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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第二章 修行編
29/518

その27 ~王都のルベリオ~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 サンキーニ王国、王都アルタムーラ。

 貴族街の一角を大きく占めるマサンティオ伯爵家の屋敷。

 高級そうな馬車が屋敷の前に停まると、金髪の少女がドアを開けて飛び出した。

 手には大きな本を抱えている。


「おひいさま! はしたないですぞ!」

「ルベリオはどこ?! 屋敷にいるんでしょ?!」


 まだ幼い少女だ。日本で言えば中学生くらいの年齢だろうか?

 屋敷の執事からおひいさまと呼ばれている事からも、マサンティオ伯爵家縁故の娘と思われる。

 可愛い――と言うには少し気の強そうな所が目に付くお転婆そうな少女だ。

 実際、執事は彼女のお転婆にいつも手を焼かされていた。


「ルベリオなら書斎で講師から授業を――」

「そう、書斎ね。分かったわ」


 少女は執事にみなまで言わせず走り出した。


「ご婦人はそのように人前で走るものではありませんぞ!」


 彼女の背中を追いかける執事の声は、広い屋敷に吸い込まれていくのだった。




 ルベリオがグジ村から王都にやって来て早一ヶ月。

 その間、彼はずっとこの屋敷で勉強を続けていた。


 朝起きると庭を走り、教わった通りに剣の型稽古をする。

 井戸で汗を拭くと朝食を食べる。その後は講師が来るまで与えられた書斎で自習をする。

 昼前になると伯爵家が雇った講師が来るので、彼から勉強を教わる。

 途中で食事休憩を挟み、午後の授業を終えて講師が帰ると、自由時間となる。

 伯爵家の蔵書に目を通したり、屋敷の使用人の手伝いをしたり、庭で体を動かしたりする。

 夕食を終えると、寝るまでの時間に今日の授業の復習をする。


 ルベリオは自分に目をかけてくれたイサロ王子の期待を裏切らないために、懸命に勉強に勤しんでいた。



 今は昼前。講師による授業の最中であった。

 授業の内容は一般的な物――読み書きに算術、それに礼儀作法である。

 礼儀作法といっても宮廷の作法を教えるようなものではない。

 貴族社会の常識を覚えるための科目だった。


 中年の講師は、田舎の村人でしかないルベリオを明らかに侮っていた。

 それどころか明確な不満を覚えていたのだ。


 有名な貴族家から講師として呼ばれ、数々の貴族の子女を教えて来た自分が、なぜ村の子供などに勉強を教えねばならないのか?


 そんな不満が彼の態度にありありと現れていた。

 彼の鼻持ちならない態度は、屋敷の一部の使用人には大変不評だったが、ルベリオは意にも介さず素直に教えを受けていた。

 講師の男がどう思っていようが、講師の態度と知識は全くの別ものだ。

 少なくとも講師の知識が本物なのは間違いない。多くの貴族家が彼を招いている事からもそれは明らかである。


 だったら彼の人となりはこの際関係ない。


 人当りは良いがあやふやな知識しか持たない者と、態度は悪いが確かな知識を持つ者。

 今の自分に必要なのは間違いなく後者の方である。


 感情で優先順位を間違えてはいけない。

 ルベリオは子供とは思えないシビアな判断で講師の授業を受けていたのである。


 計算問題に取り組んでいたルベリオは、部屋にバタバタという足音が近付いて来ているのに気が付いた。


 バーン!


 すぐに大きな音をたてて書斎のドアが開け放たれた。


「誰ですか騒々しい!」

「ゲッ! サルエル先生!」


 金髪の幼い少女はドアを開け放ったまま、やっちまった、と言いたげな表情になった。


「ミルティーナ嬢。私の教えを忘れた訳ではありませんよね?」

「え~と、そうでしたかしら、オホホホ」

「・・・そんな喋り方を教えた覚えはありませんが」


 ミルティーナ嬢と呼ばれた金髪少女は、講師のサルエルのジト目に盛大に目を泳がせた。

 実はサルエルは過去にミルティーナの行儀作法の先生でもあったのだ。


 ミルティーナはポカンと口を開けて呆けているルベリオに視線で訴えかけた。


(ちょっと、ルベリオ! あんた何とかしなさいよ!)


 突然のムチャぶりに、ルベリオは慌てて手を振った。


(ムリムリ、そんなの無理に決まってます!)

