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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第七章 混乱の王都編
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その247 メス豚、逃げ損ねる

 私は仕方なく、先程女騎士達に話した説明を全員に向けて繰り返した。

 話せば話す程、胡散臭くなっていくこの空気。

 誰か助けて。

 しかし、そこはさすがのドン・バルトナ。多くの部下を従える首領(ドン)の異名は伊達じゃない。

 空気読める系の彼は、今の話だけで私の言いたかった事(というか、言いたくなかった事)を察してくれたのである。

 ドン・バルトナは女騎士に向き直った。


「俺は月影(つきかげ)殿が言ってくれたような立派な男じゃありません。縄張りを治めていくために、無茶を承知でテメエの面子を立てなきゃならなかった。俺に付いてきてくれる部下の生活を守らなくちゃいけなかった。ただそれだけでやった事でございます」


 ドン・バルトナが自分から利益で動いたと明言した事で、騎士達は納得の表情を浮かべた。

 ついでに女騎士も納得した様子だったが、それはそれとしてドン・バルトナの潔さに感心したようだ。


「ドン・バルトナよ。そのように自分を卑下する事は無い。本来であればお前がやった事は、我ら王都騎士団が行わなければならなかった事だ。済まなかったな」

「いえ。こちらこそ勝手な行動で王都を騒がし、騎士団の皆様にお手数をおかけしてしまいました。誠に申し訳ございませんでした」


 互いが互いの顔を立てた事で、これにて一件落着。

 ドン・バルトナは女騎士に頭を下げつつも、「これでいいんだろ?」と言いたげな目で私の方を見た。

 いや、助かったわ。あんたって”いかにも武闘派”って感じの見た目によらず、意外と頭が回るのな。

 私はホッと胸をなでおろした。


「しかし、バローネ団長は、この屋敷に隠していた武器をどこに運ぶつもりだったんだろうな? ドン・バルトナ。お前は何か知らないのか?」

「さあ? 俺はそこまでは。俺が掴んだのは、騎士団の団長がこの屋敷に横領した装備を隠している、という情報だけでしたので」


 彼らの視線は再び私に向いた。

 面倒事をここで終えたいのなら、私は「自分も知らない」と答えるのが正解だったのだろう。

 しかし、直前の会話で気が緩んでいた私は、つい正直に返事をしてしまった。


【そういえば、全部伯爵家に売るとか言っていたな】


 その瞬間、イケメン騎士の凛々しい眉間にしわが寄った。


「伯爵家? それはどこの伯爵家の事で?」


 さあ? 名前とか言ってたっけ? そんなの聞いてなかった気が――『記憶(聞いてる)。サバティーニ伯爵の家令』、あ、うん。ありがとね水母(すいぼ)


月影(つきかげ)、今の声は――」

【そうそう。サバティーニ伯爵家の家令に話を持ち掛けられたそうだ】

「サバティーニ伯爵?!」


 女騎士は水母(すいぼ)の声が聞こえたのか、不思議そうにしている。

 そしてイケメン騎士は、サバ何とか伯爵の名前にサッと顔色を変えた。


「どうしたラルク。サバティーニ伯爵がどうかしたのか? 伯爵家の家令は装備の出所が、横流しされた物だと知らなかっただけなのではないか?」

「それはそうかもしれませんが・・・。副団長はサバティーニ伯爵に関する噂をご存じありませんか?」

「噂? さて? 何か聞いていたかな・・・」


 ん? 噂? ああ、そういや小悪党も何かそんな事を言っていたっけ。


【伯爵が兵をパルモ湖畔に集めている、というアレの事か?】


 私の言葉に、全員がギョッと目を剥いた。

 今度はなんだよ。

 てか、イケメン騎士まで驚いているのはどうしてだ? あ。ひょっとして彼が言っていたのは、別の噂の話だったとか?

 あ。これひょっとして、やらかしたかも。


「つ、月影(つきかげ)殿! 今の話はまことか?! 他に何を知っている?!」

「一体どこでそのような話を?! まさか、バローネ団長から聞いたのか?!」


 女騎士とイケメン騎士が血相を変えて私に詰め寄った。

 近い。近いって。それとマントを掴もうとするな。中身が空っぽなのがバレちゃうから。


【俺が知っているのはそれだけだ。話はお前達の団長から聞いた】

「団長から・・・。ラルクよ。お前が知っている噂はどんなものだったのだ?」

「――サバティーニ伯爵が武器を集めている、という噂です。しかし、てっきりそれは王都の屋敷を守るためだと思っていました。

 パルモ湖畔に兵を集めているのは完全に初耳です。余程上手く隠していたのでしょう。

 現在、王都には大モルト軍の間者が入り込み、跳梁跋扈している状態です。こんな話が、もしも彼らの耳にでも入れば――」

「耳に入れば? どうなると言うのだ?」


 イケメン騎士は少し躊躇いながら続けた。


「大モルト軍に、王都を占拠する恰好の口実を与える事になるやもしれません。更には彼らに捕らえられている陛下と殿下のお命も危うくなる可能性が」

「陛下のお命が?! そんな!」


 ランタンの薄暗い明かりの中でも、女騎士をはじめ、騎士団員達の顔色が一斉に変わったのが分かった。

 女騎士は驚きのあまり声も出ないようだ。

 イケメン騎士はハッと我に返ると、厳しい表情でドン・バルトナ達に振り返った。

 どうやらあまりに予想外の話を聞かされたショックで、この場に部外者がいたのを失念していたようだ。


「――悪いが、話を聞かれた以上、お前達を帰す訳にはいかなくなった。しばらくの間、我らの監視下に入って貰うぞ」


 ドン・バルトナは、一瞬、ピクリと眉を動かしたが、それ以上動揺を見せる事は無かった。


「分かりました。ことは国の一大事。ご指示に従いましょう」

「そう言ってくれると助かる。この危機に、お前のような草莽そうもう(志を持った在野の人)と出会えたのは、我らにとっての僥倖。あるいはこれこそ幸運の神ラキラのお導きかもしれん」


