その321 メス豚、戦いに備える
今回で第九章が終了します。
ここで少々説明をしよう。
ご存じの通り、この国の南にはメラサニ山脈を挟んでアマディ・ロスディオ法王国が存在している。
法王国は、今でこそ大陸の三大国家に数えられるようになっているが、元々はロスディオ王国という割と小さな国だったそうだ。(※大モルト軍のちょび髭こと、ガルメリーノ・ガナビーナ談)
そんな小国がアマナ教を国教と定め、宗教国家となってからはさあ大変。
次々と周辺の国々を併呑して行き、瞬く間に三大国家の一角へとのし上がったのであった。ホンマ、宗教は怖いで。
アマディ・ロスディオ法王国は、そんな成立過程を経て来た事もあり、極端な膨張主義政策を取っている。
無論、問題がないという訳ではない。というか、むしろ問題だらけだ。
国が大きくなった、強国になった、と言えば聞こえはいいが、実情は激しい貧富の差に汚職の蔓延、治安の悪化に経済の停滞等で国内がガタガタなのを、どんどんと他国を侵略、吸収する事で誤魔化し続けて来たのである。
つまりは自転車操業。問題の先送りだな。
今まではどうにかそれで国が回っていたが、近年遂に困った事が起きた。周辺に侵略に手頃な国が無くなってしまったのである。
東はとっくに海まで達している。当然、これ以上先には進めない。
北は険しいメラサニ山脈に邪魔されて手が出せそうにない。
仕方なく彼らは、西へと目を向ける事にした。
こうして法王国は三大国家の一国、大モルトへと侵略の魔の手を伸ばしたのである。
とはいえ、今の所全然上手くいっていないようだ。(※重ねて言うが、大モルト軍のちょび髭・談)
そりゃまあ、今回ばかりは相手が相手だし、仕方がないわな。
さて。ここまで聞けば疑問に思う人もいるのではないだろうか?
東はナシ、北はダメ、西も難しいのなら、南に向かえばいいんじゃね? と。
実は法王国の南には、人の手による開発を拒み続けて来た熱帯性のジャングルが広がっているのである。
厳しい自然環境。植生の違いに狂暴な肉食獣。致死性の風土病。
これら数多くの難題を乗り越えた先には、しかし、更なる問題が待ち構えていた。
ジャングルの奥地にドデンとそびえ立つ大きな山。
その名もニーヴェン・ブジ山。
このニーヴェン・ブジ山、形といい、活火山である点といい、日本の誇る霊峰、富士山に似ているという。
今日からお前は富士山だ! こっちは標高六千メートルを超えるらしいけどな!
そのマウント・フジことニーヴェン・ブジ山には、厄介な生物が生息していた。
空を飛び、大きく強靭な体を持ち、獲物をなぶり殺しにして喜ぶという悪癖を持つ生き物。
そう。天空竜である。
ジャングルは天空竜の餌場になっていたのだ。
さしもの法王国といえど、苦労してジャングルを切り開いた先で天空竜と縄張り争いをする程の力はない。
逆に言えば、天空竜は法王庁という凶信者共の総本山を退ける程、タチの悪い生き物という事である。
もっとも、私から言わせればどっちもどっち。むしろ争って双方共倒れで消えてくれた方が、この世界が平和になるってもんだ。
さて。天空竜はジャングルに住む大型動物を餌としている。
ついでに小型動物も暇つぶし感覚で殺すようだ。最悪だな。
そんな天空竜が、なんで富士山ことニーヴェン・ブジ山に住んでいるのかと言えば、それが彼らの習性だからである。
天空竜の社会では高い所に巣を作っているヤツ程偉いのだ。
あれ? ヤツらの餌場はジャングルなんだろ? だったら高い所に住んでいても、生活に不便なだけじゃね? そんなご意見もあるだろう。
・・・君のような勘のいいガキは嫌いだよ。
さっきも言ったが、天空竜的には、高い所に住むのがステータス。オスのアピールポイントなのだ。メスの方も、「まあ、あの人、あんな高い所に住んでるのね。ステキ(はーと)」となるのである。だから仕方がないのだ。
アレだよアレ。孔雀のオスが生活には何のプラスにもならない派手な羽根をしているのも、鹿のオスに草を食べるのにはなんの関係もない大きな角が生えているのも、「その方が異性にモテる」からで、「その方が自分の遺伝子を残せる」からだ。
不便とか便利とか、意味のあるなしじゃない。それが自然というものなのである。理屈で考えるな。分かれ。
てなわけで、誰よりも高い場所の住居を愛するDQN竜達は、界隈で一番標高の高いニーヴェン・ブジ山に住みついているのだった。
お前らがそれでいいなら、私は別にいいけどな。
さて。そんなニーヴェン・ブジ山からつい最近、一組の天空竜のつがいが、遥か北、新天地へと住処を移した。
群れから追い出されたのか、単なる気まぐれか、旦那か嫁がわがままを言ったのか、その理由は分からない。
