その367 メス豚と昨夜の騒ぎ
私はズキズキと痛む頭を堪えながら辺りを見回した。
『んっ? ここってメラサニ村じゃない』
メラサニ村とは旧亜人村の現在の名前である。
私は作りかけの小屋にもたれるような形で地面に寝っ転がっていた。
てか、さっきからずっと胃がムカムカするんだけど。う~気持ち悪っ。後、超体がだるい。それにこの頭痛。
「おっ? クロ子起きたのか?」
大きな声にちょっとイラっとしながら振り返ると、クロコパトラ歩兵中隊の小隊長、職人見習いのハッシの姿があった。
『・・・大きな声で話しかけないでくれる。頭が痛いから』
「あ~、無理もないか。昨日は大分酔っぱらってたからな。ちょっと待ってな。今、二日酔いの薬を持って来てやるから」
ハッシはそう言うと家に引き返して行った。
酔っぱらう? ・・・ああ、そういう事ね。
ハッシの言葉で私は昨日の出来事を思い出した。と言っても、覚えているのは途中まで。そこからは記憶は曖昧になっているのだが。
具体的に言えば、カルネ達が秘密にしていた洞穴で、不味い保存食を食べ始めた所まではハッキリと覚えている。
味は変だったし、ボソボソだしで、「何コレ?」とか思いながら食べていた記憶がある。
けど、我慢して食べているうちに、何だか体がカッカと火照って来たかと思ったら、意識もボンヤリして来て、これはこれでアリかも? とか思うようになっていって・・・って、そうか。あの時点で私は大分酔っぱらっていたんだな。
『つまりあの壺に入っていたのは保存食じゃなくて、手作りアルコールだった訳ね』
どうりでやけに不味いと思った。
カルネ達が作っていたのはあのお団子じゃなくて、濁った水の方――つまりはお酒の方だったんだな。
確かアルコールは、麦やお米なんかのデンプンをイースト菌が分解する事で作られるとか何とか。
私は酒飲みじゃないから、あくまで漫画で覚えただけの知識だけど。
だから夏場はともかく、冬場は菌の活動が低下するため、発酵させるのが難しいんじゃなかったっけ。
『ああ、だからあの洞穴で作っていたのか』
地熱の関係だか知らないけど、何だか妙に暖かい洞穴だった。
それを利用して冬場のお酒造りに使っていたんだな。きっと。
お酒か。どうりでカルネ達がソワソワと嬉しそうにしていた訳だ。
『お団子を食べながらあの水も――酒の原液も結構ガブガブ飲んでたからな。そりゃあ酔っ払いもするわ』
謎は全て解けた。これで気分もスッキリ――するはずが、う~、頭が痛い、気持ちが悪い。これが二日酔いというヤツか。
何かもう、こうやって考えるのもダルいわ~。
え~と、その後どうなったんだっけ? そうそう、確か、「村に帰らなきゃな」と思って歩き始めたんだっけ。
で、そこからはどうなったかというと・・・ダメだ思い出せん。
何かハイになって暴れていた記憶だけはボンヤリと残ってるんだけど。
ていうか、あれが酔っぱらうって感覚だったんだな。知らなんだ。
なにせ今生では貧乏村に生まれた生後半年のメス豚だし、前世は享年十五歳のメス――じゃなかった、女子高生。
お酒なんて今まで一度も飲んだ事がなかったし、酔っ払ったのだって初めての経験だったのだ。
まあ、したくてした経験じゃないんだが。
「お~い、クロ子。二日酔いの薬を作って来てやったぞ」
職人見習いのハッシが小さなお椀を手に戻って来た。
だから頭が痛いから大きな声を出すなと――まあいいや。わざわざ薬を作って来てくれたんだから、ここは我慢しようか。
「ちょっと熱いかもしれないから気を付けてな」
お椀からは柑橘系? 何だか分からないけど爽やかな匂いがした。
見た目は重湯? 薄いおかゆのような感じ。ハッシが言うには、主な材料は何とかっていう草の根っこをすりおろした物らしい。
何でも体を温めて、発汗作用があるそうだ。
『ふぅん。葛根湯みたいなもんかしらね』
「なんだそれ? それより起きられるようなら、家の中に入った方がいいんじゃないか? 外は寒いだろ」
私は葛根湯モドキをペロリと飲み干すと、ぐったりと横たわった。
『めんどい。運んで』
「イヤだよ。お前何だか臭いし」
乙女に対して何というデリカシーの無さ! ハッシよ、お前に彼女が出来ないのはそういうトコやぞ。
――いやまあ実際、頭から浴びるように酒の原液を飲んでるからな。そりゃあさぞかし臭かろうて。
「寝っ転がるのは構わないけど、それなら別の場所にしてくれないか? 俺達はこの小屋を作らなきゃいけないから」
ふと気が付くと、亜人の男達が集まっていた。
ハッシの指揮する第八分隊の隊員達と、大工仕事が得意な村の男達である。
彼らは手に手に大工道具を持って、迷惑そうにこちらを見ていた。
『・・・・・・』
私は渋々重い腰を上げると、少し離れた軒下に移動し、ゴロンと横になったのだった。
いや、作業の音がガンガンうるさくて頭が超痛いんだけど。
結局、私は騒音に耐え兼ねて、家の中に移動するハメになった。
とはいえお昼になる頃には、どうにか頭痛も治まり。身だしなみに気を使う余裕も出て来たのだった。
『――という訳だから、体を洗うためのお湯を沸かして頂戴。今日は寒いんでチョイ熱めで』
「贅沢なヤツだなあ・・・」
ハッシ達はブツブツ文句を言いながらも、私のリクエストに応えてくれた。
彼らはたっぷりのお湯を沸かすと、大きな桶に注いだ。
「ホラ、出来たぞ」
『とうっ!』
ばしゃーん!