 イケメン騎士よ。なにやらいい感じに納得している所を悪いが、ドン・バルトナは君から見えない角度で思いっきり顔をしかめているからな。ムチャクチャ苛立ちを堪えているから。

 そりゃまあ、ドン・バルトナ的には、別に知りたくもなかった話を聞かされた挙句に拘束されてしまった訳だからな。

 僥倖なんて冗談じゃない。幸運の神様ちゃんと仕事しろ、ってな所だろうな。


 ん? 何でみんな私を見ているんだ?

 イケメン騎士がおずおずと私に声をかけて来た。


「あの、月影(つきかげ)殿も我らに従って頂きたいのだが」


 え? 私も?

 てか、そりゃそうか。

 話を聞いただけのドン・バルトナ達ですら拘束されるのだ。より詳しい事情を知る(んな事はないんだが)私――月影(つきかげ)をフリーに出来る訳はないわな。


【帰ったらダメなのか?】

「そ、それは! ・・・出来れば協力して頂きたいのですが」


 イケメン騎士的には、あくまでも手荒な真似はしたくないようだ。

 まあ、こいつはさっき私の魔法の威力を見ているからな。

 まともな想像力のある人間なら、あれを自分の体で食らいたいとは思わないだろう。


【いつまで拘束されるんだ? 明日には帰れるのか?】

「明日?! あ、いや、明日というのはちょっと・・・」


 一日じゃ無理か。彼らの事情も分かるし、そのくらいなら協力してもいいと思ったんだけどなあ。

 とはいえ、流石に何日も拘束される訳にはいかない。

 彼らと長く一緒にいればいる程、正体がバレる危険性も増すし、ここには私をフォローしてくれるクロコパトラ歩兵中隊(カンパニー)の隊員達もいない。

 そもそも私が王都に来た目的は、大モルト軍と交渉し亜人達の権利を約束してもらうためだ。

 私にも譲れぬ事情というものがある。こんな所で何日も見張られている訳にはいかないのである。


 折れない私に困り果てるイケメン騎士。

 ここでドン・バルトナが彼に助け船を出した。


「騎士殿。ここは一つ俺に時間を頂けませんかね?」

「どういう事だ?」

月影(つきかげ)殿の説得を任せてくれ、って事でさあ。部屋を一つお借りしますよ。さあ、月影(つきかげ)殿、あちらで話をしましょうか」


 ドン・バルトナはそう言うとズカズカと部屋を出て行った。

 私達が呆気に取られていると、彼は入り口からヒョッコリ顔を出した。


「いや、あっちの部屋で話をしようって言っただろ。空気を読んで付いて来てくれよ」


 あ、うん。分かった。




 ドン・バルトナは適当な部屋に入ると、部下に外を見張っているように命じた。


「全く冗談じゃねえぞ!」


 彼は吐き捨てると、壊れた戸棚を蹴り付けた。


「なんで俺が騎士団に拘束されなきゃいけねえ! ったく、厄介な事に巻き込まれちまったもんだぜ!」


 うん。私の一言が原因だな。

 口は災いの元。反省。


「なあ、月影(つきかげ)殿。あんたの所の女王陛下のお力でどうにか俺達を自由にしてくれねえかな?」

【騎士達を倒せと?】

「ばっ、バカ! 違うって! そういった直接的な手段じゃなくて、搦め手の方向でどうにか出来ねえかって話だよ」


 ああ、なる程。物理的な力じゃなくて、政治力でどうにかならないのか、って言いたかったのか。


【ムリだな。クロコパトラ女王は王都に知り合いはいない】

「亜人達の女王だもんな。仕方ねえか」


 実際はイケメン王子とか、ショタ坊とか、若手貴族コンビとか、心当たりがない訳じゃないけど、彼らは全員大モルト軍の捕虜になっているはずだからなあ。

 そういや、ショタ坊は無事だろうか。敵の捕虜になって「アッー」になったりしてないだろうか。


 私がショタ坊の貞操を心配していると、ドン・バルトナは「あまりこの方法は取りたくなかったが」と、ポツリと呟いた。


「ロバロの爺様に頼るしかねえか。あの爺さんに借りは作りたくはなかったんだがなあ」


 ロバロの爺様? ああ。あのやたら目付きの鋭い白髭の老人か。金持ち親子の父親で、王都の金融業界のトップ。金貸し商会の商会主だったっけ。

 確かに。それなら騎士団にも顔が利きそうだ。

 だったらついでに私も助けて貰えないだろうか?


「それよりもさっきのサバティーニ伯爵の話。まさか爺さんが絡んでいたりはしてねえよな」


 あの老人が? どうやらあの老人、見た目通り一筋縄ではいかない人物のようである。

次回「サバティーニ伯爵の計画」

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