その356 メス豚と今年最後の仕事
天空竜との戦いから数日後。
マルツォ率いる大モルト部隊も去り、亜人村にも平和な日々が戻っていた。
今日は大みそか。明日からは新年がスタートする。
ちなみにこちらの世界でも一年は十二の月に分けられている。
正確に言えば大二十四神、それぞれに月が割り当てられているので、一年二十四ヶ月になるんだが。
しかし、二十四では流石に忙しいのか、普通は十二。陰神の月は陽神の月と一緒にして数えられるようである。
そりゃまあ、病の神の月や嫉妬の神の月があるなんて、考えただけで気が滅入るわな。
ちなみに一月の神様は天空神オルトソス。
太陽を運ぶ神様でもあり、光の神様でもあるそうだ。
光の神様らしく、全身、光り輝く姿で、彼を見た者は漏れなく目が潰れてしまうという。いやはや、何ともハタ迷惑な神様もいたもんだ。
私はいつもの腹巻ファッション。最近寝床にしている水母の施設を出た。
崖の村に入ると、どこからともなくアホ毛犬コマがやって来た。
『あんた、施設の中にいないと思ったら、村の方にいたのね』
「ワンワン!」
コマは私に挨拶を終えると、義務は果たしたとばかりにプイッと去って行った。
なんじゃらホイ?
気になって後を付いて行ってみると、近くの家に入って行った。
中を覗くと、家の台所でオバチャンが料理をしている。
グツグツと沸き立つ鍋からはいい匂いが。
そんなオバチャンの足元で、コマはクンクン鳴いておねだりをしていた。
そういうコトか。全く、このいやしんぼ犬め。
「ハイハイ、料理の邪魔しないの。出来たらアンタにも上げるから。あら、クロ子ちゃん。クロ子ちゃんも匂いに釣られて来たの?」
『いや、違うし。コマの後について来ただけだし』
まあ、ご馳走してくれるなら喜んで頂くけどな。ブヒヒ。
天空竜がいなくなった事で、村人は避難先の水母の施設を出て、元の家へと戻っていた。
私は、『冬の間くらい施設の中で過ごせばいいのに』と言ったのだが、村人達は――特に村の女性達は――自分達の家に戻る事を望んだ。
何でも、男達が昼間からゴロゴロして働かなくなったから、との事だ。
避難中でも女性達は、料理に裁縫、化粧品の製作等々、色々と働いていたが、外に出られない男衆は出来る仕事が限られている。
その結果、彼らはすっかりサボり癖が付いてしまったのである。
彼女達は男達の尻を叩いて水母の施設から追い出し、外で働くように仕向けたのであった。
なんだかなあ。
私は十分におすそ分けを堪能した後、コマを引き連れて家の外に出た。
そこで私達はクロコパトラ歩兵中隊の隊員達とバッタリ出くわした。
彼ら今まで山の中で狩りをしていたらしく、獲物の死体を担いでいる。ハイエナ竜こと大鳥竜の死体だ。
「よお、クロ子。ようやく起きて来たのか? お前、いつまでもケガを理由にゴロゴロしてると肉付きが良くなっちまうぞ」
クロカンの大男、カルネが下手な冗談を言った。
「いや、全然冗談じゃないんだが。お前、気付いてないかもしれないが、最近お腹周りがムッチリ――」
『大鳥竜を狩って来たんだ。それどうする気? 食べれないんでしょ?』
私はカルネに皆まで言わせず言葉を被せた。
クロカンの隊員達は苦笑しながら獲物を背負い直した。
「確かに、コイツは肉が臭くて食えたもんじゃないが、匂いの元は内臓にあるっていうのは分かっているからな。だったらそこを上手く避けて調理すればどうにかなるんじゃないかと思ったんだ。仮に失敗してダメにしても、村には天空竜の肉がまだ残っているから、食う分には困らない訳だし」
「そうそう。それに早くコイツにも慣れておきたいからな」
隊員の一人がそう言って長い鉄の棒――魔法銃を掲げてみせた。
現在、クロカンでは十丁の魔法銃を保有している。
ショタ坊村の鍛冶屋のオヤジが作ってくれた、魔法銃の初期ロットである。
私は隊員達に、実際に魔法銃を使用し、量産化に向けての問題点の洗い出しを頼んでいたのである。
「しかし、大鳥竜は厄介だな。肉は食えないくせにデカイ分だけやたらと大食らいだ。全く、天空竜もハタ迷惑なヤツらを連れて来てくれたもんだぜ」
