表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第十章 竜殺し編
355/518

その352 メス豚と最後の咆哮

 我々対、天空竜(雄)との戦い。

 戦いは意外な程、一方的な形で進んでいた。


『いや。考えてみれば別に意外って事もないか』


 私は先日、ランツィの町でこの天空竜(雄)とバトっている。

 だからつい、その時の記憶に引っ張られていたようだ。

 あの日、私は天空竜と一対一で戦った。・・・いや、ランツィの町にも守備隊はいたか。けど、私が到着した時にはほぼほぼ壊滅状態だったし、戦力として数えられるような状況ではなかった。

 で、だ。あの時は天空竜の不意打ちから始まったので、こちらの準備は整っていなかった。

 なにせクロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の隊員達は、武装すらしていなかったのだ。

 翻って今回。我々はこうして大モルト軍の協力を取り付け、十分に戦力を整えた上で、数の力を生かす事の出来る場所に相手をおびき寄せて戦っている。

 その上で、天空竜、最大の攻撃魔法に対抗するための秘策すらも準備していた。


(シャ)――――――ッ!』


 天空竜が天に向かって吠えた。

 その瞬間、天空竜を中心に膨大な魔力が渦を巻く。

 だが、今回も不発。

 天空竜最大の攻撃魔法、落雷の魔法は発動する事無くキャンセルされた。


「ギエエエエエエエエッ!」


 混乱? 苛立ち? 怒り? その全てをゴチャ混ぜにしたような咆哮を天空竜が放つ。


 ブヒヒヒ。何が起きているのか理解出来ないようだな。

 この原理を分かってもらうためには、先ずは自然界で雷が発生する仕組みから語らなければならない。

 雲の中にあるチリや水、氷の粒等が摩擦する事でプラスとマイナスの電荷が――って、前に聞いたからもういらないって?