しかし、彼らの訪れた先には先客がいた。
それが私達、メス豚クロ子と亜人の村人達だ。
私らとしては、人間を餌としてしか見ないようなご近所さんは、当然、ゴメン被る。
話し合いが通じるような相手じゃない。そもそも、会話が成立するならDQNじゃない。
相手が出て行かないなら、残された手段は実力行使のみ。
そう。殺し合いだ。
ここに我々対DQN竜夫婦。
亜人の村の生存をかけた戦争の幕が切って落とされたのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇
崖の村こと亜人の村では、村人総出で引っ越しに追われていた。
「次はこっちの荷物を頼むわね。小物は全部この箱に入れてあるから」
「誰か手を貸してくれ! 窓からベッドを出すのに人手が足りないんだ!」
「おおい、誰かこの子の親を見ていないか?!」
「お母さーん! お母さんはどこ?!」
クロ子達が見つけたつがいの天空竜。
彼らはメラサニ山の山頂を、子育てのための住処に決めたらしい。
クロ子とクロコパトラ歩兵中隊の隊員達は、天空竜と戦う事にした。
というよりも、人間を餌として捕食するような生き物とは、到底、共存出来ない。
今後もこの地で安全に生活するためにも、彼らの決断は当然のものと言えた。
しかし、人間達には知られていないこの崖の村も、空の上からでは容易に発見されてしまうだろう。
自分達が戦いに出ている間に、後方の無防備な村を襲われては元も子もない。
クロ子は村長代理のモーナと相談の上、この戦いが終わるまで、村人全員を水母の地下施設に避難させる事を決めたのだった。
小さな女の子が、元気よく家の中に駆け込んだ。
「お姉ちゃん、お母さんが物置の中に必要な物がないか見ておきなさいって」
「そう。この荷造りが終わったら行くわ。リッツ、あんたも手伝って」
「うん」
家の中で小物をまとめていたのは、十代後半の若い少女。プルナである。
「無事に村に戻れたと思ったら、次は山に住みついた危険な竜って・・・。クロ子達も少しは私達に落ち着いた生活を送らせて欲しいものだわ」
プルナはつい先日、旧亜人村ことメラサニ村に現れた法王国の傭兵団、ヤマネコ団の偵察員にさらわれた。
ようやく無事に戻れて、ホッと一安心・・・と思っていた所に今回の騒ぎである。
ヤマネコ団も天空竜も、別にクロ子が呼んで来たという訳ではない。それはプルナも分かっている。
しかし、こうも立て続けに物騒な事件が続くと、ついつい誰かに不満をぶつけたくもなるというものである。
姉のぼやきに妹のリッツはプンスと頬を膨らませた。
「もうっ! そんな風にクロ子の事を悪く言っちゃダメ! クロ子はお姉ちゃんを悪い人間達から助けてくれた恩人なんだからね!」
「ごめんごめん。分かってるって」
別に口先だけの言い訳ではなく、プルナは本気でクロ子達に感謝していた。
今でもあの日の事が夢に出て、恐怖で夜中に目を覚ましてしまう事がある。
こうして勝手な事が言えるのも、クロ子達が自分を見捨てず、助けに来てくれたからである。
プルナだってそんな事は百も承知だ。
ただ、生来の気の強さが邪魔をして、感謝の気持ちを素直に出すのが照れ臭い。そういう損な性格をしているだけなのである。
クロ子なら一言、「ツンデレね」とでも言った事だろう。
「あっ! クロ子だ!」
開け放たれたドアの外。黒い子豚がトコトコと歩いていくのが見えた。
そんなクロ子を村の若い男が呼び止めた。額には小さな角が生えている。
クロ子を隊長とする村の男衆、クロコパトラ歩兵中隊の隊員だ。
『なに? ハッシ』
「なあクロ子。俺達、村の人間はスイボの施設に避難するから大丈夫だけど、麓の村の人間達には知らせなくてもいいのか? 天空竜は相当な距離を飛ぶっていうじゃないか。あの村が襲われたら、俺達も困った事にならないか?」
クロ子にハッシと呼ばれた青年――第八分隊分隊長で、職人の見習いハッシの指摘に、クロ子は『確かに』と考え込んだ。
『そうね。こっちの避難がひと段落着いたら、ショタ坊村――ええと、グジ村だっけ? にも知らせに行くわ。隊員数名と黒い猟犬隊の犬達が五~六匹。そのくらいなら、天空竜が出て来ても逃げ切る事は出来るでしょ』
「あっ! だったら、そのメンバーには俺も入れてくれないか?! 鍛冶屋が改良した魔法銃が気になって仕方がなかったんだ!」
『ハッシ、あんたね・・・。さてはそれが目的だったのね』
クロ子は呆れ顔になりつつも、『逃げ遅れたらどうなっても知らないからね』と彼の同行を許可した。
「やったぜ! クロ子、サンキューな!」
『いいから。それよりアンタは投石機の改造を急いで頂戴』