「ああ。放置しておくと繁殖しかねないしな。出来るだけ狩るようにしないと」
今の所、大鳥竜による被害はそれ程ないが、数が増える事で生態系のバランスを崩す恐れがある。
それに村の子供が獲物として狙われる危険もある。
危ない外来種は早目に駆除しておいた方がいいだろう。
『あっそう。大鳥竜が上手く調理出来たら教えてね。それと、引き続き魔法銃の鍛錬をよろしく』
「ああ、分かった」
「ん? なんだクロ子。今からどこかに出かけるのか?」
村の外に向けて歩き始めた私の背中に隊員の一人が声を掛けた。
『ちょっとね。気になった事があって。今年の最後の仕事って所?』
それじゃ、ちゃっちゃと済ませて来ますかね。
私は『風の鎧』。身体強化の魔法をかけると、山の中へと駆け出したのであった。
『ガチガチガチ・・・寒い、寒い、寒い。ヒイイイ。そ、遭難してしまう』
私はちょっとした吹雪に襲われていた。
ううっ。『今日は大晦日だし、今日中に片付けといた方が気持ち良く新年を迎えられるわね』なんて考えたのが間違いだった。
こんな事になると知っていたら、絶対に水母の施設でゴロゴロしてたのに。
『てか、水母は吹雪が来るって分からなかった訳? この山に一万年も住んでるんでしょ?』
『専門外』
私の背中でピンククラゲが申し訳なさそうにフルリと震えた。
『まあ、水母にだって分からなかったんだから、私に分かるはずが・・・って、あーっ! そうか、クソッ! さっきクロカンの隊員達が村に帰って来てたのはそういう事だったのか!』
TVもなければネットもない。天気予報だって存在しないこの世界。
この山で生まれ育った亜人達にとって、空模様や風の流れから天気の変化を読むスキルは、当然身についているはずである。
そう。クロカンの隊員達は雲の動きから吹雪が来そうな事に気が付いて、狩りを早目に切り上げて村に戻っていたのだ。
『チクショー! 知ってたなら一言言ってくれたっていいじゃんかよ! 何で誰も教えてくれないんだよ! カルネの薄情モン! 脳筋デブ!』
脳筋はともかく、デブはお前だろうって? うっさいわ。
私はデブじゃない。寒い冬を乗り切るために体にエネルギーを蓄えているのだ。
「ワンワン! ワンワン!」
『黒豚の姐さん! こっちです!』
アホ毛犬コマと、途中で合流したコマのパパ、マサさんが私を呼んだ。
『こっちってどっちよ?! 雪で全然前が見えないんだけど!』
私の声に応えて、ハッハ、ハッハと荒い息を吐きながらコマがこちらに走って来た。
ああ、そっちね。ありがと、コマ。
雪の中、コマと一緒にマサさんの後を追いかける事しばらく・・・
『ブヒー・・・よ、ようやく到着したか。まさかこんなに苦労する羽目になるとは思わなかったわ』
「ワンワン!」
実は身体強化の魔法を使っているので、肉体的な疲労はそれほどでもないが、視界の悪い中を移動するのがこれ程精神的にくるとは思わなかった。
私は目の前にそびえ立つ大きな崖を見上げた。
『じゃあ、マサさんとコマはここでしばらく待っててね。水母、お願い』
『上昇開始』
『黒豚の姐さん。お気を付けて』
「ワンワン! ワンワン!」
水母が魔力操作を行うと私はフワリ。宙に浮きあがった。
そのまま二~三十メートル程上昇すると、崖の途中に大きな穴が見えて来た。
そう。天空竜の巣があると推測される、あの洞窟である。
私はスタッと洞窟の中に降り立った。
『水母ありがとう。帰りもよろしくね』
『是』
水母はクールに短く答えた。
私がこの場所を確認しに来ようと思ったのは、天空竜の巣のある場所を知っているものの、実際にこの目で見た訳では無かったからである。
『ドラゴンといえば、金銀財宝が大好きってのが定番じゃん。ひょっとして天空竜も巣に何かお宝を溜め込んでいるんじゃないかと思ったのよね』
『期待薄』
水母は気乗りしないようだが、鳥の一部、例えばカラスなんかは巣に金属などの光り物を溜め込む事で知られている。
ワンチャン、天空竜にも似たような性質がないとも限らない。ていうか、あってくれ。この吹雪の中、凍える思いをしてまでやって来たんだ。なけりゃ割が合わないってもんだ。
てか臭っ!
