その231 メス豚と大商人
◇◇◇◇◇◇◇◇
夜の王都の商業区画。その通りの一角で男達が明かりを手に周囲を見回していた。
「そろそろ、昨日、オスティーニ商会の馬車が襲われた時間だ。絶対に黒マントを見逃すんじゃないぞ」
「お、おう」
昨夜、オスティーニ商会の跡継ぎ、ブラッドの一家はこの場所で賊に襲われた。
彼らの窮地を救ったのは謎の怪人・黒マント。
女性のような小柄な体。良く通る低い声。十人もの賊を瞬く間に打ち倒した凄腕。
ここにいる男達は、名前どころか顔も不明なその男を探し出すように、彼らの雇い主――手配師の元締めドン・バルトナから命じられていた。
しかし、あてもなく捜し回っても、到底、見付かるとは思えない。
彼らは藁をもすがる思いで、僅かな可能性に――昨夜の襲撃現場に黒マントが戻って来るという可能性に――賭けたのである。
「なあ、本当に来ると思うか?」
「じゃあ、他にどうしろってんだ? 名前も顔も分からない男を捜して王都中歩き回るってのか? 俺はそんなのは御免だぜ」
「けどよう。分かっているのは黒マントってだけだろ? そんなので見付かる訳が――で、出た!」
「「「えっ?!」」」
男が指差す先。ランタンの明かりに照らされて、黒いマントの人影が音もなく通りに降り立つところだった。
「ほ、ホントに出た! 黒マントだ!」
「お、おい、これからどうするんだよ?!」
よもやこうも簡単に発見出来るとは思っていなかったのだろう。
男達は混乱したまま互いに顔を見合わせるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私は昨夜と同様、黒い旗をマント代わりに身にまとうと、通りに降り立った。
さて。こうして登場してみたものの、これからどうするか。
まあ、私に用があるみたいだし、向こうから何か言って来るでしょう。
・・・・・・。
いや、来ないんかい。
男達は慌てるばかりで誰も声をかけて来ない。
いつまでもこうしているのもバカみたいだし、いっそこっちから話しかけるか。
てなわけで水母、翻訳よろしく。
【あーコホン。――どうした? 俺を捜している様子だったので出て来たが、勘違いだったか?】
おおう。相変わらずのイケメンボイス(CV:杉田智〇)。
そしてこの違和感よ。
私の言葉に男達がハッと我に返った。
「あ、あんた昨日の夜、この場所でオスティーニ商会のブラッド様達を助けた人間で間違いないよな?」
ふむ。
男が言う、なんちゃら商会とかブラッド某とかは知らんが、野盗に襲われていた金持ち親子を助けたのは私で間違いないな。
【その何やら商会は知らんが、馬車に乗った親子を野盗から救ったのは俺だ】
「そ、そうか! やっぱりあんただったか!」
男達は嬉しそうに頷き合った。
別の男が身を乗り出した。
「本当に黒マント姿なんだな。あ、いやスマン。ええと、あんたの事をブラッド様の娘が――あんたが助けた親子が捜しているそうなんだ。是非会ってお礼をしたいそうだ。良ければ俺達に付いて来てくれないかな?」
ブラッド様の娘? 小学生姉弟のお姉ちゃんの事か?
という事はコイツらはその何とか商会の従業員なのか。ちょっと意外。何というか――
【何というか、そんな身なりで商会の従業員とは思わなかった】
ちょっと水母!
私の呟きを水母が律義に翻訳してしまった。気を悪くしなきゃいいけど。
しかし、男達は苦笑しながら手を振った。
「アンタの言う通りだ。俺達はただの日雇いだよ。いつもは町の北西にある平民街の寄せ場で仕事を貰っている。オスティーニ商会なんて大手商会で雇われるような、立派な人間じゃない」
「雇ってくれるってんなら喜んで働くがな」
「違いない」
なる程。つまり、金持ち親子の娘が私を捜していて、この男達の雇い主がその仕事を請け負ったと。
ちなみにそいつの名前を聞いても良いかな?
