その246 メス豚、職質を受ける
王都騎士団の装備を横領して、横流ししていた小悪党男爵ご一行。
彼らは突然現れた謎の女騎士(部下らしきイケメンが副団長とか呼んでたな、確か)達によって、あれよあれよという間に拘束されてしまったのだった。
さて、これからどうするか。
私は壁際で彼らの働きを眺めながら、今後の事をボンヤリと考えていた。
悪党達の拘束が粗方終わると、背の高い騎士が私の所にやって来た。
女騎士を「副団長」と呼んでいた例のイケメン騎士だ。
「それで、月影殿だったか? 詳しい話を聞きたいんだが?」
ああ、うん。まあ、そうなるよな。
まさか「君らの団長が隠していた装備をパクりに来ました」とは言えんよなあ。
床でふん縛られてる小悪党共と違って、こっちは真面目な騎士団員っぽいから、倒してしまうのもどうかと思うし。
相手がイケメンだからっていい子ぶるなって? いやいや、私は誰彼構わず襲い掛かる無法者じゃないから。
これでも戦う相手は選んでるつもりだから。
「月影殿?」
【う、うむ】
さて、この場をどう誤魔化すか。
迷った私はいつもの策を選んだ。
そう。ザ・先送りである。
説明は一先ず置いておいて、私は例の騎士団員(と思わしき)の死体が埋められていた部屋に、彼らを案内したのである。
「うっ! こ、これは」
「副団長は下がっていて下さい。おい、そこのドアを外してその上に死体を乗せるんだ」
女騎士は死体を見るのは初めてだったのかもしれない。口元を押さえて青ざめている。
騎士団員達は死にそうな顔になりながら、床の穴から死体を引っ張り出した。
お前は平気なのかって? そりゃあ前世は人間だったし、決して気分が良いものじゃないさ。
けどまあ、こういうのは慣れだな慣れ。知り合いの遺体ならともかく、所詮は見ず知らずの人間の死体だからな。
君らも何度か見てればそのうち慣れるさ。
といった訳で、掘り起こされた死体の数は合計五体だった。
「・・・見覚えのある顔があります。先輩の騎士団員です。入団当時に私も世話になりました。真面目で面倒見の良い人でした」
イケメン騎士の言葉に、女騎士が「そう・・・」と痛ましそうな表情を浮かべた。
女騎士が私に振り返った。
「月影だったか。案内感謝する。このような騎士団の不祥事を見せてしまい、汗顔の至りだ。彼らの無念は私が必ず晴らしてみせよう」
女騎士は決意も新たに私に宣言した。
「・・・それはそうと、お前はなぜ、こんな夜更けにこんな場所にいたんだ? バローネ団長達を倒したのもお前だという話だが、一体、どういった経緯でそんな事になったんだ?」
あ~、やっぱりそれって気になるよね。さすがに誤魔化すのも限界か。
とはいえ、先送りのおかげで色々と考える時間は稼げた。てなわけで説明を始めますかね。
騎士団員達は、馬車まで死体を運んで行った。
人が減って急に静かになった部屋で、私はこの場に残った女騎士とイケメン騎士に、この一件のあらましを説明した。
夜の町で偶然、金持ち親子が野盗に襲われている所を見かけ、助けてやった事。
その縁で、王都の手配師の総元締めドン・バルトナから、仕事の協力を求められた事。
彼の指示でこの屋敷に来たら、たまたま黒幕の男爵に鉢合わせしてしまった事。
「この王都でそんな事件が頻発していたとは。商業区画は団長の担当地域だったとはいえ、同じ騎士団に所属する者として、全く知らなかった自分が恥ずかしい」
女騎士は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
ちなみに、「あらましを説明した」とは言ったが、馬鹿正直に全てを話した訳じゃない。
どういう事か? 具体的に言うと私の目的。小悪党男爵が隠した装備をパクリに来た、という部分だけは誤魔化して説明をしたのである。
そのせいだろうか。女騎士達はドン・バルトナの事がいたくお気に召したようである。
「しかし、そのドン・バルトナという男。町の秩序を守るために、月影殿に頭を下げ、更には危険を承知で自らここまで来ているとは、どうしてどうして。市井に埋もれさせるには惜しい、義侠心に厚い男ではないか」
「確かに。本来であれば亜人の女王に仕える月影殿が、彼の心意気にうたれて協力を申し出た程ですからね。王都を守る我々としては、穴があったら入りたい所です」
どうしよう。ドン・バルトナの株が爆上がりの件について。
ちゃうねん。そんな気はなかったねん。いやね。報酬の装備に釣られて協力した、という生臭い部分を抜くと、どうしても美談っぽい作りになってしまうのよ。そのしわ寄せがドン・バルトナに行ってしまったのよ。
マジでスマンこって。まあ、実際にドン・バルトナを見ればコイツらの気持ちも変わるだろう。ぶっちゃけ、どう見ても悪党顔だからな。
「しかし、月影殿がこちらの味方に付いてくれて、本当に助かりました。おかげで部下の犠牲を出さずに済みました」
「それはそうと、月影はどうやってバローネ団長達を制圧したのだ? 相手は十人以上、お前はたった一人だったのだろう?」
ふむ。これくらいは正直に話してもいいか。月影が魔法を使える事はドン・バルトナ達も知ってる訳だし。
【魔法だ。俺はクロコパトラ女王から直々に魔力を授かっている】
「魔法だって?!」
女騎士が目をキラキラさせて身を乗り出した。
逆にイケメン騎士は胡散臭そうに眉間にしわを寄せた。なぜに?
