その31 メス豚、大男に絡まれる
今日も私は亜人の村で食っちゃ寝生活を送っていた。
仕事しろって?
だって私は豚だし。ブヒヒッ。
いや、私も心苦しいとは思っているんですけどね。
と言っても、何か仕事を手伝おうにも私って両手が蹄だし。さすがにこれじゃ出来る事も限られるしなあ。
だったら知識チートで村人生活に何かお役立ち情報を・・・と言っても、現代農業の知識を持って転生して来たパイセンと違って、前世の私は極々平凡な女子高生だったわけでして。
そんな私の持っている知識といえば、せいぜい受験勉強で覚えた授業内容と、趣味のゲームで覚えたちょっとした雑学程度に過ぎないのだ。
こんな事になると知っていれば、死ぬ前に色々と勉強しておいたんだがなあ。
もっともそんな付け焼刃の知識が、実生活で役に立つのかどうかは知らんけどな。
このままではいかんと、パイセンの代わりに村の子供達に勉強を教えようとした事もあったんだけど・・・
これがまた見事に失敗。
誰も私の言う事を聞いてくれないんですわ。
異世界に学級崩壊が誕生した瞬間でもある。
私が授業を始めると、子供達は大興奮で勉強そっちのけになってしまった。
そりゃそうだ。私はこの村のマスコットキャラクターみたいなもんだからな。
真面目に聞く子供なんているはずないよね。
それどころか、私は荒ぶる子供達にもみくちゃにされる始末。
パイセンの彼女のモーナが間に入ってくれなければどうなっていたことやら。
「この様子だと無理そうね」
『・・・申し訳ない』
こうしてクロ子先生の授業は早々に終了してしまったのだ。
モーナはしょげ返る私に「クロ子ちゃんのせいじゃないわ。焦らずゆっくり出来る事を見つけていきましょう」と慰めてくれた。
ホンマに出来た娘さんやで。
モーナはそう言ってくれたけど、彼女の言葉に甘えずに何か出来る事を探さないとだな。
いつまでもパイセン達の厚意に甘えてばかりじゃ、同じ転生者として肩身が狭いし。
私はモーナと連れ立って村の畑に向かって歩いていた。
ちなみにパイセンは家の用事で遅れている。
天井の雨漏りの修理をしているのだ。
「夕方には降り出しそうだからな。その前に塞いじまわないと」
パイセンの家は下に二人の妹、それと両親と祖父母の計七人家族で住んでいる。
男手はパイセンとパイセンパパの二人だけだ。
お爺ちゃんもいるって? いや、さすがにお年寄りを屋根の上に登らせるわけにはいかんでしょう。
私相手にガールズトークをしていたモーナが何かに気付いて立ち止まった。
ちなみにそのての話題が苦手な私は、さっきから生返事しかしていなかったので、正直言って助かった。
お前、前世は女子高生だっただろうって? うっさいわ。女子高生がみんな女子力が高いとかありえないから。ほとんどの女子はスクールカーストの二軍か三軍だから。
いつも愛想の良いモーナにしては珍しく表情が硬い。警戒しているのだ。
私達の前にだらしなく服を着崩した三人の男達が立ちふさがっていた。
真ん中のひと際大きな男が、にやけ顔をしながらモーナに近付いて来た。
「よう、モーナ。今日は”オンブバッタ”はいないのか?」
「何グルート。ククトに用でもあったの?」
モーナはそう言ってるけど、どう見てもコイツはパイセンではなく、モーナに用があるみたいだけど?
「そんなにツンツンするなよ。可愛い顔が台無しだぜ」
「ちょっと止めて。離れて」
大男はモーナの肩を抱こうとしたが失敗、モーナは男を押しのけて後ずさった。
「チッ。お前あんなヒョロヒョロのどこがいいんだよ」
「そういう問題じゃないわ。私はあなたが嫌いなの」
おおう。モーナもハッキリ言うねえ。
でも大男は全然堪えてない様子だ。アンタちょっと鈍すぎなんじゃないの?