「うわっ!」
「バカ! 飛び込むな!」
おほうっ、きんもちイイ~! いや~、生き返りますわ~。
私はハッシ達の悲鳴を無視。心ゆくまでお風呂を堪能しながら昨夜の話を尋ねた。
ああ、ちなみにハッシ達は泊まり込みで村の施設の建築を行ってくれていたそうだ。
春になったら、大モルトの役人がこの村にやって来るからな。それまでにちゃんと人が住めるように整備しておかないといけないのである。
彼らの話によると、私がこのメラサニ村にやって来たのは深夜を少し回った頃。
みんなは私の大声で目を覚ましたんだそうだ。
「何を尋ねても訳の分からない鳴き声しか上げないし、近付こうとしたら威嚇するしで、ホントに大変だったんだぜ」
「おかげで今日は全員寝不足だよ」
スマンこってす。昨夜の私がどうもスミマセン。
ハッシ達が困り果てる中、私は散々暴れ回った末にダウン。そのまま大イビキをかいて寝てしまったんだそうだ。
「仕方がないから、そのまま放っておいて俺達も寝直すことにしたんだ」
薄情だな! いやまあ、彼らだって翌日の作業がある以上、いつまでも私に構ってはいられなかったんだろう。
こうして私は冬空の下、一晩中放置されたのであった。って、やっぱり酷くない? コレ、豚だから良かったけど、人間だったら凍死してたかもしれないぞ?
「ワンワン! ワンワン!」
その時、アホ毛を振り振り、若い野犬が嬉しそうに走って来た。
『コマじゃない。あんた崖の村にいたんじゃないの?』
ご存じ、アホ毛犬コマである。
コマは桶の周りをグルグルりながら匂いを嗅ぐと、ざぶーん! 勢い良く飛び込んだ。
「キャイン!」
そして情けない悲鳴を上げると、慌てて桶から飛び出した。
『いや、濡れるのがイヤなら最初から飛び込まなきゃいいでしょ。コマ、あんた一人で来た訳?』
『黒豚の姐さん』
『あっ、マサさんも来てたんだ』
いつの間にかコマのパパ犬、ブチ犬のマサさんが桶のそばまでやって来ていた。
『黒豚の姐さん。ウンタとウンタの群れのヤツらが捜していましたぜ。何でも昨夜の事で話したい事があるとかなんとか』
『うへっ。マジかぁ~』
「なんだよクロ子、お前、崖の村の方でも何かしでかしてたのか?」
いや知らんし。
ウンタはクロコパトラ歩兵中隊の副隊長、ウンタの事である。彼の群れというのはクロカンの隊員達の事だろう。
知らんし、とは言ったものの、心当たりならバッチリあるんだよなあ。
ううっ。昨夜の私は、一体何をしでかしちゃったんだろう? 知るのが怖いんだけど。
『とはいえ、このままバックレるわけにもいかないし。しゃーなし、覚悟を決めるか』
私はお風呂から出ると、ブルブルと体を振って水を切った。
お~、寒、寒。
『後は走ってれば温まるかな。じゃあ行くわよ、マサさん、コマ』
『へい』
『ワンワン!』
あれ? そういえば何かを忘れているような・・・まあいいか。
私は『風の鎧!』、自分に身体強化の魔法をかけると、メラサニ村を後にしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その翌日。
メラサニ山を亜人の男達が歩いていた。
先頭を歩いているのはクロコパトラ歩兵中隊の大男、カルネ。彼は、一緒に狩りに出た仲間達と共に大きな鹿を仕留め、村に帰る所であった。
「今夜は久しぶりに新鮮な肉が食えるぜ」
「ああ。天空竜の肉はまだ残っているが、大分悪くなっている部分が出てるからな」
カルネは仲間達のホクホク顔に、今がチャンスとばかりに切り出した。
「な、なあ、帰る前にもう一度、例の洞穴に寄って酒を飲んで行かないか? ホラ、アレだ。冷えた体も温めたいし」
「酒ってお前、あれは村のみんなに頼まれて作っている物だぞ。それにお前が少し味見をしたいって言うから、行きの途中に寄ったばかりだろうが」
仲間達はカルネの言葉に呆れたが、全員、狩りの成果に気を良くしていた事もあって、誰からも反対意見は出なかった。
「別にいいんじゃないか? ここからならそれ程寄り道にはならないし」
「そうだな。それじゃあ一杯だけ飲んで帰るか」
「賛成」
やったぜ!
カルネはだらしなく表情を緩めた。
こうして歩く事しばらく。カルネ達一行は例の洞穴に到着した。
カルネはもう待ちきれないといった様子で仲間を急かした。
「おいカルネ、押すなって! ――何だ? 奥の扉が開いているのか? さては誰か閉め忘れたな。この間ここを最後に出たのは誰だ?」
「なっ! 何だこりゃ!」
その時、奥の広間に入った仲間が大きな悲鳴を上げた。
「おい、どうした?! って、――ウソだろ?! どうしたんだよコレ!」
「一体誰がこんな事を!」
次々と上がる悲鳴に、カルネは居ても立っても居られずに洞穴に飛び込んだ。
そして彼が見た物とは・・・
「な、なんだコレは?!」
そこには誰がやったのか。洞穴の広間には所狭しと無数の酒壺が転がり、辺りには息苦しい程の強い酒の臭いが漂っていた。
「ひ・・・酷でェ・・・こんなのあんまりだ」
カルネは絶望のあまりその場にガックリと膝をついた。
広間に敷かれたゴザは酒をたっぷりと吸って湿り、彼の膝をジクジクと濡らしたのであった。
次回「頼りない子供」




