その238 メス豚とヤバい仕事
私は部屋に入って早々、開口一番、本題に入った。
【女王から話は聞いた。俺に仕事があるそうだな(CV:杉田〇和)】
部屋には例によって黒マント姿の――月影の姿の――私。
そして心臓剛毛男こと、寄せ場の総元締めドン・バルトナ。
ドン・バルトナは大袈裟に両手を振った。
「おいおい、怒っているのか? 確かに、女王陛下を使って強引に誘ったのは悪かったよ。だがこの仕事にはどうしてもアンタの助けが必要なんだ」
どうやら彼は私が機嫌を悪くしていると思ったようだ。
確かに、上手く乗せられたようで面白くは無かったが、彼の提示して来た報酬は――正規の武器や防具は――喉から手が出そうになる程魅力的だった。
【・・・余計な手間を省いたつもりだったが、世間話から入った方が良かったか?】
それでもいいけど、そういうのはさっき、クロコパトラ女王の姿で散々した後だから面倒なんだが。
「いやまあ、あんたが怒っていないのならそれでいい。ああ、とりあえず座ってくれ」
【いや。このままでいい】
「そ、そうか? 俺は座らせてもらうが構わんよな?」
ドン・バルトナはそう言うと「よっこいしょ」と座った。
まるでオッサンだな。いや、オッサンだったわ。
「さて、何から話すか。――お前さん、最近王都で暴れている”ネクロラの信徒”の噂を聞いた事はあるか?」
ネクロラの信徒? 信徒って事はネクロラはあのネクロラか? 大二十四神の一柱で報復の神とかいう物騒な神様の。
【ネクロラの信徒とやらが王都で暴れているのか?】
「いや。自分達でそう名乗っているだけで、本当は信徒でも何でもねえ。いわば、にわか入信者。ただの騙りだ」
最近王都を荒らし回っているというネクロラの信徒。
彼らは『今、この国が危機に瀕しているのは、商人共が欲に溺れ、人々を苦しめて私腹を肥やしていたせいだ』と主張しているという。
更には、『神の裁きが大モルト軍という形を取って現れた』などとふれ回っているそうだ。
何だそれ。
【下らん与太話だ】
「まあそうだな。だが、王都に逃げ込んで来た食い詰めたヤツらにとっては、便利な理屈だったりするわけだ」
大モルト軍の進軍を受け、略奪を恐れた一部の市民は王都を捨てて逃げ出した。
今、王都に残っているのは、他にあての無い者達。あるいは捨てるには大きすぎる物を抱えている者達である。
しかし、去る者がいればやって来る者もいる。
周辺の小さな村に住む者達や、身寄りのない者達は、逆に王都になだれ込んでいるという。
ろくな防衛設備もない村よりは、城壁があり、兵士もいる王都の方がまだ安全なように思えるのだろう。
こうして一般層の住む区画では仕事どころか寝る場所すら持たない流れ者が増加。治安は悪化の一途を辿っているのだという。
そんな食い詰めた浮浪者達にとって、ネクロラの信徒の教えはある種の免罪符となった。
諸悪の根源は王都の商人。我々は彼らに正当な復讐を行う――という建前の下に彼らは商人を襲い、金品を強奪しているのだそうだ。
「一昨日、あんたが殺った襲撃者達。ヤツらもそのクチだな」
ふむ。金持ち親子を襲った野盗も、ネクロラの信徒(偽)だったという訳か。
ドン・バルトナが言うには、この一件の裏には、浮浪者に偽の教義を吹き込んで信徒(偽)に仕立て上げ、更には彼らに武器まで与えている者がいるという。
【理解出来んな。そんな事をして、そいつに何のメリットがある】
「まあ、普通はそう思うよな。さて、ここからがヤバイ話になる。どうする? 聞いたら俺達は一蓮托生。二度と後戻りは出来ないぜ?」
なる程。聞いたら後戻りは出来なくなるのか。
【なら別に聞――】
「あーっ、ウソウソ! もったい付けてみただけだっての! てか、連れねーな! 俺とアンタの仲じゃねえか!」
ドン・バルトナは慌てて身を乗り出した。
俺とアンタの仲って何やねん。そんな関係になった覚えはないんだけど?
ドン・バルトナは「ちぇっ。ノリが悪いぜ」と、少し拗ねている。ゴツイおっさんに拗ねられてもなあ。
「だったらズバッと言うぜ。この一件、黒幕はバリアノ・バローネ男爵。王都騎士団の騎士団長様だ」
王都を騒がせている商人襲撃事件。
その黒幕は王都騎士団の団長だと言う。
名前はバリアノ・バローネ。男爵の爵位を持つ貴族だそうだ。
【男爵か】
「ああ。あんたが知らないのも仕方がねえ。男爵っつーても、爵位があるだけで領地を持っている訳じゃねえからな。王都に住んでなきゃ知っているはずはねえよ」
私の呟きをドン・バルトナは別の意味で受け取ったようだ。
しかし、なる程。領地を持たない貴族。つまりは王家の家臣という訳か。
日本で言えば旗本・御家人。しかも相手は騎士団のトップと来ている。
つまりはエリート中のエリートだ。
そんな男が黒幕となれば、ドン・バルトナが”ヤバイ話”と言っていたのも頷ける。
てか、よくそんなヤツまでたどり着けたな。コイツ消されるんじゃないか?
