その258 メス豚、感謝される
私は初見殺しの新技、”忍者殺し”で大モルト軍イリーガル部隊のリーダー、キズ男を撃破したのであった。
おっと、いつまでも勝利の余韻に浸っている場合じゃない。
私は倒れたままの金持ち親子のお姉ちゃん――屋敷からさらわれたアンネッタへと駆け寄った。
アンネッタは手足を縛られ、猿ぐつわを噛まされている。
ケガをしているようには見えないが、グッタリと横になったまま動かない。
水母の体からシュルシュルと触手が伸びると、アンネッタの体を診断した。
『どう? 水母。まさか死んでるなんて事はないわよね?』
『診断中。――意識消失中。麻酔性薬物によるものと推測』
『薬物? 薬で眠らされているって事?』
『肯定』
どうやら薬で眠らされているだけで、大きなケガは無いらしい。
私達は間に合ったのだ。
私はホッと息を吐いた。
『・・・って、ちょっと水母! あんた何してるのよ!』
水母の触手が三本、四本と伸びると、アンネッタを持ち上げた。
『運搬を提案』
『安全な場所まで運ぶって事? ・・・まあ、確かにその方がいいか』
キズ男とその仲間達は倒したが、どこにコイツらの仲間が潜んでいるか分からない。
・・・って、そういや誘拐犯の一部を置き去りにしたままだった。
あの時は相手をしている時間が惜しかったから無視したけど、ヤツらが追いついて来る前に、この子を連れて逃げた方がいいかもね。
『分かった。落とさないように注意してね』
『超心外』
水母はアンネッタを黒マントの中にスッポリと包み込んだ。
月影の黒マントの中身はほぼがらんどうだ。小さな女の子くらいなら余裕で収納する事が出来る。
・・・しかし、これってどうなんだろうな。
私は頭上を見上げて、何とも言えない気分になった。
アンネッタを運ぶにはこうするしかない。それは分かっているんだけど、幼女が触手に凌辱されているようにしか見えないんだが。
幼女緊縛触手プレー。
そんな言葉が浮かんでくる。
吊り責めは緊縛プレイの中でも最上級のプレイだとか何とか・・・
いや待て! 私にそっちの趣味はないから! そういう話を聞いた事があるだけだから! 私はノーマルだから!
『移動を推奨』
『・・・・・・』
『重ねて推奨』
『お、おう! わ、分かったぜ!』
仕方がないんだ。これは仕方がない事なんだ。
けど、この光景は絶対にこの子の親御さんには見せないようにしよう。
私は固く心に誓いながら、急いでこの場を離れたのだった。
てなわけで、私はアンネッタの実家、オスティーニ商会の屋敷に戻って来た。
王都を良く知らない私は、他に適当な場所が思いつかなかったのだ。
まだネクロラの信徒を排除しきれていないのだろうか? 辺りはすっかり薄暗くなっていたものの、屋敷の周囲は相変わらず人でごった返していた。
『あれっ? あれって王都騎士団か?』
野次馬達の整理をしているお揃いの鎧を来た男達。今やすっかりお馴染みの王都騎士団の団員達である。
その時、野次馬達から「おお~!」とどよめきが上がった。
慌てて見回すと、屋敷から剣を持った男達が三人、慌てて逃げて来る所だった。
騎士団員が素早く彼らに取り付くと、武器を奪って拘束する。
ちなみに拘束と言っても、日本の警察のような優しい方法じゃない。剣で突き刺して倒れた所を縛り上げるのだ。
マジかよ。何とも過激な連中だぜ。
『過激?』
『・・・』
お前は散々殺していただろうって?
いやまあ、私の場合は状況がそれを許さなかったっていうか。他に方法が無かったって言うか。
切りかかられたんだから殺るしかないだろ?
その時、屋根の上の私を見つけた野次馬達の一部が、こちらを指差して騒ぎ始めた。
結構暗くなって来ているってのに。目ざといヤツもいたものである
おや? こちらに手を振っているのは、騎士団の女騎士リヴィエラじゃないか。
副団長自らが陣頭指揮をとっていたのか。
そして今まで気付かなかったが、一緒にいるのはアンネッタの家族、金持ち親子一家である。
そういや屋敷の中で姿を見なかったけど、どこかに出かけていたのだろうか?
