その379 メス豚、買い出しに行く
その日、私はクロコパトラ歩兵中隊の隊員数名を引き連れて、ランツィの町へと続く街道を歩いていた。
ランツィは亜人村から徒歩で大体一日の場所にある――とは言っても、今のように身体強化の魔法を全力で使っての話だが
普通に歩いたら最低でも二日はかかる? あるいは三日くらい? 試そうと思った事もないからよー分からん。
それはそうとして。我々はこの地域で最大の人口を誇る中心都市、ランツィの町へと向かっていたのであった。
『だからさ、人が大勢集まれば、それだけ沢山の商品も集まって来るって訳よ。そんなに心配しなくても、みんなが気に入るお酒だってあるって、きっと』
「う~ん、言ってる事は分かるんだけどよ。それを酒を飲まないクロ子に言われてもなぁ」
「そうそう。確かに王都の人間の屋敷で飲んだ酒は美味かったぜ。けど、ランツィの町の酒が同じくらい美味いって保証はどこにもないじゃねえか」
ウザッ。この酒飲み共ウザッ。
クロカンの酒飲みコンビ、第一分隊分隊長のカルネと、第二分隊分隊長のトトノは疑惑の眼差しで私を見下ろした。
イラッと来たが、今回の件に関しては悪いのは百パー私なので文句も言えない。
私は不満を飲み込むと足早に歩くのだった。
先日、私は村の男達が作っていたお酒を、ちょっとした勘違いから全て飲み干してしまった。(第十一章 冬休み編 より)
正直、お酒の壺だと知っていれば、最初から手なんて出さなかったのだが・・・まあ、やっちまったモノは仕方がない。言い訳はするまい。事実は事実として認めよう。
で、酔っぱらった私は、村でも派手に暴れてしまったらしいのだが、こちらに関しては全く記憶にない。
そもそも飲酒自体、私にとっては事故みたいなものだったのだ。その辺、是非、情状酌量をお願いしたい所である。
てな訳で酔っぱらって暴れた翌日。私は迷惑を掛けてしまった人達に、誠心誠意、頭を下げて回ったのだった。
ほとんどの人達は笑って許してくれたのだが、そんな中、どうしても謝罪の言葉だけでは納得出来ない者達がいた。
そう。折角自分達が作っていたお酒を台無しにされた男達。カルネ達、村の酒飲み集団である。
さっきも言ったが、私はアレがお酒だとは知らなかった。とは言え、人が作っていた物を黙って勝手に飲み食いした以上、誰がどう考えたって私が悪い。
結局、私は埋め合わせとして、この寒空の下、遠く最寄りの町まで代わりのお酒を買いに行く羽目になったのであった。
ちょっとしたイタズラ心が随分と高くついたもんだわい。
トホホ・・・。
そんなこんなで、私は道々、カルネ達の文句を聞かされながら、ランツィの町へと向かっていた。
目的地は我々の御用商人、ザボの店。
あそこは雑貨屋だからな。お酒くらい取り揃えているだろう。仮に置いてなかったとしても、その時はその時。適当な酒屋を紹介して貰えばいいだけの事だ。
早くこの刑期を終えて自由になりたい。
そんな事を考えているうちに、前方にランツィの町の城壁が見えて来たのであった。
町の南門近くの城壁は、一部が大きく崩れて、今も盛んに修復工事が行われている。
DQN竜こと天空竜。その雄の個体と、激しい戦いが繰り広げられた際の爪痕である。
そう言えば、あの時は水母が自分の身を犠牲にして避雷針代わりになってくれたおかげで、黒焦げにならずに済んだんだっけ。
『水母、ありがとう』
私は心の中で、見るも無残な死体になってしまった水母に、感謝の祈りを捧げた。
ちなみに私の心の中の水母は、触手を振り上げながら『超不本意』と荒ぶっていた。
いや、アンタ死んでたじゃん。そう、あの時使っていた端末は。
実は水母の正体は前魔法科学文明が残したスーパーコンピューター。いつものピンククラゲボディーは、再生産可能な各種観測機器の集合体なのである。
「おい、クロ子? どうしたんだ?」
突然、立ち止まって感謝の言葉を呟いた私に、クロカンの大男カルネは怪訝な表情を浮かべた。
『ん~、何でもない。とっとと行くわよ』
「おい、みんな。何だか様子がおかしくないか?」
誰かの言葉にふと顔を上げると、町の守備隊員達が駆け回っているのが見えた。
なんぞや?
不審に思いながらもポテポテと歩いて町に近付いて行くと、守備隊の隊長? 班長? 偉そうなヒゲを生やした中年の兵士がこちらに駆け寄って来た。
「丁度良かった。アンタ達の村に連絡を出そうと思っていた所だったんだ。行き違いにならなくて良かったよ」
「俺達の村に?」
私達は戸惑いの顔を見合わせたのだった。
とにかく、詳しい話は上の者から聞いて欲しい。班長兵から何度もそう言われ、我々は訳も分からないまま町の代官屋敷へと向かった。
天空竜の一件以来となる代官屋敷である。
ていうか、私らってこの町に来る度に、毎回ここに来てない?