「俺の方があんなヤツより力だってあるし、獲物だって獲って来れる。この間俺が仕留めた熊を見ただろう。あんな獲物は滅多に獲れないんだぞ。お前のオヤジさんだってみんなの前で俺を褒めてくれたし、お前もあの時オヤジさんの横で聞いてたじゃねえか」
「それが何? 大昔じゃあるまいし、狩りだけで村の人間が全員食べていけるとでも思っているの? あなた達だってパンや野菜を毎日食べているじゃない。それを作っているのがククトや私達なのよ」
部外者の私にも、二人の言い争いを聞いているうちに、何となく事情が掴めて来た。
何というか亜人の文化の違いだな。
亜人には未だに「狩りは男の仕事。大物を獲って来る俺って偉い」的な価値観があるようだ。
とはいえ、ある程度共同体が大きくなれば、狩猟採集の移動生活から、定住しての農耕社会へ移行していくのは必然だ。それはこの世界でも変わらないだろう。
ましてやこの村の周囲には人間の国があって、亜人の生活圏は年々狭まり続けている状況かと思われる。
要は大男の価値観は古いのだ。
だがまだこの亜人村では主流な考え方には違いないのだろう。
モーナは村長の娘として、村人全員の事を考えた時、パイセンの目指している農業改革こそが村の将来のためになると判断した。
もちろん、パイセンを異性として好きというのもあるんだろう。
そんなモーナに対して、大男はウザイほど古式ゆかしい男らしさ自慢をしてくる。
そんな脳筋野郎に恋人をバッタ野郎とバカにされたのだ。
モーナが腹を立てるのも当然というものだ。
ちなみに脳筋大男の言っていたオンブバッタだが、大きなメスのバッタが小さなオスをオンブしている姿が良く見られることからその名前が付いている。
実は今でこそパイセンはモーナと釣り合っているけど、子供の頃はモーナの方が背が高かったんだそうだ。
小柄で利口なパイセンは、昔から脳筋大男に目の敵にされていたらしい。
パイセン本人は「つってもガキのやる事だからな」と、大人の態度で接していたようだが、そんな態度を取っていたから、なおのこと脳筋野郎の癇に障ったんじゃないだろうか?
そしてそんなパイセンをいつもモーナが庇っていたようだ。
あー、なるほど。
脳筋的にはアレだ。好きな女の子にちょっかい出しちゃう感じだ。
パイセンをいじめるとモーナが怒る。好きな子が自分に気持ちを向けてくれるのが嬉しくなっちゃう。全国のいじめっ子小学生男子が陥るアレだ。
まあ普通に考えたら、そんな事をしてれば女の子に嫌われるだけなんだけど、小学生男子は頭が悪いからな。
感情の抑えが効かなくて、ついつい自分の嬉しさを優先させちゃうのだ。
私がそんな事を考えている間も、モーナと脳筋大男の言い争いは続いていた。
う~ん。この大男がモーナに襲い掛かって来るようなら、私が魔法で彼女を守るつもりだったけど、この様子ならそんな心配はいらないかな。
それに足を止めて遠巻きに見守る村人なんかも出始めて、大男の取り巻きの二人は肩身が狭そうだ。
まあ狭い村だし、こりゃああっという間に噂になるだろうな。
後で恥をかく前に、そろそろ君らのボスを止めた方が良いんじゃないかね?
遂に耐え兼ねたのだろう。取り巻きの一人が大男の背中を叩いた。
「グルート。その辺でいいだろう? 人が集まって来ているぜ」
大男はジロリと仲間を睨み付けた。
とばっちりが来るのを恐れたのか、取り巻きの目が泳ぐ。
しかし意外な事に大男は「フン」と荒く鼻息をつくと、大股で立ち去ってしまった。
まあ、子供の頃ならともかく、今の大男はモーナと口論しても彼女の気持ちが自分から離れていくだけだと分かっているだろうからな。
実は口論しながらも落としどころを探っていたのかもしれない。
大男の取り巻きも慌ててボスの後を追いかけて行った。
モーナは去って行く大男達の背中を睨み付けていたが、「もうっ!」と叫ぶと近くの柱を蹴り飛ばした。
それは黒のカリスマ蝶〇正洋を彷彿とさせる見事なケンカキックであった。
だがまだモーナの腹の虫はおさまらないようだ。踏み付けるように何度も蹴りつける。
もうやめて、柱のライフはゼロよ!
