その378 メス豚と薄汚れた牢屋
今回で第十一章は終わりとなります。
◇◇◇◇◇◇◇◇
亜人の村の村長代理、モーナは、久しぶりの外の光に目を細めた。
彼女を先頭に、男女十人程の村人達が水母の洞窟から姿を現す。
「寒っ。外、寒っ。そりゃまあ冬なんだから当たり前なんだが」
「あれから一週間も経ったなんて信じられないなぁ。大分雪が積もっているけど、ウチのカミさんと子供達は、俺が居ない間もちゃんと屋根の雪かきをやってくれたのかな」
「腹減った~。早くウチの飯が食いたいぜ」
彼らはワイワイと喋りながら村の中を歩いた。
たまたま道を歩いていた亜人のオバサンが、彼らを見つけて声を掛けた。
「あら、モーナ。そういえば、今日だったのね。無事に戻って来られて何よりだわ」
オバサンはモーナ達に近付くとその顔を覗き込んだ。
「ふぅん。クロカン(※クロコパトラ歩兵中隊)の男衆で見慣れているはずだけど、こうして改めて見てみると何だか不思議な感じね」
「ええ、スイボちゃんに鏡を見せて貰った時、私も同じ事を思ったわ」
モーナ達は少し照れ臭そうに額の突起を――額に生えた小さな黒い角を触った。
そう。モーナ達は水母の施設で角の移植手術を受け、ようやく退院した所だったのである。
クロ子がモーナから、「自分達もスイボちゃんの手術を受けたい」と相談されたのは一週間前。まだクロ子が水母の施設で毎日ゴロゴロと怠惰な生活を送っていた時の事だった。
『えっ? なんで?』
クロ子は驚きのあまり、一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
「私達も戦うための力を持つべきなんじゃないかと思ったのよ」
昨年は亜人の村にとって最悪の年だった。
春にはアマディ・ロスディオ法王国の教導騎士団によって村が襲われ。
夏には大モルト・ハマス軍の仇討ち隊がメラサニ山へと進軍。
秋には法王国の傭兵軍団が山を越え、彼らを奴隷として捕らえるためにやって来た。
そして先日の天空竜の騒ぎである。
幸い、クロ子の活躍によって、その全てが撃退されているが、本当ならばこのどれか一つだけでも、亜人の村を壊滅させるに足る十分な脅威であった。
『そうやって言われると、去年は本当にロクな事がなかったわね』
「そこでクロ子ちゃんが作ったコレの話になる訳」
モーナがクロ子のカゴの前に置いたのは、細長い鉄の筒。
クロコパトラ歩兵中隊の隊員が使用している魔法銃(初期ロット)であった。
魔法銃は弓矢と違って腕力も技量もいらない。敵に銃口を向けて照準を合わせ、魔法を発動させるだけである。
それでいて射程も殺傷力も普通の弓矢と比べてもそん色ない。
隊員達の間でも「確かに音はうるさいが、それにさえ慣れれば、むしろ今までより狩りが楽になった」と、なかなかの高評価であった。
「これならきっと私達だって扱えると思うのよ」
『いやいやムリだって。モーナは知らないかもしれないけど、魔法銃は圧縮の魔法が使えないと撃てないからね』
魔法銃は一種の空気銃である。魔法によって圧縮された空気が解放される勢いで弾丸を飛ばす。その仕組み上、魔法を一切使えない人間は勿論の事、普通の亜人にすら使う事は出来ない。
最低でも、クロコパトラ歩兵中隊の隊員のように、水母の手術で魔法増幅器を額に埋め込まれた者でもなければ――
『――ああ、そういう事か』
「ええ。私達もスイボちゃんの手術を受ければ、この武器が使えるようになるのよね?」
そこで最初の話に繋がる訳である。
水母の施設の正式名称は、魔核性失調症医療中核拠点施設。
中でも水母の部署は、外付けのユニットによる魔法力の強化を目的とした研究室であった。
『確かにモーナの言う通りなんだけど・・・う~ん』
クロ子はモーナの言いたい事は分かったものの、あまり気乗りしない様子だった。
これはクロ子の現代人としての知識が足を引っ張ったため――つまりは、非戦闘員に武装させるのを危惧したため――だと思われる。
しかし、この時クロ子は思い違いをしていた。
確かに現代の戦場や紛争地帯で、素人が銃を持つのは、例え自衛のためとはいえ危険とされている。
なぜなら非戦闘員は軍服を着ていない。つまりは兵士達にとって敵か味方か瞬時に判断が付かないためである。
戦場に迷い込んだ一般人だと思ったら、実はゲリラやレジスタンスだった。そんな理由で撃たれて死んでしまってはたまらない。
結果として銃を持った一般人は、両方の軍の兵から、”敵”として撃たれる危険性があるのである。
しかし、今の説明はこの異世界においては変わって来る。
この世界にはまだ火薬が存在していない。従って銃もクロ子が作った魔法銃だけしか存在していない。
銃を持っているからと言って、相手の銃で撃たれるという心配だけはないのである。
更に、兵士達の主武装が剣や槍等の近接武器のこの世界では、魔法銃はこちらだけが持っているアドバンテージ。便利な飛び道具であるとも言えるだろう。
つまりは、モーナの言うように、魔法銃は十分に村人達の自衛の手段になり得るのである。
「クロ子ちゃん、お願い」
『う~ん・・・』
結局、クロ子はモーナの熱意に負け、希望する村人達の手術を許可する事となった。
とは言え、クロ子としてもモーナの言葉を全面的に認めた訳ではなかった。
『小さな子供とお年寄りはダメ』
『割と心外』
水母は、クロ子の言葉に不満たらたらだったが、クロ子はこの点だけは譲らなかった。