【男爵が浮浪者を使って商人を襲わせたと言うのか。だが、男爵にとってそれに何の意味がある?】
そう。王都騎士団と言えば王都の治安を守る衛兵隊のトップ。
自ら治安の悪化を招いてどうするんだ?
ドン・バルトナはかぶりを振った。
「そこまでは分からねえ。バローネ男爵までたどり着いたのも今朝、それも偶然だったからな」
ドン・バルトナはズイッと身を乗り出した。
「クロコパトラ女王に渡した剣。あんたも見ただろ? あれは王都騎士団に支給されている物だ。貧民街のボロ家に隠されていたのを見付け、出所を辿った結果、バローネ男爵までたどり着いたんだ」
さっき貰った樽いっぱいに入った剣の事か。なる程、カルネが見惚れたのも納得だ。
あれって騎士団の正規装備だったんだな。
そういえば先日、金持ち親子を襲っていた野盗共。あの時も、「コイツら野盗にしてはやけに良い装備を持っているな」と思っていたが、あれも騎士団が使用している武器だったのだろう。
ていうかバルトナ。あんた、拾った剣を私にくれたのか。
呆れたヤツだな。ちゃっかりしていると言うか何と言うか。
いやまあ、こっちも背に腹は代えられないし、ありがたく受け取るけどさ。
しかし、どうやらこの仕事、想像以上にヤバい話だったようだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
クロ子が先程、「コイツ消されるんじゃないか?」と思ったのは、実は的を得ていた。
ドン・バルトナは身の危険を感じていた。
最初は件のネクロラの信徒について、「最近、俺の縄張りで好き勝手をしているヤツらがいる」と不快に思ったのがきっかけだった。
ドン・バルトナは子供も泣き出す強面な見た目とは違い、決して裏社会の人間という訳ではない。
しかし、真っ当な人間かと問われれば、それもまた肯定出来ない。
彼はずっと白とも黒とも言えないグレーゾーンの中で生きていた。
そんな彼にとって、ネクロラの信徒の活動は決して無視できるものではなかった。
縄張りを荒らされたまま放置しておくことは出来ない。ドン・バルトナの面子に関わるのだ。
ドン・バルトナは、平民区画に散らばる彼の配下に――手配師達や寄せ場の日雇い労働者達に――この一件を調べるように命じた。
彼らは直ぐに、浮浪者達に武器を与えてネクロラの信徒に仕立て上げている存在がいる事を突き止めた。
しかし、ここから調査は難航した。
その存在は巧妙に自らの存在を隠し、全く尻尾を掴ませなかった。
黒幕にたどり着いたのは今朝の事。
その相手はまさかの存在。
王都騎士団団長バリアノ・バローネ男爵だった。
「マジかよ。コイツはマズい事になりやがったぜ・・・」
最悪の報告にドン・バルトナは青ざめた。
彼は即座に調査を打ち切るように命じた。貴族を、しかも王都騎士団を敵に回して無事で済む訳はない。
大モルト軍に征服され、力を失っているとはいえ、相手はこの国の支配階級の一角。
ある意味ではこの国を相手にするのに等しい。
所詮は寄せ場の大将に過ぎないドン・バルトナとでは、資本も組織力も比べ物にはならないのである。
「バレてない・・・訳はねえよな」
知らなかったとはいえ、ドン・バルトナはかなり大掛かりに部下を動かしてしまった。
相手までたどり着いたという事は、逆に相手も探られている事を知ったと見るべきだろう。
「ヤバい、ヤバい、ヤバい、どうする。どうするよ」
最早一刻の猶予も無かった。
相手がその気になれば、ドン・バルトナごとき、どんな理由を付けてでも捕らえる事が出来る。
そして一度捕らえさえすれば、後は向こうの思うがまま。
封建制というのは、一握りの支配階級――貴族達が、司法・行政・立法の全てを独占している社会である。
彼ら貴族にとって、平民に無実の罪を着せて命を奪うなど実に容易い。
しかも悪い事に、ドン・バルトナは叩けばいくらでも埃が出る人間――ちゃんと調べられれば、実際の罪でも首が飛びかねない人間でもあった。
「俺は貴族には伝手がない。そして騎士団の団長相手じゃいつものようには――衛兵にワイロを渡すようにはいかねえ。クソが。一体どうすりゃいいんだ」
焦ったドン・バルトナは一先ず、ボロ家で見つけていた武器を屋敷の中から馬車に移すように命じた。
このまま証拠を隠滅しようとした所で、彼はふと、昨夜オスティーニ商会の屋敷で出会った男を――黒マントの怪人・月影を思い出した。
「そうだ、月影! ヤツがいた! この状況、あの規格外の男を使ってどうにか出来ねえか・・・」
ドン・バルトナの頭が回り始めた。
次回「メス豚、依頼を受ける」