いっそ、屋敷の中に部屋でも借りておいた方がいいすらあるかも。
「お待たせしました」
いつもの待合室で待たされる事少々。私達の前に姿を現したのは、大モルト軍から派遣されたこの町の副監督官の・・・ええと、何て名前だっけ?
「副監督官のマッシモ・ベルデです」
そうそう、それな。マッシモ・ベルデ。勿論、覚えていたともさ。いや、ホントホント。
マッシモ副監督官は私達に会うと、挨拶もそこそこに用件を切り出した。
「現在、我々は亜人の青年と少年を保護しています。彼らは君達の村とは別の場所で生まれ育った亜人なのではないか、と考えています」
その内容は完全に我々の予想外。衝撃的なものだった。
『な、なんだってーっ!』
「マジかよ?!」
「俺達の村以外って・・・。この国に俺達以外の亜人がいたってのか?!」
カルネの言葉にマッシモ副監督官はかぶりを振った。
「いいえ。二人はこの国の東の隣国、ヒッテル王国からやって来た可能性が高い」
「可能性が高い? 一体どういう事だ?」
マッシモ副監督官の説明によると、二人が発見されたのはこの町の北の街道。そして街道の先には大きな港町があるらしい。
おそらく二人は港町から――いや、その港町が取引をしている隣国から。つまりは隣国から荷物を運んで来た船に密航して、この国へやって来たのではないか、との事だ。
「考えられてるって・・・なんだそりゃ? んなモン、直接本人達に聞きゃあいいだろうが」
「酷く怯えていて、こちらから質問しても何も答えてくれないのです。無理に聞き出す訳にもいけませんし。とは言え、同じ亜人同士なら少しは話を聞いてくれるかもしれません。そう考えてメラサニ村まで人をやる事にしたのですがが――そちらから来てくれて助かりました」
なる程。
この世界の亜人は人目を逃れて山野に隠れ住む少数民族。
その希少価値たるや、アマディ・ロスディオ法王国がわざわざ一部隊を差し向けて、捕らえて奴隷にしようとする程だ。
・・・・・・クソッ。イヤな事を思い出してしまったわい。
まあいいや。そんな訳で亜人兄弟が人間を恐れるのも当然だ。
ましてや、自分の言葉が仲間達の存在を危険に晒すかもしれないのだ。
いくら副監督官のマッシモが、「安心しろ」「お前達に危害を加えるつもりはない」などと言った所で、所詮は人間の言葉。信用なんて出来るはずがない。
つまりはアレだよアレ。
『やめて! 私に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!』
「クロ子、お前急に何言ってんだ?」
プリプリとお尻を振る私を、カルネが怪訝な目で見下ろした。
ああん? ネタだよネタ。ネットミーム? いやまあ、私も元ネタは知らんけどさ。
「それで、どうされますか?」
『勿論、会うわ!』
「ああ、会うぜ!」
食い気味に身を乗り出す私達に、マッシモ副監督官は、ホッとした顔で頷いた。
「それでは今から案内します。付いて来て下さい」
「正直言って、どうすればいいか困っていた所だったのですよ」
二人が拘束されている場所――衛兵の詰め所に向かいながら、マッシモ副監督官は我々に愚痴をこぼした。
「あなた達亜人の村は、今ではトラベローニ領の領民として認められています。とはいえ、世間では未だに亜人に対する蔑視が激しい。特に下々の間では、あなた方がこの国に組み込まれた事すら知らない者すら多いでしょう。そんな中で彼ら亜人の兄弟を放置しておけば、必ずどこかで問題が起きるでしょう。かと言って、それを理由にいつまでも二人をここに留めておくのも、それはそれでどうかと。どうにかしようにも、話すらしてくれないのでは手の打ちようがありませんし」
彼としては、別に犯罪を犯した訳でもない人間を拘束しておく事に抵抗を感じているようだ。
言外に、我々に引き取って欲しい、という空気を漂わせている。
気持ちは分かるが、我々としても、「同じ亜人だから」という理由だけで、安易に彼らの身元保証人になる訳にはいかない。
ひょっとしたら、息を吐くようにウソをつくようなドクズだったり、命を奪う事に喜びを見出すシリアルキラーだったりするかもしれないのだ。
まあ、同じ人間に虐げられている者同士だし。よっぽどの事情でなければ普通に力になってやりたいとは思っているが。
我々が到着したのは牢屋? 留置所? そんな感じの、ズラリと鉄格子が並んだ場所だった。
不快感をにじませるカルネ達に、マッシモ副監督官は疲れたようにため息をこぼした。
「・・・最初は屋敷に連れて行こうとしたのです。ところが、暴れるわ逃げ出そうとするわで。これ以上騒ぎになってもマズいので、仕方なくここに運んだのですよ。ここなら暴れても大丈夫ですし、どれだけ騒いでも外に聞かれる心配はありませんからね」
あーまあ、大体事情は分かったかな。虐待されている訳でもないようだし、仕方がないんじゃない?
『ま、いいわ。案内して頂戴』
「けどよ、クロ子。――チッ、分かったよ。で? そいつらはどこにいるんだ?」
舌打ちをするカルネ。
牢屋の奥、他の囚人から離された場所に亜人の兄弟は閉じ込められていた。
次回「メス豚と檻の中の兄弟」




