その281 メス豚、期待が外れる
侵入者達と館の守備隊との本格的な戦いが始まった。
そして十数分後。本格的な戦いは決着が付いたのであった。
『てか早っ! ハマス兵、あきらめるの早すぎ! 折角ここまで来たんだからもうちょっと粘れよ!』
結論から言おう。侵入者達は守備隊のバリケードを抜けなかった。
何度か突撃を繰り返していたが、負傷者が増えた所でギブアップ。
彼らは動けない仲間を捨てて、全員で逃げ出してしまったのだ。
あまりの引き際の良さに、守備隊の指揮官は敵の罠ではないかと疑ったようだ。
全員でしらみつぶしに周囲の部屋の捜索を始めた。
いや、気持ちは分かるけど、コイツらガチで逃げ出したんだよね。
伏兵がいないのは、水母の仕掛けた盗聴器と、彼自身の持つ検知機類によって私には丸分かりなのだよ。
ホント、何しに来たんだよお前ら。って感じ。
で、そう言うお前は何をしているのかって?
私は侵入者達の逃走ルートに先回りをして、彼らの逃げ道を潰して回っているのだ。
『この場で開始』
おっと、水母に呼ばれたからちょっと待ってね。
【あー、あー。コホン。 うおおおおっ! あっちから音が聞こえたぞぉ! 殺れえええ! ハマスの兵士共をぶっ殺せぇ!】
「お、おい! この先の通路もヤバイぞ! 守備隊の兵に回り込まれている!」
「くそっ、階段は使えないか! ならばこっちだ! 急げ!」
そうそう、そっちそっち。そちらに向かって頂戴な。
『移動再開』
『はいはい。ナビゲーションよろしくね』
さっきから私は水母のボイスチェンジャー機能で侵入者達の逃げ道を塞ぎ、彼らの逃亡先をコントロールしているのだ。
いやね。まさかこんなにあっけない幕切れになるとは思ってなかったんですよ。
この陰謀を知った時には、「これは大変な事になるぞ!」と、興奮したんですよ。
だってそうだろ?
サバティーニ伯爵による国王救出計画。
その騒ぎに乗っかる形での、大モルト軍総大将、ジェルマン・アレサンドロの暗殺計画。
そしてハマス軍による国王バルバトス拉致計画。
様々な陰謀が一気に明かされ、あれっ? これってジェルマン・アレサンドロ軍は危機一髪?
あるであるで。ワンチャンあるで。
一発逆転もありえるで。
そんなふうに私が興奮してしまったのも無理はないだろう。
この陰謀はどういう結末を迎えるのか?
果たしてハマス兵達は、現状のジェルマン軍の一強状態を崩せるのか?
テレビもネットも新聞すらないこの世界。正確な情報は現場に行かないと分からない。
やべえ。こいつは目が離せないぜ。
私は水母と共に、密かにコラーロ館に潜入。事の成り行きを見届ける事にしたのだった。
もちろん、ただの野次馬根性という訳ではない。いや、それも少しはあるけど。
仮にもし、私ら亜人勢力にとってオイシイ展開になりそうなら、コッソリ介入していい感じに混乱を煽るつもりだったのだ。
逆にジェルマンの危ない所を救出して、最高権力者に恩を売るのもアリ。
なにせ私は、彼の奥さんからコスメをおねだりされるような仲だからな。
この機会に奥さんの知り合いから、家族ぐるみの付き合いにランクアップするのもいいかもしんない。
うはっ。何この展開。たぎるわ。
乗るしかない。このビッグウェーブに。
・・・といった感じで、私はかなりの気合を入れて今夜の観戦に挑んだのであった。
『それがなんだよ、この体たらく。ガッカリだよハマス兵』
侵入者ことハマス兵達は、私の想像を裏切るショボさだった。
コイツら、こんな根性で敵の大将の命を取るつもりだったのかよ。自己評価高すぎ。相手をナメるのも大概にしろっての。
とんだ肩すかし。期待外れもいい所だ。
言い過ぎだって? 勝手に期待して、勝手にガッカリしてるだけだろうって? いやまあ、そうなんだけどさ。そんな正論は聞きたくないよ。
現状、サバティーニ伯爵の方はまだ頑張っているのかもしれないが、前日に国王バルバトスがこのコラーロ館に移されてしまった以上、その時点でどんなに頑張っても彼の計画は失敗する事が決まっている。
ご愁傷様。悲しいけど、世の中報われない努力ってあるよね。
その国王バルバトスだが、この間、路地裏で出会ったヤンチャ系メイドハーレム男。アイツが実は裏切り者で、国王誘拐の任務を受けていたのはちょっと驚きだった。
まあその彼もついさっき、七将とかいうスゴそうなお爺ちゃんにやられてしまった訳だが。
しかし、ヤンチャもかなり強そうなヤツだったと思うが、アイツのお爺ちゃんはそれを上回る凄腕なのか。
七将ヤバイな。
