その312 メス豚、仲間と合流する
勢い余って敵陣を突っ切った私は、手近な木に駆け上ると周囲を見回した。
クロコパトラ歩兵中隊の隊員達は、黒い猟犬隊の犬達と一緒に、人間の兵士? 傭兵? そういった感じの武装集団と戦っている。
よし。大体の状況は分かった。
てな訳で、先ずはあいさつ代わりの魔法を一発ぶち込む事にしようか。
『最も危険な銃弾乱れ撃ち!』
パパパパーン!
月明かりの戦場に破裂音が連続して響き渡る。
突然の攻撃に、周囲の敵味方が一気に騒然となった。
「ギャアアアア! 腹が! 俺の腹が弾けた!」
「な、なんだ?! 何が起きた?! 亜人共の攻撃か?! 一体どいつがやった?!」
「今の音! クロ子の魔法だ!」
「クロ子が来たのか?!」
人間達は混乱しながら、クロカンの隊員達は興奮気味に辺りを見回している。
そうそう、オレだよ、オレオレ、クロ子だよ。って、オレオレ詐欺かっちゅーねん。
私は木の上から飛び降りると、隊員達の背後に着地した。
『みんなお待たせ』
「クロ子!」
『おっと、近付かないで。EX成造・水』
「へっ? 一体何――ぶはっ! つ、冷たっ!」
極み化された成造の魔法によって、周囲から集められた水が雨粒のように私達の頭上から降り注いだ。
ずぶ濡れになったワ・タ・シ。
魔法の発動に巻き込まれた隊員が、抗議の声を上げる。
「おいクロ子! いきなり何をするんだ!」
いや、だから近付くなって言ったじゃん。
私は『とうっ!』水に濡れた地面に飛び込むと、ゴロゴロと転がり回った。
ひゃっほうーっ! 泥んこあそびじゃーい!
真面目にやれって? いやいや、私は真面目にやってるから。真面目に泥あびをしてるから。
豚は人間と違って皮膚に汗をかくという機能が備わっていない。
だから豚はこうして泥あびをする事で、上がってしまった体温を下げるのである。
いくら身体強化の魔法を使ったとはいえ、ここまでかなり飛ばして来たからな。
体にこもった熱で熱中症になりそうだったのである。
てな訳で、うひょーっ! きんもちいいーっ! 冷たい泥んこサイコー!
「クロ子! 来てくれたか!」
この騒ぎを聞きつけ、クロカンの隊員達が続々と集まって来た。
「おい、クロ子! 聞いているのか?!」
『ああ、はいはい。ちゃんと聞こえてるから』
私は背中を泥に押し付けながら返事をした。
おっと、背中と言えば水母はどこに行ったのかな?
さっきまで私の背中に乗っていたはずなのだが。・・・って、いたいた。泥の中に丸い塊がポッカリ浮かんでいる。
ピンククラゲ改め、泥だんごクラゲになった前魔法科学文明の対人インターフェイスは、怒りにフルフルと震えていた。
『釈明の意志を問う』
『ええと、てへぺろ』
そんなに怒っちゃイヤン。
私は可愛くブヒッと舌を出した。
『『『ボス! ボス!』』』
ここで野犬の群れが突撃して来た。
額から黒い角を生やした犬達、黒い猟犬隊の犬達だ。
私と水母は怒涛の勢いで詰めかけた彼らによって揉みくしゃにされた。
『ちょ、お前ら! 止めろうっとおしい! てか、暑いんだよ! お前らみんな体温高すぎ!』
さっきまで全力で戦場を駆け回っていた犬達は、異様に体温が高かった。
犬も豚と一緒で汗をかかないからな。
そんな体温高めの犬集団に揉みくしゃにされた事で、せっかく泥遊びで下がった体温も元通りって・・・お前らいい加減にしろ!
『ええい、暑苦しいわ! EX成造・水』
「「「キャイン、キャイン!」」」
極み魔法再び。
頭から水を浴びて全身濡れネズミになった犬達は、慌てて私のそばから離れて行った。
彼らはあちこちでブルブルと体を震わせては、クロカンの隊員達から「よせ! 冷たい!」「あっちに行け!」などと怒鳴られている。
『う~ん。なんか大騒ぎやな』
『・・・諦観』
水母はすっかり不貞腐れて、泥の中でフルリと震えた。
『みんな報告をお願い。なんで人間と戦ってるの? アイツら何? どこの軍隊なわけ?』
『クロ子、お前な・・・まあいいや。戦いになったのはヤツらがプルナをさらった人間達と合流したからだ。ウンタがヤツらと戦う事を決めたんだよ』
隊員達は私の切り替えの早さに若干呆れつつも、手短に事情を説明してくれた。
敵集団の国籍、及び所属は不明。人数は五十人程。相手の会話の内容から、ヤマネコ団とか言うらしい。ふむ。むさくるしい見た目にかかわらず、意外と可愛い名前なんだな。どうやら正規の軍隊ではないっぽい。こちらを奴隷、奴隷と呼んでいる事から、目的は亜人を捕まえて奴隷として売り飛ばそうとしているのではないか? とのこと。
なる程分かった。
本当に分かっているのかって?
