その20 メス豚、ショタ坊を見直す
私は恐竜ちゃん達のそばでブヒブヒと鼻を鳴らしながら草を食んでいた。
「おい、困るんだよ。どうして動いてくれないんだ」
騎士達が根が生えたように動かなくなっている恐竜ちゃん達に手を焼いている。
ここに来るまでは大人しく従っていた恐竜ちゃん達が、急に全員座り込んでしまったためだ。
騎士達は理由も分からないまま、恐竜ちゃんを怒鳴り、説得し、なだめすかし、何とか言う事を聞かせようと四苦八苦している。
私はそんな彼らを横目に見ながら山の幸を堪能していた。
どうやらタイムリミットが来たようだ。
彼らの部下が呼びに来たのだ。
「隊長! 敵が姿を見せました! 至急隊に戻って下さい!」
「くっ・・・ 分かった。貴様はここで走竜を見ていろ」
「はっ!」
恐竜ちゃん達は王家から預かった大事な国の財産だ。
言う事を聞かなくなったからといって、うっちゃっておく訳にはいかない。
彼らは見張りのための部下を残すと、時々恐竜ちゃん達を恨めしそうに振り返りながら去って行った。
ふう・・・ やっと行ったか。
ううっ、良心の呵責が。なんかゴメン。
『う~ん。本当にこれで良かったのかなあ』
私の恐竜ちゃんのお友達――ボブがボンヤリと呟いた。
『ねえクロクロ。本当に大丈夫なの?』
そう。実は彼らは別に仕事をボイコットしていた訳では無い。
私の要請に答えてここに残ってくれたのだ。
『大丈夫。これは王子様の作戦のためになる事なんだから』
『まあ、ボク達のご主人様はさっきの騎士じゃなくて王族だし。クロクロの言った通りにした方がイサロのためになるのならいいんだけどさ』
『それだったら間違いない。お姉さんに任せときなさい』
私はふんぞり返ってブヒッと答えた。
ボブは一応納得したのか、それ以上私に何か言って来る事は無かった。
やべー、やべー、お姉さんに任せとけだって? いやいや、そんな自信全然ないって。
けど私には彼らの協力がどうしても必要なのだ。
そして私のやろうとしている事は、王子様のためになるのは間違いない。そのはずだ。きっと多分。
私は昨夜のショタ坊と王子様の話を思い出していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ショタ坊の話は驚くべきものだった。
王子様は顎に手を当ててうなり声を上げている。
「あの・・・どうでしょうか?」
「・・・この話、誰から聞いた?」
ショタ坊はフルフルとかぶりを振った。どうやら自分一人で考えたようだ。
「筋道は通っている。いや、待て、少し考えさせろ」
王子様は真剣な表情で目を閉じて黙考を始めた。
しかし意外だったな。ショタ坊にこんな才能があったなんて。
ショタ坊は王子様の端正な横顔に熱いまなざしを注いでいる。
・・・
なんかその反応って、BLっぽくね?
何お前、ひょっとしてそっち系の人だったの?
ええっ?! 彼女もいるのに?! 意っがーい!
佐々木さーん! 佐々木さーん! あなたの好きなショタが大変な事になってますよー!
乗客の中にどなたかショタ好きな佐々木さんはいらっしゃいませんかー!
・・・ってまあいいや。私もこの時間にさっき聞いたショタ坊の話を整理しよう。
ショタ坊達、ショタ坊村の村人達は、退却中の王子軍のケツを付けて来る敵軍の物見に気が付いていた。
なぜすぐに追撃が来なかったかは分からない。単にこちらの行軍速度に追い付けなかっただけなのか、あるいは何かを狙っていたのか・・・
どっちにしろ、明日も攻撃が無いと考えるのは大甘だろう。
敵は叩ける時に叩く。戦に情けは無用でござる。
今、撤退中の王子軍が通っている街道は、来る時にも通った道である。
明日の午前中には例の山と湿地帯に挟まれた隘路を通る事になる。
そこを過ぎればショタ坊村までは後少しである。
早ければ明日の夜にでも到着出来るのではないだろうか?
