その35 メス豚、一念発起する
村に戻った私は早速パイセンに村を出ると打ち明けた。
「旅に出るだって?! 一体どこに?!」
パイセンは驚いて私を止めた。
意外だな。そんなに驚くような事かな?
「いや、そりゃ驚くに決まってるだろ! ピットの事を気にしているのか? あれは誰のせいでもない。その証拠にクロ子を責めるヤツは誰もいないだろう?」
私が旅に出る原因がピットの死にあるのは間違いない。
でも私はパイセンが思っているように、彼女の死に責任を感じて村を去る訳じゃないのだ。
「だったら急にどうして?」
『・・・まだ言えない』
そう。今はまだ言えない。
雲を掴むような不確実な情報だからだ。
『でもいつかはここに戻って来るから、それまで待っていて欲しい』
「・・・分かった。そこまで言うのならもう止めない」
私の決意が強い事を知ったのだろう。パイセンは大人しく引いてくれた。
「だが忘れないでくれ。俺達は数少ない――ひょっとしたらこの世界でたった二人の転生者だ。だからいつでも俺を頼ってくれて構わないんだぞ。俺に出来る事なら何だって力になるよ。そして――」
パイセン・・・ 彼の優しい言葉に私は思わず眼がしらが熱くなった。
「そしてモーナには自分で説明してくれ」
私の溢れる涙はピタリと止まった。
『・・・早速頼ってもいいかな? 同じ転生者だよね?』
「・・・こればかりはダメだ。俺には彼女を説得できる自信がない」
どうしよう。出発前に思わぬ高難度ミッションが発生だ。
頼りにならないパイセンに私はガッカリするのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私が野犬の群れのマサさんから得た情報は信じられないものだった。
かつて初めて私が山に入った時に襲って来た野犬の群れの元リーダー。
彼は昔は魔法が使えなかったというのだ。
『頭に角が生えてからです。先代が魔法を使うようになったのは』
確かにあの元リーダーは頭に角を一本生やしていた。
なかなか洒落た角だったので強く印象に残っている。ぶっちゃけて言えばカッコ良かったのだ。
『穴に落ちてから何があったかは聞いてないの?』
『すみません。詳しい話はちょっと・・・』
一応元リーダーも会話が出来たらしいが、マサさん程流暢に喋れた訳じゃなかったらしい。
それでも彼が片言で語った内容は・・・
『石の壁に囲まれた部屋で先代は頭に角を埋め込まれたそうです』
『頭に埋め込まれた? 誰に?』
『そいつもちょっと・・・ 人間でないのは間違いなかったらしいですが』
ふうむ。マサさんの話だけではどうにも要領を得ないなあ。
とはいえ彼も、元リーダーから話を聞いただけで自分で見聞きした訳じゃない。
これ以上の情報を望むのは贅沢というものだろう。
『その穴の場所は分かるの?』
『昔の縄張りの中にあったので、近くまで行けば分かると思います』
マサさんの話によるとずっと北の方になるらしい。
三大国家の一角、カルなんとか王朝のすぐ近くだ。
『何でそんなところを縄張りにしてたのに、村の近くをウロウロしてたわけ?』
『・・・先代は方向音痴だったもんで』
なんつー理由だ。
昔、飼い犬が方向音痴だって言ってる人の動画を見た事あるけど、まさかここでそんなネタがぶっこまれるとは。
まあいいか。
『本当に近くまで行けば分かるんだよね?』
『お任せ下さい』
元リーダーは元々魔法が使えなかった。そんな彼が魔法を使うようになったのは頭に角が生えてからだ。そしてその角は自然に生えた訳では無く、何者かによって埋め込まれたものだった。――か。
さすがにどんな角だったか薄っすらとしか覚えていないけど・・・ 特に不自然な感じ――人工物が埋め込まれていたようには見えなかった。
しかし一体誰が何の目的でそんな事を?
いや、今重要なのはそこじゃない。
大事なのは、魔法が使えなかった元リーダーが角を埋め込まれた事で魔法を使えるようになったという点だ。
私は元々ボブに呆れられるくらい魔力を持っている。
そんな私に角を生やせば正に鬼に金棒となるだろう。
・・・正直言えば不安は大きい。
何より頭に角を埋め込むという行為自体が怖い。
私は目を閉じて顔を伏せた。
瞼の裏に浮かんでくるのは燃える倉庫の中、動かなくなった小さな少女の死体。
あんな思いは――彼女のような犠牲者を目の前で出すなんて二度とごめんだ。
命の軽いこの世界で、私は強くならなければならない。
そう。例えそれがどんな危険を伴う外道な方法であったとしても。
『マサさん。私をその穴まで案内して』
『分かりました』
マサさんはお座りをするとぺこりと頭を下げた。色々と芸達者だな。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私はパイセンの恋人モーナを説得するという難事を成し遂げて村の外に出た。
モーナは中々に強敵だった。
どうやら彼女は私とパイセンの関係に薄々気が付いているようで、パイセンのためにも私が村を出ていくのに反対していたようだ。
まあいくらモーナでも、私とパイセンが同じ世界の転生者とは想像出来ないだろうけど。
結局、必ず帰って来ると何度も頭を下げる事でどうにか旅立ちを許して貰えた。
てかなんで私がこんな苦労をしなきゃならんのだ?
どうも陰キャ系の私はモーナのような優等生タイプを苦手としているようだ。
やれやれ、イヤな事実に気付いてしまったわい。
村を出ると既にマサさんが私を待っていた。
お供の犬を一匹連れている。
頭のてっぺんにピンと伸びたアホ毛に見覚えがある。いつもマサさんに噛みつかれている礼儀のなっていない若い犬だ。
『ここからはこのマササンとアッシの倅が案内致します』
相変わらず自分の事をマサさんと呼ぶマサさんに激しい違和感が。
そんな事よりこのアホ毛犬ってマサさんの子供だったの?!
『ハイ。不詳の倅ですが』
そ、そうだったんだ。う~ん、だったらアホ毛呼ばわりせずに名前で呼んだ方がいいのかな?
マサさんの子供だからコマサさん。じゃあコマで。
『ウワン!』
『良かったなコマ』
喜ぶ?コマ。そしてどこか満足そうなマサさん。
あれだな。ダメな子ほど可愛いってヤツだ。マサさんは結構世話好きの親バカと見た。
『じゃあ行こうか』
『ワンワン!』
やたらと張り切るコマを先頭に、二匹の野犬と一匹のメス豚の旅が始まった。
目指すはこの山の北。カルトロウランナ王朝にほど近い場所にあるという謎の裂け目だ。
そこには驚くべき秘密が私を待ち受けているのだったが、この時の私はまだその事を知らなかった。
『――驚くべき秘密ですか? 黒豚の姐さんのご期待に答えられるかどうかは分かりませんよ? それに旅というほど時間はかかりません。明日には到着出来ると思います』
『いや、私の独白に返事しなくていいから』
律義かっ!
というか今後もスルーでお願いします。
ちょっと気持ちを盛り上げてみたかっただけなんです。出来心なんです。
・・・とまあこの時はただの冗談、いつもの私の悪乗りだったのだが、謎の裂け目で私は本当に予想もしない経験をする事になるのだった。




