その25 メス豚、転生者と出会う
「豚が喋った?! いくら異世界だからってそんな話聞いた事ないぞ!」
木の上で私を見下ろして目を丸くしている若い男。
一見猟師に見えるが、そうではない事は男の顔付きを見れば明らかだ。
まるで犬人間のように鼻から下が前に突き出ている。
”亜人”と呼ばれる人里離れた山野に隠れ住む種族だ。
てか流石は異世界。本当に亜人なんているんだな。
『異世界って、この世界の事を言っているの?』
「ん? あ、ああ、さっき俺そんな事言ったかな」
驚きのあまりつい口を突いて出てしまったんだろう。男は目を反らしながらすっとぼけた。
分かりやすっ!
私は今も男に吠え掛かっている野犬共に命じた。
『ステイ!!』
彼らは、ピタリと泣き止むとお行儀良くお座りをした。
完璧に躾けられた野犬の姿に驚く亜人の男。
ふっふっふ。驚いたようだね。こやつらは既に私によって調教済みなのだよ。
いやあ、ここまで躾けるのは苦労したよ。
けど、躾けられていない野犬の部下なんて危なくて側に置けたもんじゃないからな。
コイツらは野犬で私は豚。初遭遇の時の恐怖を忘れた訳じゃないのだよ。
そんなドヤ顔の私をスルーして、若い犬が一匹だけずっと吠え続けている。
さっき一足先に獲物に手を出して先輩犬に噛まれていたあの若犬だ。
・・・
さっきの先輩犬が慌てて飛び出すと、さっきと同じように噛みついた。
「キャイン」と鳴いて尻尾を丸める若犬。
何だろう、凄い既視感だ。
先輩犬は「すんません姐さん。コイツには後でアッシが言い聞かせておきやすんで」てな感じに頭を下げた。
・・・まあ良かろう。
『フリー!!』
犬達は一斉に立ち上がると後ろに下がって行った。
早速食事の続きに取り掛かるのだろう。
鹿の死体に集まっている。
『話があるから下りて来てくれない? そんな高い所を見上げて話すのは首が疲れるんだけど』
「あ・・・ああ。分かった」
亜人の男はおっかなびっくり、小動物のようにビクビクしながら木を伝って下りて来た。
さて、どこからどう話せば良いものか。
あ~ヤバい。緊張して来たわ~。
考え過ぎて色々と面倒になった私は、ド直球をぶん投げる事にした。
『私、今は豚だけど、前世は日本人だから』
私の言葉は男のハートにストライク。
男はポカンと大口を開けて立ち尽くした。
「あ、ゴメン。良く聞き取れなかったわ。もう一回お願い出来るかな」
『私は日本人だから。本名は榊原六花。あっちで死んでこっちの世界に転生したみたい』
何だろう。自分で口にした自分の名前にもの凄く違和感があるんだけど。
メス豚に生まれ変わってこの方、一度も口にした事の無い名前だからかもしれない。
逆にショタ坊の付けたクロ子って名前の方がしっくりくるような・・・
私、身も心もすっかりメス豚になっちゃったのね。
「そんな・・・えっ? 本当に? しかも日本人だって?」
驚愕する亜人の男。驚きのあまり混乱しているみたいだ。
・・・ええい、じれったいな。
こちとらとっくにお前の正体はお見通しなんだよ。いいからとっとと白状しやがれ。
たった一つの真実見抜く、見た目は子豚、頭脳は女子高生。その名は名探偵クロ子!
真実はいつもひとつ!
『さっきの話からするとあなたも日本人なんでしょ』
「あ、ああ悪い。すっかり混乱しちゃって。君の言う通り俺も転生者だよ。でも日本人じゃないぜ、フランス人だ。ヨハン・ド・プニエ。あ、今の名前はククトって言うんだがね」
あれっ? 名探偵、推理失敗するの巻。冤罪発生である。
でも転生者って部分は合ってるから半分正解でオネシャス!