『水母の腕前を信用していない訳じゃないのよ。けど、確か手術後に脳に機能が定着するまで、一週間くらい寝てなきゃダメだったわよね? 健康な大人ならともかく、やっぱ小さな子供やお年寄りの体には負担がかかると思う訳よ。何か問題が起きてからじゃ遅い訳だし』
モーナは一瞬、次こそは人間達に目に物見せてやる! と息巻いていた年寄りの姿を思い出したものの、クロ子の心配も最もだったため、ここは素直に「分かったわ」と頷いた。
「じゃあ最初は私達からお願いするわね」
『えっ?! モーナも手術するの?! ――あ~、分かった。水母お願い』
『了解』
こうしてモーナの他、村の男女十名が水母の施設で手術を受ける事になったのであった。
ちなみに魔力増幅器の手術を終えたモーナ達は、この後、クロ子から圧縮の魔法の手ほどきを受ける事になっている。
クロ子式新兵訓練には入隊しない。
トラウマになるのは御免だから――ではなく、彼女達の目的はあくまでも自衛のために魔法銃が使えるようになる事であって、クロコパトラ歩兵中隊に加わる事ではないからである。
「それでクロ子ちゃんは今、どこにいるの? 私達の目が覚めた時にはスイボちゃんの洞窟にはいなかったみたいけど」
「あ~、クロ子ちゃんね。クロ子ちゃんなら――」
ここでモーナは自分達が眠っていた時に、村で起きた出来事を――クロ子が酔っぱらって大暴れした事件を――知る事になったのだった。
モーナは呆れ顔で天を仰いだ。
「・・・何やってるのよクロ子ちゃん」
「あの子に悪気は無かったみたいよ。お酒だと知らずに飲んでしまったみたい。けど、折角作ったお酒を台無しにされたーって、カルネ達が怒っちゃって」
「でしょうね」
現在、クロ子は村の男衆を引き連れて、人間の町にお酒の買い出しに行っているという。
「人間の町・・・。じゃあしばらく戻って来られないわね」
「そうなるわね」
モーナはため息と共に、「魔法の練習はまた今度ね」と呟いたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここはランツィの町。
私達クロコパトラ歩兵中隊は、町に到着して早々、衛兵に案内されて代官屋敷まで連れて行かれていた。
一体何事? と、警戒しながら待つ事少々。
私達の前に現れたのは、副監督官のマッシモだった。
彼からザックリ事情を聞かされた我々は、驚きに目を見張った。
「それで、どうされますか?」
『勿論、会うわ!』
「ああ、会うぜ!」
私達は二つ返事で了承した。
屋敷を出た副監督官のマッシモが我々を連れて行ったのは、衛兵の詰め所だった。
ぞろぞろと連れ立って建物の奥へ進む事しばらく。
到着したのは牢屋? 留置所? そんな感じの、ズラリと鉄格子が並んだ場所だった。
「おい、ふざけんな! なんだってこんな所に閉じ込めてやがるんだ!」
『いや、カルネうっさい!』
「最初は屋敷に連れて行こうとしたのですが、暴れるわ逃げ出そうとするわで。これ以上騒ぎになってもマズいので、仕方なくここに連れて来たのですよ」
副監督官のマッシモは、「ここなら暴れても大丈夫ですし、どれだけ騒いでも外に聞かれる心配はありませんからね」と説明した。
いや、確かにそうかもしれないけどさ。これじゃまるで犯罪者みたい――って、一応、不法入国扱いだから犯罪者になるのか?
う~ん、こっちの世界の法律は、よー分からん。
『ま、いいわ。案内して頂戴』
「けどよ、クロ子。――チッ、分かったよ。で? そいつらはどこにいるんだ?」
「こちらに」
牢屋の奥、他の牢屋よりは多少ましかな? と思えるようなやっぱり思えないような場所に彼らは閉じ込められていた。
「・・・マジかよ。本当にいやがった」
私達の視線の先。薄汚れた牢屋の中には、青年と少年の兄弟が怯えて縮こまっていた。
カルネ達クロコパトラ歩兵中隊の隊員達は、驚愕に目を見開いて絶句した。
『どうなの? その様子だと、副監督官の話は本当っぽい?』
「ああ。全然知らねえヤツらだ」
「信じられない・・・」
「けど、こうして目の前にいる以上、信じるしかねえだろう。俺達の村以外の亜人なんて初めて見たぜ」
兄弟の顔の鼻から下は、まるで犬か猫のように突き出していた。
そう。つまりはカルネ達、メラサニ村の亜人達と同じ顔付きだったのである。
国境を越え、東のヒッテル王国からこの国に逃れて来たこの亜人の兄弟。
二人との出会いによって、我々は再び激しい戦いの渦の中に呑み込まれて行くことになるのであった。
これで『第十一章 冬休み編』は終了となります。
いつもより少々短いですが、クロ子が(主人公が)あまり出て来ない話を、長く続けるのもどうかな? と思ったので早目に切り上げる事にしました。
続けて次の章に取り掛かるつもりではいますが、良い感じのお話が思いつかなかったら、他の小説を書いた後で戻って来る事になると思います。
その場合は気長にお待ち頂ければ幸いです。(その間に私の他の小説を読んで頂ければ嬉しいです)
そしてまだ、ブックマークと評価をされていない方がいらっしゃいましたら、是非、よろしくお願いします。
それと、作品感想もあれば今後の執筆の励みになります。「面白かった」の一言で良いので、こちらもよろしくお願いします。
いつも『私はメス豚に転生しました』を読んで頂きありがとうございます。