(チッ。使えないわね)


 ほんの小さな舌打ちだったが、サルエルは聞き逃さなかった。

 明らかに部屋の温度が1度から2度は下がった。

 

 正に絶体絶命。しかしその時、王都の教会の鐘が鳴った。

 午前の授業の終了である。


「あの、サルエル先生」

「休憩にしましょう」


 ルベリオの声にサルエルは不愛想に答えると部屋から去って行った。




「ふう。マジでヤバかったわ」


 拳でグイッと額の汗を拭う仕草をするミルティーナ。

 ルベリオはそんな彼女を困った顔で見つめている。


「あの、それで今日は一体どうしたんですか?」

「何? 私がママの実家に帰って来ちゃいけないの?」


 ミルティーナの母は側室として王城に入っている。

 第三王子のイサロと第八王女のミルティーナは、同じ両親から生まれた実の兄妹なのだ。

 最初に彼女の紹介を受けた時、ルベリオは(確かにイサロ殿下と良く似ているな)と思ったものである。


「そんな事は――それを決めるのは僕じゃありませんから」

「何その返事。可愛くない。イヤな知識ばっかり覚えちゃって。ああ、昔のルベリオは純朴で可愛かったなあ」


 昔のルベリオと言っても、二人が初めて出会ったのはたかだか一ヶ月前の事である。

 ミルティーナは初顔合わせ以来、兄が連れて来たこの少年のどこが気に入ったのか、連日のように王城から抜け出してはこうして訪ねているのだった。


「せっかく王城の書物庫から本をくすね――借りて来てあげたのに」


 くすねて、と言いかけて言葉を濁すミルティーナ。


「前にルベリオが言っていたでしょ?」

「僕が? あっ! それってまさか魔法に関しての研究書ですか?!」


 ルベリオはこの間の戦いを経験してから、魔法についての知識を求めていた。

 あの時、イサロ王子の軍を破ったのは敵国の”狂竜”の部隊である事が捕虜の尋問から分かっている。

 そしてイサロ王子軍の走竜が勝手に暴走して敵軍を引っ掻き回したのも、将兵の証言から判明している。


 この二つの事例からも分かるように魔法は強力な兵器だ。

 しかしこの国では今まで兵科としてまともな研究もされていない。


 そもそもこの国は魔法の研究が大きく遅れている。というよりも全くしていない。

 ルベリオが魔法の知識を求めるなら国外の研究書を頼るしか無かったのである。


「私も見てみたけど、全然分からなかったわよ」


 ミルティーナは抱えていた本をルベリオに付き出した。

 ルベリオは緊張にゴクリと喉を鳴らしながら、少女の手から本を受け取った。


 ルベリオは本を開くと――


「・・・知らない文字だ」

「カルトロウランナの文字ね。気取ったあの国らしいスカした文字だわ」


 ミルティーナは行儀悪く、ハンッ、と鼻を鳴らした。

 カルトロウランナ王朝はこの大陸の三大国家の一つで、このサンキーニ王国からは大河を挟んで北に位置する。

 長い歴史を持つ由緒ある国家である。


 ちなみにこの国はカルトロウランナ王朝以外の残りの三大国家、大モルト、アマディ・ロスディオ法王国の二国とも国境を接している。

 というよりも三大国家に囲まれてポツンと存在しているのだ。

 ルベリオは初めて大陸の地図を見た時、自分の住む国の置かれた立場を知って青ざめたものである。


(のんきに隣のヒッテル王国なんかと戦っていていいんだろうか?)


 サンキーニ王国と隣国のヒッテル王国を足しても、面積で言えば三大国家で一番小さなカルトロウランナ王朝の足元にも及ばないのだ。

 ルベリオの感じた不安も当然だろう。


(小国のサンキーニが三大国家から身を守るためには、他国以上の軍隊が必要だ。そのためには何か新しい兵器が、いや、新しい兵器だけじゃだめだ。新しい兵器とその兵器を使う新しい軍隊が必要なんだ)


 そのためにルベリオが目を付けたのが魔法だった。


 ルベリオは、そうしていれば文字がひとりでに翻訳される、といわんばかりの真剣な表情で、読めない本をジッと睨んでいる。

 ミルティーナはそんなルベリオの横顔をいつまでも飽きる事無く眺めているのだった。

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