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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第八章 陰謀の湖畔編
280/518

その277 ~胸騒ぎ~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 深夜。

 遂に開始されたサバティーニ伯爵による、国王バルバトス救出作戦。

 伯爵軍はその装備も兵数も、大モルト軍、百勝ステラーノの予想を超えていた。

 ロレンソ将軍とその右腕ルーファス隊長は、マサンティオ館を守る守備隊を突破。

 館への突入を開始した。

 その頃、大モルト軍の本陣となるコラーロ館は、怪しげな武装集団の侵入を許していたのだった。




 パルモ湖を臨むパルモの町。

 建物の鎧戸が開くと、眠そうな顔をした兵士達が顔を出した。


「やかましいな。一体どこのバカだ、こんな真夜中に騒いでいるのは」

「酒に酔ったヤツらが暴れているのか? お偉いさんにバレたらただじゃ済まないぞ」


 外の騒ぎに起こされた男達は、怒りも露わに文句をこぼした。

 だが、遠くから聞こえる喧騒の中に鉄と鉄を打ち合わせる音が――剣戟の音が混じっている事に気付くと、ハッと顔を見合わせた。


「なあ、ただのケンカにしては様子がヘンじゃねえか?」

「確かにそうだな。――おい! あっちを見ろ! 火事だ! 町に火の手が上がっているぞ!」


 男の指差す方に目を向けると、月明かりの夜空に黒々とした煙が上がっているのが見えた。


「くそっ! なんだってんだ! みんな起きろ! 火事だ! 建物が燃えているぞ!」

「なんだ?! 何があった?! サンキーニ王国のヤツらの襲撃か?!」


 誰かの声に男達は慌てて跳ね起きた。

 男達はそれぞれ武器を手に取ると、寝間着姿で外に飛び出した。


「どこだ! 敵はどこにいる?!」


 深夜の突然の事態に、誰も正確な状況を把握している者はいなかった。

 兵士達は混乱の只中にあった。

 彼らは闇の中、敵を求め、目を血走らせた。

 その時、馬に乗った指揮官が駆け込んで来た。


「落ち着け! 全員武器を降ろせ! この近くに敵はいない! むやみに騒ぎ立てる者は厳罰に処す!」


 夜襲の際に最も恐れなければならないのは、混乱した兵士達による同士討ちである。

 あと数分、到着が遅れていたら、興奮した兵士達はやみくもに移動していたに違いない。

 そうなれば別の部隊の兵士達とぶつかり、同士討ちが始まっていただろう。

 隊長は内心でホッと胸をなでおろした。


(どうにか間に合ったか。ハマス軍と戦って以来、戦闘らしい戦闘が無かった事で、兵士も俺達もどこか気が緩んでいたようだ。今夜はその不意を突かれる形になったな)


 近くにいた兵士が、彼に詰め寄った。


「敵はいないんですか? これはサンキーニ王国のヤツらの夜襲じゃないんですか?」

「そちらは現在、警備の部隊が対処している! それよりも我々は消火に専念する! さっき見て来たが、まだ火は建物の外まで燃え広がっていなかった! 急いで消火すればまだ間に合う! お前達はさっさと武器を降ろして現場に向かえ!」


