その24 メス豚は山野を駆ける
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イサロ王子軍がルベリオのグジ村を出発したのは三日後の事だった。
十分に休みを取った兵士達は元気を取り戻し、アマーティでの勝利もあって意気軒昂、あちこちで笑顔を浮かべる姿が見うけられた。
そんなイサロ王子軍の中にあって、イサロ王子は難しい表情を浮かべていた。
負傷したルジェロ将軍の容態が思わしくないのである。
将軍は重度の昏睡状態――いわゆる植物状態になっていた。
医師の診断によると、おそらくこのまま衰弱死するだろう、との事だ。
王子は少し決断を迷ったが、一刻も早く王都へ戻る事にした。
今の将軍の体がこれ以上の行軍に耐えられるかは分からない。だが、村に留まって回復するならそうするが、治る見込みが無いのなら、意識はなくともせめて命がある間に王都の家族に会わせてやりたい、そう考えたのである。
本来であれば捕虜にした敵兵は置いて行きたい所だが、グジ村には彼らを収容するだけの能力は無い。
行軍速度は落ちるが連れて行くしかないだろう。
彼らは武装を解除された上でいくつかのグループに分けられて監視がつけられた。
道中でうっかり逃げられて野盗化すれば治安が悪化する。
監視は厳重にするよう念を押されていた。
イサロ王子軍の中にはルベリオの姿もあった。
あの日、幼馴染みの少女にこっぴどくフラれた彼は、その翌日には王子の誘いを受けて王都へ向かうことを決めていた。
「村に居辛くて・・・」
「・・・まあ気持ちは分かる。気持ちの整理が付くまで環境を変えるのも悪くないだろう」
たまたまあの現場に居合わせて事情を良く知るイサロ王子は、ルベリオの痛ましい姿に同情の視線を送った。
「祖父母が村に残ると決めたのは残念だったな。十分な礼はしておいたので今後の生活に苦労はしないだろう」
「気遣って頂きありがとうございます」
あの後、イサロ王子は自らルベリオの祖父母を訪ねた。
そこで二人から聞かされた話は驚くべきものだった。
(まさかルベリオの出生にそんないわくがあったとは・・・ 村の子供にしては聡明だと思っていたが)
「あの、何か?」
「いや、何でもない」
王子の意味ありげな視線にルベリオは訝しんだ。
あの時、あの場にルベリオはいなかった。「少し一人になりたいです」と言い残してどこかにトボトボと歩いて行ってしまったのだ。
イサロ王子は「ショックのあまり首を吊ったりしないだろうな」と心配して、密かに使用人に後をつけさせたが、ルベリオは夕日が落ちるまで池のほとりで黄昏ていただけだったという。
王子が、彼がそこで初めて少女とキスをした、と知るのは大分後になってからの事である。
ルベリオの祖父母は「孫が帰って来る場所を残しておきたい」と言って村に残る事にした。
王子は二人に十分な礼金を払った上で、村長のホセにも二人の事を気にかけておくように命じた。
こうしてルベリオは祖父母の手を離れて、王都へ向かう事になったのである。
この時ふとルベリオの心に疑問が浮かんだ。
(そういえばあれからクロ子はどこに行ったんだろう)
あの日以来、ルベリオはクロ子の姿を見ていなかった。
村長の家のブタ小屋で姿を見なかった以上、村に戻ったという訳では無いのだろう。
(あのまま山に逃げたんだろうか?)
だったら、それはそれで良かったのかもしれない。
あのまま飼われていても、いつ潰されてしまうか分からないからだ。
飼われた家畜が自然の中で生きていけるかどうかは分からないが、案外クロ子なら要領よく生きていくんじゃないか、とルベリオは思った。
「母上の実家で生活出来るように取り計らおう。俺には丁度お前と同じ年頃の妹がいるのだ。王城を嫌ってよく実家に戻っているから会う事もあるだろう。わがまま娘だから気を付けておくがいい」
「わ、分かりました」
何をどう気を付ければ良いか分からないまま、とりあえず頷いておくルベリオだった。
王都でどんな出会いと生活が彼を待っているのだろうか?