 さよけ。

 結論だけを言うと、我々の対天空竜用秘密兵器、落雷バリア(魔法式)が落雷の発生を防いでいるのである。

 落雷の魔法には、私も痛い目にあわされたからな。当然、対抗策だって講じているってもんさ。

 あの時の痛み。そしてまだらハゲにされた恨み、忘れた訳ではないのだよ。


 話を戻すと、あの時は天空竜に不意打ちを食らったせいで、こちらの準備が整っていなかった。

 そして、今回と前回とで明らかに異なっている点がもう一つ。

 今日の天空竜(雄)は手負いなのである。

 どうやらあの日、私との戦いで、天空竜は深手を負ったようだ。

 枝分かれして伸びた角は、片方が根元から折れ。円い断面を晒している。

 雪のように真っ白だった体には、無数の傷跡が刻まれ、中には化膿している箇所もあるようである。

 そして最も目につくのは、その下半身。

 後ろ脚は両方、あらぬ方向にねじ曲がり、体の動きに引きずられるまま、ピクリとも動かない。

 骨折。それに脚の神経もやられているようだ。

 恐らく、城壁が崩れた際、落ちて来た大岩で、腰か背骨が傷付けられたのだろう。

 あの時は「逃げられた」と悔しい思いをしたが、バッチリ天空竜にダメージは与えられていたのである。


「天空竜の動きが止まったぞ! 今だ! ロープを投げろ!」


 大モルト部隊の指揮官、マルツォの指示で、一斉に投げ縄が投じられた。


「ギャアアアアアッ!」

「やった! かかったぞ!」


 そのうちの一本が天空竜の首にスッポリとかかった。

 天空竜は首を振って大きく暴れるが、大モルト兵も数名がかりで押さえ込んで離さない。

 その間に二つ、三つ。翼や角に輪となったロープが引っかかる。


「いいぞ! そのまま引っ張れ!」

「「「せーの! それ!」」」


 兵士達が一斉にロープを引く。天空竜は呆気ない程、簡単に倒れた。

 下半身のケガが原因で踏ん張りが利かなかったようである。


「グルアアアッ!」


 しかし、天空竜も良いようにやられてばかりではない。

 倒れながらも懸命に前脚を振り回し、鋭い爪でロープを切断した。


「怯むな! 馬突槍部隊! かかれ!」

「「「おおーっ!!」」」


 横たわった天空竜に、大モルト軍のトンデモ兵器、馬突槍が襲い掛かる。


「ギャアアアアアアア!」


 馬突槍は天空竜の背中の翼を貫いた。

 後ろ脚が動かない天空竜にとって、空まで飛べなくなるのは致命的である。


『圧倒的ではないか、我が軍は』


 いや、あれは大モルト軍で、私の軍じゃないんだけどな。

 天空竜は私との戦いの負傷で、歩く事すら出来ない。

 最大の武器、範囲攻撃魔法は封じられ、攻撃の手段は物理に限られている。

 取り巻きの大鳥竜は、クロカンの隊員達の唱える圧縮(コッキング)の魔法の音に怯え、役に立たない。

 そして大モルト部隊は昨日の天空竜(雌)との戦いを乗り越えた事で自信を深め、その力を遺憾なく発揮している。


 そう。最初から天空竜(雄)には勝ち目などなかったのである。

 囮のクロカンの隊員達に釣られ、この広場に降りて来たのが運のつき。彼の命運はその時点で決まっていたのだ。


 大モルト軍の指揮官、マルツォも、今日は大人しく指揮官に専念しているようである。

 時々指示を出すだけで、後方に控えて動こうとはしない。

 それ程、大モルト部隊の動きは連携が取れ、昨日の戦いとは打って変わり、危なげがなかった。

 上空の大鳥竜を警戒していたクロカンの隊員達がふと声を上げた。


「あっ。とうとう降り始めやがった」

「雪か。どうりで冷えると思ったぜ」


 チラホラと舞い始めた雪は、直ぐに辺りを白く覆い始めた。


「雪で地面がぬかるんでいるぞ! 転倒に気を付けろ!」


 白く霞む景色の中、天空竜、そして大モルト兵達は、泥だらけになりながら死闘を繰り広げている。

 緩んだ足場は、彼らの――中でも特に天空竜の体力を奪って行った。


(シャ)――――――ッ!』


 天空竜は何度目かになる魔法を発動した。

 しかし、今回も今までと同様、落雷は発生しなかった。


「ガハッ! ガハッ! ヒイヒイヒイ・・・」


 天空竜は咳き込むと、まるで小鳥のような甲高い悲鳴を上げた。

 血走った目で懸命に周囲を見回すが、大モルト兵は十重二十重、隙なく取り囲んでいる。

 後ろ脚を動かせず、翼まで負傷してしまった天空竜には、ここから逃げる手段などありはしなかった。


「ビエエエエエエエエエ!」

「! 何か仕掛けて来るぞ! 注意しろ!」


 窮鼠(きゅうそ)猫を噛む。

 弱り切っていたはずの天空竜が突然、全力で走り出した。

 とても前脚だけで走っているとは思えない。あり得ない速度だ。

 進行方向の大モルト兵達が慌てて馬突槍を構える。


 ズドーン!


「ぐわあああ!」

「ぎゃあああ!」


 天空竜は馬突槍の槍衾に真正面から激突。

 その勢いで兵士達が吹き飛ばされる。

 しかし、天空竜が受けた被害も大きかった。

 極太の槍が何本も深々と突き刺さり、大量の出血が泥で汚れた体を赤黒く染めた。


「ビイイイイイイイ!」


 それでも天空竜は速度を緩めず、走り続ける。


「おい、クロ子! あれ、ヤバくねえか?!」

『分かってる! 風の鎧(ヴォーテックス)!』


 私は身体強化の魔法を使うとダッシュ。天空竜の後を追った。

 そんな私の視界の片隅に、隻腕の若武者が槍を抱えて走っている姿が映った。


「ちっ! 往生際の悪いヤツだぜ! あのキズで逃げられるとでも思ってやがるのかよ!」


 大モルト部隊の指揮官のマルツォだ。

 彼の言葉の通り、天空竜が受けたキズはどう見ても致命傷。

 じきに体力が尽き、足が止まった時が、ヤツの最後だろう。

 そして当然、そんな体力が残っているはずもなく、天空竜は広場から出る事すら出来ずにその足を止めた。


 いや、違う。


『そうか。逃げたんじゃない。ここを目指していたのか』


 天空竜の目の前にあるのは大きな肉の塊。

 頭と翼、そして四肢を切り落とされ、胴体だけになった上に腹も割かれ、内臓を引きずり出された動物の死体。

 彼のつがい。天空竜(雌)の成れの果てであった。


()ィィィィィィィィ!』


 天空竜は長い、長い、驚く程長い咆哮を上げた。

 それは魂の叫びだった。

 そして天空竜は力尽きると、肉の塊を抱きしめるように倒れた。

 そう。天空竜(雄)は我々から逃げようとしていたのではない。

 彼は自分の死期を悟り、最後は雌と一緒に死ぬために、残された力を振り絞ってこの場所を目指したのである。


「・・・ヒュー・・・ヒュー」


 天空竜の喉からか細い呼吸音が漏れる。

 我々が近付いても、ピクリとも反応しない。

 どうやら意識すら失っているようだ。

 いつの間にか私の横にマルツォが立っていた。


「人食いの怪物にも情はあるって事か。いいだろう。テメエの最後の望み、この俺が叶えてやらあ。おい、誰か斧を持って来い」

「はっ!」


 こうしてマルツォと二人、天空竜の横で並んで待つ事しばらく。

 天空竜の体の表面に雪がうっすらと降り積もる頃。兵士達が巨大な斧を持ってやって来た。

 昨日、天空竜(雌)を仕留めた、あの首切り斧である。

 マルツォは無言で斧を振り上げると――


 ドスン!


 鈍く重い音。そして切り飛ばされた首が地面に落ちるボトリという音。

 大モルト部隊の隊長が槍を天に突き上げた。


「我々の勝利だ! 勝鬨(かちどき)を上げよ!」

「「「「おおーっ! うーら! うーら! うーら!」」」」


 降りしきる雪の中、天空竜との激しく苦しい戦いは、こうして幕を下ろしたのであった。

次回「青天の霹靂へきれき

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 空には天空竜の様なとんでも生物がいたけど、人類がここまで繁栄できたって事は地上には貪竜や地竜程度の魔法しか使えない生物しかいなかったんだろうな~まぁ天空竜と違って前文明に保護されずに駆逐され…
[良い点] 大勝利! 若武者もいい経験になったと思いますね 最前線に立てないのは歯がゆいでしょうが、指揮官として一皮剥けたかなと
[良い点] 天空竜との戦いの結末はとても良かったです。 天空竜とは解り合えないし解り合う必要もないのだけれど、共感できる感情もあるというのはとても私の好みでした。 しかし悪さをしていて最後は待ち伏せ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