その292 メス豚と試作魔法銃
ショタ坊村こと、グジ村の鍛冶屋に頼んでいた魔法銃の試作品。
試し撃ちの結果は中々のものであった。
私は満ち足りた顔をしている隊員達に向き直った。
『それでどうだった?』
「どうだったって、何が?」
『・・・おい』
使用感とか、不満点とか、そういった感想が無いかと聞いているんだよ。
てか、何のためにお前らに魔法銃の試射を頼んだと思ってるんだ?
魔法銃はおもちゃじゃないんだよ。
隊員達は私に睨まれて気まずそうに目を反らした。
「そ、そういやそうだったな。・・・おい、何か気付いたか?」
「ちょ、俺に振るなよ。ええと、あれだ。ちょっと重過ぎかな」
「それはそうだが、鉄で作ったんだから、重くなっても仕方がないんじゃないか?」
いや、それは大事な感想だ。そうそう、そういう話が聞きたかったんだよ。
『どう? 水母』
『精査中。現在の威力を維持したままであれば、銃身の直径を今のおよそ半分にする事も可能』
『そっか。マニスお婆ちゃんが作った試作品は、素材が木だったから銃身が肉厚になってしまったわけで、木よりも強度の高い鉄を材料にするなら今よりも薄く作っても大丈夫、って事ね。ウンタ、今の話を鍛冶屋のオジサンにして頂戴』
「ああ、分かった」
銃身の厚みが減れば、その分、使われている鉄も減って、全体の重量も軽くなる。
副官のウンタは私の言葉を鍛冶屋のオヤジに伝えた。
「半分にするくらい、勿論、可能だが・・・」
「何だ? どうかしたのか?」
オヤジはなぜか微妙な顔でウンタを見ると、私の方を指差した。
「――アンタ、そこの魔獣と話が出来るのか?」
あ~、そういや、人間の耳には私の喋る言葉は「ブヒブヒ」という豚の鳴き声にしか聞こえないんだっけ。
そりゃあ微妙な表情にもなるってもんか。
オヤジの目には、ウンタは子豚とおしゃべりをする残念なヤツにしか見えない訳だからな。
ウンタは仏頂面でボソリと言った。
「・・・出来るが悪いか?」
「い、いや、悪くはない。そうか分かった。半分の厚みにしてやる」
隊員達は自分達の意見が通った事に気を良くしたのだろう。銃床の形や厚み、握り手の位置など、次々と注文を付け始めた。
この辺はぶっちゃけ、マニスお婆ちゃんが作った試作品と同じ形、同じ大きさなのだが、身内相手には気を使って言えない事も、他人にだったら遠慮なく言えるようだ。
「照準・・・って言うのか? これは銃の上に細い棒を乗せて欲しい」
「あっ、それは俺も思った」
「細い棒?」
これは弓が得意な隊員から出た注文だ。
弓を射る時には弓矢の角度で狙いを付けるので、銃にも弓矢の代わりになる細い棒を付けて欲しいとの事だ。
「俺は別にこれでいいけどな」
「俺も」
ちなみに通常の照準――銃口の凸型の照星と、後方の凹型の照門の組み合わせ――で良い、という者達もいた。
慣れた方法の方がいい者もいれば、新しいやり方に順応する者もいる。
この辺は、技術の移行期に起こりがちな現象、というヤツだろう。
「それと魔法を使った後、ほんの少し間があってから弾が出るだろ? あれで狙いがズレる時があるんだよな。何とかならないか?」
発射の際のタイムラグが気になる、という意見もあった。
この件に関しては、私も「もっともだ」とは思うが、魔法銃の仕組み上、こればかりはどうしようもないんだよね。
『あるいは思い切って空気銃に寄せるという手もあるんだけど・・・』
一般的な空気銃の仕組み――圧縮した空気をシリンダー内に充満させ、引き金を引く事で圧を解放。その空気圧で弾丸を射出する――であれば、射手が任意のタイミングで射撃を行えるはずだ。
銃としてはそちらの方が狙いを付けやすいだろう。だが・・・
私はチラリと鍛冶屋の師弟に目を向けた。
それには高い工作精度が必要になる。職人が一つ一つ手作りで作っているような現状では、私が考えているような数を量産するのは難しいだろう。
それに、もし、可能となればそれはそれで問題が起きる。
空気を圧縮する技術さえ別に開発すれば、わざわざ魔法を使う必要がなくなってしまうからである。
そうなれば我々の優位性が失われてしまう。
もしも人間と亜人、互いに同性能の兵器を持っているなら、数で圧倒的に劣る亜人が人間相手に勝てる道理はない。
わざわざ敵を強くしてやるためのヒントを与える必要はないだろう。
『・・・やっぱりナシで。少々不便だけど慣れて貰うしかないわね』
隊員達の今後の頑張りに期待、という事で。
使い続けていればいずれは慣れると思うし。
「クロ子からは何かあるか?」
『私? そうね・・・じゃあ泥の中に沈めて取り出した後でも撃てるか、の検証とか、銃床で木や岩をぶん殴ってみて、それでも壊れずに撃てるか、の検証とか?』
『連続動作試験』
『そうそう。百回ぐらいガチャガチャやった後でも壊れずに撃てるかどうかも確かめとかないとね』
「・・・お前は一体、この武器に何を求めているんだ?」
クロコパトラ歩兵中隊の隊員達は、私の意見にドン引きしている。
いやいや、何を言っているんだ。魔法銃は兵器だぞ?
