その254 メス豚、捜索する
男が握っている剣は、犠牲者の血で赤く染まっていた。
【最も危険な銃弾!】(CV:杉田智〇)
「ぎゃっ!」
不可視の弾丸が男の胸元で炸裂。
男は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
死んだかもしれないし、衝撃で気を失っただけかもしれない。
戦闘不能になったのなら、どっちでも同じ事だ。
【ザコに構っている時間は無い! どけ! 最も危険な銃弾!】
私は一気に階段を駆け抜けた。
私の魔法を食らった男が階段から転がり落ちる。
【ムッ! 大モルト軍のヤツか! 最も危険な銃弾!】
驚いて立ち尽くす薄汚い男達の背後に、素早く逃げ出した男を発見。
襲撃者を裏で操る存在――大モルト軍の工作員、イリーガル部隊の人間に違いない。
男は私の殺気を察したのだろう。素早く射線を切ると手近な部屋に飛び込んだ。
標的を失った不可視の弾丸は、廊下の奥の壁に命中。乾いた破裂音を鳴らした。
シット! 逃がしてなるものかよ!
「い、今の音は何だ?!」
「なんだこの黒マントは?! 屋敷の者じゃないのか?!」
【邪魔するな! 最も危険な銃弾×3!】
パパパーン! と、連続して破裂音が響いた。
男達は弾けたお腹を押さえてうずくまった。
私は三角飛びの要領で壁を蹴ると、彼らの頭上を駆け抜けた。
部屋に飛び込むと――いた! 今度は外さん!
【最も危険な銃弾!】
男は窓から飛び降りようとした所を、私の魔法を食らって無様に転落した。
庭の植え込みに落ちたのだろう。バキバキと木の枝がへし折れる音と共に、重い物がドサリと落ちる音が聞こえた。
死んだか? 分からん。
だが、生きていたとしても重傷を負っているのは間違いない。
今は確認している時間も惜しいし、放置でいいだろう。
剣を振り上げながら、別の男が部屋に飛び込んで来る。
ええい、忙しい。
【最も危険な銃弾!】
「ぐわっ!」
男のみぞおち辺りに魔法が命中。
男は前のめりのまま、勢い良く頭を家具の角に打ち付けた。痛そう。
【くそっ! ネクロラの信徒がジャマ! マジでウザい!】
オスティーニ商会の屋敷を襲った襲撃犯。
大モルト軍の工作員達は、既に撤退を始めている。
どうにか追いついて仕留めたい所だが、彼らが集めた王都の浮浪者達――ネクロラの信徒達が私の行く手を阻んでいる。
彼らは人を殺した事でハイになっているのか、私を見付けると逃げるどころか逆に襲い掛かって来る。
思うように前に進めない状況に、私はストレスをため込んでいた。
【アンネッタを助けに行かなきゃならないのに!】
アンネッタは、金持ち親子の金持ち姉弟。そのお姉ちゃんだ。
さっき、屋敷の外まで彼女の悲鳴が響いてからしばらく経つ。
もうとっくに殺されているかもしれない。
【・・・いや、まだそうと決まった訳じゃない】
ここには水母がいる。仮に負傷していたとしても、死んでさえいなければ水母の治療が間に合うかもしれない。
それにアンネッタを発見したのがロリペドクソ野郎なら、殺す前に欲望のはけ口にしている可能性だってある。胸糞悪い想像だが。
その場合、彼女の命はまだ無事だ。諦めるのは早い。
【だから邪魔だっつーの! 最も危険な銃弾!】
「ぐわっ!」
「な、何だ?! 何が起きて――ぎゃっ!」
私はアンネッタの姿を探して屋敷を走り回った。
くそっ。なんて広い屋敷だ。家なんて二十坪もあれば十分だろうに。ちったあ日本の住宅事情を見習ったらどうだ。
焦る私の頭を水母の触手がツンツンとつついた。
『要注目』
ニュルリと伸ばされた触手。その先にはバルコニーに集まった男達がいた。
私はハッと目を見開いた。
『見つけた!』
そう。男達の中でもひときわ目立つ痩せた長身の男。全身傷だらけのそいつは、縛られた少女を肩に担いでいた。
アンネッタだ!
私は全力で屋敷の廊下を走った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
二階のバルコニーに集まっているのは十人程の男達。
この屋敷を襲った大モルト軍の諜報部隊、”草葉”のメンバーである。
その一人。赤ら顔の中年男が笑顔の青年に声をかけた。
「”紅葉”。”松葉”がまだ来ていません。屋敷の中で何者かが暴れている様子。動くに動けないのかもしれません」
紅葉と呼ばれた青年は、困った顔で唸り声を上げた。
「う~ん。彼女の事は確かに心配だけど、”棘”の人達がこれ以上僕達を待ってくれるとは思えないんだよね」
アンネッタを担いだ傷だらけの男――毒蛾が振り返った。
「残りたいならお前達”枝”だけで残るがいい。俺達”棘”は先に行かせて貰う」
彼らは脱出のためにこのバルコニーに集まっていた。
しかし、屋敷の周囲は野次馬がビッシリとひしめいている。
まさか全員で切り込むつもりだろうか?
