その326 メス豚と城塞都市
「それでクロ子どうする? 町の村長――じゃなかった、代官が許さないんじゃ、村人は避難出来ないんじゃないか」
町の村長って何じゃい。じゃなくて、クロコパトラ歩兵中隊の大男、カルネの言いたい事は分かった。
ショタ坊村の村長、ガチムチの説明によると、町の代官が村人の受け入れを拒否していると言う。
その理由は、サンキーニ本家と分家の長年に渡る確執だとか何とか。
流石に戦争の時には、避難民として受け入れてくれたようだが、既に隣国ヒッテル王国との戦いも大モルト軍との戦いも終わっている。
町に避難していた者達も既に全員、元の村に戻されていているようだ。
あるいは今回、受け入れを拒否されたのは、その辺の事情もあるのかもしれない。
折角、人が減って町が静かになったのに、また俺の仕事を増やすんじゃない! みたいな。
ワンチャンありそうな理由だな。
『それでもダメ。村人の安全を考えるなら避難は必須よ』
冬を迎え、天空竜の行動範囲は日に日に広がっている。
この村の上空に姿を見せるのも、そう先の話ではないだろう。
そして生き物の命を弄んで喜ぶDQNな天空竜の事だ。
人間の村を見つければ、食べるためだけではなく、娯楽として面白半分に村人を皆殺しにしかねない。いや、ヤツなら多分、やるだろう。
水母のライブラリによると、天空竜とはそういう性質の生き物らしいからな。
「だったら、ホセ村長にまた町まで行って貰うのか? それで代官が話を聞いてくれればいいんだが」
クロコパトラ歩兵中隊の副官、ウンタが難しい顔で眉間に皺を寄せた。
そして困り顔の隊員達。
「確かにウンタの言う通りだよな。また門前払いになるかもしれない訳だし」
「でも、天空竜はクロ子が警戒するような相手だぞ。この村のヤツらだけでどうにか出来るとは思えないが」
コイツら・・・。
私は思わず呆れ返った。
隊員達は本気でこの村の人達の――つまり人間の心配をしている。彼らには亜人とか人間とか関係なく、困っている人や危険な目に遭っている人を見逃せないのだ。
『全く、どいつもこいつも、ホントにお人好しなんだから』
私はブヒっと小さくため息をついた。
ちなみに当事者のガチムチは、妙な顔で我々の方を見ている。
なんだよコラ。何か文句でもあんのかよ?
「お前達。さっきから気になっていたんだが・・・。その魔獣と話が出来るのか?」
「「「「ああ、それ?」」」」
そういえば、魔法が使えない普通の人間のガチムチには、私の言葉はブヒブヒという豚の鳴き声にしか聞こえないんだった。
隊員達は何だか微妙な表情で互いに顔を見合わせたのだった。
私達は話し合いを終えるとガチムチ邸を出た。
「じゃあ、俺達はこれからランツィの町に向かう。代官に会って村人の受け入れを認めさせるから、その間にお前達は出発準備を整えておいてくれ」
「分かった。そちらの指示通り、天空竜を見つけても家に隠れて、絶対に戦わないようにしよう。それに村人達にも、日中は極力家の中で生活するようにして、外には出ないように厳命しておく」
「ああ、そうしてくれ。家の外に出るのは、早朝か日が暮れた後。天空竜に見付からない時間にするように頼む」
天空竜が活動するのは日中。朝から夕方にかけて。
どうやら夜目が利かないらしく、夜は空を飛ばずに二匹とも巣で眠りについている。
早朝ならまだこんな所まで飛んで来てはいないし、日が落ちた後なら、既に山に戻っているだろう。
だからその時間なら外に出ても見付からない、という訳だ。
しかし、よもやショタ坊村どころか、人間達の町まで行くハメになるとはな。
まあ、ガチムチが行っても話を聞いてくれないんだから、私らが行くしかないのか。
大男のカルネが私に振り返った。
「本当にこれで良かったのか? クロ子」
『う~ん、今回は仕方がないんじゃない? 村に被害が出てからじゃ遅いし。それに町の代官に説明するにしろ、ガチムチ――村長に任せるよりも、実際に天空竜を見た事がある私達が話した方が説得力もあるでしょ』
まあ、代官にも私の言葉は通じないんだけどな。
そこはウンタに頑張って貰うという事で。
しかし、こんな事になるなら、最初からクロコパトラボディーで来ておけば良かった。
クロコパトラ姿の時には自分では動けないから、移動中に天空竜に見付かったら厄介だと思って生身で来たのだ。
『いや、喋るだけなら月影になればいいのか』
月影はクロコパトラに次ぐ、私第二のアバターだ。
設定としては、諜報部隊に所属する忍的なキャラという事になっている。
問題は月影用のマントを持って来ていない事だが・・・。そこは町で丁度いい大きさの黒い布を探せばいいか。
いや、白い布しか見つからなければ白影を、赤い布しか見つからなければ赤影を名乗るのもいいな。
となるとそっちのキャラも考えなきゃいけなくなる訳だが・・・。月影がクール系だから、白影は俺様系? あるいはくノ一という設定もアリだな。
『ふむ。ねえ水母。水母のボイスチェンジャー機能って、例のイケボ以外の別パターンもある訳?』
『多機能』
ほうほう。そいつははかどりますな。後でどんな声があるのか聞かせて貰わないと。使う声によっては、私のキャラ付けも変わって来るからな。
「おい、クロ子。俺は真面目に聞いているんだぞ」
カルネが不満顔で唸った。
いや、真面目に考えているって。ホラ、真面目な顔。
『正直な話、実は今回の件はいいきっかけでもあったのよね』
「きっかけ? 何のだ?」
『それは――おっと、ウンタ達の話が終わったみたいね。この続きは町に向かいながらね。一応、全員に言っておきたい話でもあるし』
ウンタが合流した所で話は一旦終了。我々は人間の町、ランツィに向けて出発したのであった。
てなわけで到着。
遠くに見えるのは城塞都市ランツィだ。
意外と早かったって? 身体強化した我々は、本気を出せばスプリンターばりの速度で走り続ける事が出来るからな。
その日のうちにたどり着くなんて余裕ですよ。
「ハア・・・ハア・・・く、クロ子、お、お前なあ・・・」
「キツイ・・・いや、ハイポートの苦しみに比べればこのくらい・・・」
「そ、そうとも・・・ハア・・・ハア・・・お、俺達は、あのハイポートを・・・乗り越えて来たんだ・・・」
私の背後には死屍累々の屍の山――隊員達が荒い息を吐きながら横たわっている。
あちゃあ、やっちまったか。
『鬼教官』
私の背中でピンククラゲがフルリと震えた。
いやね、ちゃうねん。あのさ、最近、どこに行くにも、何をするにも、ずっと天空竜を警戒しなきゃいけなかったじゃない?