大きな不安と僅かな希望を胸に、ルベリオは国境の小さな村から旅立つのだった。
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私は山の中を走っていた。
周囲には私を取り囲むように何匹もの野犬が走っている。
あの日、私に襲い掛かって来たあの野犬の群れだ。
「そこだ! 最も危険な銃弾!」
「キエエエエエーン!」
私の魔法に足を撃ち抜かれた鹿が倒れた。
すかさず襲い掛かる野犬共。
少しの間暴れていた鹿だったが、やがてぐったりと動きを止めた。
野犬に被害はないようだ。
彼らは下がると私に道を開けた。
その隙に抜け駆けして獲物に食らいつこうとしていた若い野犬に、群れの上位者が襲い掛かって牙を突き立てる。
「キャイン!」
情けない悲鳴を上げて尻尾を股に挟む若い野犬。
犬の群れの序列は絶対。倒した獲物はリーダーが最初に食べる事になっているのだ。
彼らのリーダー、つまり私である。
私は鹿にかぶりついた。
むっ。食えん。
私の口には大人の鹿は大きすぎる獲物だったようだ。私は仕方なく鹿の耳をかじった。
野犬共は私の様子を窺ってから、群れの序列を守って獲物に食らいついた。
あの日、敵軍の暴走竜関係者を始末した私は、適当な場所でボブに下してもらった。
そのまま私は山に入ると、わき目もふらずに豚走――じゃなかった、遁走したのであった。
いやだって、あのまま王子軍といたら村に戻っちゃうじゃん。
今度こそ戦勝祝いのごちそうにされちゃうじゃん。
私の代わりに兄弟豚の誰かが潰されるかもしれないけど、それはそれ。
まさか兄弟豚を助けるために王子軍を敵に回して一人で戦う訳にもいかない。
それで彼らが感謝してくれるとも思えないし。
兄弟っていっても、所詮彼らはただの豚だからなあ。
こうして私の山での気ままな一人暮らしが始まった。
そんなお前がなんで野犬のリーダーに収まっているのかって?
浮世の義理というヤツですよ。
どうやら彼らはリーダー犬を失ってから、すっかり縄張りを荒らされまくっていたらしい。
私を見付けた途端に腹を見せてすり寄って来た。
お前らには犬のプライドが無いんかーい。
放っておくのも哀れだったので、私は彼らを率いて他の野犬の群れや野生生物と仁義なき戦いを繰り広げた。
その結果、この一帯の縄張りはクロ子の姐さんのもんじゃい、ということになったのである。
訳が分からないって? いやまあ、自分でも「どうしてこうなった?」って思わないでもないけどな。
私も大概お人好しだぜ。お豚好し? どっちでもいいか。
鹿の耳をハムハムと齧りながらそんな事を考えていた私の耳が、ふと不自然な物音を捉えた。
敵の群れの鉄砲玉か?! 最も危険な銃弾!
私の無詠唱魔法が発動。不可視の弾丸が木に命中した。
いやまあ無詠唱って言っても、魔法名を叫んでないだけなんだけどね。
いつもは気合が入るしカッコいいから叫んでるだけで、魔法って無言でも普通に使えるから。
他の野犬の群れや獲物に不意打ちをかける時なんかには、叫んでたら気付かれちゃうしね。
「うわあああっ!」
ガサガサと葉っぱをまき散らしながら、木の上から男が落ちて来た。
何とか木の枝につかまって地面には落ちずに済んでいる。
服装といい、弓を背負っているところといい、一見猟師に見える。
けどこの世界の(あるいは元の世界でも?)猟師は木の上になんて登らない。
それに男の顔は、鼻面が前方に伸びた犬人間のような顔をしている。
姿は見た事が無いけど、村で話だけは聞いたことがある。
亜人という生き物だ。
人里離れた山野に隠れ住んでいるという。
「ひえええっ!」
亜人の男は慌てて木をよじ登った。
野犬が飛びかかると、さっきまで男の足があった空間に噛みついた。
間一髪。後一瞬足を上げるのが遅ければ、男の足は野犬に食いつかれていた事だろう。
「おっかねえ! 最近豚が野犬の群れのボスになったって言ってたヤツがいるけど、あれってマジだったのかよ!」
ほう。私は亜人のコミュニティの中で話題になっているのか。
人間の村まで伝わってガチムチの耳に入りでもしたら厄介だな。
どうするべきか・・・
「しかも豚のくせに魔法まで使うなんて、いくらなんでもやり過ぎだろ! チートだ、チート!」
私に文句を言われても知らんがな。
まったく、豚のくせにだのチートだのと・・・
・・・何?
今、何て言った? チートってひょっとしてあのチートの事か?
『ずる? あなたどこでその言葉を聞いたの?』
「?! 今のは誰だ?! 女の声?! 俺の言葉が何だって?! 誰だ! 何処にいる! 誰が俺に話しかけた!」
亜人男は驚いてキョロキョロと辺りを見渡している。
そして私は男に私の言葉が通じた事に驚いていた。
『あなたの足元にいるでしょ。黒い豚。私が聞いたのよ』
「豚が喋った?! いくら異世界だからってそんな話聞いた事ないぞ!」
この亜人男、ここが異世界だと思っている!
まさか私と同じ転生者なのか?!
他の作品の執筆もあるので、今後は更新ペースを落とす事になります。
申し訳ありません。
続けるつもりはあるので、気長にお付き合い頂ければと思います。




