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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第二章 修行編
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その28 メス豚とパイセン

 むっ。朝か。

 私は床の上をゴロリと転がった。

 その姿はパイセンの言葉によると、丸々とした巨大なサツマイモが床に転がっているように見えたそうだ。ってうっさいわ。


「野性味の欠片もねえな」


 私を冷ややかな目で見下ろすパイセン。

 野生も何も、私、生まれも育ちも家畜だから。

 動物はみんな野性を持っているっていうのは偏見だから。

 ポリコレ反対。メス豚に愛の手を。


「ポリコレってそういう意味じゃないからな。社会的な差別意識の問題だから。そんなに簡単に使って良い言葉じゃないから」


 そう言うとパイセンは私をヒョイと持ち上げた。


「ほら、朝飯前に畑を見に行くぞ」


 おー、楽ちん楽ちん。どれもうひと眠り・・・


「・・・」


 パイセンは何も言わずにドアの外で私を下した。

 何だもう運んでくれないのか。しゃーなし、自分で歩くか。




 パイセンの前をチョコチョコと歩く私に、村人達が声をかけて来る。


「おはようクロ子」

『おはよう、オジサン』

「おはようクロ子ちゃん」

『おはよう、オバ・・・お姉さん』

「・・・お前すっかり人気者だな」


 喋れる動物というのはこの世界でも珍しいらしく、今では私は村のマスコット扱いだ。


 私は翻訳(トランスレーション)の魔法で言語を理解出来るが、自分で相手に話しかける事は出来ない。

 ――と思っていたが、どうやらこの魔法、翻訳(トランスレーション)というよりも通訳インタープリテイションと呼んだ方がいいようだ。

 相手の言葉が分かるだけでなく、私が話している内容も相手に伝える事が出来るらしい。

 そういえば私、普通に恐竜ちゃん達とも会話してたっけ。


 ならなんで人間とは――ショタ坊や王子様とは話が出来なかったのかというと、どうやら人間はマナ受容体(レセプター)が無いから通じないらしい。

 それがどういう事かと言うと、う~ん、あれだ。3DSのゲームシェアリング機能みたいなもんだ。

 えっ? 知らない? 自分の持っているゲームを一時的に友達の本体に記憶させて一緒に遊べるあれだけど。

 対応しているゲームも少ないし仕方ないか。

 まあその例えで言うと、魔法を使える生物は3DSを持っているのでシェアリング機能で私の持ってるゲームを一緒に遊ぶ事が出来る。でも人間は3DSを持っていないから一緒に遊ぶ事は出来ない。というわけだ。


 そんな感じで、翻訳(トランスレーション)の魔法には相手のマナ受容体(レセプター)に干渉して会話を成立させる能力がある。

 私が恐竜ちゃん達と会話が出来ていたのはそういう理由だ。


 じゃあなぜパイセン達とは会話が成立するのかと言えば、彼ら亜人には受容体(レセプター)があるから――実は亜人は魔法を使う事が出来るのだ。


「確かに俺達亜人は魔法が使えるけど、クロ子ほどデタラメじゃないからな」

『そう?』


 私は打ち出し(ファイアリング)で小石を飛ばして、木の実を撃ち落とした。

 固い皮ごとモリモリ齧る私にパイセンは呆れ顔をしている。


「美味いか? それ」

『う~ん、微妙』


 皮は固いし種ばっかりだしでハズレだったわい。

 もったいないから残さず食べるけどね。


 確かにパイセン達亜人は魔法が使えるが、それでもやはり日頃はほとんど使わないようだ。

 魔法はコスパが悪いからな。

 自分の手足や、道具を使って作業をした方がなんぼか楽なのだ。

 私だって両手が(ひづめ)でなければそうするんだがなあ。


 ちなみに豚は偶蹄目(ぐうていもく)といって、足の(ひづめ)が四つに分かれている動物だ。

 主蹄(しゅてい)と呼ばれる二つ(ひづめ)の後ろに、小さな副蹄(ふくてい)が二つ付いている。

 主蹄(しゅてい)は歩く時の普段使いに、副蹄(ふくてい)は坂道などでブレーキをかける時に使う。

 歩くのに不便はないが、物を掴む事は出来ない。

 だから道具を使う事も出来ないのだ。



 畑には顔見知りの亜人少女が来ていた。


「おはようククト」

「おはようモーナ。今日もキレイだね」


 パイセンは歯の浮くようなキザなセリフを口にして少女をハグする。

 この女たらしが。フランス人はみんなこうなのか?

