その336 メス豚、焼かれる
町の外へと舞台を移した私と天空竜との戦い。
一見、天空竜の攻撃を全て躱し、攻撃を当てている分だけ私の方が有利にも見えるが、そんなものは気休めにもならないまやかしだ。
相手の攻撃はかすっただけでも致命的だし、こちらの攻撃は相手にほとんどダメージを与えていない。
このまま戦いが続けばいつかは集中力が途切れ、敵の攻撃を貰ってしまうだろう。
その時が私の最後だ。
つまり、この戦いを続ける限り、私には勝ち目はない。
天空竜もそれに気付いたのか、余裕の表情で虎視眈々と私の隙を狙っている。
(だが、その驕りがお前の命取りだ!)
先程、勝ち目がない、と言ったのは、このまま同じ事を続けた場合の話。
今、私達が行っているのは、ルールに守られたスポーツではない。何でもアリの戦争だ。
天空竜め。今のうちに好きなだけ勝ち誇っているがいい。
私の最後の悪あがき、見せてやんよ。
『打ち出し×10』
私はまるでショットガンのように、無数の礫をばらまいた。
ダメージは期待していない。これは目くらまし。ヤツを誘導するための布石だ。
「呵呵、呵呵、呵呵!」
天空竜が癇に障る甲高い声で私を嘲笑う。
さっきはダメージは期待していないと言ったが、アレはウソだ。
少しはダメージを受けやがれ。可愛くないヤツだよコンチクショウ。
『はあ・・・。ホント、自信失くすわ。今生の私は魔法だけが取り柄のメス豚だってのにさ。さて、そろそろこの辺でいいかしら。水母、場所は分かる?』
私の背中のピンククラゲからニュルリと触手が伸びると、私から見て右斜め前、天空の左横を指し示した。
『一時の方向』
『ありがと。さてと、とっておきの魔法を食らわせてやるぜ! 食らえ、必殺・忍者殺し!』
「プギャアアアアアア!」
ズシーン! と、大きな音を立てて巨体が地面に転倒する。
決まった! 流石は私の切り札、忍者殺し。
天空竜は音もなく浮き上がった足元の岩に気付かずにつま先を強打。突然の激痛に情けない悲鳴を上げながらブッ倒れた。
おお、この何とも言えない晴れやかな気持ちよ。気分爽快。戦いの疲れも癒える思いがするわ。
『それにしてもプギャアーッってどうよ、プギャアーッって。んな叫び声をまさかリアルで聞くとは思わなんだわ。悪いけどちょっと笑っちゃった。ブヒヒッ』
天空竜ざまあ! 私は鼻を鳴らして笑った。
忍者殺しは、最大打撃という魔法の応用技である。
最大打撃は物を浮かせるという、ただそれだけの目的に特化した魔法である。
忍者殺しとはこの最大打撃の魔法を使い、敵の死角、足元の岩を少しだけ浮かせる事で、相手を躓かせる技なのである。
本当ならここでヘッドショットのコンボを決める所だが、残念ながら私のお気に入り魔法、最も危険な銃弾は、天空竜が常時発動させている風の鎧の魔法との相性が最悪である。
けど、物理がダメなら心を攻撃すればいいじゃない。
私は怒りの目でこちらを睨む天空竜に、今日一番のドヤ顔をしてみせた。
『ねえ今どんな気持ち? ねえ今どんな気持ち?』
『超悪質』
私の背中で水母が呆れたようにフルリと震えた。
心を持たないスーパーコンピューター、水母ですらドン引きさせた私のドヤ顔に、天空竜は怒りマックス。グオオオオ! と叫びながら跳ね起きた。
私はすかさずダッシュ。天空竜の左をすり抜けると、先程水母が示してくれた方向へと駆け抜けた。
『はっはっはーっ! 煽り耐性が低いぞ天空竜! そんなんじゃ土日の東京サーバーでA〇PEXは遊べないぜ?!』
休日はユーザーの数が多い、イコール、民度の低いプレイヤーも増えるのである。
『意味不明』
「ギャオオオオオオオン!」
さあ、全力で私の後を追って来るがいい! これが罠だと気付いた時にはもう遅いがな!
走り始めてすぐに、私は町の城壁に阻まれた。
左右にはどこまでも続く石の壁。
そして後方からは怒りの形相の天空竜が迫って来る。
絶体絶命逃げ場無し。私、どうなっちゃうの?
逃げ場を失くして戸惑う私に天空竜がニヤリと笑った。
天空竜は走って来た勢いのまま後足で立ち上がった。その巨体で私を押しつぶそうというのだろう。
『その攻撃を待っていた! 猫だまし!』
「ギャッ!」
私は猫だましの魔法を発動。ギュッと目をつぶったまぶたの裏で、強い光を感じる。
同時に全力で左にジャンプ。とうっ!