女の恨みは恐ろしい。くわばらくわばら。
私は静かに彼女から距離を取った。
「あれっ? 二人共まだこんなところにいたんだ」
「あっ、ククト!」
黒のカリスマ引退のお知らせである。
パイセンの登場にモーナは思いっきり取り繕った。
そんなモーナの乙女チックなリアクションに、周囲の野次馬達から生温かい視線が惜しみなく注がれた。
「なぁに? クロ子ちゃん」
『何でもございません』
「どうしたんだ? それよりも思ったよりも早く屋根の修理が終わって良かったよ。雨が降る前に畑仕事を終わらせてしまおうぜ」
パイセンはモーナの猫っ被りに全く気が付いていないようだ。
いやいや、アンタ鈍すぎるよ。
パイセンはモーナの背中を押すように小走りで畑に向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
仲間に言われてモーナの前から去ったグルートだったが、実はまだ離れた場所からモーナの様子を窺っていた。
楽しそうに去って行く二人と一匹の姿を見せつけられて、グルートは大きく舌打ちをした。
「モーナはあんなヒョロヒョロのバッタ野郎のどこがいいんだ。土いじりしか能の無い根性無しじゃねえか」
不機嫌さを隠せないグルート。彼の怒りはククトへと向いた。
取り巻きの二人は思わず顔を見合わせた。
「けどグルート。アイツは人間の商人との伝手を持っているぜ。俺達の使っている鉄の武器だって、アイツが商人と取引して手に入れたものだ」
「俺もククトは好きじゃないが、アイツが人間の道具を手に入れたおかげで俺達の生活が良くなっているのは事実だぜ」
恋の嫉妬に狂ったグルートと違って、取り巻きの二人は、村の多くの者がそうであるようにククトの事を認めていた。
ククトが人間の商人と取引を始めた事で、村には鉄製の武器を始めとするいくつもの道具が入って来た。
それら便利な道具によって、村の生活は明らかに以前よりも向上していたのだ。
最初は懐疑的だった村人も、渋々ながら今ではククトの判断を認めている。
もしククトがいなければ、彼らは人間と取引するという発想すらなかったからだ。
いや、もし仮に取引が成立していたとしても、したたかな人間の商人にいいように騙し取られただけに終わったに違いない。
実はククトも人間と交流を持つ事に関しては、あまり望ましいとは思っていなかった。
彼は前世ではフランス人だった。
フランスは現在でも国内に大きな移民問題を抱えている。
同じ人間同士でも、民族や宗教が異なれば社会問題に発展するのだ。ましてや種族そのものが違う亜人と人間とが交わればトラブルになるのは言うまでもないだろう。
しかし彼は自分の知識を生かすために必要な品の数々を、どうしても手に入れなくてはならなかった。
近くに無い物は外から購入せざるを得ない。
ククトは勇気を振り絞って人間の商人と話を付ける事にしたのである。
グルートもククトが手に入れた鉄の武器の素晴らしさは良く分かっている。
さっきモーナに自慢していた熊だって、鉄の武器があったからこそ倒せたのだ。
しかし、鉄の武器の使い勝手が良ければ良い程、グルートのククトに対する苛立ちは、収まるどころか逆に激しくなっていくのだ。
「フン。何が人間の商人との取引だ。あのバッタ野郎に出来た事だ。俺ならもっと上手くやれるに決まってる」
それは悔し紛れに出た言葉だった。
口が滑っただけ。売り言葉に買い言葉。特に根拠があったわけではない。
しかし、自分の口から出たこの言葉が、グルートには素晴らしいアイデアであるかのように思えたのだ。