だからね、上空を気にせずにのびのび走れる状況に、隊員達も嬉しそうにしていた訳よ。
そんな事、誰も一言も言ってなかったって? いや、そこは空気を読んだと言うか、彼らの顔を見ていたら自ずと伝わったと言うか。
だからね、ついつい、走りにも力が入ってしまったのよ。
何もかも忘れて風となり、街道を駆け抜けてしまったのよ。
これは隊員達が、みんなが、心の中で望んだ事だったのよ。
――ハイ、ウソです。
調子に乗ってしまいました。
上空を気にせずに走れるのが気持ち良かったのは、ウソ偽りの無い事実です。
ただその途中で後ろから「速すぎる」とか、「待ってくれ」とか、悲鳴が聞こえたのに無視して走り続けてしまったのも、これまた事実です。
それだけ私のテンションはアゲアゲだったとも言える。
どうやら私はこの数日、自分でも意外な程、ストレスを溜め込んでいたようだ。
つまりこれは私が悪いのではなく、私のストレスの元、天空竜が悪いのである。
『天空竜許すまじ。私は散っていった隊員達に誓おう。君達の犠牲は決して無駄にはしないと』
『悪乗り』
水母は左右に広げた触手をカクリと曲げて、やれやれというポーズを取った。
相変わらず無駄に器用なピンククラゲだな。
「ハ、ハイポートに比べればこのくらい・・・」
「ああ。ハイポートは地獄だ・・・」
「そ、そうとも。ハイポートの苦しみはこんなもんじゃなかった・・・」
おっと、死んでいた隊員達(※そんな事実はない)が、息を吹き返したようだ。
ていうか、お前らホントにハイポート大好きだな。
ハイポートとは自衛隊の新隊員が受ける訓練の一つで、小銃を身体の前で保持ながらひたすら駆け足をするものである。
さっきから何度も話に出ているハイポートは、この聞きかじりの知識を元に私がアレンジした、”なんちゃってハイポート”となる。
隊員達は、新兵訓練時に受けたこのハイポートがよっぽどトラウマになっているらしく、彼らは今回のように辛い状況になるとハイポートの名前を出し、精神の安定を図るのである。
『それだけ、厳しい訓練を乗り越えた事が彼らの自信になっている、とも言えるのか? うん。良く分からん』
『無責任』
それはそうと、街道を利用しているのは我々だけではない。
さっきから通行の邪魔になっているので、そろそろ場所を移動したいのだがどうだろう?
『といった訳で、みんな立って立って。あの木陰まで移動するわよ』
「「「「・・・う~す」」」」
私の号令で隊員達はのっそりと立ち上がると、フラフラと体を揺らしながら歩き始めたのであった。
「・・・それでクロ子。実際の所、戦力は期待出来そうなのか?」
休憩した事で少し元気が出たのだろう。副官のウンタが私に尋ねた。
『う~ん。国境近くの大きな町だし、常駐してる兵士くらいいると思うのよね。それに最近、隣国とのイザコザがあったばかりだし。多分、それなりの戦力が駐留しているんじゃない?』
そう。私がランツィの町に行くことを決めたもう一つのきっかけ。それは戦力の増強であった。
現在、クロコパトラ歩兵中隊でまともに使える人数は五十人を切っている。
この人数では天空竜二匹を相手にするにはいささか心許ない。
出来ればこの数倍。そうね。二~三百人くらいは欲しい。
かと言って、亜人村からこれ以上の戦力を捻り出すのは難しい。
だったらどうするか?
足りないなら他から持って来ればいいのだ。
具体的に言えば人間達の軍隊――この国の軍隊に手伝って貰おうと考えたのである。
『天空竜の被害が出たら困るのはこの国の人間達だって同じなんだし、状況さえ理解して貰えればきっと手を貸してくれるはず――だと思うんだけど』
問題は町の代官に天空竜の脅威が伝わるかどうかだ。だが、こればかりはやってみなければ分からない。
全ては私のプレゼン能力次第、といった所か。
ううっ、正直言って自信がないのう・・・
次回「メス豚と悪ふざけ」