それはそうと、みんな揃っているなら都合がいい。
私はこれ以上騒ぎになる前に、彼女達に合流する事にしたのだった。
「月影殿! 今までどこに?! 屋敷で戦っていたのではなかったのか?!」
開口一番、女騎士リヴィエラが私に詰め寄った。
気持ちは分かる。気持ちは分かるが、まあ待ちねぇ。
『ボソリ(水母、お願い)』
『了解』
「なんだ? 今の声は・・・こ、この少女は?!」
「アンネッタ!」
私の合図で水母がアンネッタを降ろした。
後ろ手に縛られ、グッタリとして動かない娘の姿に、金持ち親子がギョッと目を剥いた。
【心配はいらない。薬で眠らされているだけだ。ケガもしていないし、じきに目を覚ますだろう】
「あ、ありがとうございます! アンネッタ、よく無事で・・・」
金持ち親子は娘を抱きしめると喜びの涙を流した。
ちなみにリヴィエラは目を丸くしながら、アンネッタと私――月影を何度も見比べている。
スリムな月影の黒マント姿の、どこに少女を抱えていたのだろうか? そんな風に思っているようだ。
まあ、そうなんだが、まさか馬鹿正直に「こう見えて、実はがらんどうなんです」などと答えるわけにはいかない。
「あの、さっきはどこからこの少女を――」
【屋敷からその娘をさらって逃げ出した輩がいたのでな。そいつらの後を追っていたのだ】
あぶねえ。
私は質問をされる前に話を進めて誤魔化す事にした。
私は十人程の男達がアンネッタをさらって逃げ出した事。今までそいつらを追っていた事。そのほとんどは既に倒している事。などを説明した。
【集団の中にはリーダーらしき男がいた。良く目立つ傷だらけの男だったし、そいつの事を調べれば今回の件に関して何か分かるんじゃないか?】
「なる程。おい、月影殿の言った通りの場所は分かるな? ここはもういい。何人か連れて現場に向かえ」
「はっ!」
リヴィエラの命令を受けて、騎士団員達が走り出した。
ここから先は後で知った話になるが、彼らは急いで現場に到着したものの、何も見つけられなかったそうだ。
血の跡から、この場所で争いがあった事だけは分かったが、死体どころか遺留品一つ残っていなかったらしい。
生き残った工作員だけで、八人もの死体を片付けたと考えるのは流石に無理があるだろう。
どうやら私が思っているより、この王都には多数の大モルト軍工作員が入り込んでいたようだ。
「月影殿。娘を助けていただき、ありがとうございました」
金持ちパパが私に頭を下げた。
「先日は私達家族を救って貰ったばかりか、今日はアンネッタを暴徒から救って貰きました。月影殿――本当に。本当に・・・ぐっ・・・すみません。うっ・・・ううっ」
金持ちパパは言葉を詰まらせると、目元を手で覆い、嗚咽を漏らした。
金持ちママも涙を流しながらハンカチで口元を隠している。
これ以上言葉を続けられない金持ちパパに代わって、アンネッタの弟君が私にお礼を言った。
「月影殿。姉を暴漢共の手から救い出して頂き、本当にありがとうございました。姉は先日、あなたに助けてもらった時の話を、何度も嬉しそうに私に語ってくれました。今、姉は眠っていますが、今日もあなたに助けられたと知ったらきっと喜ぶでしょう。本当にありがとうございました」
弟君はそう言うと私に頭を下げた。
【気にするな。頭を――】
「月影殿」
女騎士リヴィエラが私の言葉を遮った。
「月影殿はさらわれた少女を救っただけじゃない。少女を助けた事で少女の家族も救ったのだ。気にするな、などと言うべきじゃない。ここは素直に感謝の言葉を受け取るべきだと私は思うぞ?」
そう? そうなんだろうか? いや、きっとそうなんだろうな。
私はアンネッタの方へと振り返った。
アンネッタはロープを解かれ、今はママに膝枕をされている。
乱れていた髪は整えられているものの、頬に残った涙の跡が痛々しい。
あの時はその場の勢いというか、夢中なだけだった気がする。
助けなきゃ。そう思って後先考えずに突っ込んで行った。ただそれだけだった。
その結果、私はさらわれた女の子だけでなく、彼女の家族も救ったのだ。
この子が助かって本当に良かった。
この時、私は心の底からそう思ったのだった。




