その323 メス豚、状況を整理する
我々がDQN竜こと天空竜と遭遇したあの日から、既に半月程が過ぎていた。
幸いな事に、今の所、亜人の村人達に被害は出ていない。
偵察に出た野犬達の中には、何匹か戻って来ていない者はいたが。
縄張りの中で迷子になるとも思えないし、立て続けに脱走したとも思えない。
おそらく、私の知らない所でヤツらにやられてしまったのだろう。
『魔視』
私は魔力波を放出。周囲の様子を探った。
さて、天空竜はいるかな・・・いた。
って、近っ! 思ったよりすぐ近くを飛んでたわ! ヤバ!
『マズイ! みんな、直ぐに身を隠して! 天空竜が近くにいる!』
『分かりやした。お前ら茂みの下に隠れろ!』
『『『応!』』』
ブチ犬マサさんが吼えると、額に角の生えた犬達は――黒い猟犬隊の犬達は――一斉に近くの茂みに飛び込んだ。
彼らが身をひそめたのを確認すると、私は素早くすぐ横の大きな倒木の下に潜り込んだ。
そうしてジッと息をひそめる事十数秒。梢の上を巨大な飛翔体が横切った。
長く伸びた枝分かれした角を生やした白い影。天空竜(雄)だ。
『喜、喜、喜、喜、喜、喜・・・』
クソッ。やっぱり気付かれたか。
癇に障る甲高い鳴き声が上空から降り注ぐ。
魔法を使える生物は、他者の魔法の発動も感知する事が出来る。
魔視の魔法の権威、牛トカゲ先生なら相手に気付かれないように遠くの距離から探知する事が出来るのだろうが、未熟な私だとそうはいかない。
タイミングによっては、今回のように相手に魔法の発動を察知されてしまう事もあるのだ。
天空竜は私達の上空をグルグルと旋回した。
「キュゥーン・・・」
『コマ、静かに。大丈夫。ジッとしていれば見付からないから』
私達にくっついて来たアホ毛犬コマが、情けない鳴き声を上げた。
実は天空竜はあまり目が良くない。
いや、ちゃんと遠目はきくのだが、今の我々のように動いていない獲物を見付けるのは苦手としているようなのだ。
とはいえ、別にこれは天空竜に限った事ではないか。
私だって昔、「ウォー〇ーをさがせ!【マーティン・ハンドフォード/作・絵】」で苦労した覚えがあるし。
「ウォー〇ーをさがせ!」は見開き一杯に描かれた絵の中から、ウォー〇ーという赤白の縞々服を着たメガネのキャラクターを探すというものだ。
従兄弟の典明の部屋にあった絵本で、彼が子供の頃に親に買って貰った物らしい。
子供向けの絵本とはいえ、意外とバカにならない難易度で、典明の彼女の汐乃さんと二人で頑張った記憶がある。
典明は参加しなかったのかって? 「ウォー〇ーをさがせ!」は仕様上、どうしてもリプレイ性が低くなるからな。
アイツは本の持ち主だし。どこにウォー〇ーがいるのか、大体覚えていたのだ。
仲間外れになってちょっと寂しそうにしていたよ。
『喜、喜・・・』
そんな事を思い出しているうちに、耳障りな鳴き声は次第に遠のいていった。
どうやら天空竜(雄)は諦めたようだ。
私はホッと安堵のため息をついた。
「ワンワン! ワンワン!」
『こら、コマ。まとわりつくな。黒豚の姐さん、ヤツは行ったようです』
ガサガサと茂みをかき分けて、黒い猟犬隊の犬達が現れた。
私は天空竜が去って行った方向を見つめた。
『そうね。あっちは山の麓か・・・』
天空竜の行動範囲は日に日に広がっている。
つい数日前まで、この辺で見かける事だってなかったのだ。
天空竜達が行動範囲を広げた理由は明白だ。
現在の季節は冬。標高の高い山の山頂のみならず、最近だと崖の村があるような低い場所でも雪が降るようになっている。
寒くなるとどうなるか?
そう。ヤツらが獲物として狙うような山の生き物達が、冬眠に入ってしまうのである。
獲物を失った天空竜達は、次第に行動範囲を広げていった。
この様子だと、近いうちに山の外まで飛んで行き、人間の村を襲うようになるだろう。
そんな遠くまで飛べるのかって?
天空竜の元々の生息域は大陸の南、標高六千メートルを超える最高峰の山頂近くである。
彼らはそこから山の下に広がるジャングルまで、獲物を探しに飛ぶという。
そんな天空竜にとっては、このメラサニ山から人間の村まで飛ぶなど、マンションの十階の住人が近所のコンビニまでアイスを買いに行く程度の感覚に違いない。
『崖の村もヤツらの縄張りに入ってるみたいだし、犠牲者が出る前に早くなんとかしなければいけないわね』
つい先日、崖の村こと新亜人村の上空に天空竜は姿を現した。
私はその時、たまたま村にいなかった。
幸い、村人達は全員水母の施設に避難済みなので人の被害はなかったが、わざわざ降りて来て暴れたせいで畑の柵や家の一部が壊れてしまった。
ヤツめ、ガチでDQN竜に改名するべきなんじゃないか?
勿論、我々だって、今日まで黙ってジッと手をこまねいていた訳じゃない。
私を筆頭に、クロコパトラ歩兵中隊の隊員達、黒い猟犬隊の犬達、群れの野犬達、全員が総出でヤツらの巣や、良く使う水場を――つまりは、ヤツらが隙を見せる場所を――探り続けていたのである。
『じゃあ行くわよ。相手にも察知されるから、ここからは探知の魔法は使えない。上空には注意しておいてね』
『『『『応!』』』』
「ワン!」
そうして見付かった場所が、今、我々が向かっている先にある。
そう。天空竜達の巣である。
私は切り立った崖を見上げた。
『マジかよ・・・。こんな場所に巣を作ってたなんて』
崖の高さは数百メートルはあるんじゃないだろうか?