戦場で命を預ける相棒なんだ。過酷な環境や酷使した状態でも使えるかどうかの検証は必要不可欠だろうに。
若い頃に外国で傭兵をした経験もある作家兼、軍事評論家の柘植久慶は、自著の中で『アメリカ軍の使用していた軍用小銃は、強い打撃に脆いのであまり好きではなかった』『私は(当時としても旧式の)ソ連製のAK―47突撃銃で武装していた』と書いている。
ちなみに銃の弾薬は敵兵の戦死体から拝借していたらしい。バトロワ系のゲームだと良くあるシステムだけど、リアルの兵士もやるんだな。
そう。兵器で最も重視すべきはカタログ上のスペックではない。信頼性なのだ。
どんな状況でも使える利便性。そしてその武器を、必要な場所、必要な時に、必要な数だけ揃えられる生産性の高さ。
それこそが近代戦において、最も兵士に求められる兵器なのである。
「じゃあ取り合えず、コイツでそこの岩でもぶん殴っておくか」
「いや、カルネ。お前は止めとけ」
せやな。
カルネの馬鹿力で殴られたら、銃床が木っ端みじんになる未来しか見えんしな。
鍛冶屋の師弟は、試し撃ちの的になった木を調べて驚いている。
「鉛の弾が木に突き刺さってる・・・すごい」
「――むうっ。恐ろしい威力だ」
「なあ、オヤジ。太い木でこれだけ弾めり込むなら、人間に当たったらひとたまりもないんじゃないか?」
「――そうだな。盾でなら防げなくもないだろうが・・・。鎧程度では貫通してしまうだろう」
ふむ。流石は軍事技術者達(違う)は目の付け所が鋭い。
地球の歴史でも、銃の登場で戦争の形態は様変わりした。
鎧では弾丸を防げない。
仮に防げる程の厚みを持たせると、今度は動く事すらままならなくなってしまう。
銃が戦場の花形になった事で、鎧は重いだけの役立たず――時代遅れの代物になってしまったのである。
鎧姿の戦士は戦場から姿を消し、部隊の指揮官も狙撃による突然死を恐れて、兵隊と同じ恰好をするようになった。
攻撃力だけが極端に突出した結果、戦争は身を隠した状態で敵を狙撃する塹壕戦へと移り変わって行くのである。
『とまあ、そこまで時代を進めるには、産業革命による工業化が必須になるんだけどね』
「さんぎょう――何が必須だって? それよりクロ子。水母はあれで大丈夫なのか?」
ん? 水母が何だって? って、おいっ!
『ちょ、水母! あんた何やってんのよ!』
どうやら水母も魔法銃の破壊力が気になったらしい。
いつのまにか私の背中を離れて、射撃の的にされた木に――鍛冶屋の師弟の真上をフワフワと漂っていた。
私は『風の鎧!』。身体強化の魔法を使ってダッシュした。
「なっ! 何だ?!」
そして驚いて振り返った鍛冶屋の師弟の直前でジャンプ。アンド、キャッチ。
彼らに見付かる前に水母を無事、確保したのであった。
「何だ?! 俺達を襲う気か?!」
「――ひっ・・・ひいいい」
怯えて腰を抜かすオヤジ達。なんかスマン。
『水母あんたねぇ・・・人間に正体がバレたらどうすんのよ』
『衝動に駆られた』
水母の正体は一万年前の超古代文明が残したスーパーコンピューターだ。
彼の説明によると、今の人間達はデミ・サピエンス。前人類の不完全な子孫らしい。
亜人達はそんな人類の中から生まれた先祖返り。
つまり、この惑星ではむしろ亜人こそが前人類に近い――ホモ・サピエンスに分類されるのだそうだ。
こんなヤバイ秘密を人間達に知られる訳にはいかない。
特に人類至上主義を教義として掲げるアマナ教――アマディを国教とする宗教国家、アマディ・ロスディオ法王国。ヤツらには絶対に秘密にしておかなければならないのだ。
ベショリ。
私は水母の体を地面に落とすと、そのまま鼻面でブヒブヒとこねくり回した。
水母のビビッドなショッキングピンクの体が、みるみるうちに土にまみれて汚く薄汚れていく。
『抗議。不快感』
『考えなしに行動するんじゃないわよ。少しは反省なさい』
水母は私の攻撃から逃れてフワリと浮き上がると、いつもの定位置、私の背中にペショリと乗った。
Oh・・・しまった。これだと私の背中も汚れるじゃん。
考えなしに行動するもんじゃないな。
私は軽くへこんだ。
『自業自得』
『・・・その通りなんだけど、今のアンタにだけは言われたくないわ』
「あれ? 今、ピンク色の塊が一瞬、宙に浮かんだような・・・」
オヤジの弟子のミレットは、怪訝な表情を浮かべたのだった。
次回「メス豚と御用商人」




