その22 メス豚、天誅を下す
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ドルド軍は混乱の中にあった。
敵の奇襲によって後続の部隊と分断された上、撤退中の敵軍が反転、攻撃を仕掛けて来たためだ。
ドルドの側近が彼の横に馬を寄せた。
「若! ここは危険です! 敵を突破して後続の部隊と合流しましょう!」
「しかし、退却しようにも敵に背後を突かれるぞ」
現在、ドルド軍は敵軍に囲まれている。
退却を始めればその背後を突かれるのは目に見えている。
今ですら辛うじて持ちこたえている状態だ。そんな事にでもなれば全軍崩壊してしまうのは間違いない。
側近は部下を呼んだ。
「ですので騎兵のみで強引に突破を図ります。若の鎧を私に」
「お前・・・分かった」
ドルドは馬を下りると部下の手を借りて装備を外した。
騎兵のみで突破を図った時点で、重要人物を逃がそうとしているのは誰の目にも明らかである。
側近はドルドの影武者になる事を自ら進み出たのである。
側近はドルドの鎧を身に着けながら、ドルドと背格好の似た騎士に命じた。
「お前の鎧と馬を若に。お前は私の鎧を着るのだ」
「はっ!」
これで準備は完了である。
ドルドは防御力の低い軽装に頼りなさを覚えながら小声で側近に問いかけた。
「ルゲロニ所長はどうする?」
「・・・置いて行くしかないでしょう。彼は馬を走らせる事は出来ませんから」
究明館の魔法舎の所長であるルゲロニは、馬に乗る事くらいは出来ても、馬を走らせて敵軍の中を突破するような技量はない。
仮に出来たとしても、側近は彼を連れて行かないだろう。
彼個人に対する好悪の問題では無く、自分の身も守れないお荷物を一緒に連れて行く余裕など無いからである。
ちなみにそのルゲロニ所長は青白い顔で護衛の兵士に守られている。
一応槍は持たせてあるが、見るに堪えないへっぴり腰である。
「部隊を立て直してから救いに戻れば良いのです。そのためにも若は早く後方へ――」
「なんだ一体?! ぎゃっ!」
突然、彼らの目の前で騎馬武者が顔から血を噴き出しながら落馬した。
視界の先に飛び込んで来たのは誰も乗っていない一匹の走竜だった。
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私は恐竜ちゃん達と別れた後、敵軍の中を疾走している。
目指すは敵将ただ一人。そして暴走竜部隊の責任者。
『ただ一人って言ったのに、二人いるじゃん』
『うっさい! モノローグにつっこむな!』
私は恥ずかしさを誤魔化してボブを怒鳴り付けた。
ていうか疾走しているのはボブで、私は彼に運ばれているだけなんだがな。
仕方ないんだよ。豚って長い距離を走れないから。
短距離走だったら自信があるんだけどなあ。実は豚は短距離だけなら意外と足が速いのだ。
んんっ?! あれか?!
視界の先には数名の騎馬武者が集まっていた。
中心にはひと際立派な鎧兜に身を包んだ、”いかにも将軍”といった感じの武将の姿が・・・
『アイツじゃない! 別のヤツだ!』
ボブのママ恐竜ちゃんは、敵の指揮官は背の高い若い赤毛の男だと言っていた。
あの男は背は低くは無いが、黒髪だし全然若くない。多分、偽物だ。
むしろ将軍(偽)の横にいる男の方が、背が高いし赤毛だし若いしで条件を満たしている。
ただしこちらはそこらの騎士と同じ恰好をしている。
とても軍隊を率いている指揮官の恰好には見えない。
まさかもう逃げ出した後なのか?!
いや、しかし・・・
私は一瞬悩んだ。その時、騎士の一人がボブを見つけた。
「何だ一体?!」
『最も危険な銃弾!』
男の顔面に私の魔法が炸裂した。
近距離なら顔面を狙った方がむしろ当てやすい。
ここに来るまで散々戦って得た経験である。
男は小さな悲鳴を上げて落馬した。
『クロクロ、あいつを見て!』
ボブは彼らの後ろを鼻面で指し示した。
そこには二人の兵士に守られた、いかにも研究者といった感じのオジサンがへっぴり腰で槍を構えていた。
オジサンは目を丸くしてこっちを見ている。
将軍の側にいるどこからどう見ても普通のオジサン。
しかし護衛の兵士に守られている事からも重要人物である事は間違いない。
間違いない! アイツが暴走竜部隊の指揮官だ!