洞窟の奥は暗くて見えないが、ツンと来る強烈な腐敗臭が鼻を突き抜けた。
魚とか動物が腐った匂い? 後、ウンチやオシッコの匂い。やたらと埃っぽいし、気分は最悪なんだけど。
『汚部屋か! 自分の巣を自分で汚すとか、やっぱアイツらは最悪のDQNだわ』
私はテンションだだ下がりになりつつも『発光 』。灯りの魔法で穴の中を照らした。
巨大な天空竜が巣を作っているだけあって、かなり大きな洞窟だ
ただし奥行きはそれ程でもない。穴の奥には、木の枝で大きな巣が作られている。
私はその巣を見てハッと息を呑んだ。
そうか・・・そういう事だったのか。
確かに、おかしいと思っていたのだ。
私達が天空竜(雌)と戦い、雌を殺した次の日に天空竜(雄)は現れた。
天空竜(雄)は、私との戦いで大怪我を負っていて、とてもではないが狩りに出られるような体ではなかった。
私は、餌を取って来てくれる雌が帰って来なかったから、空腹に耐えかねて巣から出て来たのだろう、と思っていた。
だが、普通、野生動物は病気やケガをすると餌を食べない。
安全な巣の中でジッと動かず、体が治るのを待つのだ。
ならばなぜ、天空竜(雄)は、ケガを押してまで狩りに出たりしたのだろうか?
『既にヒナが生まれてたのね』
そう。巣には小さな天空竜の残骸が散らばっていた。
天空竜(雄)は子供に与える餌を探すため、傷付いた体に鞭を打って外に出て来たのである。
腐敗臭の正体はヒナの死体だったのだ。
ヒナの死体はバラバラに食いちぎられ、洞窟のあちこちに散らばっていた。
親が餌を取って来てくれなくなったから共食いをした――にしては、これ程までに散らばっているのが不自然である。
『・・・ハイエナ竜共か』
犯人はおそらくハイエナ竜こと大鳥竜。
腐肉食動物の彼らの目には、飢えて弱った天空竜のヒナは恰好の獲物に映ったに違いない。
守ってくれる親を失ったヒナ達は、瞬く間に彼らに食い殺され、全滅してしまったのだろう。
・・・・・・。
私は黙って灯りの魔法を消した。
腐臭漂う洞窟は再び暗闇に包まれた。
私の背中でピンククラゲがフルリと震えた。
『洞窟の破壊を推奨』
『水母、アンタ! ・・・いや、そうね』
こんな場所、残しておいても何も良い事などない。最悪、大鳥竜の巣として再利用されかねないだろう。
そもそも、このままにして帰るのは私が何かイヤだ。
偽善だって? もしヒナが生き残っていたらどうしていた? 結局、殺すしかなかっただろうって?
その通りだ。だがそれがどうした。
この光景を見てヘラヘラ笑っていられる程、私の心は乾いてもいないし壊れてもいない。ただそれだけの事だ。
水母が魔力操作で私の体を洞窟から外に運び出すと、私は極み化させた最大打撃の魔法を発動させた。
崖下から大きな岩が浮き上がり、次々に洞窟の中に飛び込んでいく。
穴埋め作業は十分程で終わった。
そしてこれが私の今年の仕事納めとなった。
『――じゃあ村に帰りましょうか』
『分かりやした』
「ワンワン!」
私はマサさんの先導でこの場所を後にした。
私が、天空竜の巣にお宝がないか、探し忘れたていた事に気付いたのは、翌朝。
年が明けて新しい年になった後での事だった。
スミマセン。次回でこの章を終わりにするつもりでしたが、終わらせ切れなかったので、もう一話だけ続きます。
次回「不信感」