 ちなみにパイセンは15年前に亜人に転生する前は、地球のフランス人だったのだ。


「いや、今のは昔俺が観た日本のアニメで覚えたセリフなんだが」


 そして大のアニメオタクでもあったそうだ。


「日本では朝になったら隣の家の女の子が起こしに来てくれるんだろ? 羨ましいよなあ」


 どこの世界の日本だそれ。

 ・・・あ、私の従兄の典明(のりあき)がそうだったわ。

 あんなヤツがいるから外国人に日本が勘違いされるんだな。うんうん。


 畑には青々とした葉っぱが茂っている。

 この世界特有の野菜だ。似たような葉っぱを山で何度か食べた事があるので知っている。

 ちょい辛でなかなかオツな味わいだった。

 サラダにしたら合いそうだ。


「確かに葉も食べるけど、どっちかというと食べるのは根の方かな」


 モーナはしゃがみ込むと、手近な葉っぱの根元を掴んで引っこ抜いた。

 丸々とした白い根っこが顔を出して・・・って、これって大根だったのか?!

 てか大根の葉っぱなんて見た事無かったわ。


「クロ子ちゃんが言うようにサラダで食べてもいいけど、私のママは煮物に入れるかな」

「塩に漬けて保存食にしてもいいんだ」


 えっ? じゃあ私が食べてたアレも、掘り返してたら大根が埋まってたわけ?

 私は今まで大根の本体をスルーしてた?

 つまりあれか? 私は、カード入りスナックのお菓子だけ食べて、カードの存在に気付かずに袋ごと棄てていたのか?


 衝撃の事実に私は愕然とした。


「いや、それほどの事か?」

「クロ子ちゃんにとっては大事なんだよね」


 モーナは大根の土を落として私の前に置いてくれた。

 私は黙って大根を貪った。

 ピリリと辛い大根はしょっぱい涙の味がした。



 畑にはパイセン達の他にも何人もの村人達が働いている。

 ここはこの村の共同農地なのだ。

 ちなみにパイセンはなんとこの農地の管理責任者なんだそうだ。

 マジで? 15歳なのに?


「まあ俺の提案した数々の改革案が実を結んだって所かな」


 なかなかに鼻高々なパイセン。

 そういや以前、将来の夢は日本の田舎で土を耕しながらアニメ三昧の生活を送る事、とか言ってたな。

 元々、農業関係の知識はあったのか。


 ちなみに彼ら亜人の社会は、ある種の原始共産制で運営されてるらしく、個人の所有物が極めて限定されている。

 例えば料理を盛り付ける皿が足りなくなって隣の家に借りに行ったとしよう。その皿は基本的には返さない。

 それって借りパクじゃん。

 と思うけど、貸した方もパクった方も気にしない。

 隣の家も足りなくなったら別の家から借りパクするからだ。

 こうして「何だか最近村の中で皿が不足しているな」と感じたら、手の空いた時間にみんなでお皿を作る。

 彼ら亜人はずっとそういう生活を送って来たのだ。

 だからここも誰かの所有地ではなく、村の共同農地なのである。


「まあ、俺も最初は戸惑ったよ。小さなコミュニティしか存在しない亜人の村だからこそ成立している方法なんだろうな」


 パイセンはそう言って畑を見渡した。


「この畑だってそうだ。村の人間に任せておくと必要な数だけしか作らない。余分に作っても小さな村の消費量はたかが知れているし、他に売り付ける先も無い。余らせて腐るだけだ。それに作物の作りすぎは土地が痩せる元にもなるし、単一作物の生産は連作障害も引き起こす。確かにメリットは無いんだろうぜ」


 言葉とは裏腹に、パイセンは村の農業の事をあまり良く思っていないようだ。

 その表情には明らかな不満が感じられた。


「そりゃそうだろう。必要なだけしか作っていないという事は、備蓄を考えていないという事なんだぞ? 毎年ちゃんと採れていればいいが、日照りやら冷夏やらで収穫量が減る事なんてザラだ。そうなった時、今まで村ではどうしていたか。口減らしだ。まだ体の弱い幼い子供や年寄りを間引く事で村を存続させて来たんだ」


 パイセンは言葉を吐き捨てると畑に振り返った。

 彼の視線の先には草むしりをしているモーナの姿があった。


「・・・俺達がずっと幼かった頃、干ばつで村の収穫が落ち込んだ年があった。冬を越すために、何人かの子供と年寄りが口減らしのために村から追い出された。その中には俺の妹とモーナの弟もいたんだ。二人共地球ならまだ小学校にも上がっていない歳だったよ」


 モーナはずっと泣いていたらしい。

 パイセンはこの世界でこそ子供だが中身は地球の大学生だ。村の状況はモーナよりも良く分かっていたし、これが村全体を生かすために取られた、やむを得ない選択である事も分かっていた。

 しかし、決して納得はしていなかった。

 そして自分にはやれる事があったはずだと深く後悔した。


「あの時の俺は無力な子供だった。俺の言葉には誰も耳を貸さなかった。地球で学んだ知識はあっても、それを生かす事が許されていなかったんだ。でもあれから俺も成長した。こうして農地の責任者にもなったし、少しずつだけどみんなにも認められて来ている。今後はもっと村が良くなる方向に変えて行くつもりだよ」


 パイセンの目は真っ直ぐに前を見つめている。

 そんな彼の姿が眩しすぎて、私は何も言う事が出来なかった。

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