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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第九章 傭兵軍団編
312/518

その309 ~クロカンvsヤマネコ団~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 薄暮のメラサニ山の森の中、クロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)対、法王国の傭兵団、ヤマネコ団との戦いの幕が切って落とされた。

 人数比はほぼ一対一。数の上では互角と言ってもいいだろう。

 ただし、個々人の戦闘力、そして戦い慣れという点では、圧倒的にヤマネコ団の方に軍配が上がる。

 だが、ヤマネコ団の団員達はもう一週間以上も冬の山野での厳しい野営を続けている。そのため、肉体的にも精神的にも疲労が蓄積されていると想像される。

 そういったコンディション的な意味も含めて、地の利はクロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)側にあると考えていいだろう。

 しかし、クロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の方も決して万全とは言えない。

 それはクロ子の不在だ。

 強力な魔法を操る桁外れの戦闘力保有者であり、カリスマ的なリーダーシップを誇るクロ子を欠く今、亜人達は――部隊を任されたウンタは、戦闘のプロを相手に勝算はあるのだろうか?




「「「「うおおおおおおおっ!」」」」


 木々を揺るがす雄叫びと共に、亜人の男達が――クロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の隊員達が――殺到した。


 ガキーン! ガキーン!


 あちこちで鋼と鋼を打ち合わせる音とともに、激しく火花が飛び散る。


「なにっ?! コイツら、いっぱしの武器を持ってやがるぞ! 山ン中に住んでいるただの野人じゃなかったのかよ!」


 亜人達の武器の質はヤマネコ団の男達を驚かせた。

 彼らが使っている武器は、山野に隠れ住む野人が使っている物とは思えない――まるで騎士団が使っているような質の良い鋼鉄で出来ていた。

 それもそのはず。これらの武器は、元をただせば、王都騎士団団長バリアノ・バローネが着服していた王都騎士団の正規品を、とある一件で寄せ場の元締めドン・バルトナが手に入れ、それを亜人の女王クロコパトラに献上した物である。

 つまり、騎士団が使っているような(・・・)、ではなく、実際にこの国の王都騎士団が使っている武器と、完全に同じ物なのである。


「武器だけじゃねえぞ! コ、コイツら意外と手強い――ぐあっ!」


 傭兵の一人がクロカンの隊員に切られて悲鳴を上げた。

 致命傷とまではいかないが、そこそこの深手のようだ。

 男は剣を取り落とすと、負傷箇所を押さえてうずくまった。


「今だ! 止めを刺せ!」

「させるかい!」


 クロカンの隊員達はここぞとばかりに男に切りかかったが、夜目にも鮮やかな朱色の槍が伸びると、クロカンの隊員と仲間の間に割って入った。

 ガキン!

 甲高い音がして、男の槍がクロカンの隊員の剣を受け止める。


「ヒッ! す、すまねえマンツォ。た、助かったぜ」

「いいから下がってろ。みんな良く聞け! お前ら相手を亜人だと侮り過ぎだ! 良く見て戦え! 敵は二人一組で戦っているぞ!」 

「「「「!!」」」」


 マンツォと呼ばれた朱槍の傭兵の言葉に、クロカンの隊員達はサッと表情を硬くした。

 図星を突かれたのだ。

 傷らだけの大柄な亜人が、慌てて隣の亜人に振り返った。


「おい、ウンタ」

「動揺を見せるな、カルネ。戦っていればどうせいつかはバレる事だ」

「お、おう。そ、そうだな」


 ウンタは――クロカンの副隊長ウンタは、眉間にしわを寄せると、分隊長のカルネを睨み付けた。


 歴戦の傭兵達を驚かせたもう一つの理由。それはクロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の隊員達の思わぬ強さにあった。

 正直、彼らは亜人達を侮っていた。

 所詮は村人。しかも亜人と言えば、文明も知らない原始人に過ぎない。

 そう高を括っていた傭兵達は、思わぬ敵の強さに浮足立ってしまった。

 しかし冷静に見れば、ヤマネコ団の傭兵、一人一人の強さは、クロカンの隊員、一人一人の強さに決して劣っていない。

 それもそのはず。クロカンの隊員達は、半年程前までは、せいぜいケンカくらいしかした事のないただの村の男衆だったのだ。

 そんな彼らが殺し合いの場で歴戦の傭兵達に敵うはずはない。彼らが傭兵達に対して意外な健闘を見せた理由。それは武器の質に加えて、先程朱槍の傭兵マンツォが見抜いてみせた戦法――クロ子の指示した”ロッテ戦法”に原因があった。


 ロッテ戦法(戦術)とは、20世紀にドイツ空軍のヴェルナー・メルダースが考案した戦闘機用の戦術である。

 その原理は、二機一組の編隊(ロッテ)を作り、長機(リード)僚機(ウイングマン)が援護する、というものであり、その最大の特徴と強みは攻撃と守りの役目を別々の機体に振り分けた所にある。

 この頃、世界的には戦闘機は三機編隊が主流であった。しかし、相互支援はタイミングが難しく、パイロットに高い技量が要求された。

 しかしロッテ戦術は、役割が完全に分担されている。長機(リード)は攻撃に、僚機(ウイングマン)は守りに、それぞれが自分の役割に集中する事が出来るのである。


 ロッテ戦術は本来、戦闘機用の戦術だが、クロ子はこれをクロカンの隊員達の基本戦術として採用した。

 戦闘機で有効な戦術だったのなら、歩兵にだって使えるだろう。その程度の底の浅い発想であり、うろ覚えの知識による思い付きであった。

 亜人の村には軍事の専門家はいない。というよりも、知識人すらも一人もいない。

 クロ子は亜人の村の軍隊の戦闘教義(ドクトリン)を、一から全て、自分一人で作り出さなければならなかったのである。

 いくら水母(すいぼ)の手助けがあったとはいえ、少し前までは平和な日本の女子高生でしかなかったクロ子にとって、その作業は手探りで森の中を進むようなものであった。

 ロッテ戦法の採用は、そんな数多くの試行錯誤の中で偶然生み出された結果、その一つだったのである。


 しかし、そんな事情を知らないクロカンの隊員達は、クロ子に命じられるがまま、ロッテ戦法の訓練を続けた。

 なぜか?