 混乱し、浮足立っている兵士達に、口先だけで落ち着くように言った所でそれは無理というものだ。

 何かを命令し、仕事をさせておく必要がある。

 火事の消火はうってつけと言えた。

 隊長は別の隊の者達にも声をかけるべく、馬に拍車を入れると、夜の町へと走り出すのだった。


 火事の原因がロレンソ将軍達、国王救出作戦の兵士達による陽動なのか、騒ぎに驚いた大モルト軍の兵士達の失火によるものなのかは分からない。

 あるいはその両方だったのかもしれない。

 この夜、町の数か所ではほぼ同時に火災が起きている。

 しかしその全ては周囲の家に延焼する前に消火されている。

 その点からも、大モルト軍の指揮官の統率力の高さをうかがい知る事が出来るだろう。




 町での騒ぎが大きくなっている頃。マサンティオ伯爵家の館ではロレンソ将軍達、襲撃部隊が館の建物内に突入していた。


「敵に構うな! 我々の目的は国王陛下をお救いする事にある! 進め! 進め!」


 この作戦は時間との戦いだ。

 仮に首尾よく国王バルバトスの身柄を確保出来たとしても、無事にこの町から脱出出来なければ何の意味もない。

 大モルト軍が最初の混乱から立ち直ってしまった途端、彼らは敵中に孤立してしまうだろう。

 この作戦はスピード勝負の綱渡り。

 一分一秒を無駄にする訳にはいかなかった。


「陛下のおわす部屋は館のどこなのだ!」


 イライラと屋敷の廊下を歩くロレンソ将軍。

 将軍はサバティーニ伯爵から直々に、極秘の指令を受けていた。


 それは、イサロ王子の暗殺。


 国王バルバトスを救出後、大モルト軍との戦いは、救出作戦を成功させたサバティーニ伯爵が中心になって行われなければならない。

 イサロ王子は昨今、立て続けに大きな戦いで功績を上げ、兄二人が死んだ事もあり、名実ともに次期国王となるに相応しい立場へと登り詰めていた。

 サバティーニ伯爵にとって、まだ若く、人気のあるイサロ王子は邪魔な存在でしかないのである。


 今の所、万事順調だ。

 マサンティオ伯爵家の館には無事に突入する事が出来た。

 後は国王バルバトスの身柄を確保し、イサロ王子を殺害後、館を脱出すればいい。

 逃走経路は確保されている。

 大モルト軍の内通者、”執権”アレサンドロ軍の中にいる、”ハマス”・オルエンドロの兵――いや、”執権”アレサンドロの兵が、手引きしてくれる手はずとなっている。

 全ては計画通り。

 そのはずである。

 しかしなぜだろうか? ロレンソ将軍は妙な胸騒ぎを感じてならなかった。

 何かを見落としているような。どこかで何かを間違えてしまっているような。

 そんな重苦しく、じっとりと息の詰まりそうなイヤな予感。


(これは負け戦の時に感じる気配? いや、まさか・・・)

「ロレンソ将軍!」


 その時、将軍の頼れる右腕、ルーファス隊長が駆け寄って来た。

 その顔色の悪さに、一瞬、ロレンソ将軍はルーファス隊長が負傷しているのかと思ったが、鎧を赤く染めているのは敵の返り血で、彼自身は傷一つ負っていなかった。


「どうした隊長。部下達の前で見苦しいぞ」

「おられません」

「何?」

「この館にはバルバトス陛下も、イサロ殿下もおられません」


 その瞬間、ロレンソ将軍の頭からは館内の喧噪も、血の匂いも消え失せた。

 ルーファス隊長の言葉は確かに将軍の耳に届いていた。しかし、将軍の脳が理解する事を拒んでいた。


「――もう一度、頼む」

「この館にはバルバトス陛下も、イサロ殿下もおられません。捕らえた兵士を尋問して吐かせました。百勝ステラーノの命令で、大モルト軍の本陣のあるコラーロ館へ移したそうです」


 百勝ステラーノ。大モルトにその名を轟かせる”七将”の一人。

 国王バルバトスとイサロ王子は、彼の命令で既にコラーロ館へと移された後だという。


(我々の計画は、既に大モルト軍にバレていたのか?!)


 その時、館の外を見張っていた兵士が駆け込んで来た。


「大モルト軍の増援です! 物凄い数で我々だけでは止める事が出来ません!」

「なんだと! まずいぞそれは! ロレンソ将軍! 至急撤退の命令を! 将軍!」 


 元々、彼らと大モルト軍では戦力が違い過ぎる。

 こうなってしまえば館を取り囲まれるのも時間の問題だろう。

 一刻も早く撤退を始めなければ退路を断たれてしまう。しかし、ロレンソ将軍はあまりの大きな衝撃に、何も考える事が出来ずにいた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


侵入者発見(レッツ・パーリー)


 むっ。ようやく始まったか。

 全然動きがないので、ひょっとして今夜は空振りなんじゃないかと思ったわ。


 ここは大モルト軍の本陣があるコラーロ館。

 左右が狭い暗がりの中。私は水母(すいぼ)の声で目を覚ました。

 ・・・う~む。真っ暗で何も見えん。


水母(すいぼ)、明かりをお願い。館の兵士に見付からないように抑えた光量で』

常夜灯モード(これくらい?)


 鼻を摘ままれても分からないような暗闇の中に、ピンククラゲが淡く光った。

 おおっ。美しい。

 空中で光るピンククラゲ。そしてチンダル現象とか言うんだっけ? 空気中の埃がキラキラと光を反射して、美しくも幻想的な光景が目の前に広がった。

 ・・・まあ、逆に言えば、それだけここが埃っぽい場所という事になるのだが。


不満点?(なんぞ?)