ショタ坊は敵軍が攻撃をかけてくるならこの隘路ではないかと考えた。
前に通った時に兵士の誰かが「こんな所で敵に襲われでもしたらひとたまりもねえなあ」と呟いていたからだそうだ。
そして、ショタ坊は考えた、もし自分が敵でここで攻めて来るつもりならどうするだろうか? と。
もし自分が相手なら、今朝使った暴走竜を前面に押し出すんじゃないだろうか。
暴走竜の魔法は飛び道具だ。敵味方が入り乱れた戦場では使えない。
そう考えれば、隘路を固まって進む敵軍など、魔法のような飛び道具にとっては正にうってつけの獲物だ。
敵の後ろに食らいついてつるべ打ちすれば、苦も無く大きな戦果が得られるだろう。
ここでさらにショタ坊の驚くべき才能が見られる。
悪い所を見つけて「だからダメだ」とダメ出しするのは割と簡単だ。しかしショタ坊はそこからさらに一歩進んで「だったらこうすれば良いのではないか」と対策を考え出したのだ。
山と湿地帯に挟まれた隘路は王子軍にとっては死地だ。
だが、山は別に見上げんばかりの切り立った崖というわけでもないし、湿地帯だって踏み込んだが最後生きては出られない底なし沼、というわけでもない。
山は先に陣取っておけば逆に高所有利となるし、湿地帯だって舟があれば自由に移動できる。
そして王子軍には部隊を先発させて山に伏兵を潜ませる時間だってあるし、舟は無くてもいかだの材料になる木なら山にいくらでも生えている。
流石に木を切り倒していかだを組む時間は無いだろうが、ショタ坊が言うには前に通った時に竹林が見えたそうである。
竹なら木より切るのが容易だし、水にだって浮く。
竹を束ねて即席のいかだを作れば良いのである。
私はショタ坊の話を聞いて素直に驚いた。
ショタ坊には軍事学の素養は無い。貧乏村のただのショタだ。
そんな彼が俯瞰で軍の行動を予測するような発想を持っていた事に驚いたのだ。
人は見かけによらぬもの。ショタ三日会わざれば刮目して見よ。おみそれしました。
ショタ坊の作戦をまとめればこうだ。
敵はおそらく暴走竜部隊を前に出して先制の一撃を加えて来るだろう。
敵味方が入り乱れた後では同士討ちの危険が出るために魔法が使えなくなるからである。
コチラはやられて逃げるふりをして、湿地帯の奥に暴走竜を誘い込む。
恐竜ちゃん達の話を聞く限り、暴走竜はほとんど理性を失っているみたいなので、多分上手く食い付くんじゃないだろうか?
暴走竜が湿地帯に足を取られてすぐには戻れない距離まで離れたところで、事前に山に伏せていた伏兵部隊が、街道に沿って長く伸びた敵の隊列に横から襲い掛かる。
タイミングを合わせて撤退中の囮部隊も転進、混乱している敵部隊に襲い掛かる。
相手もまさか撤退中の軍が罠を張って待ち構えているとは思わないだろう。
上手くいけば今朝の敗戦を一気に挽回出来る起死回生の作戦である。
王子様は慎重にこの作戦を検討した。
そして二人で相談して細かな手直しを加えた上でこの作戦を採用する事に決めた。
どのみち敵の夜襲に備えて今から兵を起こさないといけない。
だったら何かしら仕事を与えておいた方が良いだろう。
軍の四割ほどを夜陰に乗じて先行させ、山で竹のいかだを作らせる。その後彼らは伏兵部隊としてそのまま待機する。
陣地に残った軍は囮部隊として夜が明けると共に行軍を開始する。
その途中でいかだを持った伏兵部隊の一部と合流。彼らは村人に扮して部隊の後方に回り、敵の襲撃を待つ。
もし明日、敵の追撃が無かったとしても、その場合は囮部隊の撤退に合わせて伏兵部隊も撤退させれば良いだけの事である。
一晩中竹を切っていかだを組んだ労力は無駄になるが、そこはそれ。
野営の時に薪にでも使ってもらえばいいんじゃないだろうか。
青竹って火にくべるとパーンって破裂するらしいけど。
王子様は何度も作戦の見直しをしている。
ショタ坊もそんな王子様に出来る限りの協力をしている。
私はそんな二人を見ながら、とある決意を固めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『クロクロ。始まったみたいだよ』
ボブの声に私はハッと我に返った。
どうやら敵は王子軍を見逃すつもりは無かったらしい。
事態はショタ坊の作戦通り推移しているのだろうか? 暴走竜達の雄叫びがここまで聞こえている。
『みんな、よろしくね』
私の呼びかけに恐竜ちゃん達が一斉に立ち上がった。
「うわっ! 何だ?! どうした?!」
見張りの兵達が慌てふためいている。
そんな彼らを無視してボブが私を抱き上げた。
王子様はこの世界の人間だ。
ショタ坊も私が思っていたよりも賢かったとはいえ、やはりこの世界の人間だ。
つまりはこの世界の常識に囚われている。
せっかく敵軍が『竜を魔法攻撃部隊として集中運用する』という正解例を見せてくれたにもかかわらず、彼らは未だに恐竜ちゃん達を騎士達の足役兼、個人的な武勇のサポート役としてしか見ていない。
だが近代戦争を知っている私になら分かる。
魔法の持つ可能性を。
そしてその力をもって、命を弄ぶ者達に命で代償を支払わせてやる。
狙いは敵軍の中枢部。
第一目的は暴走竜部隊なんぞを生み出した悪魔共の抹殺。
第二目的は暴走竜部隊なんぞを平気な顔をして運用している敵将軍――悪魔の親玉の抹殺。
皆の者であえい! クロ子切り込み部隊の出陣じゃあ!




