、猟銃を想像して貰えば伝わると思う。
ただ一点、猟銃と大きく違う所は、引き金が付いていない点である。
とはいえ、この説明で理解出来るのは地球に住む我々と、地球からの転生者であるクロ子くらい。
こちらの世界で生まれ育ったロインの目には、魔法銃は鉄の棒と木を組み合わせた奇妙なオブジェとしてしか映っていなかった。
(こんな物が弓の代わりになるとは思えないが)
事前にウンタ達から簡単な説明を聞かされてはいるものの、ロインにはこれが弓の代わりとして使えるとは、到底信じられなかった。
彼が疑いの眼差しで見守る中、カルネは魔法銃の銃床を地面につくと、腰に縛り付けていた小袋の口を開けた。
「それは鉄の粒か?」
「いいや、コイツは鉛だ。鉄より鉛の方が加工がしやすいからだとさ。魔法銃ってのは、矢の代わりにコイツを飛ばして獲物を倒すんだよ」
カルネは袋に手を突っ込むと、小さな鈍色の球を一つ摘まみ出した。
カルネは鉄の棒の先に開いた穴に鉛玉を入れると、魔法銃の銃床に取り付けられていた、細い鉄の棒を外した。
「おいカルネ、急げ。獲物が逃げちまうぞ」
「おいおい、そんなに焦らすんじゃねえよ」
カルネは棒の穴に鉄の棒を突っ込み、鉛玉を一番奥まで押し込んだ。
この鉄の棒も今回の新型になってから改良された部分である。今まではトントンと銃を地面で叩いて、弾丸を奥まで送り込んでいたのである。
カルネはよっこらしょと胡坐をかくと、片手で銃の中心部を支え、もう片方の手を銃床の末尾に当てると、肩に押し付けた。
こうする事で銃身は水平で固定され、頭も動かす事無く自然な形で照準を覗き込む事が出来る。
この射撃姿勢は、クロコパトラ歩兵中隊の隊員達が試行錯誤の末に生み出した方法であった。
ロインはこの見た事もない射撃姿勢に面食らった。
(なんだこの奇妙な恰好は。コイツ本当はふざけているんじゃないのか?)
ロインが戸惑う中、クロコパトラ歩兵中隊の隊員が獲物までの距離を読み上げた。
「このくらいの距離なら、照準のメモリで言えば上に一から更に気持ちやや上って所だと思う。風は右から左に追い風」
カルネが指示に従い銃口を固定すると、この場の空気がピンと張り詰めた。
息をするのも憚られる緊張感の中、カルネは小さくボソリと呟いた。
「――圧縮」
カシャッ。
金属がこすれる小さな音がしてから約一秒後。
パンッ!
空気が破裂する音が辺りに響いた。
カルネが狙ったのは、群れの最後尾の小鹿だったようだ。
小鹿は驚いた様子で一瞬その場に立ち止まったが、慌てて斜面を駆け上がり始めた。
「――クソッ! 外した!」
「次だ、急げ!」
いつの間にか仲間が別の銃に弾を詰めていたらしい。カルネは仲間と銃を取り換えると、再び射撃体勢を取った。
パンッ!
しかし今度もハズレ。小鹿はまんまと逃げ延び、生い茂った茂みの向こうに姿を消してしまったのだった。
「ああ、クソッ! もうちょっとだったのによ!」
カルネは立ち上がると地団太を踏んだ。
悔しさに歯噛みするカルネにウンタが尋ねた。
「新らしい魔法銃の使い勝手はどうだった?」
「コイツは言い訳じゃねえが、今までの銃ならさっきのは当たってたと思うぜ。多分、俺が思っていたより弾が上に飛びやがった。弾の飛距離が伸びてるんだ」
この言葉に、先程距離を測っていた隊員が申し訳なさそうに謝った。
「すると俺の指示が間違っていたって事だな。カルネ、済まなかったな」
「いや、お前は気にする必要は無い。それも含めての試し撃ちなんだからな」
「そらそうだけどよ、何で俺じゃなくてウンタがそれを言うんだ?」
カルネは憮然とした表情でウンタに文句を言った。
ロインはキツネにつままれたような気分で彼らの会話を聞いていた。
彼に分かっているのは、カルネが見た事もない武器を奇妙な姿勢で構えた事。そして何かが破裂したような音がした事。そして獲物に逃げられて、カルネが悔しそうにしているという事、それだけだった。
そう。ロインには弾丸の軌道も着弾点も見えなかったのである。
(何なんだこれは? 俺は一体、何の茶番を見せられているんだ?)