ここからだとほとんど垂直に見える。見上げていると、首が痛くなりそうだ。
岩肌は固く凍り付き、道具を使わずに登る事は不可能だろう。
『それで天空竜の巣は・・・ああ、アレか』
白く凍り付いた崖の途中に、ポツンと黒い箇所がある。
洞窟――ないしは窪み? だ。
おそらくあの穴の奥に天空竜の巣があるのだろう。
てか、見つけたのはマサさん達だっけ? 良くこんなのに気付いたな。
マサさんが嬉しそうに尻尾を振った。
『それで黒豚の姐さん。どうしやすか?』
『どうって・・・あんなのどうすりゃいいのよ』
まあ待て。一旦状況を整理しようか。
まず、あの場所まで登るだけで一苦労だ。
この時点で人数や装備に厳しい制限がかかってしまうだろう。
更には登っている最中に、天空竜に見付からないようにしなければならない。
もし見付かってしまえば、自由に動けない崖の上でなすすべなく蹂躙されてしまうだろう。
仮に上手くあの場所までたどり着けたとしても、そこからがまた問題だ。
ロクに人数も入れない狭い洞窟の中で、二匹の強力な天空竜と戦わなければならない。
『つまりは少数精鋭で。敵に見付からないように。極寒の中、垂直な崖をヒイコラ登って。疲労困憊の状態で二匹の天空竜とバトルする――と。
しかも、崖の登り降り、そして防寒対策も考えると、武装は最低限の軽装に限られる訳ね。
いや、何その無理ゲー。どう考えてもこっちにクリアさせる気ないじゃん。バランス調整バグってるじゃん』
文句を言っても、運営には届かない。
現実はクソゲーだ。
う~む。私の魔法でどうにかならんものだろうか?
最大打撃で岩の塊をぶつけるのはどうだ?
いや、最大打撃で可能なのは、物を持ち上げて動かすだけ。投石機のように岩を打ち出す事は出来ない。
巣が崖の上に作られているなら上から岩を落とす事が出来るが、洞窟の中には攻撃出来ないだろう。
メラサニ村にある投石機を運んで来れればいいのだが、流石に距離があり過ぎる。現実的なアイデアじゃないな。
だったら、最大打撃で浮かした岩で洞窟の入り口を埋めてしまうのはどうだろうか?
上手く行けば閉じ込められる可能性も――いや、ダメだな。そんな事をしている間に、天空竜が出て来てバトルになってしまうだろう。
天空竜は魔視の魔法は使えないが、普通に魔法の発動は感じ取る事が出来る。
黙って待っているとは思えない。
そしてクロコパトラ歩兵中隊の隊員達で、現在、まともに戦えるのは五十人程。
この人数じゃとてもじゃないが勝負にならない。
そもそも、正面から戦っても勝ち目があるなら、最初から巣の場所なんて探さずに、適当な場所におびきだして戦っている。
それじゃ勝てないから、こうして相手の弱点を探っているのだ。
『う~ん。やっぱどう考えても戦力が足りないわ。こっちに最低でも今の倍以上の戦力があれば、どうにか出来ない事もないと思うんだけど・・・』
強力な天空竜とはいえ、所詮は獣。人間様の生み出した兵器と私の強力な魔法があれば何とか戦える・・・と思う。
要はこちらに有利な状況に持ち込む事さえ出来ればいいのだが・・・
『――ここでこれ以上考えていても仕方がないわね。天空竜が戻って来る前に撤退しましょうか』
『・・・分かりやした』
「ワンワン!」
マサさんの尻尾が力なく垂れた。
どうやらせっかく敵の巣を見つけて来たのに、戦わない事にガッカリしたようだ。
いや、最初から今日は偵察だけだって言ったよね。てか、あんなところにある巣にどうやって登ると思った訳?
私なら何とかすると思っていた? いや、信頼してくれるのはいいけど、私にだって出来る事と出来ない事があるから。
勿論、いつかはヤツと雌雄を決するつもりでいる。それは間違いない。けど、今じゃないから。勝てる算段が付いてから戦うから。
私はマサさん達、黒い猟犬隊の犬達を連れて、天空竜の巣のある崖を後にしたのだった。
我々が崖の村こと新亜人村に戻って来ると、村の入り口で数名の男達が何やら話し合っていた。
全員、額に角のある亜人達――クロコパトラ歩兵中隊の隊員達である。
『そんな所でどうしたの? 天空竜がウロウロしているんだから、隠れてないとダメじゃない』
「あっ、クロ子。丁度良かった。捜しに行こうかどうしようか相談していた所だったんだよ」
隊員の一人、頭にピンク色の塊を乗せた青年が私に振り返った。
第七分隊の隊長、村の職人見習いのハッシである。
ハッシの頭からピンク色の塊がフワリと浮かぶと、私の背中にべショリと着地した。
『任務完了』
『お帰り、水母』
ピンククラゲはどこか満足そうにフルリと震えた。
『それでハッシ。ショタ――ゴホン。人間の村の方はどうだった?』
ハッシ達に任せていたのは、ショタ坊村の偵察。
天空竜がどこまで行動範囲を広げているか――具体的には、人間の村を襲っていないかの確認だった。
とはいえ、既に村の人間達は町に避難しているので、建物が壊されていたとか、そういう被害に限られるんだけど。
水母には念のため、ハッシ達の護衛を任せていたのだ。
「そう。その事なんだ。人間達はまだ村にいたんだ。誰も避難していなかったんだよ」
なん、だと?
次回「メス豚、ガチムチに詰め寄る」