「ドン・バルトナ様だ。王都の寄せ場の手配師、その総元締めをされている方だよ」
【・・・ドン・バルトナ】
「知っているのか?」
いや、知らんな。てか、王都に知ってるヤツなんている訳ないし。
けど、名前の前にドンが付く所といい、総元締めという言葉の響きといい、そこはかとなく大物感が漂っているな。
ここは誘いに乗って相手の顔を立てておいた方が無難かも。
【分かった。お前達の雇い主の顔を立てておくことにしよう】
「そ、そうか。じゃあ案内するよ」
男達の間にホッと安堵の空気が流れた。
水母が『再確認』と尋ねて来た。
どうだろう。今の所、どうとも言えないけど、もし仮にこれが何かの罠だったとしても、全力で魔法を使えば逃げるくらいは出来るんじゃないかな?
私は彼らの後に続いて夜の通りを歩き始めるのだった。
私達は十分も歩かないうちに目的地に到着した。
やたらと広い敷地の大きなお屋敷だ。
てかこの屋敷って、私が目印にしていた、この辺で一番高いあの建物じゃん。
デカイ家だと思っていたけど、あの親子、かなりの金持ちだったんだな。そりゃあ野盗にも狙われるか。
我々は通りを離れて裏道に。屋敷の裏門に着くと先頭の男がドアを叩いた。
「マルチェ様! マルチェ様! ドン・バルトナ様の使いの者です! 捜していた黒マントを連れて来ました!」
しばらくすると、ガタンと閂の外れる音がして裏口が開いた。
現れたのは高校生くらいの大人しそうな男子だった。
男子は私の――黒マントの姿にギョッとした。
「あ、あの、この方が旦那様方を助けてくれた?」
「ええ。黒マントです」
男達が胸を張って答えた。なぜにドヤ顔だし。
男子は裏口を開け放つと、私にペコリと頭を下げた。
「そうですか。アンネッタお嬢様が是非、あなたにお礼をしたいと申しております。ご案内致しますのでこちらに」
むっ。これは屋敷に入らないといけない流れか。
てかまあ、流石に家の外で恩人に礼を言う、なんて事にはならないか。
だが、それはちょっと困る。明るい所だと、私が羽織っているのがマントではなく、ただの黒い布だとバレてしまいそうだ。
ここに来るまでに考えていた策を使うか。
【いや。俺は今、急ぎの用事がある。礼なら明日、同じ時間にここを訪れるのでその時に受け取りたい】
これぞ、ザ・先延ばし。
屋敷に戻った後、私ら亜人の世話係のハンスに頼んで黒いマントを用意して貰うのである。
男子は困り顔で私を引き留めた。
「よ、用事ですか? それは少し先延ばしにして頂く訳にはいきませんか? 左程時間は取らせずに済むと思うのですが」
【悪いが急ぎの用なのだ。明日にはまた来るので――】
「おい、これは何の騒ぎだ! マルチェ、そこで何をしておる!」
屋敷の中から老人の怒鳴り声が響いた。
白いひげを伸ばした、いかにも頑固爺といった見た目のお爺さんがズカズカとこちらに歩いて来た。
お爺さんは外の男達を睨み付け、そして私を見てギョッと目を剥いた。
「お、大旦那様! こちらの方は――」
「なんだその怪しいヤツは! ――むっ。そうか、お前がブラッドの言っていた黒マントだな」
お爺さんはしたり顔で頷くと、やけに鋭い視線で私をねめつけた。
ええと、ブラッドって、私が助けた金持ち親子の父親の名前だっけ? 男子が「大旦那様」と呼んでいたし、この人が金持ち親子のお爺さんなのは間違いないだろう。
【というか、次々に人が出て来て付いていけないんだけど】
「むっ? 何か言ったか?」
うぉい、水母! だから私の独り言は翻訳しなくていいから。
そうでなくても、ややこしいのに、これ以上ややこしくしてどうすんのよ。
お爺さんは私をジロリと睨み付けた。
「お前、何者だ? 王都にお前のような者がいれば、このワシの耳に入らぬ訳がない。そのマントの下にどのような正体を隠しておる」
相手は髭も白くなった高齢の老人。
もしも戦いになれば、私どころかそこにいる男子にすら敗けてしまうだろう。
しかし私は、彼の醸し出す迫力に――彼の内側からあふれ出るエネルギーに――圧倒されていた。
年齢や見た目に騙されてはいけない。
コイツは魔物だ。
彼こそが、この後、長きにわたって我々亜人の後ろ盾、そしてスポンサーとなる大恩人。
――いやまあ、恩人にしてはタチが悪過ぎて、素直に感謝出来ない相手になるのだが。
王都の金融を牛耳る大商人。オスティーニ商会商会主、ロバロ・オスティーニとの出会いであった。
次回「メス豚、隠れる」