彼が魔法銃の威力を知るのは、これから三十分程後の事。
別の隊員が獲物を仕留め、倒れた獲物に小さな弾痕があるのを発見した時の事となる。
(魔法銃が飛ばす鉛の礫は、弓矢と同様に生き物を殺せるだけの威力を持っている。そして矢とは違い、小さな礫を目で見る事は出来ない。つまり見てから躱す事は出来ないのか)
もしも魔法の発動に伴う破裂音さえなければ、獲物は体に痛みを覚えるまで、自分が攻撃された事にすら気付かないだろう。
そして狙われたのが人間であったなら・・・
そこまで考えが及んだ時点で、ロインは表情を固くした。
(見た所、俺が弓を使った方が威力もあるし、精度も上だろう。それに魔法銃一つでどれだけの鉄が使われているのか。それなら弓の方が手早く数を揃えられる)
確かに魔法銃による攻撃は、自分のような鍛え上げられた弓の名手のそれには敵わないだろう。
だが、しかし。
ロインは幼い頃から厳しい訓練を積んで来た事で、今の自分の弓の技量がある事を知っている。
それが狙いを付けて魔法を発動するだけで、自分にやや劣る威力の攻撃が可能なら、それは十分以上に効果的なのではないだろうか?
ロインは不意に底の見えない崖を覗き込んだ時のような悪寒を感じた。
彼は亜人の村に生まれ育ったため、今まで全く勉強をした事がないと言ってもいい。
しかし、それは学ぶ機会がなかったというだけで、彼の頭が悪いという意味では決してない。
彼はクロ子の考えの一端――近代軍事の戦闘教義の一端に触れ、それを漠然とした不安、という形で感じ取ったのであった。
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時間を掛けて戦士を育てても、どのくらい成長するかは個人の資質によって大きく左右される。
大モルト軍の”七将”や、クロ子を苦しめた”五つ刃”のような、目覚ましい力を持つ戦士に到達出来る者はほんの極一握り。
仮に彼らの事は例外中の例外としても、ロインくらいの腕前になるのでさえ、持って生まれた才能と努力が必要となる。
天才と凡人の間にある溝を埋めるため、剣術や柔術といった技術が生み出されて来たのだが、それらを習得するためにも、やはり長い練習期間と本人の努力が必須となる。
ロインが想像しているように、確かに魔法銃は高価な武器だ。
鉄は使われているし、製作には高度な技術が必要とされる上に、一丁作るのにも職人がそれなりの時間をかける必要がある。
高価な魔法銃を揃えるために必要となる莫大な金。
しかし、先程言ったように、一人の戦士を一人前に育てるのには、本人の才能と才能を伸ばすための長い時間がかかる。
以前、ウンタがクロ子に、なぜここまで魔法銃の開発にこだわるのかを尋ねた事があった。
『う~ん、まあ正直言えば私の思い込み? 銃が近代兵器の中心だって思ってるって部分もあると思うけど、時間をお金で買うって面もあるのよね』
「時間を金で買う? どういう意味だ?」
『言葉通りの意味だけど? まあ原始共産制の亜人村に住んでたら分からないのも仕方ないけど、これってどう説明すればいいのかしら?
ええと、時間をかけて兵士を育てるのと、お金を払って高性能な武器を揃える事。結果として同程度の戦力が手に入るなら、これって時間とお金をトレードオフした事になるでしょ?
それだけじゃなくて、戦力の均一化もメリットとしてあるわね。
ホラ、スポーツでも突出したエース頼みのワンマンチームより、チームとしては地味でも、そこそこの選手が揃ってるチームの方が、大勝ちもしないけど大崩れもしないから、リーグ戦全体を通してみれば成績がいいって事もあるじゃない?
近代戦は総合力。大艦巨砲主義は過去のロマン。今は百点満点の能力を持つ戦艦を少数作るよりも、能力で言えば80点くらいの駆逐艦を安定して揃える方が強いって考えね』
「すぽーつ? たいかん・・・何だって? お前は一体何の話をしているんだ?」
『つまりはアレよ。SSRのキャラだけでデッキを組めれば確かに最強だろうけど、それは難しいって事。ゲームによるけど、レベル上限を突破るのには同名キャラを必要とする事も多いし。
特にゲームを始めたばかりの頃は、キャラを揃えるだけでも大変な訳よ。あ、最初から何十万も課金するようなガチ勢は別だけど。
で、結局私のような貧乏人は、せいぜいUCの凸キャラに装備を上乗せして、Rキャラや無凸のSRと同程度の能力にするしかないって訳。要はそういう事よ』
話をしている間に次第に興が乗って来たのだろう。クロ子は前のめりになりながらウンタに説明した。
ウンタは熱っぽく喋り続けるクロ子に呆れ顔で一言告げた。
「さっぱり分からん」
今年の更新はこれで終了となります。
今年も一年間、私の小説にお付き合い頂き、どうもありがとうございました。
来年も引き続きよろしくお願い致します。
それでは皆様、良いお年をお迎えください。