てか、この間五つ刃と戦ったばかりだってのに、すぐにそれを超えるヤツが出て来るって、何だよそれ。バトル系少年漫画かよ。
要らないんだっつーの、そういうお約束は。
といった訳で、大山鳴動して鼠一匹。
今夜の陰謀はどれもあっさりと失敗に終わったのだった。
せっかく徹夜で待機してたのに、完全に空振りだったよ。徒労だったよ。
はあ~。こんな事なら最初から大人しく家で寝てれば良かった。
とは言ったものの、このまま手ぶらで帰るのもなんか腹立つし。
それに、ハマスの計画が完全に失敗した以上、私としては今後は全力で勝ち馬に――ジェルマンに乗っかるつもりだ。
ならばハマス兵達、ジェルマンの敵に逃げられると、後顧の憂いを残してしまう事になる。
ヤツらはここで始末しておくべきだろう。
『そのために丁度いい場所があるんだよね。ついでにオスティーニ商会のロバロ老人の鼻も明かせるし、これって一石二鳥ってヤツ?』
私はハマス兵達を誘導しながら、隠し通路を駆け抜けた。
目指すは空中回廊。
先日、お茶会が開かれた、あの巨大な空中庭園である。
我々が王都を出発する前に、寄せ場の元締めドン・バルトナから打ち明けられたとある計画。
その話に付随する形で、私はこのコラーロ館の秘密を聞かされていた。
「隠し通路じゃと?」
あ、この時の私は女王クロコパトラだったから。セリフも女王仕様な。
ドン・バルトナはイスから身を乗り出すと声を潜めた。
いや。そんないかつい顔を私に近付けないで欲しいんだが。普通に怖いので。
「はい。コラーロ館を作らせた先代のアルベローニ伯爵は、かなり変わったお方だったようで――」
ドン・バルトナの説明によると、コラーロ館を作ったアルなんとか伯爵は、相当な変人だったそうだ。
彼は館の壁と壁との中に、人ひとり通れる程度の隙間を作らせ、隠し通路として行き来出来るようにしていたのだという。
「はあ? 自分の館に隠し通路など作って、その者に一体何の得がある」
「得と言うか、隠し通路が好きだったようです」
お、おう。それは相当にレベルの高い変人だな。
まあ、仕掛けだらけの忍者屋敷とか、そういうのにワクワクする気持ちは分からんでもないけど。
でも、自分で住みたいかと言うとちょっとね・・・
子供達は喜ぶかもしれないけど、流石に奥さんとかイヤがるんじゃない?
それはさておき。そのアルなんとか伯爵の強い意向によって、コラーロ館には何の役に立つのかも分からない隠し通路が大量に作られていたのだと言う。
その後、アルなんとか伯爵が急死した事により、今ではその存在を知る者は誰もいなくなってしまったんだそうだ。
「伯爵の家族も知らないのかえ?」
「はい。言ったら”隠し”通路にならない。伯爵はそう考えていたようです」
徹底してるな、アルなんとか伯爵。
その趣味人としてのこだわりっぷり。少しだけ尊敬するわ。
身内にとってはさぞや迷惑な人だったんだろうな。とは思うけど。
ドン・バルトナは先日、館の設計をした者に大きな貸しを作る機会があり、その代償としてこの情報を知ったんだそうだ。
多分、賭博で出来た借金の代わりだな。勝手なイメージだけど。
「ん? ちょっと待て。その館は売り払われて、この国の国王の所有物になっておるのだろう? そんな物が残っていてはマズいのではないか?」
「マズいですね。そして今、館は大モルト軍の本陣となっております」
おい、ちょっと待て。
まさか館の主人の寝室まで隠し通路が通じている、なんてバカな話はないよな?
「よもや、館の主人の寝室に通じているなどという事はあるまいな?」
「いえ。通じております」
うわっ、やってくれたよ。なんつー爆弾を残してくれたんだ、アルなんとか伯爵。
これって暗殺者を差し向ければ、大モルト軍の要人を殺せるって事じゃん。
めちゃくちゃヤバい話じゃん。
「さらにもう一つ」
「ま、まだあるのかえ・・・」
いやいや、この話だけで十分にお腹一杯なんだけど。
てか、これ以上まだ何かしでかしているのかよ、アルなんとか伯爵。
「はい。こちらこそが私とオスティーニ商会のロバロとの計画に関わる情報となります」
「・・・聞こう」
こうなれば最後まで付き合おうじゃないの。
毒食わば皿まで。
だからよ、止まるんじゃねぇぞ。
ドン・バルトナが教えてくれたもう一つの情報。それは――
私の背中で水母がフルリと震えた。
『前方、空中回廊』
コラーロ館の四つの建物を繋ぐ空中回廊。
そしてその中央に作られた大きな人工庭園。
ドン・バルトナが教えてくれたもう一つの情報。それはこの空中庭園に関する秘密であった。