後で知った事だが、王都では度々魔法を謳ったペテン師が現れては、人をだまして金を巻き上げ、問題になっているそうだ。
そのせいでイケメン騎士の中では、「魔法」イコール「詐欺師」という負のイメージが根付いていたのだろう。
「何かここで見せてくれないか?! そうだ! 団長達と戦った時に使った魔法がいい! 是非よろしく頼む!」
女騎士は私に断られるとは考えていない様子だ。
って、あ。そういう事か。
彼女と話をしていて、何かがずっと引っかかっていたのだが、その原因に今、気が付いたわ。
この人は多分、貴族だ。
生まれついての上級国民。自分が頼めば誰かがやってくれるのが当たり前。そういう風に育った人間。
そんな奔放さと言うか、持って生まれた育ちの良さと言うかが、騎士として取り繕った言動の下からにじみ出ていたのだ。
分かってしまえば納得である。
とはいえ、そんなにイヤな感じじゃない。それはこの人の性格が正直で真っ直ぐだからだろう。
だから私は彼女のリクエストに応える事にした。
【いいだろう。そこの壁を狙うぞ。最も危険な銃弾】
パンッ!
不可視の棘が壁に刺さると、瞬時にエネルギーを解放。
乾いた音を立てて炸裂した。
ボロボロの壁紙が千切れて、粉雪のようにパッと舞った。
「なっ?! 何だ今のは?!」
「これが魔法?! 団長達はこれにやられたんだな!」
【ああ、正確に言えば違う。あの時は今の魔法を連続して放った。つまりはこうだ。最も危険な銃弾乱れ撃ち】
パパパパーン!
さっきよりも派手な音を立てて、部屋中に大量の壁紙の破片が舞い踊った。
「うおっ!」
「す、スゴイ!」
「なっ、何事ですか?! 一体何が?!」
今の音を聞きつけたのだろう。馬車まで死体を運びに行っていた騎士団員達が、血相を変えて部屋に飛び込んで来た。
女騎士は部下の手前、慌てて緩んでいた表情を引き締めた。
「むっ。何でもない。月影の魔法を見せて貰っただけだ」
「はあ? 魔法? ですか?」
騎士団員達は腑に落ちない表情で顔を見合わせた。
「それよりも遺体は運び終えたのか?」
「あっ、ハイ。それはさておき、屋敷の表で怪しげな一団を捕らえました。こんな夜更けに大人数で屋敷の様子を窺っていたので、不審に思って問いただした所、明らかに怪しい態度を見せたために即座に拘束致しました」
あ。それドン・バルトナと彼の部下達だわ。
そういや屋敷の外で待機するように言ってたんだっけ。
このままだと詰め所まで連行されてしまいそうだ。私は女騎士に向き直った。
【そいつらの事なら心配はいらない。ヤツらは私の仲間――先程話に出たドン・バルトナ達だ】
「おおっ! ドン・バルトナ! おい、その者達は王都に暮らす民の安寧のため、我が身の危険を顧みずに動く素晴らしき男達だ。すぐにこの場に案内してさしあげろ」
「えっ? は、はい?!」
上司の命令に、混乱を隠せない騎士団員達。
なぜ彼女が、どう見ても反社会的勢力者ご一行様にしか見えない男達を、ここまで持ち上げるのか理解出来ないのだろう。
そしてしばらく後。
騎士団員によって連れられて来たドン・バルトナを見て、女騎士は愕然とした。
「えっ? こいつがドン・バルトナなのか?」
「あ、はい。俺がバルトナですが。・・・なあ、月影殿、屋敷で一体何があったんだ? 散々待たされた挙句、なぜあんたが騎士団と一緒にいるんだ?」
「「「つ、月影殿。俺達一体どうなるんですか?」」」
「あの、月影殿。あなたの話から受けた印象と彼らでは、随分とその・・・先程の話はどこまで本当の事なのか? いや、あなたの話を信じていない訳ではないのだが」
イケメン騎士は眉間にしわを寄せてこちらを見ている。あれは完全に私を疑っている顔だ。
騎士団員達も、説明をして欲しそうな様子だ。
そしてドン・バルトナの部下達は騎士団員に取り囲まれて不安なのか、縋るような目で私を見ている。
さらにドン・バルトナ本人は殺意のこもった目で――じゃなくて、「説明してくれるんだろうな」と問いただす目で私を睨み付けている。
全員が説明を求めて私を見ている。
何という熱視線。
ドン・バルトナが悪党顔だったせいでこの有様だよ。
次回「メス豚、逃げ損ねる」