 今でも隊員達に悪名高い、クロ子式新兵訓練(ブートキャンプ)の洗礼を受けた彼らは、クロ子の命令に対する「拒否権(ノー)」は無かったのである。


 クロカン式ロッテ戦法は二人一組。強い者と弱い者がペアになって、強い方が前に出て敵と一対一で対峙する。

 弱い方は出来るだけ無害を装って、隙を見て相手に襲い掛かる。

 その攻撃で相手が負傷、ないしは怯んだ場合、チャンスとばかりに二人がかりで止めを刺しにかかる。

 最大のポイントは絶対に同数以上の相手と戦わない事である。

 とにかく数の優位を守る。『戦いは数だぜ兄貴!』とはクロ子の格言(※パクリ疑惑あり)である。


「今だ!」

「くそっ! この野人風情が!」

「バカ野郎! てめえ、今のマンツォの言葉を聞いてなかったのかよ! 一人で相手するヤツがあるか! こっちも数で当たるんだよ!」

「うるせえ! んなの、分かってるっての!」


 思い付きとは言え、クロ子の命令を愚直に守ったクロカンの隊員達の戦法は、中々の形になっている。

 そして傭兵達は個人の武勇には目を見張るものがあるにしても、仲間と連携して戦うという点にはやや難がある。

 そういった意味では、彼らにとってクロカンは相性の悪い相手とも言えた。


 ただしそれも一般的な力量の相手の場合。


「ぎゃああああ!」

「マルト! ひ、ひいいっ!」


 クロカンの隊員が一人、肩から袈裟切りにされて血しぶきを上げた。

 ロッテのバディが仲間を守ろうと必死に剣を振るが、相手は意にも介さない。


「はんっ! 仲間の後ろにコソコソ隠れて攻撃するようなザコが、この二丁剣のルッティ様に敵うもんかよ!」


 二丁剣のルッティは、まるで踊るように湾曲した片刃剣――湾刀(シミター)を縦横無尽に振り回して襲い掛かった。

 たまたま近くで戦っていたつば広帽子の傭兵が、危うく攻撃に巻き込まれかけて大きく飛び退いた。


「ルッティ! テメエちっとは周りの迷惑を考えて剣を振り回しやがれ!」

「ああ、すまんすまん、暗くて見えてなかったぜ」


 つば広帽子の傭兵、グラナダは、大きな舌打ちをしながらも、目の前の敵を切り伏せた。


「ぐあっ!」

「オ、オウル! く、くそう! よくも仲間を!」

「仲間をやられて頭に血が上るのは分かるが、それしきの攻撃にやられる訳にはいかんな」


 グラナダはまるで闘牛士(マタドール)のように、その場でクルリと回転して敵の攻撃を躱すと、返す刀で無防備な相手の背中を切り裂いた。


「ぎゃあああっ!」

「はい、残念」


 グラナダは気取った仕草でマントを大きくはためかせた。

 亜人の大男カルネは、次々とやられる仲間の姿にギシリと歯を食いしばった。


「くそっ! ウンタ、ヤバいぜ! このままじゃ仲間が――」

「おめぇは、オラと戦っているのに、よそ見しているヒマはねえだろぉ」

「うぐっ! こ、このデカブツがあああ!」


 巨漢の傭兵――オークの大剣が唸りを上げて振り下ろされる。

 カルネはその攻撃を辛うじて受け止めたが、痺れる手に傷だらけの顔を大きく歪めた。


 ロッテ戦法によって、クロカンの隊員達はヤマネコ団の傭兵達と互角以上に渡り合えている。

 しかし、それも相手が普通の傭兵の場合による。

 朱槍のマンツォや二丁剣のルッティ、その他何人かの手強い傭兵達。いわゆる幹部クラスの者達には手も足も出ない様子だった。

 辛うじて彼らの相手が出来そうなのは、大男のカルネくらいか?

 しかしそのカルネは、自分より頭一つ身長の高い大男、巨漢の傭兵オークとの戦いで足止めされていた。


「ウンタ! コンラがやられた! 今から第三分隊の指揮は俺が執る!」

「ウンタ! 敵に厄介な弓使いがいる! 気を付けろ! くそっ、まただ! また仲間がやられた!」

「ウンタ! カルネ! 誰でもいいから、こっちに手を貸してくれ!」

「ウンタ!」


 全体的な戦況は膠着している。しかし、一部の強敵を止める手立てがない。

 じきに彼らの存在が、辛うじて保たれている均衡を突き崩すのは間違いない。

 そしてその時間(とき)は――避けられぬ破局の瞬間は――刻一刻と迫っていた。

 ウンタは自身も激しい戦いの渦中に身を投じながら、熱い頭で必死に叫んだ。


(これ以上はもうもたない! 限界だ! やるなら今しかない! まだなのか?! マササン!)

次回「ウンタの策」

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― 新着の感想 ―
[一言] 集団戦なのだから複数人で連携して戦うのは当たり前なのでは?この世界では昔の日本の武士みたいに戦場でも一対一を重視しているとか?だとしたら亜人側は誉が足りないですね
[良い点] 更新ありがとうございます ツーマンセルいいですよね [気になる点] もう接近がバレて戦闘に入ってるならクロ子が駆けつけてきても問題ない…?
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