「分かってるって!」
「ワンワン! ワンワン!」
ハッシが上機嫌で去って行くと、次はアホ毛犬コマとブチ犬マサさんがクロ子に駆け寄った。
『って、コラ! コマ! お前はいつもいつも、私のお尻の匂いを嗅ぐんじゃない! 自在鞭!』
「キャイン!」
クロ子の魔法で近くの水瓶から水のロープが伸びると、コマのお尻をピシャリと叩いた。
『コマ、報告は遊びじゃないんだぞ。黒豚の姐さん。縄張りは異常なしです』
『マサさん、ご苦労様。天空竜は犬も狙うかもしれないから、偵察もいつもより注意して行ってね』
『分かってます。黒い猟犬隊とこのマササンにお任せ下さい』
『いや、だからマサさんの名前はマサであって、マササンが名前って訳じゃないって・・・まあいいわ』
クロ子は諦め顔でため息をついた。
クロ子がコマとマサさんを連れて歩き出すと、今度は村の女性が声を掛けた。
そんなクロ子の姿に、リッツは「ほへ~」と感心の声を漏らした。
「クロ子忙しそう。・・・私のコスメ、貰いたかったけど、邪魔したら悪いよね」
プルナは残念そうな妹を見て、ふと数日前の事を思い出した。
(化粧品――か。そういえば私が人間達にさらわれる事になったきっかけも、クロ子にリッツの化粧品を貰うために、前の村に向かったせいだったわね)
――お前が、可愛いかったから。――
その時、不意にプルナの脳裏にあの時の少年の言葉が蘇った。
あの恐ろしかった誘拐事件の中で、心穏やかに思い出せる唯一の出来事。唯一の例外。
縛られていたロープを切り、彼女を逃がしてくれた、名も知らない少し年下の少年の姿。
あの時、少年は夜目にも顔を真っ赤にしながら、彼女の事を「可愛い」と言った。
(あの男の子、あれからどうなったんだろう。クロ子達は、人間達は全員殺したって言ってたけど・・・)
確かにあの場には人間達の死体が転がっていた。プルナも実際にそれを見ている。
しかし、全員の死体をちゃんと見た訳ではないが、あの中に少年の死体はなかったように思う。
(案外、上手く逃げ延びていたりして)
言葉もろくに交わしていないが、中々にしたたかそうな少年だった。
あの抜け目のなさそうな少年なら、案外、あの場から上手く逃げ出して、今もどこかで生きているかもしれない。
(ひょっとしたら、いつか何かの機会で会う事があるかも)
あの人間達は傭兵団だという話だ。傭兵なら、次は自分達側に――味方として出会う事があるかもしれない。
その時、あの少年はどんな顔をして私達に話しかけて来るんだろう。
プルナは脳裏に、少年がバツの悪そうな顔をしながら、自分達に謝る姿を思い描いた。
その光景に彼女は小さな笑みを浮かべた。
その時、妹のリッツが何かに気付いて「あっ!」と声を上げた。
「お姉ちゃん! 私、お母さんの所に行ってるね!」
「ちょっとリッツ、あんた急にどうしたのよ――あっ」
「おっと、スマン、忙しかったか?」
妹が飛び出したドアから顔を覗かせたのは、小柄な村の青年。
クロコパトラ歩兵中隊の副団長、ウンタだった。
「クロ子を捜していたら近くまで来たんで、様子を見に寄ったんだが・・・忙しいようなら後にするよ」
「別に。ていうか、今、村で忙しくしてない人なんていないでしょ」
「それもそうだな」
ウンタは困り顔で苦笑した。
何となく会話が途切れ、二人の間に沈黙が流れる。
この微妙な空気を壊したのは、家の窓から顔を覗かせた妹のリッツだった。
「お母さんがね! ウンタは少し前までいつも自信がなさそうな顔をしてたけど、クロ子の何とか隊に入ってからは、随分と頼もしくなったって褒めてたよ! 良かったね、お姉ちゃん!」
「リッツ! 何でウンタがお母さんに褒められたら私が喜ぶ事になるのよ!」
「自信がなさそうな顔って・・・。俺はそんな風に見られていたのか」
ウンタは村の女性の忌憚ない意見に、少し落ち込んでいるようだ。
そしてプルナは、妹に怒鳴りながらも、なぜか頬が熱く火照って仕方がなかった。
リッツは、嬉しそうにキャアキャア騒ぎながら、母親の所に走って行ったのだった。
クロ子達の前に新たな敵が現れた所ですが、ここで『第九章 傭兵軍団編』は終了となります。
次の章は他の小説を切りの良い所まで書き上げ次第、取り掛かる予定なので、気長にお待ち頂ければ幸いです。(その間に私の他の小説を読んで頂ければ嬉しいです)
まだ、ブックマークと評価をされていない方がいらっしゃいましたら、是非、よろしくお願いします。
それと、作品感想もあれば今後の執筆の励みになります。「面白かった」の一言で良いので、こちらも出来ればよろしくお願いします。
いつも『私はメス豚に転生しました』を読んで頂きありがとうございます。