ゴッ! っと巨大な質量がすぐ後ろを通った。と感じた途端、ドカーンと大きな音がした。猫だましの魔法で目がくらんだ天空竜が、勢い余って城壁に激突したのである。
猫だましの魔法は、カメラのフラッシュのように一瞬強い光を放つ、ただそれだけの効果を持つ魔法である。
攻撃力は皆無だが、こういった搦め手に利用出来る意外に便利な魔法でもある。
しかし、随分と見事に引っかかったな。厳しい戦いの中、一度も使わずに、ここまで温存して来た甲斐があったってモンだわ。
私の作戦。それは天空竜の体の大きさを逆に利用するというものだった。
城壁を背にした状態で相手に飛びかからせ、一瞬視界を奪うことで自爆を誘う。
天空竜は自分の体重による破壊力を自ら食らう事になったのである。
「虞怨、怨、怨、怨・・・」
天空竜が唸り声を上げながら起き上がろうとする。
マジか。これでもダメだったのか。
確かに、今までで一番ダメージは通っているようだ。だがそれだけ。
しかも、これだけの痛手を負った以上、流石に同じ作戦にもう一度引っかかってはくれないだろう。
最悪の結果だ・・・。ここで仕留められなかった私の負けだ・・・。
『――などと言うとでも思ったか?! 冗談! ここからが本番だ! EX最大打撃!』
私は最大打撃の魔法を発動。ムムッ。極み化させたとはいえ、流石に厳しいか。・・・くっ。この。これは・・・失敗か? いや、まだだ! 本気になれば全てが変わる! 頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるって! 今日からお前は富士山だ!
『うおおおおおっ! 修造おおおおおお!』
ズズズズズズズズ・・・
地震に似た地響きと共に、城壁が小さく振動を始めた。
最初は小さく、やがてはグラグラと揺らぎだす。
不穏な気配に天空竜は慌てて立ち上がろうとするが、もう遅い。
城壁からこぼれ落ちた大量の土砂を全身に浴び、その重量で立ち上がれなくなってしまった。
こいつで・・・止めだ!
ゴゴゴゴゴゴ!
腹に響く重低音と共に、城壁が音を立てて崩れ始めた。
ゴロゴロと大きな岩が転がり、天空竜の上にのし掛かる。
「ギャオオオオオオオン!!」
哀れ、天空竜は一声鳴くと、大量の岩の下に押しつぶされてしまったのであった。
よっしゃ! 成功だ!
私は喜びのあまり、「ブヒッ!」とガッツポーズをした。
私が立てた作戦。それは城壁を崩して、その質量で天空竜を生き埋めにするというものだった。
さっき猫だましの魔法で天空竜の自爆を誘ったのはその前段階。ヤツを城壁のすぐそばで動けなくするための、いわば布石だったのである。
その際に予想外にダメージが入ったのはラッキーだった。これも私の日頃の行いの成せる技だな。ブヒヒ。
後は城壁の岩の一部を極み化した最大打撃で浮かせれば城壁は崩れる。作戦の完了である。
流石にこれだけの城壁を崩すのは一筋縄ではいかなかったが、幸い、私が見ていない間に、天空竜が何度か城壁に体をぶつけていたらしく、明らかに他より緩んでいた箇所があったらしい。
その位置は水母が教えてくれた。
そう。私がさっき水母に尋ねていたのは、その場所だったのである。
『いやあ、壮観壮観。てか、思っていたよりも随分と派手に崩れたわね。こりゃあいくら天空竜でも、ひとたまりもないでしょ』
私は満足顔でウンウンと頷いた。
長く厳しい戦いだった。天空竜よ、お前もまさしく強敵だった。
城壁は抉られたように広い範囲で大きく崩れている。
小山になったあの岩の下に天空竜がいるはずだが、どの辺りにいるのかまでは分からない。
城壁が崩れる際、砂埃が派手に舞い上がっていたため、ヤツがどうなったのか私からは良く見えなかったのだ。
『計測中。・・・該当反応有り』
『ええっ?! ウソでしょ?! あれだけの岩の下でまだ生きてるっての?!』
私は慌てて目を凝らした。砂埃に覆われた岩の山。その向こう側に天空竜の影がチラリと見えた気がした。
マジか?! 何でそんな場所にいるんだ?!
天空竜が倒れているのは町の中。私からは岩の山を挟んで丁度死角になっている。
だから水母に指摘されるまで気が付かなかったのだ。
ここまでやってもダメなのか?! いや、ヤツは弱っているはずだ。てか、そうであってくれ!
私は焦る心を抑えながらダッシュ。砂埃の中へと飛び込んだ。
そのままの勢いで岩の山の頂上まで駆け登ると、確かに。町の中に天空竜が倒れているのが見えた。
辺りに動く姿はない。クロコパトラ歩兵中隊の隊員達は負傷者を連れて逃げ出した後のようだ。
その時、天空竜の頭が動いた。
本当だ。まだ生きている。
だが負傷しているらしく身動きが取れないようだ。
ならばチャンスだ。今、ここで確実に仕留める!
『最大打撃!』
私は最大打撃の魔法を発動。大きな岩の塊が宙に浮かぶ。
後はコイツを十分な高さまで持って行って、ヤツの頭目掛けて落とすだけ。それでジ・エンド。私の勝ちだ。
その時、私の背中のピンククラゲが鋭く震えた。
『超危険。回避――時間切れ。緊急措置』
『水母?! どうしたの?!』
水母は私の言葉に答えずに浮上。上昇しながらスルスルと触手を伸ばすと、城壁のあちこちに触れた。
『要警告。対衝撃』
私は彼が何を言っているのか分からなかった。
衝撃? 一体何の?
次の瞬間、私の視界は真っ白に染まった。
覚えているのは強い衝撃。そしてツンと鼻につく焦げ臭い匂い。
そこで私の意識はプッツリと途絶えている。
そう。天空竜の最大にして最強の範囲攻撃魔法。落雷の魔法が私達に命中したのであった。
次回「一つの不幸」




