その333 メス豚、観察する
私の予想通り、天空竜(雄)は単独ではなかった。
狩りのおこぼれを狙うハイエナ竜こと大鳥竜を、大量に引き連れていたのである。
『いや、知ってたけどね。てか、予想が当たってもちっとも嬉しくないけどね。どっちかと言えば、むしろ外れて欲しかったけどね』
『お気の毒様』
私の背中でピンククラゲがフルリと震えた。
いや、チョベリバって何だよ。前から思ってたんだけど、あんたのその言葉のチョイスってどこから来てる訳?
『おっと、そんな話をしている場合じゃなさそうね』
ハイエナ竜の一匹が私の姿を見つけると、こちらに向かって飛んで来た。
大量の獲物(※負傷した人間)に、ヤツらのテンションはアゲアゲだ。あちこちで奪い合いのケンカが発生している。
どうやら競争に負けた個体が、私という新たな獲物に目を付けたようだ。
『はんっ! ハイエナなんぞにやられてたまるかよ! 最も危険な銃弾!』
私は素早く魔法を発動。不可視の弾丸がハイエナ竜を迎え撃つ!
――が、不発。空気の弾丸は確かにハイエナ竜に命中したはずだが、エネルギーを解放する事無く消え失せた。
私はこの現象を見た事がある。水母の施設で生み出された角の生えた巨大な蛇。魔法を使う洞窟蛇との戦いの時である。
『コイツも洞窟蛇と一緒か。風の鎧の魔法を使ってる訳ね。体の表面に風の流れを纏う事であの巨体でも素早く羽ばたく事が――って、危なっ!』
今はのん気に解説してる場合じゃなかった。
私は慌ててジャンプ。
バコーン! ハイエナ竜は、直前で目標を見失い、頭から屋根に突っ込んだ。
ハイエナ竜の首から上が屋根にめり込む。痛そう。
首を引き抜こうとジタバタともがくハイエナ竜。なんかマヌケで可愛いかも。
『最も危険な銃弾でダメならコイツでどうだ?! 打ち出し!』
打ち出しは物を飛ばすという効果に特化した魔法だ。
身動きが取れないハイエナ竜に、そこらに転がっていた割れた瓦の欠片が叩き込まれる。
ハイエナ竜は激しい痛みに大きくのけぞった。どうやら効果てきめんのようだ。
『なる程。風の弾丸は相殺出来ても、物理的な攻撃は防げないって訳ね。ならば打ち出し×10!』
ドスドスドスドス!
ハイエナ竜は無数の欠片を体に浴びて動かなくなった。
『物理が弱点属性と。ふむ。これぞ文字通り、”レベルを上げて物理で殴る”というヤツか』
『迂闊過ぎ。事前に忠告済み』
ピンククラゲ水母が呆れたようにフルリと震えた。
ハイエナ竜は、飛行のために常時風の鎧の魔法で身体強化をしている。
実はその情報は水母のライブラリにも入っていた。
私は事前に水母からその説明を受けていたものの、焦りのためつい咄嗟に、使い慣れた魔法で迎撃してしまったのである。
私は誤魔化すようにブヒッと咳払い? をした。
『・・・そ、それはそうと、やっぱりヤツらは最も危険な銃弾の魔法を得意とする私とは最悪の相性みたいね』
そう。飛行のために風の鎧の魔法を使っているのは、なにもハイエナ竜だけではない。
天空竜もまた、その巨体を宙に浮かせるために、風の鎧の魔法を使用しているのである。
白亜紀後期の地球に生息していた翼竜、プテラノドン。
ギリシャ語で「翼があり歯がないもの」という意味を持つこの生物は、体長1.5メートル。翼の長さは六メートルから九メートルに達したと言われている。
しかしこの翼竜。現在の鳥と比べてもあまりに大きな体を持っていたため、自力では空を飛べなかったのではないか、とも考えられているそうだ。
プテラノドンの体重はたったのニ十キログラム程度だったと言われている。