「! 合図ありました! 来ます!」
タンッ!
隊員の言葉と同時に、壁に矢が突き立った。
矢には細い糸が結び付けられている。
隊員は素早く矢を回収すると、糸を両手で手繰り寄せた。
糸は途中から細い紐になり、やがて丈夫なロープとなった。
そのロープがピンと張られると、隊員はロープの端をバルコニーの手すりに結び付けた。
「準備終わりました」
「うむ」
ロープの反対側は、通りを挟んだ別の家の屋根に結び付けられている。
彼らはこのロープを伝って屋敷から脱出するつもりなのだ。
毒蛾はアンネッタを担いだまま躊躇なくロープに足を踏み出した。
「最後の者は屋敷に火を付けろ」
「ああ、それは僕達、枝の者達がやっておくよ」
青年がにこやかに手を振った。
「最後まで残って、仲間が合流するのを待ちたいからね」
「――好きにするがいい」
毒蛾はまるで道の上を歩くように、スルスルとロープの上を歩いて行った。
少女とは言え、とても人ひとり担いでいるとは思えない。
驚くべき体術であった。
彼が隣家の屋根の上に到着すると、棘の隊員達が次々とロープの上を渡っていった。
そして誰一人欠ける事無く、全員が危なげなく隣の屋根に到達した。
バルコニーに残されたのは三人。
枝の者達である。
「どうします、紅葉。松葉を捜しに屋敷に戻りますか?」
「そうだね~。荒事専門の実行部隊の棘と違って、僕ら枝は――中でも十年以上に渡ってこの国に潜伏していた”根”は、特に替えが利かないからねえ。貴重な人材をこんな馬鹿げた任務で――おっと、野蛮な任務で失うのは惜しいかなあ」
青年は言葉を言い直したが、大した違いがあるようには思えなかった。
部下は思わず苦笑した。
「それにしても、まさか警告のためだけに商人一家を皆殺しにしようとするとは・・・。オスティーニ商会はサンキーニ王国の金融を握る大商会と聞いています。彼らを殺してしまっては、ジェルマン様がこの国を治める際にご不自由されるでしょうに」
「ホント、そうだよねえ。そのくせサバティーニ伯爵には警告で済まそうとしているってのがまた、ね。
騎士団上がりには根本的にその辺が理解出来ないんだろうね。人の価値を家柄でしか計れないというか。実際は最近落ち目の伯爵家なんかより、オスティーニ商会の方がずっと利用価値が高いんだけどねえ。
ここの家族が急に出かけて良かったよ」
青年はそう言うと、痛ましそうな視線を通りの向こうに――毒蛾の姿が消えた屋根の上に向けた。
「娘が一人残っていたのは本当に気の毒だったけど、おかげで棘のメンツも立ったし、変に僕達の能力も疑われずに済んだ。せめてあまり苦しまずに死んでくれるといいんだけど・・・」
青年は小さくかぶりを振ると、枝の仲間に振り返った。
「それより松葉だ。屋敷の中を少し捜そうか。それで見つからなければ諦める。二手に分かれて――」
その時、黒マント姿の男が部屋に飛び込んで来た。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ちいっ! 遅かったか!
私は開け放たれた窓を見て舌打ちをした。
さっきまで男達が――大モルト軍の工作員達が集まっていた大きなバルコニーには誰もいない。
男達もいなければ、ヤツらにさらわれたアンネッタの姿もなかった。
空になったバルコニーの手すりには、一本のロープが結び付けてあった。
『ヤツらあれを伝って、隣の家の屋根に逃げたのか?』
最初から準備していたんだろうか? 何という用意周到なヤツらだ。
ロープの先は道を挟んで隣の家の屋根に続いている。
そこからはどこに逃げたのか分からない。
ここで諦める? 否。
ヤツらはついさっきまでこのバルコニーにいたのだ。
急いで追いかければまだ間に合う。
相手は女の子を担いだ集団だ。見逃すとは思えない。
『ヤツらがアンネッタをどこかに隠す前に絶対に追い付いてやる!』
私はロープに足を乗せようとして――
『――いや、これくらいの距離なら、わざわざロープを使わなくてもいいか。水母。一応、落ちそうになったらフォローよろしく』
『了解』
私はヒラリとジャンプ。黒いマントが王都の大空に舞い上がった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
クロ子が去ると、部屋のあちこちに隠れていた男達が姿を現した。
「おいおい冗談だろ。咄嗟に隠れちゃったけど、何だよ今の黒マント・・・」
青年は――紅葉の声は震え、いつもの笑顔も引きつっている。
「ヤバイなんてもんじゃない。この距離をひとっ飛びって。一体どんな化け物なんだ」
青年の見つめる先、驚異の跳躍力を見せた黒マントは、既に屋根の上から姿を消していた。
次回「メス豚vsイリーガル部隊」