決めつけが過ぎるって? どのみち敵軍の重要人物だ。
同じ穴のムジナだ。暴走竜と無関係とは思えない。
将軍(偽)が馬を前に進めた。赤毛の騎士の姿が彼の背後に隠れる。
語るに落ちたな。
自分の体を盾にしてそこらの騎士を守る将軍がどこにいる。
やはり赤毛が将軍(真)で間違いないようだ。
私の本命は暴走竜部隊の責任者だ。
しかし、平気な顔で暴走竜部隊を使っている将軍も決して許してはおけないんだよ。
『最も危険な銃弾!』
「ギャアアアアアッ!!」
「わ、若?!」
顔面から血を噴き出して落馬する赤毛こと若。
血相を変えてうろたえる将軍(偽)。
私は最後まで見届ける時間を惜しんでボブに指示を出した。
『あのオジサンに向かって!』
『分かった』
流石にこんな場所に長居をするのはマズい。
本命だけは逃がす訳にはいかない。
オジサンを護衛する兵士達は明らかに動揺している。
そんな中、オジサンはブツブツと――「なぜ走竜が騎士の指示も無いのに魔法を使っている? サンキーニ王国では竜を独立運用しているのか? 一体どんな方法で命令をしているんだ? さっきの魔法は打ち出しではない? まさか未知の魔法か? どういう原理だ? 走竜以外の竜にも可能なのだろうか? それともまさかサンキーニ王国も私達のように竜を改造したのか?」
最後の一言、私は聞き逃さなかったぞ。
やっぱりコイツが暴走竜を生み出した責任者か。
命を弄んだ罪、あの世で後悔するがいい。
私はこちらに好奇心一杯の視線を向けるオジサンの眉間に狙いを定めた。
確実に殺す。
『食らえ、天誅! 最も危険な銃弾!』
不可視の弾丸は狙いたがわずオジサンの眉間を直撃した。
眉間を貫いた弾丸はオジサンの頭の中で炸裂。膨れ上がったエネルギーはオジサンの顔面に大きな穴を穿った。
おそらく頭蓋骨の内部では衝撃波が脳を圧迫、ぐしゃぐしゃに破壊したに違いない。
オジサンは顔面から血を噴き出しながら、糸が切れた操り人形のようにガクリと崩れ落ちた。
そのまま倒れてピクリとも動かない。
どう見ても即死だ。
護衛の兵士が「ひっ!」と小さく悲鳴を上げて、鎧に張り付いたオジサンの目玉を払い落とした。
あらら、そんなに嫌がらなくても。まあ普通に気持ち悪いよね。
『クロクロ、敵がこっちに向かって来るよ』
ボブの言う通り、一瞬の出来事に動きの止まっていた騎士達も、ようやく正気に戻ったようだ。
馬首をめぐらせて私達を取り囲もうとしている。
私はチラリと背後を振り返った。
将軍(偽)をどうしようかと考えたのだ。
――いや、ほっといてもいいだろう。将軍(真)に落とし前はつけた。
いくらそれっぽく見えても偽者は偽者。
影武者まで殺す意味は無いだろう。てか相手にしている時間もないし。
『このまま真っ直ぐ突っ切って逃げちゃって! 敵は私が相手するからスピード重視で!』
『分かった。ちゃんとボクを守ってね』
何それあんた、自分が乙女にでもなったつもり?
笑っちゃうんだけど。ブヒヒヒヒッ。
『そんなんじゃないよ! もう! いいから行くよ!』
ボブは尻尾で地面を一度叩くと、誤魔化すように乱暴に走り出した。
はわわわわっ、揺れる揺れる。ちょ、ボブ止め。そんなに激しくシェイクしないで。酔っちゃうから。中身出ちゃうからーっ。