自力で飛べないプテラノドンは、大きく翼を広げる事で上昇気流を捕まえ、グライダーのように滑空していたのではないか、研究者達はそう考えているそうだ。
そんな体長1.5メートルのプテラノドンに対して、大鳥竜は約二メートル。そして天空竜に至ってはなんと十メートルもの巨体を誇っている。
これは生き物が空を飛ぶことの可能な限界サイズをぶっちぎりで超えている。
その不可能を可能にしているのが魔法の力。
風の鎧の魔法による身体強化なのである。
ちなみに魔法というのは、大脳が発達している生物しか発動出来ない。魔核と呼ばれる脳の器官によって生み出されるからだ。
要はバカな生き物には使えないのである。
あ、人間は例外だから。今の人間達は魔核が生まれないように遺伝子を調整されたデミ・サピエンス。半人類だから。
大鳥竜の頭にはギリギリ風の鎧の魔法が使えるだけの脳みそしかないそうだ。
だから他の魔法は何一つ使えないらしい。
残念なヤツだな、大鳥竜。
まあ、それでも敵に回した場合、数の力もあって厄介な相手には違いないんだが。
おっと、別の個体も私の存在に気が付いたようだ。
二匹の大鳥竜がこちらに向かって飛んで来た。
てか、屋根の上では足場が悪いな。しゃーなし、地に足を付けて戦うか。
私はヒラリと屋根の上から飛び降りた。
しかし追って来ると思われた二匹は私を無視。仲間の死体に取り付くと、バリバリグチャグチャと貪り始めた。
ウゲッ。大鳥竜って共食いの習性もあるの? 引くわー。
てか、これってヤツらと戦う時のヒントにならないかな?
敵の死体を利用して攻撃を分散させるとか。
ふーむ。後で考えてみよう。
私は気を取り直すと、惨劇の現場に向き直った。
壊された建物。燃える家。鼻にツンとくる煙の匂い。地面に転がる千切れた人間の手足。
ハイエナ竜が人間の死体に群がり、先を争うようにはらわたを抉り出している。
これぞ正にこの世の地獄。
そんな悪夢さながらの光景を、天空竜は楽しそうに眺めている。
自分の作り出した惨状に満足しているのか、その顔はどこか誇らしげにも見えた。
目の前の光景に夢中になっている天空竜は、まだ私の存在に気付いていないようだ。
いかにも絶対強者らしい危機意識の低さである。
(ふん。今のうちにそうして喜んでおくがいいさ)
一瞬、このまま不意打ちで極み化した最も危険な銃弾を食らわせてやりたい衝動に駆られたが、ヤツらに最も危険な銃弾が通じないのは、先程の大鳥竜との戦いからも明らかだ。
ならばここは情報収集。クロ子「見」に回る。
何せここまでヤツに接近したのは初めてなのだ。水母のライブラリにも、流石に天空竜の動画なんてなかったからな。
百聞は一見に如かず。私は焦る気持ちを抑えながら、慎重にヤツを観察した。
天空竜は体長約十メートル。地面から背中までの高さは大体三メートル程。
西洋風のドラゴンと馬を足して割ったような姿をしている。
尻尾は鳥のそれに似ている。おそらく飛行中に広げる事で舵の役割を果たすのだろう。
戦いの際、ココを狙えば、相手の飛行能力を奪えそうだな。覚えておこう。
皮膚の表面はワニのようなゴツゴツとした固い鱗に覆われている。
数本、矢が突き立っているが、気にもしていないようだ。
どうやら皮膚を貫けていないらしい。弓矢での討伐は期待薄だな。
鱗はあちこち尖っていて、あの体で体当たりされたら、ヤスリがけされたように削られそうだ。
実際、雄同士は雌を巡ってそうやってケンカするらしい。痛そう。
首と胴体の一部は短い毛に覆われている。内臓器官を守るためか、はたまた異性に向けてのオシャレポイントか。