てかフランス人か。私の魔法・翻訳はフランス語にも通じるんだな。
「どうだろう、俺はこっちの世界の言葉で話しているから。あ、でも日本語も分かるぜ。俺日本のアニメや特撮のオタクだからな」
そう言って何かの決めポーズを取るフランス人オタク。
いや、ドヤ顔されても何のことやら分からんがな。
何で日本人なのに知らないの? みたいな顔をされても困るっちゅーの。
どうやらククトは日本人ではないが、日本のアニメを良く知る外国人だったようだ。
ククトの前世は大学生だったらしい。
「ずっとバイトをしてお金を溜めてさ、ようやく念願の日本旅行に来た所だったんだよなあ・・・」
格安旅客機で日本についた当日。
前日から興奮のあまり一睡もしていなかったククトは、予約していた安ホテルのシャワーで汗を流してから秋葉原に繰り出す事にしたんだそうだ。
「最後の記憶は「あっ! 冷たっ!」だったよ」
どうやらククトは間違えて冷水のシャワーを浴びてしまったらしい。
徹夜と長旅に弱った彼の心臓はそのショックに耐えられずに・・・って、どこかで聞いた事のある話だなオイ。
つーか、私のケースとほとんど同じじゃないか。
ええっ? 何なの? 日本のシャワーってこの世界に通じているの?
心臓麻痺で死んだらこの世界に転生する仕様にでもなっているの?
「気が付いた時はこの体に生まれ変わっていたってわけさ。ショックだったよ・・・」
その時の事を思い出したのか、沈み込むククト。
まあ、遠い異国で死んだだけでもアレなのに、その上見ず知らずの異世界に転生してたんだから、誰だってショックを受けるに決まっているよな。
「あの時、ホテルの目と鼻の先に本物の秋葉原があったんだよ。なのに俺は一度も行く事無く、死んでこっちの世界に生まれ変わっちまったんだぜ」
そっちかよ! てか、多分そうなんじゃないかな? って思ってたよ!
「ああ・・・ エ〇ァのグッズが・・・ ポ〇モンのフィギュアが・・・ 春日部に聖地巡礼に行く計画が・・・」
顔に縦線を浮かべてブツブツとつぶやくククト。
なんだかなあ。
とはいえ、彼の無念も理解出来ないわけじゃない。
私だって、死んで転生したと知った時に最初にショックだったのは、「毎日苦労して参加して来たイベントの報酬がもう手に入らないのか」だったもんな。
パパ、ママ、ゴメンなさい。私はゲーム狂いの情けない娘に育ってしまいました。
いやね。だってしょうがないじゃん。
何の覚悟も無く、突然死んじゃった訳だし。
そりゃあ、その時やりかけていた事が一番気になるってもんでしょう?
私にとってはそれがスマホのゲームだったってだけでさ。
そう考えれば、日本のアニメオタクが、念願かなってようやく日本に来たのに何も出来ずに死んじゃったら、そりゃあ未練たらたらになるってもんよ。
ククトは悪くない。うん。むしろこうなるのが普通だ。
『ヱ〇ァかあ。私は新劇場版しか観た事ないけど、海外でもファンが多いって聞くよね』
「――”新”劇場版?」
私の漏らした一言にククトがピクリと反応した。
「Air/まごころを、君に、の事じゃないよな?」
『そんなサブタイトルだっけ? 序とかQとかそんなだったような・・・』
実はTVで放送していたのをながら見しただけなので詳しくは覚えて無かったりする。だってロボットアニメに興味ないし。
「えっ、ちょっと待って、違う作品の話をしているのかな? それって俺の知っている劇場版じゃなかったりする? どんな話だったか教えてくれるかな? TV版の続きってことはないよね? あれは完璧な終わり方だったし、もし続きを作ったのなら今までの積み重ねが全部ぶち壊しになるから。そこの所分かって言ってる? そんな話があるなら絶対にファンサイトに情報が上がるはずだし、俺のダチにも――」
水を得た魚と化し、ぐいぐい私に詰め寄るククト。
ウザッ! お前超絶ウザイわ!
「いや、大事だから。俺にとっては凄く大事だから。あの作品は俺のオタクスピリッツの原点にして聖典だから。具体的にはエ〇ァとハ〇ヒとらき☆〇たとネ〇ま!とカウボーイ〇バップとガン〇ムSEEDと――」
『聖典多すぎだろうが!』
どんなイカレた多神教の崇める聖典だ。
『ていうか、ヱ〇ァ以外一つも分からないんだけど』
「お前本当に日本人なのかよ?!」
失礼な。チャキチャキの千葉っ子だったわい。
ちなみにククトは15年前に死んでこっちの世界に転生したらしい。
つまりさっきのタイトルはその時期のアニメというわけだ。
15年前って私が1歳の頃じゃん。分かるわけないってーの。