『あーいや、いい感じ。ありがとう。さて、館の兵士達は襲撃者の存在に気付いているのかな?』


 水母(すいぼ)は少し考え込むような仕草を見せた。

 この館のあちこちに隠しておいた盗聴器から、情報を収集しているのだろう。


 今までも何度か説明して来たが、水母(すいぼ)のピンククラゲボディーは各種、高性能観測機器の集合体だ。

 彼はその気になれば体の一部を――観測機器の一部を――分離し、その端末を遠隔操作する事も出来る。

 メラサニ山での戦いの際、クロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の隊長達が使っていた通信機を覚えているだろうか?

 あれもそうやって作られた水母(すいぼ)の端末なのである。

 ここで問題となるのは、材料に水母(すいぼ)のクラゲボディーが使われる、という点である。

 勿論、水母(すいぼ)の管理する施設に戻りさえすればいくらでも減った体を補充する事が出来るのだが、残念ながら今、我々がいるのは施設のあるメラサニ山から遠く離れた王都の近郊。

 端末を作れば作るだけ、水母(すいぼ)の体は小さくなってしまうのだ。


 そこで我々は端末の機能を限定化。音を拾う機能と通信機能だけに特化させる事にした。

 双方向にやり取りのできる通信機ではなく、その場の音を拾うだけの端末――つまりは盗聴器を作ったのだ。

 機能を絞った分だけサイズも抑えられるし、サイズを抑えた分だけ数も揃えられるしで、正に一石二鳥。

 唯一問題なのは、数が増えた分だけ情報を処理する水母(すいぼ)にかかる負担がかかるという点だが、彼の正体は魔法科学文明が残したスーパーコンピューター。

 この手の情報処理はお手の物なのである。


 この数日。私達は館に忍び込む度に、あちこちにこの水母(すいぼ)印のミニミニ盗聴器を仕掛けて回っていた。

 現在、この館の主要な各部屋には盗聴器が仕掛けられ、数々の情報収集に役立っている。

 残念ながら、高性能な水母(すいぼ)本体とは違い、超小型化した端末の通信可能距離はせいぜい数百メートル。

 なのでこの館の外から――例えば我々の宿舎でゴロゴロしながら――操作する事は出来ない。

 面倒だがこうやって館に忍び込んでチェックするしかないのである。


情報収集完了(大体分かった)


 このコラーロ館は、山の斜面に建てられた四つの建物で成り立っている。

 先ずは中央にデンと構えた大きな建物。正面には大きな入り口。そして中には巨大なホール(多分、パーティーに使うんじゃないかな?)。

 この館のメインとなるこの中央建物を仮に本館と呼ぶ事にする。

 この本館の左右には、本館を二回り程小さくしたような建物が二つ。

 こちらには招集された領主達が宿泊している事から、来客者用の宿泊施設だと思われる。

 そして本館の奥。他の建物よりも一段高い場所に、高い塔を持つ建物が建てられている。

 おそらくここは館の主人のための建物。居館とでも呼ぼうか。

 ここには現在、大モルト軍の指揮官、ジェルマン・”新家”アレサンドロが、奥さんや家臣達と一緒に宿泊している。


 四つの建物の周囲は高い城壁でグルリと囲まれている。

 ぶっちゃけ、見た目は館というよりもどこぞのお城だ。

 ご丁寧に監視塔まで建てられている。

 なる程、大モルト軍がこの館を本陣に選んだわけである。


 さて。侵入者達の数は数十人。

 正面から向かって左の宿泊施設に入り、空中回廊を通ってジェルマンの住む居館を目指しているようだ。

 宿泊施設に滞在中の領主達を完全スルーしている事からも、彼らの狙い(ターゲット)は明らかだ。

 ていうか、最初から彼らの狙いも、今夜襲撃を計画している事も盗聴してたから知っているんだがな。

 だからこうして事前に居館に潜んで待ち構えていたのである。


 おっと。館の兵士達が侵入者に気付いたようだ。

 急にバタバタと騒がしくなって来たわい。


『さて、ここからは出たとこ勝負。行くわよ水母(すいぼ)風の鎧(ヴォーテックス)!』


 私は身体強化の魔法を発動。

 狭い通路を一陣の黒い疾風(かぜ)となって駆け抜けるのだった。

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