頭からは鹿のような枝分かれした長い角が生えている。
前魔法科学文明全盛の頃は、あの立派な角を目当てに随分と乱獲されたらしい。
最終的には絶滅危惧種に指定される程激減していたという。
その時、絶滅してくれたら良かったのに。残念。
今は一万年の間に普通に増えているようだ。
『しかし、こうして観察すれば観察する程、天空竜の強さが浮き彫りになって来るわね。これで強力な範囲攻撃魔法まで使うんだから、どう考えてもチートだろチート』
その上、こちらの足を引っ張るハイエナ竜まで従えているのだ。
こんなの相手にどうやって戦えっていう訳? 無理ゲーにも程があるだろ。
その時、私の耳が小さな声を拾った。弱々しく、消え去りそうな、吐息のような声だ。
私は声がした方向に振り返った。
燃えている建物のすぐ近く。瓦礫の中に半分埋もれるようにして、守備隊の兵士が倒れていた。
新兵だろうか? 日本で言えば中学生から高校生くらい。そばかすの浮いた顔はまだあどけなさを残している。丁度、前世の私くらいの年齢の少年兵だ。
どうやら火の近くに倒れていた事。そして今まで意識を失っていたおかげで、ハイエナ竜達に目を付けられずに済んだらしい。
しかし、彼の幸運もここまでだった。
弱々しく手を伸ばす彼の姿を、上空を舞うハイエナ竜の一匹が目ざとく見つけた。
ハイエナ竜は新たな獲物に歓喜の声を上げると、翼を大きく広げて少年兵の下へと舞い降りた。
少年兵の顔が恐怖に強張る。しかし、重傷を負っているらしく、立ち上がって逃げる事も剣を抜いて戦う事も出来ないようだ。
私の背中でピンククラゲがフルリと震えた。
『推奨、現状維持。手出し無用』
『・・・そうね。単に死体がもう一つ増えるだけだし』
血も涙もないようだが、私は見境なく人を助ける博愛主義者でもなければ、正義を体現するようなヒーローでもない。
この場所では既に大勢の人間が死んでいる。少年兵を一人助けた所で一体何の意味があるというのだろうか。
それに彼を救うためには、ハイエナ竜を撃退しなければならない。
いくら天空竜の危機意識が鈍いとはいえ、流石に目の前で魔法を使えば、私の存在に気付くだろう。
そうなればヤツとのバトルが始まってしまう。
正面から戦ってヤツに勝てるとは到底思えない。
ならばここは何もしないのが正解だ。
小を取って大を生かす。少年兵は殺されるが、このまま天空竜の観察を続けていれば、ひょっとして何か弱点にも気が付くかもしれない。
とはいえ、見ていて気分の良い物ではない。
私は悲惨な光景から目を反らすと、天空竜に振り返った。
その時、私は再び彼の声を耳にした。
「に、兄ちゃん・・・助けて。・・・母ちゃん」
胸をやられて声もろくに出せないのだろう。少年兵の最後の言葉は、ささやくような小さな小さな、家族に助けを求める声だった。
『ああっ! もう! 私のバカバカ! EX打ち出し!』
私は舌打ちをすると魔法を発動。
極み化された魔法によって、焼け落ちていた建物の柱が唸りを上げてハイエナ竜に突き立った。
ハイエナ竜は柱に胴体を貫かれた勢いのまま吹き飛ばされ、建物の壁に貼り付けになった。
『忠告無視。及び軽率な行動』
『水母うっさい! つい手が出ちゃったものは仕方ないでしょ! そんな事よりヤツらが来るわよ!』
私が振り返ると、仲間がやられた事に気付いたハイエナ竜達が、一斉に食事を止めて私の方をジッと見ていた。
そんな物理的な圧力すら感じる視線の後ろ。
天空竜は、楽しい虐殺の宴を邪魔する小さな侵入者を、高みから不愉快そうに見下ろしていた。
次回「メス豚vs天空竜(雄)」