つまりは敵と考えてオッケーという事だろ。ホラ、分かってる。
ちなみに話の最中、さっき私に駆け寄ってずぶ濡れになった隊員は、唇を紫色にしてブルブルと震えていた。
夜の冬山だからな。濡れた服が寒いんだろう。
なんかすまん。
『そういやウンタは? それと黒い猟犬隊。リーダーのマサさんは?』
黒い猟犬隊の犬達は、私をボス、マサさんをリーダーと呼び分けているらしい。
姐さん呼びもどうかと思うが、ボスと呼ばれるのもなんだかなぁ。それだとマフィアとか悪の組織の首領っぽくない?
強面のクロカン隊員が私の質問に答えてくれた。
「ウンタならついさっきマササンに呼ばれて、ここを俺にまかせてどこかに行ったぞ」
ええと、この怖い顔は確か第二分隊の分隊長のトトノだっけ? そういえば第一分隊の大男、カルネもいないな。
『カルネは?』
「あいつは敵の大男と一騎打ちをするって言って、どこかに行ってしまったな」
なんだそりゃ。
なんでもカルネは敵部隊の大男と戦っているうちに、お互いを好敵手と認め合う仲になったらしい。
二人は「邪魔が入らない場所でトコトン戦おう」という話で合意。仲間達の制止を振り切ってどこかに歩いて行ってしまったそうだ。
なんだその頭の悪い展開。
『はあ~、向こうにもカルネクラスの脳筋がいたって訳ね』
「まあ、そういう事になるな。ちなみに相手はカルネより頭一つデカイ大男だったぞ」
余計な追加情報をありがとう。
さて、そろそろ相手も混乱から立ち直ったようだ。
あれはサーベルか? 湾曲した片刃の剣を両手に一本ずつ持った男が、敵集団の中から出て来るとこちらに怒鳴った。
「テメエらナメたマネしてくれやがって! 何をやったか分からねえが、さすがに俺も我慢の限界だぜ! ここからは全力で潰しにかかるから覚悟しやがれ! おう、グラナダ、フォルダ、マンツォ! 出て来いや!」
出て来いや、という声に応じて三人の男達が出て来た。
察するところ、彼らがグラ・・・何とかや、何とかマッチョなんだろう。
『マッチョ否定。グラナダ、フォルダ、マンツォ』
『そう、それな。そのグラナダとかマッチョとかそういうヤツら』
「や、ヤツらは・・・」
三人――二刀流男を入れて四人か? を知っているのか、クロカンの隊員達の表情がこわばった。
「クロ子、気を付けろ。あいつらは強いぞ」
「ああ。特に槍のヤツにはコンラがやられている」
「帽子のヤツもだ。オウルとラクンがやられた」
ふむ。どうやらヤツらにはクロカンの隊員達も、相当痛い目に遭っているようである。
察するところ敵側の主力、四天王といった所か。
四天王で一番のザコ(かどうかは知らないけど)、二刀流男は凄みのある笑みを浮かべた。
「亜人程度の頭でも、俺達には敵わねえって事くらいは分かるようだな。どうする? 四つん這いになって命乞いをすれば、命だけは助けてやってもいいぜ? それとも俺達に歯向かって八つ裂きにされたいか?」
二刀流男の言葉に、人間達の間から「へへへ」「ヒヒヒ」とこちらをあざける笑い声が上がった。
おおう。何という絵に描いたようなチンピラムーブ。
転生前の女子高生だった頃なら、ビビっておしっこをチビっていたかもしれない。
しかし、今生の私はこの半年で何度も死線をかいくぐっている。
そんなチンケな脅しじゃ、退屈過ぎて欠伸が出るってもんだ。
「ク、クロ子・・・」
『みんなは下がって。ここは私一人で行くわ』
クロカンの隊員達は、余程四天王に酷い目に遭わされたのだろう。
完全にヤツらに呑まれて委縮している。
ここは私の力でこの悪い流れを断ち切らねば。
「し、しかし・・・」
『いいって、いいって。それに一人とは言っても、水母には付いて来て貰うしね』
『既知の事実』
すっかり泥団子クラゲになった水母がフワリと浮かび上がると、ペショリ。湿った音を立てて私の背中に張り付いた。
『『『ボス! ボス!』』』
『いや、私と水母で行くって言ったでしょ。なんであんた達が一緒に来るのよ』
そしてイマイチ空気が読めていない黒い猟犬隊の犬達が、「ワンワン」「キャンキャン」と嬉しそうに尻尾を振りながらついて来た。
『いいから、ホラ。みんなは元の場所に戻って頂戴。あんた達にはまた後で働いてもらうから』
『『『応!』』』
いや、返事だけはいいんだよな、返事だけは。
さてと・・・。
「なんだ? 犬の群れの中から一匹・・・あれは豚か? 何でこんな所に豚が?」
「・・・・・・(黙って首をかしげている)」
「んん? あの豚。頭に角が生えていないか?」
「確かに。何なんだあの豚は?」
おうおう、四天王が私の姿に戸惑っておるわい。
てか、人の事を豚豚と失礼なヤツらだな。まあ、実際に私は豚なんだが。
『さあ、ショータイムだ』
ショーのお代はお前達の命。
亜人を奴隷としてさらいに来たお前達には、たっぷりと地獄を見て貰うとしようか。
次回「メス豚と四天王の戦い、始まる」




